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第1章★身を引く3人★
第5話☆最下層の女☆
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「えっ、あなた紫苑の塔で働いてる子? もしかして爆発ボウヤを相手してた? ごめんね、お客さん取ろうとしちゃって」
白薔薇は菫を見上げて驚いたようにカルラからパッと離れた。
菫は白薔薇に向かって微笑む。
「ううん、大丈夫ですよ白薔薇様。わたしは女中なんです」
「あ、そうなんだあ。あなた綺麗だし、同じ仕事してるのかと思っちゃった。間違えてごめんね。嫌だったね、昼仕事しているあなたが、私と同じ夜の職業に間違えられたら」
菫は白薔薇の言葉を聞いて、思わず呆然としてしまい、慌てて笑顔を見せた。
「菫?」
菫の様子を見て、カルラがそっと菫の手を握った。
菫は握られた手をパッと離す。
「ううん、わたし、イヤじゃないです……自分をそんな風に言わないで下さい。体1つで大切なものを守ってきたのでしょう、白薔薇様は。立派だと思います」
「えっ、なになに。そんなこと言われたの初めて。城の貴族たちからは穢らわしい娼婦としか言われないし、新鮮なんだけど」
白薔薇は困惑したように笑いながら菫を見た。菫は笑顔を返す。
「ま、いいや。何か嬉しい、ありがとね、お嬢さん。リョウマ様、女神もいいけど、たまには魔女も味見しにきてね」
白薔薇は最後に色っぽい仕草でリョウマに抱きつき、唇にゆっくりとキスをして去っていった。
「ちょっと……リョウマ、なに娼婦を好きにさせてるの」
ミラーが慌ててリョウマの唇に付いた真っ赤な口紅を、ハンカチで拭っている。
リョウマは拭かれながら、横目でカルラを眺めてため息をついた。
「リョウマ、聞いてる? なんで抵抗しないの? キスされたんだよ? やだよ、何百人相手に汚いモノを咥えこんでるような人……リョウマの唇に変な病気でも感染したらどうするの……」
入念にリョウマの唇にハンカチを這わせるミラーを払いのける。
「ミラー、やめろ」
「えっ、リョウマ?」
「俺もお前と別れてから、紫苑の塔を利用していた。俺も穢れているぞ、触らないほうがいい」
「リョウマ、違うわ、あなたじゃなくて……あの白薔薇っていう娼婦が汚いのよ」
ミラーの話を聞きながら、菫はカルラに向かって笑顔を見せた。
「眠くなってきましたね。カルラ様、わたしもう寝ますね。カルラ様もお風呂入って下さい。白薔薇様にまた爆発ボウヤって言われてしまいますよ」
クスクス笑いながらカルラの頭を見る菫に、カルラも釣られて笑いながらも心配そうに菫を見ていた。
「あの、その、菫……」
一緒に寝ようかと言いたかったが、リョウマとミラーが聞いているため、なかなか言い出せなかった。
「菫さん、娼婦に敬称を付けなくてもいいんじゃないかな? 女中の方が立場が上よ。娼婦は最下層なんだよ、この天界城の中では」
ミラーが菫に言う。菫はミラーを見てニコッと微笑んだ。
「あら、ミラー様も女中のわたしより立場が上なのに、敬称を付けて下さってるわ」
「女中はいいの。ちゃんとした仕事だもん」
「……そっか」
菫は笑顔を見せた。
「それよりリョウマ……あなたの女神って、誰? 元奥さん? 私と別れてから……大切な人ができたの?」
リョウマは口数少なく「ああ、そうだ」とだけ言った。
「わたし、士官塔なのでここで失礼しますね。おやすみなさいませ」
いつもの笑顔でお辞儀をした菫に、カルラは一緒に寝ようとは言い出せす、今夜はそのまま解散となった。
菫が風呂に入り、ベッドに入って本を読んでいると、ノックの音が聞こえた。カルラかもしれないな、と思って返事と同時に扉を開けると、リョウマだったので驚いた。
「リョウマ様、どうしましたか?」
珍しいな、と思いながら部屋に招き入れる。
「失礼します、菫様」
「ミラー様は大丈夫でしたか?」
「ああ、俺が送り届けた。それより菫様が心配で、部屋に来るのは不躾かと思いましたが、来てしまいました」
菫は心配そうに立っているリョウマを見て、クスッと笑った。
「座って下さい。温かいミルクをお出ししますね」
「いえ。おかまいなく」
リョウマが士官部屋の小さな部屋に入ると、さらに狭い部屋になった気がした。
「その、白薔薇が突然乱入して、申し訳ありませんでした」
「可愛い方でしたね。天真爛漫で朗らかに……見せているのかな。きっと裏では泣きたいことも沢山あるでしょうに、強い方だわ」
「……」
ホットミルクを出されて、リョウマはお辞儀をする。
「……ミラーも、すみません。その、白薔薇に対しての偏見とか……」
「偏見じゃないわ。普通の感情だと思いますよ。娼婦は不特定多数相手に体を売って生活しています。特にミラー様のような既婚女性は、受け付けないわよ」
娼婦、何百人も咥える、穢らわしい、病気、感染……ミラーの口から抉られるような言葉が出てきた。
だが、清廉潔白な人が見たら、娼館にいる女の評価などはそのようになるだろう。
特に貴族であるミラーの立場からしたら、娼婦の存在すら気持ちが悪いだろう。
「仕方のないことです。普通の人から見たら娼館は穢らわしい場所という印象があるのも事実です。カルラ様も、娼館はどうしても無理と言っていましたから」
「……菫様、カルラは別に娼婦だから無理と言ったわけではありません。菫様でないと無理だという意味で言ったんです。あいつは菫様以外眼中にありません」
リョウマは顔を上げながら一生懸命カルラをフォローしたが、菫はクスッと笑ってリョウマの対面に座った。
「リョウマ様は優しいですね……」
リョウマは菫の本心が聞きたくて、じっと菫を見つめた。
「毎日何人もの男を咥えていたわたしなんかが、カルラ様に触れるなんて失礼なことでした」
「菫様!」
リョウマが少し大きく声を上げると、菫はビクッと体を上下させた。
「あなたは穢れてなどいない。国民のために体を張り、誰も傷つかないよう自分を犠牲にしていた。清廉な心の持ち主です」
「ふふ、ありがとう。でも実際体は汚いですから。触るとリョウマ様がミラー様に怒られちゃうかも」
自虐のように笑っていたが、リョウマは菫の気持ちに少しでも近付きたかった。菫の心の痛みを和らげたかった。
「……正常よ、ミラー様は。わたしだって嫌です。仮にわたしとラウンジの参加者の性別を逆にしてみたら、気持ち悪くて恋人にはなれないという感情が湧きますし」
「……菫」
リョウマはホットミルクを置くと、立ち上がって菫を強く抱きしめた。
菫はビクッとリョウマから逃げようとしたが、リョウマは逃さないとばかりにさらに力を込める。
「……触らないんじゃなかったの?」
「俺の場合は意味が違う。菫を尊重しているから触らないと言った。穢れているなどと思ったことは1度もない。本当は触れたくて仕方がない。毎日抱きしめて、温もりを感じながら寝たい。俺は菫の過去も含めて愛していると言っただろう」
リョウマの言葉が菫に対してのフォローに聞こえてしまった。素直に受け取れない自分が嫌だった。
「ありがとう、わたしの可愛いワンちゃん」
リョウマは抱きしめながら菫の耳元でため息交じりに囁く。
「俺は犬じゃない。これからは遠慮せず菫に触れるからな」
「リョウマ様、わたし大丈夫よ、本当に。慣れているの、こういうの」
菫が笑顔でリョウマを押し返そうとしたが、リョウマはさらに菫をきつく抱きしめてきた。
「バカ。慣れるな、こういうのに。笑わなくていい。俺の前では感情を出せと言ったろう。怒ったり、泣いたりしていいんだ」
リョウマが言い終わると、菫はフッと体の力を抜いてリョウマの背中に手を回した。
「……ただ、カルラ様に申し訳ない。知らずに穢れた女を抱いていたなんて」
「……菫、カルラにすぐ言おう。吸血王から命令されていたことを。言えないなら俺が一緒に付き添うから」
「ふふ、そうですね。カルラ様も知らなければならないですね。怖いけど……きちんと伝えます」
「菫……」
「ありがとうリョウマ様。わたしは平気。リョウマ様も寝て下さい、ずいぶん遅くなっちゃったわね」
ニコニコ笑いながら言う菫の精神的な強さが、菫の過去を知っているリョウマにはつらかった。
☆続く☆
白薔薇は菫を見上げて驚いたようにカルラからパッと離れた。
菫は白薔薇に向かって微笑む。
「ううん、大丈夫ですよ白薔薇様。わたしは女中なんです」
「あ、そうなんだあ。あなた綺麗だし、同じ仕事してるのかと思っちゃった。間違えてごめんね。嫌だったね、昼仕事しているあなたが、私と同じ夜の職業に間違えられたら」
菫は白薔薇の言葉を聞いて、思わず呆然としてしまい、慌てて笑顔を見せた。
「菫?」
菫の様子を見て、カルラがそっと菫の手を握った。
菫は握られた手をパッと離す。
「ううん、わたし、イヤじゃないです……自分をそんな風に言わないで下さい。体1つで大切なものを守ってきたのでしょう、白薔薇様は。立派だと思います」
「えっ、なになに。そんなこと言われたの初めて。城の貴族たちからは穢らわしい娼婦としか言われないし、新鮮なんだけど」
白薔薇は困惑したように笑いながら菫を見た。菫は笑顔を返す。
「ま、いいや。何か嬉しい、ありがとね、お嬢さん。リョウマ様、女神もいいけど、たまには魔女も味見しにきてね」
白薔薇は最後に色っぽい仕草でリョウマに抱きつき、唇にゆっくりとキスをして去っていった。
「ちょっと……リョウマ、なに娼婦を好きにさせてるの」
ミラーが慌ててリョウマの唇に付いた真っ赤な口紅を、ハンカチで拭っている。
リョウマは拭かれながら、横目でカルラを眺めてため息をついた。
「リョウマ、聞いてる? なんで抵抗しないの? キスされたんだよ? やだよ、何百人相手に汚いモノを咥えこんでるような人……リョウマの唇に変な病気でも感染したらどうするの……」
入念にリョウマの唇にハンカチを這わせるミラーを払いのける。
「ミラー、やめろ」
「えっ、リョウマ?」
「俺もお前と別れてから、紫苑の塔を利用していた。俺も穢れているぞ、触らないほうがいい」
「リョウマ、違うわ、あなたじゃなくて……あの白薔薇っていう娼婦が汚いのよ」
ミラーの話を聞きながら、菫はカルラに向かって笑顔を見せた。
「眠くなってきましたね。カルラ様、わたしもう寝ますね。カルラ様もお風呂入って下さい。白薔薇様にまた爆発ボウヤって言われてしまいますよ」
クスクス笑いながらカルラの頭を見る菫に、カルラも釣られて笑いながらも心配そうに菫を見ていた。
「あの、その、菫……」
一緒に寝ようかと言いたかったが、リョウマとミラーが聞いているため、なかなか言い出せなかった。
「菫さん、娼婦に敬称を付けなくてもいいんじゃないかな? 女中の方が立場が上よ。娼婦は最下層なんだよ、この天界城の中では」
ミラーが菫に言う。菫はミラーを見てニコッと微笑んだ。
「あら、ミラー様も女中のわたしより立場が上なのに、敬称を付けて下さってるわ」
「女中はいいの。ちゃんとした仕事だもん」
「……そっか」
菫は笑顔を見せた。
「それよりリョウマ……あなたの女神って、誰? 元奥さん? 私と別れてから……大切な人ができたの?」
リョウマは口数少なく「ああ、そうだ」とだけ言った。
「わたし、士官塔なのでここで失礼しますね。おやすみなさいませ」
いつもの笑顔でお辞儀をした菫に、カルラは一緒に寝ようとは言い出せす、今夜はそのまま解散となった。
菫が風呂に入り、ベッドに入って本を読んでいると、ノックの音が聞こえた。カルラかもしれないな、と思って返事と同時に扉を開けると、リョウマだったので驚いた。
「リョウマ様、どうしましたか?」
珍しいな、と思いながら部屋に招き入れる。
「失礼します、菫様」
「ミラー様は大丈夫でしたか?」
「ああ、俺が送り届けた。それより菫様が心配で、部屋に来るのは不躾かと思いましたが、来てしまいました」
菫は心配そうに立っているリョウマを見て、クスッと笑った。
「座って下さい。温かいミルクをお出ししますね」
「いえ。おかまいなく」
リョウマが士官部屋の小さな部屋に入ると、さらに狭い部屋になった気がした。
「その、白薔薇が突然乱入して、申し訳ありませんでした」
「可愛い方でしたね。天真爛漫で朗らかに……見せているのかな。きっと裏では泣きたいことも沢山あるでしょうに、強い方だわ」
「……」
ホットミルクを出されて、リョウマはお辞儀をする。
「……ミラーも、すみません。その、白薔薇に対しての偏見とか……」
「偏見じゃないわ。普通の感情だと思いますよ。娼婦は不特定多数相手に体を売って生活しています。特にミラー様のような既婚女性は、受け付けないわよ」
娼婦、何百人も咥える、穢らわしい、病気、感染……ミラーの口から抉られるような言葉が出てきた。
だが、清廉潔白な人が見たら、娼館にいる女の評価などはそのようになるだろう。
特に貴族であるミラーの立場からしたら、娼婦の存在すら気持ちが悪いだろう。
「仕方のないことです。普通の人から見たら娼館は穢らわしい場所という印象があるのも事実です。カルラ様も、娼館はどうしても無理と言っていましたから」
「……菫様、カルラは別に娼婦だから無理と言ったわけではありません。菫様でないと無理だという意味で言ったんです。あいつは菫様以外眼中にありません」
リョウマは顔を上げながら一生懸命カルラをフォローしたが、菫はクスッと笑ってリョウマの対面に座った。
「リョウマ様は優しいですね……」
リョウマは菫の本心が聞きたくて、じっと菫を見つめた。
「毎日何人もの男を咥えていたわたしなんかが、カルラ様に触れるなんて失礼なことでした」
「菫様!」
リョウマが少し大きく声を上げると、菫はビクッと体を上下させた。
「あなたは穢れてなどいない。国民のために体を張り、誰も傷つかないよう自分を犠牲にしていた。清廉な心の持ち主です」
「ふふ、ありがとう。でも実際体は汚いですから。触るとリョウマ様がミラー様に怒られちゃうかも」
自虐のように笑っていたが、リョウマは菫の気持ちに少しでも近付きたかった。菫の心の痛みを和らげたかった。
「……正常よ、ミラー様は。わたしだって嫌です。仮にわたしとラウンジの参加者の性別を逆にしてみたら、気持ち悪くて恋人にはなれないという感情が湧きますし」
「……菫」
リョウマはホットミルクを置くと、立ち上がって菫を強く抱きしめた。
菫はビクッとリョウマから逃げようとしたが、リョウマは逃さないとばかりにさらに力を込める。
「……触らないんじゃなかったの?」
「俺の場合は意味が違う。菫を尊重しているから触らないと言った。穢れているなどと思ったことは1度もない。本当は触れたくて仕方がない。毎日抱きしめて、温もりを感じながら寝たい。俺は菫の過去も含めて愛していると言っただろう」
リョウマの言葉が菫に対してのフォローに聞こえてしまった。素直に受け取れない自分が嫌だった。
「ありがとう、わたしの可愛いワンちゃん」
リョウマは抱きしめながら菫の耳元でため息交じりに囁く。
「俺は犬じゃない。これからは遠慮せず菫に触れるからな」
「リョウマ様、わたし大丈夫よ、本当に。慣れているの、こういうの」
菫が笑顔でリョウマを押し返そうとしたが、リョウマはさらに菫をきつく抱きしめてきた。
「バカ。慣れるな、こういうのに。笑わなくていい。俺の前では感情を出せと言ったろう。怒ったり、泣いたりしていいんだ」
リョウマが言い終わると、菫はフッと体の力を抜いてリョウマの背中に手を回した。
「……ただ、カルラ様に申し訳ない。知らずに穢れた女を抱いていたなんて」
「……菫、カルラにすぐ言おう。吸血王から命令されていたことを。言えないなら俺が一緒に付き添うから」
「ふふ、そうですね。カルラ様も知らなければならないですね。怖いけど……きちんと伝えます」
「菫……」
「ありがとうリョウマ様。わたしは平気。リョウマ様も寝て下さい、ずいぶん遅くなっちゃったわね」
ニコニコ笑いながら言う菫の精神的な強さが、菫の過去を知っているリョウマにはつらかった。
☆続く☆
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