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FILE4『ベートーヴェン・シンドローム』
4・フォルテシモ
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放課後、倶楽部をせずに早く学校を飛び出したたくみを、ハルカは目を細めて見送っていた。
たくみが結城に対して思い詰めている状態なので、探偵倶楽部もしばらく休業ということになった。中ちゃん先生にそれを伝えると「そうですかー、わかりました」と二つ返事で頷いていた。顧問が足りなくて、先生たちが保険医にまで頼み込んで顧問にさせたという経緯があるので、中ちゃん先生はどちらかと言うと倶楽部顧問を面倒に思っている節がある。
「私が修学旅行費を隠した犯人を捕まることをけしかけたようなものなのに。私も本来ならばああやって犯人のフォローまでも回るべきか? なあ司、どう思う?」
家路を歩きながら不安そうにハルカが聞いてきた。
「どうだろう。たくみは少し大げさな気もするけれど」
「仮にも結城さんは『修学旅行費を隠した犯人』なんだ。罪の意識に苛まれて学校を休んでいる。そこに大谷くんが彼女のノートを取ったり、甲斐甲斐しく接する必要はあるか? 彼が罪悪感を覚えることもないだろう?」
ハルカの意見も最もだけれど、俺はたくみの責任感とか、男気とか、そういうのがとても好ましく、格好良く感じているのも事実で、きっとそれをハルカに言っても馬鹿馬鹿しいとばっさり切り捨てられそうなので、たくみの味方だとは言えなかった。
「まあ、そんなにいきり立つなよ、ハルカ。たくみは別に罪悪感で行動しているわけではないよ。結城の件はたくみに任せて、ハルカ、今日家に寄れよ。例の本、あげるから」
ハルカは今まで悩んでいたのがウソみたいに目を輝かせた。興奮し過ぎて派手な青縁の眼鏡がずれてしまい、慌てて直していた。
「き、清正先生のサイン入り本だな! しかしいつの間にサイン会などをしていたんだ?」
「この前駅前の本屋を通りかかったら、たまたまやってたよ」
「そうなのか? ゲリラ的なあれなのかな。私がそんな情報を掴めなかったなんて!」
なまじ顔が良い分、きっと出版社の方から謎を多く残しておこうという話になったんだと思う。そうすれば『顔』を武器に謎を残し、外見に興味を持った女性たちに本を売らせることが出来る。きっとハルカはその戦略にまざまざと嵌った哀れな子羊なのだ。純粋に本の内容が面白いのかもしれないが、俺はどうも読む気にはなれなかった。『ある事情で嘘しかつけなくなった探偵が、自分の子供にヒントを出し、犯人を導く』という解説をちらりと読んだだけで、トンデモ展開が繰り広げられていることが想像出来る。本格推理だとハルカは反論しているが、俺の中ではすでにメタ小説として分類されている。
話しながら歩いていると、後ろから数人の足音が聞こえた。
「おい、オトコオンナ! また柏木と帰っているのかよ。女々しい柏木とお似合いだな!」
声を聞いただけで、振り返らなくてもすぐにわかった。佐久間 龍夢と二人の腰ぎんちゃくだ。たくみと拳の殴り合いをした跡なのか、まだ左の頬から湿布が消えていない。
「オトコオンナ……? ああ、私のことかい?」
「そうだ。それとも、ウドの大木の方がいいか? でか過ぎて気持ち悪い! その派手な服も、話し方も、全部が気持ち悪いんだよ。うちの小学校から消えろ!」
ハルカが一瞬息を呑んだ。俺はそんなハルカを見て、一瞬何も考えられなくなった。
「佐久間、うるさい」
俺は佐久間のランドセルを掴んで、後ろに引いた。反動で佐久間は尻もちを付いてしまったけれど、俺は謝る気は一切なかった。
「何するんだよ、柏木! てめえ俺に暴力をふるったら、どうなるかわかっているんだろうな!」
立ち上がって俺の胸ぐらを掴んだ佐久間が、大声で叫んだ。たくみのようにやり返すことは出来そうにない。腕力もないし、隣にハルカがいると思えば、報復を恐れてしまうからだ。全く、度胸がなくて嫌になる。
「佐久間くん、司を離してくれ。我々のことを放っておいてくれると助かる」
「へえ、お熱いな。二人は付き合っているのか? キスはしたのか?」
にやにやと笑いながら俺とハルカを交互に見る佐久間と、囃し立てる二人の取り巻きに、俺は我慢出来ずに、佐久間の胸元を押して再び尻もちを付かせた。
「何度もふざけるなよ、柏木!」
「佐久間、言葉の暴言の方が、ときに人を深く傷付けることだってあるんだ。お前がハルカに言ったことは、まさしくそれだよ。ハルカに謝れ」
ハルカは困惑した表情をしながら俺たちを見下ろしていた。震える声で言う俺は、傍から見ても格好悪いだろうと思ったが、もう二度と後悔はしたくなかった。耳がジンジンと温度上昇しているのが感覚でわかる。たくみのように、ここで勇気を出さなくていつ出すというのだ。
「ふん、訂正しないということは、付き合っているんだな。小学生で気持ち悪い奴らだな。明日みんなに言いふらしてやろうぜ」
「ああ、そうだな!」
佐久間を助け起こしながら、取り巻き二人も囃し立て、逃げるようにしてこの場を去って行った。
「……ごめん、ハルカ。明日変な噂が出回るかもしれない」
ハルカは苦笑をしながら頷いた。
「構わないよ。噂が広がったとして、知られて困るような友達もいないしな。それよりすまなかったね、私のために怒ってくれたんだろう? 柄にもないことを」
苦笑をしながらハルカは俺を見下ろした。俺はなんだか情けない気持ちになって、思わず目を伏せた。
「ごめん」
4.続く
たくみが結城に対して思い詰めている状態なので、探偵倶楽部もしばらく休業ということになった。中ちゃん先生にそれを伝えると「そうですかー、わかりました」と二つ返事で頷いていた。顧問が足りなくて、先生たちが保険医にまで頼み込んで顧問にさせたという経緯があるので、中ちゃん先生はどちらかと言うと倶楽部顧問を面倒に思っている節がある。
「私が修学旅行費を隠した犯人を捕まることをけしかけたようなものなのに。私も本来ならばああやって犯人のフォローまでも回るべきか? なあ司、どう思う?」
家路を歩きながら不安そうにハルカが聞いてきた。
「どうだろう。たくみは少し大げさな気もするけれど」
「仮にも結城さんは『修学旅行費を隠した犯人』なんだ。罪の意識に苛まれて学校を休んでいる。そこに大谷くんが彼女のノートを取ったり、甲斐甲斐しく接する必要はあるか? 彼が罪悪感を覚えることもないだろう?」
ハルカの意見も最もだけれど、俺はたくみの責任感とか、男気とか、そういうのがとても好ましく、格好良く感じているのも事実で、きっとそれをハルカに言っても馬鹿馬鹿しいとばっさり切り捨てられそうなので、たくみの味方だとは言えなかった。
「まあ、そんなにいきり立つなよ、ハルカ。たくみは別に罪悪感で行動しているわけではないよ。結城の件はたくみに任せて、ハルカ、今日家に寄れよ。例の本、あげるから」
ハルカは今まで悩んでいたのがウソみたいに目を輝かせた。興奮し過ぎて派手な青縁の眼鏡がずれてしまい、慌てて直していた。
「き、清正先生のサイン入り本だな! しかしいつの間にサイン会などをしていたんだ?」
「この前駅前の本屋を通りかかったら、たまたまやってたよ」
「そうなのか? ゲリラ的なあれなのかな。私がそんな情報を掴めなかったなんて!」
なまじ顔が良い分、きっと出版社の方から謎を多く残しておこうという話になったんだと思う。そうすれば『顔』を武器に謎を残し、外見に興味を持った女性たちに本を売らせることが出来る。きっとハルカはその戦略にまざまざと嵌った哀れな子羊なのだ。純粋に本の内容が面白いのかもしれないが、俺はどうも読む気にはなれなかった。『ある事情で嘘しかつけなくなった探偵が、自分の子供にヒントを出し、犯人を導く』という解説をちらりと読んだだけで、トンデモ展開が繰り広げられていることが想像出来る。本格推理だとハルカは反論しているが、俺の中ではすでにメタ小説として分類されている。
話しながら歩いていると、後ろから数人の足音が聞こえた。
「おい、オトコオンナ! また柏木と帰っているのかよ。女々しい柏木とお似合いだな!」
声を聞いただけで、振り返らなくてもすぐにわかった。佐久間 龍夢と二人の腰ぎんちゃくだ。たくみと拳の殴り合いをした跡なのか、まだ左の頬から湿布が消えていない。
「オトコオンナ……? ああ、私のことかい?」
「そうだ。それとも、ウドの大木の方がいいか? でか過ぎて気持ち悪い! その派手な服も、話し方も、全部が気持ち悪いんだよ。うちの小学校から消えろ!」
ハルカが一瞬息を呑んだ。俺はそんなハルカを見て、一瞬何も考えられなくなった。
「佐久間、うるさい」
俺は佐久間のランドセルを掴んで、後ろに引いた。反動で佐久間は尻もちを付いてしまったけれど、俺は謝る気は一切なかった。
「何するんだよ、柏木! てめえ俺に暴力をふるったら、どうなるかわかっているんだろうな!」
立ち上がって俺の胸ぐらを掴んだ佐久間が、大声で叫んだ。たくみのようにやり返すことは出来そうにない。腕力もないし、隣にハルカがいると思えば、報復を恐れてしまうからだ。全く、度胸がなくて嫌になる。
「佐久間くん、司を離してくれ。我々のことを放っておいてくれると助かる」
「へえ、お熱いな。二人は付き合っているのか? キスはしたのか?」
にやにやと笑いながら俺とハルカを交互に見る佐久間と、囃し立てる二人の取り巻きに、俺は我慢出来ずに、佐久間の胸元を押して再び尻もちを付かせた。
「何度もふざけるなよ、柏木!」
「佐久間、言葉の暴言の方が、ときに人を深く傷付けることだってあるんだ。お前がハルカに言ったことは、まさしくそれだよ。ハルカに謝れ」
ハルカは困惑した表情をしながら俺たちを見下ろしていた。震える声で言う俺は、傍から見ても格好悪いだろうと思ったが、もう二度と後悔はしたくなかった。耳がジンジンと温度上昇しているのが感覚でわかる。たくみのように、ここで勇気を出さなくていつ出すというのだ。
「ふん、訂正しないということは、付き合っているんだな。小学生で気持ち悪い奴らだな。明日みんなに言いふらしてやろうぜ」
「ああ、そうだな!」
佐久間を助け起こしながら、取り巻き二人も囃し立て、逃げるようにしてこの場を去って行った。
「……ごめん、ハルカ。明日変な噂が出回るかもしれない」
ハルカは苦笑をしながら頷いた。
「構わないよ。噂が広がったとして、知られて困るような友達もいないしな。それよりすまなかったね、私のために怒ってくれたんだろう? 柄にもないことを」
苦笑をしながらハルカは俺を見下ろした。俺はなんだか情けない気持ちになって、思わず目を伏せた。
「ごめん」
4.続く
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