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FILE3『無自覚と功罪』
6・返還
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次の日は金曜日で、倶楽部の日だった。新聞部も金曜日が活動日だと聞いて、ぼくは机に座っている山岡を見た。
相変わらずふわふわのヒヨコみたいな服装をしていた。フリルの洋服で、九月だというのに長袖を着ている。薄い生地だが、暑くないのだろうか。
教室は倶楽部活動をする者以外は帰ったようだ。運動倶楽部は我先にと体操服に着替え、教室から出て行った。運動倶楽部にも入ってみたかったな、陸上倶楽部なんかいいな、とぼんやり思っていると、山岡が一人になったので声をかけてみた。
「山岡、ちょっといい?」
「お、大谷くん?」
びくりと肩を大きく上下させた山岡は、ぼくを見て怯えたような上目遣いをした。やはり駄目だ、ぼくは自分がまずどう思われるか考え、保身に回るタイプは少し苦手だった。
「今月の新聞倶楽部の会報、お菓子工場特集だったらしいな。記事を読ませてもらったよ。とても美味しい、出来たてのお菓子をもらったけれど、工場長がすぐに煙草を吹かすため、お菓子に匂いが付かないか心配だと書いてあったな」
ぼくが記事の一部を読むと、山岡は小さく頷いた。
「煙草を吸ったすぐ後で、手を洗わないでお菓子を箱詰めしたりしていたから、ちょっと気になって書いたの。何かおかしかった?」
小首を傾げられたので、ぼくは言いづらくなってしまった。穿った見方をすれば、主観的な意見を書いて、不衛生だと糾弾している記事にも取れたからだ。でも、それを言ってしまえば何となく言われたことを気にして、泣いてしまいそうな気がしたので、言わなかった。山岡は以前泣かせてしまったことがあるし、きつい言葉をかけて何度か女の子を泣かせてしまった経験があるから、泣かれると面倒だと直感したのだ。女性に優しくしろというのは、うちの母から口を酸っぱくして言われていることだったからだ。
「ちょっと、大谷。愛美に何の用? ナンパ?」
どこからか山岡といつも一緒にいる猪俣がきて、ぼくと山岡の前に立ちはだかった。ぼくは慌てて首を振った。
「何でそうなるんだよ? 今月の新聞倶楽部の記事のことを聞いていたんだよ」
「あ、読んでくれた? あたしの記事はこっちなんだけど」
「うん、絵が織り交ぜてあって可愛かった。読みやすかったよ」
「はあ!? 何なの、その感想」
せっかく笑顔で好意的な意見を言ったのに、何故か猪俣は真っ赤になって怒りだしてしまった。
「何で怒ってるんだよ? この絵なんかいいじゃん。おれ絵心ないからさ、こういうの描ける人が羨ましいよ。いい才能を持っているんだな」
「ふふ。大谷くん、亜紀ちゃんが照れちゃうから、それくらいにしておいてあげて」
席に座りながら上品に口に手を当てて、山岡が笑いながら言った。そして、思い出したように可愛らしいラッピングの袋を取り出して、ぼくに渡してきた。
「あの、この前のハンカチ……ありがとう。恥ずかしくてこっそり一人で洗ったから、返すの遅くなっちゃったんだけど……」
ハンカチを貸したことなど、すっかり忘れていたので、ぼくは「ああ!」と思い出した。
「わざわざご丁寧にどうも。洗わなくても良かったのに、律儀だな」
山岡の様子がおかしくて、ぼくは思わずフッと笑ってしまった。山岡はそんなぼくの様子を見て口を開きかけたが、突然大きな声が聞こえたのでそのまま口を閉じてしまった。
「おーい、おたまじゃくしに天然タラシくん、そろそろ倶楽部を始めるぞ」
クラスのドアに仙石が寄りかかりながら覗き込んで手招きをしていた。司を見ると、荷物をまとめ終わって仙石の側へと静かに歩いているところだった。相変わらず音の出ない綺麗な歩き方だった。
「おたまじゃくしはひどい。せめてクラシックファンとでも……」
「ははは、変わりないじゃないか。おーい、天然タラシくんもこっちにこい」
ぼくは山岡と猪俣に「じゃあ」と軽く手を上げ、ランドセルをつかんで急いで仙石たちの元へ向かった。
「おれが天然タラシの方かよ! おたまじゃくしよりも恥ずかしいじゃねえか!」
「ははは。君は乱暴そうな見た目と言動に反して、意外とレディーに優しいのだな。見直したぞ、大谷くん!」
仙石は嬉しそうに言って、ぼくの背中をドンドンと叩いた。
「何でそうなるんだよ! ちょっと女子としゃべってただけだろ」
「照れるな照れるな。そうだ、司。君はこの倶楽部報告書を中ちゃん先生へ持って行ってくれ。ついでに例の件調べて良いかと報告してくれると助かる。私と大谷くんは先に倶楽部教室へ行っているから」
「ああ、わかった」
特に疑問もなく、司はあっさりと報告書を受け取って、保健室へと足を運んで行った。
6.続く
相変わらずふわふわのヒヨコみたいな服装をしていた。フリルの洋服で、九月だというのに長袖を着ている。薄い生地だが、暑くないのだろうか。
教室は倶楽部活動をする者以外は帰ったようだ。運動倶楽部は我先にと体操服に着替え、教室から出て行った。運動倶楽部にも入ってみたかったな、陸上倶楽部なんかいいな、とぼんやり思っていると、山岡が一人になったので声をかけてみた。
「山岡、ちょっといい?」
「お、大谷くん?」
びくりと肩を大きく上下させた山岡は、ぼくを見て怯えたような上目遣いをした。やはり駄目だ、ぼくは自分がまずどう思われるか考え、保身に回るタイプは少し苦手だった。
「今月の新聞倶楽部の会報、お菓子工場特集だったらしいな。記事を読ませてもらったよ。とても美味しい、出来たてのお菓子をもらったけれど、工場長がすぐに煙草を吹かすため、お菓子に匂いが付かないか心配だと書いてあったな」
ぼくが記事の一部を読むと、山岡は小さく頷いた。
「煙草を吸ったすぐ後で、手を洗わないでお菓子を箱詰めしたりしていたから、ちょっと気になって書いたの。何かおかしかった?」
小首を傾げられたので、ぼくは言いづらくなってしまった。穿った見方をすれば、主観的な意見を書いて、不衛生だと糾弾している記事にも取れたからだ。でも、それを言ってしまえば何となく言われたことを気にして、泣いてしまいそうな気がしたので、言わなかった。山岡は以前泣かせてしまったことがあるし、きつい言葉をかけて何度か女の子を泣かせてしまった経験があるから、泣かれると面倒だと直感したのだ。女性に優しくしろというのは、うちの母から口を酸っぱくして言われていることだったからだ。
「ちょっと、大谷。愛美に何の用? ナンパ?」
どこからか山岡といつも一緒にいる猪俣がきて、ぼくと山岡の前に立ちはだかった。ぼくは慌てて首を振った。
「何でそうなるんだよ? 今月の新聞倶楽部の記事のことを聞いていたんだよ」
「あ、読んでくれた? あたしの記事はこっちなんだけど」
「うん、絵が織り交ぜてあって可愛かった。読みやすかったよ」
「はあ!? 何なの、その感想」
せっかく笑顔で好意的な意見を言ったのに、何故か猪俣は真っ赤になって怒りだしてしまった。
「何で怒ってるんだよ? この絵なんかいいじゃん。おれ絵心ないからさ、こういうの描ける人が羨ましいよ。いい才能を持っているんだな」
「ふふ。大谷くん、亜紀ちゃんが照れちゃうから、それくらいにしておいてあげて」
席に座りながら上品に口に手を当てて、山岡が笑いながら言った。そして、思い出したように可愛らしいラッピングの袋を取り出して、ぼくに渡してきた。
「あの、この前のハンカチ……ありがとう。恥ずかしくてこっそり一人で洗ったから、返すの遅くなっちゃったんだけど……」
ハンカチを貸したことなど、すっかり忘れていたので、ぼくは「ああ!」と思い出した。
「わざわざご丁寧にどうも。洗わなくても良かったのに、律儀だな」
山岡の様子がおかしくて、ぼくは思わずフッと笑ってしまった。山岡はそんなぼくの様子を見て口を開きかけたが、突然大きな声が聞こえたのでそのまま口を閉じてしまった。
「おーい、おたまじゃくしに天然タラシくん、そろそろ倶楽部を始めるぞ」
クラスのドアに仙石が寄りかかりながら覗き込んで手招きをしていた。司を見ると、荷物をまとめ終わって仙石の側へと静かに歩いているところだった。相変わらず音の出ない綺麗な歩き方だった。
「おたまじゃくしはひどい。せめてクラシックファンとでも……」
「ははは、変わりないじゃないか。おーい、天然タラシくんもこっちにこい」
ぼくは山岡と猪俣に「じゃあ」と軽く手を上げ、ランドセルをつかんで急いで仙石たちの元へ向かった。
「おれが天然タラシの方かよ! おたまじゃくしよりも恥ずかしいじゃねえか!」
「ははは。君は乱暴そうな見た目と言動に反して、意外とレディーに優しいのだな。見直したぞ、大谷くん!」
仙石は嬉しそうに言って、ぼくの背中をドンドンと叩いた。
「何でそうなるんだよ! ちょっと女子としゃべってただけだろ」
「照れるな照れるな。そうだ、司。君はこの倶楽部報告書を中ちゃん先生へ持って行ってくれ。ついでに例の件調べて良いかと報告してくれると助かる。私と大谷くんは先に倶楽部教室へ行っているから」
「ああ、わかった」
特に疑問もなく、司はあっさりと報告書を受け取って、保健室へと足を運んで行った。
6.続く
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