夢幻の花

喧騒の花婿

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FILE3『無自覚と功罪』

4・新聞倶楽部

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 次の日から、ぼくは教室で山岡ウォッチャーとなり、かなりの頻度で彼女の観察をしてみることとなった。


 わかったことと言えば、いつも猪俣 亜紀という生徒と一緒に行動しているということだ。
 山岡がいつもふわふわした長いスカートをはいてくるのに対して、猪俣はわりと活発なようで、ホットパンツやジーパンをはいているような、元気な女子だった。しかし、最近は休み時間になると、二人で静かに本を広げて読んでいるようだった。


 ちらりと見てみたところ、清正 醍醐の本だった。またここでもこの名前が出てくるとは、何だろうか。最近流行っているのだろうか。小難しそうな文庫本の装飾を見ただけで、ぼくは逃げ出したくなるというのに、女子の皆さんは大したものだ。
 頬杖を付いてぼんやりとその光景を眺めていたら、ふいに後ろから声をかけられた。



「あら、大谷。山岡さんがどうかしたの?」


 この凛とした声は、高田だろう。振り返ってみると、銀縁の眼鏡を光らせてこちらに近づいてきていた。二つに結わいた黒髪がさらりと前方へ落ちてきた。


「別にどうもしないけど」


「嘘が下手ね。ずっと見ていたじゃない。あなたもああいうタイプが気になるの?」


「ああいうタイプ?」


 ここはいいネタが聞けそうだと思い、ぼくは首を傾げてとぼけるふりをしてみた。


「可愛らしくて、ふわふわした洋服を着た、女の子らしい子よ」


「高田から見て、山岡はそういうイメージなの?」


 高田はその質問に、きょとんとしていたが、自分の言った言葉の意味を考えているようだ。


「そうね……女の子らしくて、男子にもてるという印象ね。あなたもああいうタイプが……」


「いやいや、おれそういうの興味ないし。強いて言えばカガリスポーツ専属モデルのサクラが好きだから」


「なによ、有名人なんて、お子様」


 高田の冷たい視線に、ぼくは肩を竦めておいた。


「マイナスのイメージはある? 例えばぶりっこだとか」


 ぼくの質問に、高田は一瞬息を止めたようだった。そして、少し悩むように唸った。


「そういうことを言っている人がいるのは、聞いたことがあるわ。私はそう思ったことはないわね。きちんと話してみると、良い子よ」


「へえ」


 無駄に人と群れることのない高田の人間観察は、当てにして良いと思っている。個人的な感情を混ぜないで話しているところを見ると、高田は山岡に対して好印象なのだろう。何となく、ああいう恰好をして、男子から人気があるという時点で、女子からのやっかみはあるかなと想像していたが、多少あるらしい。


「そういえば、清正 醍醐っていう小説家、この学校で流行っているのか? 何かやたら本を持っている人を見るんだけど」


 高田は「私も持っているわ」と思い出したように呟くと、自分のランドセルから本を取り出して見せた。清正 醍醐の空中楼閣だった。


「その小説家、この学校にきて新聞倶楽部のインタビューを受けたのよ。私はそれを聞いた後に図書館で借りてみたんだけれど、結構面白いわよ」


「え!? 何それ、小説家がこの学校にきたの?」


 ぼくは驚いて大きな声を上げてしまった。高田は何故か得意気に頷いた。


「山岡さんと猪俣さん、新聞倶楽部なのよ。そこでインタビューをして、清正 醍醐に興味を持ったんじゃない?」


「新聞倶楽部!? 山岡は、新聞倶楽部なの?」


 思わず高田に詰め寄ると、高田は少し怯んだように身を引いて頷いていた。


「そうよ、それがどうしたの?」


 ぼくは机に座り直すと、考えた。


「今回の新聞倶楽部の会報の特集記事って何だったか覚えてる?」


 ぼくが転校してくる前の記事のことだ。高田は戸惑ったようにしていたが、思い出すように考え込んでくれた。眼鏡を何度かずり上げ、顔を上げる。


「来月は清正 醍醐先生の特集を組むそうだけれど、今月は確か……お菓子工場だったかしら。うちのクラスのは大谷と佐久間が大ゲンカしたときに破れたのよね。生徒会室に行けば、まだ会報の予備記事が残っていると思うけど、取ってきましょうか?」


「ありがとう! 頼むよ」


 思わず高田の両手を取って立ち上がったぼくに、高田は驚いたのか、顔を真っ赤にして怒っているようだった。

4.続く
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