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FILE3『無自覚と功罪』
2・修学旅行費
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聞けば探偵倶楽部を立ち上げたのも仙石で、一人だけだと倶楽部として成り立たないという理由で、司も強引に入らされたそうだ。仙石は見た目通り、強引な奴らしい。
「ええと、家族構成は……父、母、兄、おれ。好きな本は、うーん……」
「何だ、大谷くん。本くらい読まないのか?」
仙石が定規で自分の肩をぽんぽんと叩きながらにやにやと笑っている。ぼくよりも背が高い女子なんて、同級生で今までいたことがなかったので少し驚いたが、仙石家は元々早熟型で、小学生で成長が止まるような家系だそうだ。それでも百六十六センチは高いと思う。
「読むことは読むけど、歴史書とか伝記とか漫画とかだなあ」
「結構結構」
仙石が大きな音を立てて拍手をしたが、本を読んでいた司が顔を上げて「ハルカ、うるさい」と一喝していた。そんな司を横目で見ると、仙石はぼくに向かって口を開いた。
「見ろ、大谷くん。司はいま譜面を読んでいる。頭の中はきっとおたまじゃくしでいっぱいだ。流行りの漫画の話題を振っても、司には通じない」
困惑したように言われたが、ぼくだって同じようなものだ。
「残念だけど仙石、おれも同じようなものだよ。でも、仙石の愛読書は何となくわかるよ。推理小説や探偵小説、ハードボイルドだろ?」
仙石はパチンと指を鳴らした。いちいち派手なリアクションだ。
「正解だ。さすが大谷くん。噂通りの洞察力だ。因みに、最近は清正 醍醐先生の音の無い世界が気に入っている。雑誌連載しているのだが、知っているかい?」
「あー、うん、聞いたことある気がする」
ぼくは適当に頷いて鉛筆を動かした。百問のうち、まだ三十五問までしか終わっていない。こんな雑談をしていては、いつ帰れるのかわからないからだ。
「ハルカ、たくみを集中させてやれよ。お前が見張っていたら、書きづらいだろ? ハルカの好きな、清正先生の本でも読んでなよ」
静かな声でそう言って、司は清正 醍醐の『空中楼閣』を机に置いた。仙石はまだぼくに話しかけようとしていたが、やがて諦めたのか司の席の側へ行き、本を取り上げて読書を始めた。
ようやく百問終わる頃には、すでに午後五時を回っていた。倶楽部終了の鐘が鳴り、ぼくは同時に鉛筆を置いた。
「やっと終わった」
ぐったりと机に突っ伏すると、本を読んでいた仙石が顔を上げて「ご苦労だったね」と元気に声をかけてきた。部長だからか、偉ぶっていやがる。
そして百問質問用紙を取り上げると、張り切って読み始めた。
「おや、大谷くんの身長は百六十四センチなのだな。私と同じくらいかと思っていたが、二センチ低いようだ」
「ハルカがでかいんだよ」
譜面を閉じた司が、立ち上がってこちらに歩きながら言った。仙石は不満そうに司を見ていた。
「あと二センチだろ。仙石なんて、おれがすぐに追い抜いてやる」
人差し指を仙石に向けてぼくは挑発的に言ってやった。仙石はきょとんとしていたが、やがて眼鏡をずり上げると「期待して待っている」と恥ずかしそうに微笑んだ。思った通り、身長がコンプレックスのようだ。多分以前のおれと同様、自分より大きい同級生を見たことがないのだろう。仙石は女子だ。女子が一番大きいことは、多分恥ずかしいという気持ちもあるのだと思う。
司は百五十センチ前半くらいだろうか。まだ仙石には遠いようだ。
「お父さんは自由業、お母さんは内職、お兄さんは中学二年生か」
仙石が読み上げ、ぼくが補足した。
「母ちゃんは訳あって外で働けないから、家で出来る仕事をしているよ。兄ちゃんはこっちの中学でも野球部に入ったみたい。野球馬鹿だから、家にほとんどいないでトレーニングしてる。ちなみにペルセウスの熱狂的なファン」
「あ、ハルカと同じだね」
顔を上げて司が合いの手を入れた。仙石は大きく頷いた。
「君のお兄さんとは気が合いそうだ。因みに大谷くんはどこか贔屓の球団があるのかい?」
「おれは櫻ナイトメア。松永 ヒュウトのファンなんだ」
「あ、俺も松永好きだな」
司もこの話題に交じって、しばらく三人でわいわい話した。
基本的に探偵倶楽部の活動は、職員室の『忘れ物コーナー』に届けられた落し物を、落とし主を探し出して返すことだが、生徒が直接依頼にくることもあるそうだ。
飼い犬が逃げ出してしまい、一緒に探したこともあったそうだ。大きな案件というのはそれくらいで、平和なものだった。
高田が言っていた「人の粗さがし」なんてしていない。人の役に立つような倶楽部活動なら、ぼくも積極的にやっていきたいと思った。
「我々の活動は、基本的に月水金の三回。そして、大谷くんが部員になった記念に、今回はこんな仕事をしてみたいと思っている」
すでに下校のチャイムがなっているので、仙石は心なしか早口でまくし立てた。教卓の近くに座った司が小さくため息をつくのが見えた。
「名付けて『山岡さんの修学旅行費を隠した犯人を捜せ』だ」
「えっっ」
ぼくと司が同時に声を出した。山岡は修学旅行費が戻った時点でもう良いと言っていたのだから、この件は終息に向かっていたのだと思っていた。
2・続く
「ええと、家族構成は……父、母、兄、おれ。好きな本は、うーん……」
「何だ、大谷くん。本くらい読まないのか?」
仙石が定規で自分の肩をぽんぽんと叩きながらにやにやと笑っている。ぼくよりも背が高い女子なんて、同級生で今までいたことがなかったので少し驚いたが、仙石家は元々早熟型で、小学生で成長が止まるような家系だそうだ。それでも百六十六センチは高いと思う。
「読むことは読むけど、歴史書とか伝記とか漫画とかだなあ」
「結構結構」
仙石が大きな音を立てて拍手をしたが、本を読んでいた司が顔を上げて「ハルカ、うるさい」と一喝していた。そんな司を横目で見ると、仙石はぼくに向かって口を開いた。
「見ろ、大谷くん。司はいま譜面を読んでいる。頭の中はきっとおたまじゃくしでいっぱいだ。流行りの漫画の話題を振っても、司には通じない」
困惑したように言われたが、ぼくだって同じようなものだ。
「残念だけど仙石、おれも同じようなものだよ。でも、仙石の愛読書は何となくわかるよ。推理小説や探偵小説、ハードボイルドだろ?」
仙石はパチンと指を鳴らした。いちいち派手なリアクションだ。
「正解だ。さすが大谷くん。噂通りの洞察力だ。因みに、最近は清正 醍醐先生の音の無い世界が気に入っている。雑誌連載しているのだが、知っているかい?」
「あー、うん、聞いたことある気がする」
ぼくは適当に頷いて鉛筆を動かした。百問のうち、まだ三十五問までしか終わっていない。こんな雑談をしていては、いつ帰れるのかわからないからだ。
「ハルカ、たくみを集中させてやれよ。お前が見張っていたら、書きづらいだろ? ハルカの好きな、清正先生の本でも読んでなよ」
静かな声でそう言って、司は清正 醍醐の『空中楼閣』を机に置いた。仙石はまだぼくに話しかけようとしていたが、やがて諦めたのか司の席の側へ行き、本を取り上げて読書を始めた。
ようやく百問終わる頃には、すでに午後五時を回っていた。倶楽部終了の鐘が鳴り、ぼくは同時に鉛筆を置いた。
「やっと終わった」
ぐったりと机に突っ伏すると、本を読んでいた仙石が顔を上げて「ご苦労だったね」と元気に声をかけてきた。部長だからか、偉ぶっていやがる。
そして百問質問用紙を取り上げると、張り切って読み始めた。
「おや、大谷くんの身長は百六十四センチなのだな。私と同じくらいかと思っていたが、二センチ低いようだ」
「ハルカがでかいんだよ」
譜面を閉じた司が、立ち上がってこちらに歩きながら言った。仙石は不満そうに司を見ていた。
「あと二センチだろ。仙石なんて、おれがすぐに追い抜いてやる」
人差し指を仙石に向けてぼくは挑発的に言ってやった。仙石はきょとんとしていたが、やがて眼鏡をずり上げると「期待して待っている」と恥ずかしそうに微笑んだ。思った通り、身長がコンプレックスのようだ。多分以前のおれと同様、自分より大きい同級生を見たことがないのだろう。仙石は女子だ。女子が一番大きいことは、多分恥ずかしいという気持ちもあるのだと思う。
司は百五十センチ前半くらいだろうか。まだ仙石には遠いようだ。
「お父さんは自由業、お母さんは内職、お兄さんは中学二年生か」
仙石が読み上げ、ぼくが補足した。
「母ちゃんは訳あって外で働けないから、家で出来る仕事をしているよ。兄ちゃんはこっちの中学でも野球部に入ったみたい。野球馬鹿だから、家にほとんどいないでトレーニングしてる。ちなみにペルセウスの熱狂的なファン」
「あ、ハルカと同じだね」
顔を上げて司が合いの手を入れた。仙石は大きく頷いた。
「君のお兄さんとは気が合いそうだ。因みに大谷くんはどこか贔屓の球団があるのかい?」
「おれは櫻ナイトメア。松永 ヒュウトのファンなんだ」
「あ、俺も松永好きだな」
司もこの話題に交じって、しばらく三人でわいわい話した。
基本的に探偵倶楽部の活動は、職員室の『忘れ物コーナー』に届けられた落し物を、落とし主を探し出して返すことだが、生徒が直接依頼にくることもあるそうだ。
飼い犬が逃げ出してしまい、一緒に探したこともあったそうだ。大きな案件というのはそれくらいで、平和なものだった。
高田が言っていた「人の粗さがし」なんてしていない。人の役に立つような倶楽部活動なら、ぼくも積極的にやっていきたいと思った。
「我々の活動は、基本的に月水金の三回。そして、大谷くんが部員になった記念に、今回はこんな仕事をしてみたいと思っている」
すでに下校のチャイムがなっているので、仙石は心なしか早口でまくし立てた。教卓の近くに座った司が小さくため息をつくのが見えた。
「名付けて『山岡さんの修学旅行費を隠した犯人を捜せ』だ」
「えっっ」
ぼくと司が同時に声を出した。山岡は修学旅行費が戻った時点でもう良いと言っていたのだから、この件は終息に向かっていたのだと思っていた。
2・続く
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