夢幻の花

喧騒の花婿

文字の大きさ
上 下
20 / 41
FILE2『嘘で塗られた自分の体』

10・ごめんなさい、お母さん

しおりを挟む
「あの、清正先生。小説家になりたかった頃、自分の夢をご両親に話しましたか? 協力してくれましたか?」


 私は恐る恐る聞いてみた。清正先生はふと私を見ると、昔を思い出すように目を天井に向けて腕を組んだ。


「いや、言わなかったな。恥ずかしかったし、夢物語と嘲笑されるのが怖くて、言えなかった。臆病者のくせに自尊心が高かったので、友達にも言えずにいました。ただ、祖母だけには話していました。私はばあちゃんっ子で、祖母は手放しで私の夢を応援してくれていました。その祖母は、私が小説家になることが出来たことを知らずに亡くなりましたが」


 私は真剣にその話を聞いた。ジソンシンという言葉がわからなかったので、後で調べてみようと思った。


「やっぱり、ご両親は厳しい方なんですか? だから夢を話せなかったのですか?」


 私の立て続けの問いに、清正先生は少し驚いていたようだ。隣にいる亜紀ちゃんも驚いた目をして私を見つめていた。


「そうですね……単純に、気を許せる人が祖母だけだったのだと、振り返った今はそう考えます」


 気を許せる人か。私にはいるだろうか。本心を曝け出して自分の全てを明かせる人。ママやパパにすら話せないけれど、この人になら話せるという信頼感のあるような人。亜紀ちゃんは、どうだろう。私の悩みや誰にも言えないことを話したとしたら、笑わずに味方になってくれるだろうか。果たしてこの世界に、私の味方はいるのだろうか。




 九月はまだ始まったばかりなので、今日は話を聞くだけで倶楽部を終わることにした。菓子折りをあげたときは、「ありがとう、好物なんだ」とはにかんだように笑い、そのときは清正先生が子供っぽく見えた。


 亜紀ちゃんと二人で帰る途中、寄り道をしたいと言ってきた。寄り道はもちろん小学校で禁じられているので反対だったけれど、押しが弱く気も弱い私は、亜紀ちゃんに押し切られて本屋に寄ってしまった。


 清正先生の本を買うと張り切って、彼女は二冊も買っていた。亜紀ちゃんはすっかり清正先生のファンになったようだ。「クラスの男子なんかとは比べ物にならない紳士」らしい。それならば結婚しているのかを聞けばよかったのに、亜紀ちゃんはそういうのは照れて問えない人なのだ。本のタイトルは『音の無い世界』と『空中楼閣』だった。本屋でパラパラとめくってみたけれど、私には難しいようだった。亜紀ちゃんに釣られて、私は音の無い世界だけ買ってみた。何故そちらにしたかと言うと、ただ単純に空中楼閣よりもページ数が少なかったからだ。


 塾に行くまで、私は音の無い世界を読んでみることにした。ベッドに横になって読んでいると、部屋がノックされた。私は急いで本を枕の下に隠した。


「愛美、入るわよ」


「お母さん? どうしたの……」


 私は、ママがノックをする前に部屋にやってくる足音で彼女の機嫌がわかるようになっていた。今日のママは怒っている足音だった。


「お隣のおばさんが、今あなたが本屋に寄り道しているのを見たらしいわ。本当なの?」


 私は心臓が跳ね上がった。私はベッドから起き上がるとママに向かって歩いた。ママは今日も綺麗にお化粧をしていた。


「ち、違うの。私じゃなくて、友達が寄りたいって……」


 怒っているときのママの目が怖くて、私は小さな声でそう言った。ママは私の部屋に大股で入ってくると、仁王立ちをして私を見下ろした。


「寄り道したのね?」

「う、うん……」


 ママは教育熱心だ。彼女が最も忌み嫌っているのは、ルールから外れること。つまり、小学生の道草もこれに含まれる。


「寄り道なんかして、家に変な噂でも立ったらどうしてくれるの?」


「ごめんなさい、お母さん」


 鈍い痛みとともに、私の二の腕に痛みが走った。強く掴まれたのだと気付いたけれど、反抗するともっとひどい仕打ちが待っていることを長年の経験で知っていたので、私は耐える。ようやく治ってきたと思っていた青あざは、また鮮やかな紫色となって私の腕を彩り始めるだろう。


「斜め向かいの麗子ちゃんは、聖マリーベル中学を受験するそうよ。家庭教師も呼んで頑張っているのに、あなたは何をしているの?」


 私学受験をしなさいとママが強く言うので、私は中学受験をする。でも私は聖マリーに入れるだけの学力がないので、レベルを二段階落としていた。それがママには気に食わないのだ。


「もう絶対に寄り道しません、許して、お母さん」


「あなたの絶対は信用出来ないのよ」


 激高する、という言葉が似合った。顔を真っ赤にして唇を震わせるママのこの状態を、私は何度も見てきた。彼女が私の背中を叩き終わり、我に返って泣きながら私を抱きしめるまで、うずくまって耐えて待つのが恒例だった。ママに嫌われたくない。怖くて痛く、永遠のような時間だったけれど、ママの怒りが収まるまでの辛抱だ。叩くけれど、きちんとご飯を作ってくれるし、洋服だって買ってくれる。休日、家族で出掛けるときには、ママのお化粧品で私に薄く化粧をしてくれる。大好きなママに戻る間、何をされても私はじっと耐えられる。もうすでに叩かれる痛みでは泣けなくなってしまっていた。

10.続く
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

GIVEN〜与えられた者〜

菅田刈乃
青春
囲碁棋士になった女の子が『どこでもドア』を作るまでの話。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~

八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」  ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。  蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。  これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。  一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

モブが公園で泣いていた少女にハンカチを渡したら、なぜか友達になりました~彼女の可愛いところを知っている男子はこの世で俺だけ~

くまたに
青春
冷姫と呼ばれる美少女と友達になった。 初めての異性の友達と、新しいことに沢山挑戦してみることに。 そんな中彼女が見せる幸せそうに笑う表情を知っている男子は、恐らくモブ一人。 冷姫とモブによる砂糖のように甘い日々は誰にもバレることなく隠し通すことができるのか! カクヨム・小説家になろうでも記載しています!

処理中です...