夢幻の花

喧騒の花婿

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FILE2『嘘で塗られた自分の体』

1・優しい柏木くん

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 運動会に向けて、練習が始まる時期になったけれど、私はどうしても気分が乗らなかった。

 あまり運動が得意ではないし、嫌なことを思うとすぐにお腹が痛くなってしまうから。


 今日も、二時間目が体育だ。私はそのことを思っただけでチクリと胃が痛くなった。六年生は全体ダンスを披露するけれど、私はいつも出だしが一歩遅れて、練習もやり直しになってしまう。そのことを朝からずっと考えている。



「愛美、顔色悪いよ。保健室、行く?」


 猪俣 亜紀ちゃんが声をかけてくれた。三年生のときからクラスが一緒で、大人しいグループに所属していたから、何となく五年生から一緒に行動するようになった、私の一番の友達。



「ううん、大丈夫。もう少し頑張ってみるね」


 本当はキリキリと胃が痛むけれど、また保健室に行ってしまうと、女子に色々と言われてしまうだろうから、私は断った。
 お腹を押さえて机に座っていると、隣の席の男の子が声をかけてきた。


「山岡、俺湿布もらいに保健室行きたいんだけど、付き添ってくれないか? 確か、保健係だったよな」


「あ……うん、いいよ」


 普段静かな声で話すのに、彼は大きな声で私に言った。


 保健室に行くと、保険医の中川 泰仁先生がすぐにこちらに来てくれた。のっそりと歩く姿に、クラスの女の子たちは『白くまみたいで可愛い』と話しているのを知っているけれど、私はいつも雪山をゆっくりと歩く雪男を連想する。ふわふわの髪の毛の後頭部は、必ずと言って良いほど毎日違う場所に小さな寝癖が付いていた。優しいから生徒に人気が高く、男女問わず気軽に話しかけられている姿を目撃する。


 私は、保健室に通う頻度が割合高いので、中川先生にお世話になることが多かった。


「おお、どうしました、山岡さん、顔色が悪いね。少し横になっていなさい」


「あ、いえ。私じゃなくて……柏木くんが……」


 一緒に来てくれた柏木 司くんは、私を見てから頷いた。


「俺は湿布をもらいに来たんですけれど、山岡もたまたま体調悪いみたいだから、寝させてもらえば?」


「そうしなさい、山岡さん。柏木くんは湿布だね。こっちに来てごらん」


 優しい人だ。きっと、私が何かあるとすぐに保健室に行くことを気にしていると、見抜いていたのかもしれない。だって彼は、探偵倶楽部だもの。だから、自分の用事で保健室に行くんだよ、と、クラスのみんなに大声で知らせてくれたのだ。優しい人。



「どこを怪我したのです? また仙石さん?」


「あ、いや。ハル……仙石じゃない友達が背中を打って痛がっているので、代わりにもらいにきました」


 中川先生は「ああ」と思いついたように声を出した。


「昨日の子ですかね。けんかして、背中を打った転校生。青あざになっていなければいいけど」


 大谷 たくみくんのことだ、と私はピンときた。波長が合うようで、あまりクラスでも群れることのない柏木くんが、珍しく人とつるみ始めたみたいだった。


1.続く
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