夢幻の花

喧騒の花婿

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FILE3『無自覚と功罪』

8・まるで聖女のように

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「結城さんは確か、カガリスポーツ専属モデルのWATARUが好きだと騒いでいたかな」


 仙石がぽつりと呟いた。


「え、知ってるの?」


「ああ。君は知らないのか? 日に焼けた小麦色の肌、甘いマスクに甘い声。サクラと噂になっているのが気になるが、ここだけの話、実は私もファンなのだよ」


「いやいや、WATARUくんの話じゃねえよ! 結城 沙奈を知っているのかって聞いたの」


 ぼくが叫ぶと、仙石はわざと片目を瞑って耳を押さえる仕草をした。嫌味なやつだ。


「君の地声は耳と脳に響くから、あまり興奮しないでくれ。三、四年生のとき同じクラスだったのだよ。そのときから彼女は芸能通だったな」


「そうなんだ」


 ぼくたちは急いでアイドル倶楽部とやらの教室へ行くことにした。五年三組を拠点としているそうだ。


 仙石が言うには、アイドル倶楽部は毎年人気で、三十人くらい部員がいるのではと、それはそれは羨ましそうな声で呟いていたのが印象的だった。


「結城さん、いるかい?」


 非常に賑やかな倶楽部で、自分たちの好きなアイドルの自慢話を繰り広げていたが、仙石が声をかけた途端、結城が一瞬面倒そうな表情をして立ち上がった。


「なに、仙石さん? 今倶楽部中なんだけど」


「話がある。あまり人目に付かないところに行こう」


 しばらく結城は拒否していたが、後ろにぼくが控えているのを見て、少し驚いたようだった。ぼくを見上げた後、大人しくなって頷いた。


 屋上は普段鍵が掛かっていて、誰も出入り出来ないようになっているというところを逆手に取り、屋上のドアの手前に、ぼくたちは座った。声が響いてしまうが、誰も通らないからきっとばれないだろう。


 ぐだぐだされるのは嫌いだったので、ぼくはストレートに質問をぶつけてみた。


「山岡の修学旅行費を盗み、新聞倶楽部の会報の裏に貼ったの、お前だろ」


 それだけ言うと、結城はガクガクと膝を震わせ、力が抜けたように項垂れた。


「ど、どうして……」


 声にならない震えた声を出した後、結城の顔は涙でグショグショになっていた。どうせばれないとでも思っていたのだろう。


「わ、私じゃなくて、いの……」


「猪俣はやってねーよ。山岡と仲の良い猪俣が疑われるように、新聞倶楽部の会報の裏に貼ったのかな、とは思ったけど」


 ぼくの追撃に、結城は口を噤んで唇を震わせた。自家の経営する煎餅屋にケチを付けられたと思い、記事を書いた山岡を恨んでいたのだろうと言うと、結城は観念したように頷いた。


「頑張って家族で切り盛りしているのに、ただ家のことを何も知らない人に批判され、それを学校内に記事として貼られた私の気持ちはわかる? そして、まるで聖女のように『私は間違ったことを書いていません』とでも言いそうなあの顔。私は、あいつを困らせてやろうと思って、修学旅行費を盗んだの。山岡さんの家、ママが厳しいから、旅費を無くしたことも伝えられないと思ったの。そうすれば、修学旅行も行けなくなって、ざまあみろだわ、と……」


 そう言うと、結城は顔を覆って泣いた。困惑したように頭をカシカシとかいた仙石が、結城の肩を力づけるように叩いていたのを見て、ぼくも結城にハンカチを差し出した。


「今日、おれハンカチ二枚持ってるから……」


「……君はハンカチ王子か」


 ぽつりと呟いた仙石に、ぼくはじろりと睨み付けてやった。


 結城が落ち着いたら、とにかく公にはしないから安心しろということ、ただ迷惑をかけた山岡には謝った方が良いという助言をして、その場を立った。


 結城は倶楽部に戻らず、このまま帰るというので、ぼくと仙石は結城を下駄箱まで送って行った。


 どこかすっきりした空気がぼくと仙石の間に流れていた。この件は、司には話しておこうということになったので、司にだけは伝えた。勝手なことをしたぼくたちを、呆れ気味に見て、その後叱られた。


 次の週、結城 沙奈は一日も学校にこなかった。


FILE3.終わり
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