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【44】残された時間

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「ミミ、アニーが悪いんじゃないんです。俺が不甲斐ないばかりに彼女に負担を強いてしまって……」

「どんな?」

 アニーを庇うダリウシュに、ミシェルは強い口調のまま問い質す。

   ダリウシュは逡巡し、正直に話し始めた。

「アンバーとアニーとの折り合いが悪く……二人のパートナーとして俺が仲を取り持たないといけなかったのに、アニーにばかり我慢を強いたんです。それで彼女のストレスが爆発して……」

 眉を八の字にし背中を丸めて謝罪するダリウシュ。

   その姿にミシェルは母性本能をくすぐられたようだ。

   我慢しなさいというような眼差しを向けられ、アニーの怒りに火がつく。

「あたしも我慢したんだよ。でも毎日ネチネチ陰口を言われて!それに彼女が女主人みたいに振る舞うのもなんか腹たつ!彼の恋人はあたしなのに、あたしが遠慮して小さくなって暮らさなきゃいけないって変でしょ⁉︎」

 ミシェルは「そうね、わかるわ。貴女も辛いのよね」と一応は反論せずにアニーの言葉を受け止めてくれる。

「でもね、アニー。アンバーの立場になって考えてみましょう?彼女がが貴女を気に入らないのは当然だと思うわ。貴女は彼女から元カレもキャリアも、全て奪ったのだもの」

 奪ったのわけではない!とアニーは口をへの字にする。

「そうね、貴女が奪ったわけじゃないけれど……彼女の立場からすると、そう思われても仕方ないわ。きっと彼女は貴女に怒りをぶつけないとやっていられないほど、辛いのよ」

「ダリウシュと付き合ってるから出てけって言われても、私が我慢しなきゃいけないの?」

 ミシェルは凄い形相でダリウシュへ振り返った。

   疑われたダリウシュはブンブンと首を横に振る。

   ちょっとタジタジなのが面白い。

「彼女とはビジネスパートナーです!そういった事は誓って!ありません!!」

「……彼はこう言ってるんだから、もっとダルを信じないと」

 納得がいかなくて、アニーは口を尖らせ「でもでもだって」と呟く。

「それと……ちょっと仕事が遅くなったり、以前より彼がそっけなくなったからって、直ぐに浮気⁉︎って疑っていたわよね。貴女、思い込みが激しすぎるわよ。仕事が忙しい時は、構ってる余裕はないし、態度もそっけなくなるものよ。それにちょっと潔癖すぎるわ。だれにだって過去や人付き合いがある。彼にもね。それがあるから今のダルがあるのよ。それを認めて尊重しなきゃ」

「わかってるよ!……でも、ダルの事が好き過ぎて、我慢できない時があるの!」

 アニーの言葉にミシェルは溜息をついたが、ダリウシュは目に見えて暗い表情を明るくさせた。

「我慢できなくても、それは貴女自身で消化できるように努力しなきゃ。ダルに完璧を求めちゃダメよ。貴女だって完璧な人間ではないでしょ。もっと冷静に、自分を保って、お互いに落とし所を探すのよ」

「信じるってどうやって⁉︎毎日彼女と遅くまで一緒にいて碌に話もできないのに、何をどう信じればいいの⁉︎私だって彼の仕事の邪魔にならないように、いっぱい我慢したのよ!会話する暇もないのに、どうやって落とし所を探せばいいのよ!!」

 嫉妬深い自分。

   ダリウシュの事で頭がいっぱいで何も手につかない自分。

   こんなの間違ってると思いながらも、自身をコントロールできない不甲斐ない自分。

 それを自覚してるからこそ、少し距離を置くべきだと考えたのだ。

   これ以上、彼を好きにならないように。

「それは……」

「信じられないから、彼の元を離れたの。それに特区は楽園なんかじゃない」

 半泣きになるアニーに、ミシェルは顔を曇らせる。

「やっぱり貴女いじめられてるの?」

 アニーは顔を背けたが、涙が溢れた。

   これじゃあ肯定したようなものだ。

 保護されて以来、ミシェルの心配事は、アニーが特区でやっていけるか。

   天妓達に仲間にいれてもらえるかだった。

 だから心配かけたくなくて、ずっと隠してきたのに。

   全て水の泡だ。

「天妓達から嫌われてる事なんか、気にしてないよ。ただあたしは此処のほうが気楽なの。ミミの容体だって、全快じゃないし。あたし、絶対に帰らないよ」

「竜王戦はどうするの?今月が正念場でしょう。先月、一人で訓練を頑張ってたじゃない。今月はダルも一緒だって……」

「竜王戦には…………出ないよ」

「アニーっ!!」

 ミシェルがとんでもないと大声を張り上げる。

   ダリウシュは僅かに驚いたが、覚悟していたのか直ぐに無表情になった。

「馬鹿な事いわないで!出なんてどういうつもり⁉︎絶対に許さないわよ。竜王戦には出なさい。いいえ、出なきゃダメよ。絶対にダメ
 !!」

 アニーは視線を背けたまま首を横に振った。

   ミシェルは骸骨のような身体を失意で震わせ、鳶色の瞳に大粒の涙を浮かべた。

   そんな母の姿に、アニーの視界も滲み涙が溢れる。

   喉元に苦しい思いがせり上がった。

「ミミ……先生から言われたの。もう次はないって…………わかるでしょ?」

 シーツを握る母の骨ばった手を包む。

   きっとミシェル自身が誰よりも一番、もう長くないって感じていると思う。

   アニーだって悔しくて、悲しくて、気が狂いそうだ。

 残りの時間をどう過ごすか。

   そんな残酷な将来設計たてたくない。

   でも……どうにもならない。

   もう奇跡は起きない。

 責めるような視線を向けていたミシェルは、愛娘の苦しい胸の内を察し、視線を逸らし俯いた。

   そして嗚咽を噛み殺して静かに涙を溢した。

「そんな時に竜王戦なんて無理だよ。あたし、ミミのそばにいたい……お願い、なんでもする。だから、そばにいさせて」

「…………私のせいでチャンスをドブに捨てるの?」

「チャンスはまた来るかもしれない!でも……でもっ……」

 その先は言葉にできなかった。

   これから過ごす時間は二度と訪れない、だなんて。

   瞼を閉じたミシェルは何も言わなかったが、思い詰めた表情だった。
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