【完結】酔い潰れた騎士を身体で慰めたら、二年後王様とバトルする事になりました

アムロナオ

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【20】情動

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 リンリンリン!と自室の黒電話が鳴っている。

   母からだと身体を強張らせた。

   ミシェルもこのニュースを目にしたに違いない。

   母はどれほど心を痛めているだろうか。

   容易く想像できるだけに、その電話が死刑宣告のように感じた。

   震える手で受話器を耳に当てると、母の泣き声が届く。


『ごめん、アニー!私のせいで、本当にごめんね』

 ミシェルは最初の一言めから、死にそうな声で謝罪してきた。

「ミミ……落ち着いて、ミミのせいじゃないわ。私が選択して、私がやったことよ。ミミは関係ない!」

『私がいなければ、貴女はあんな事しなかったはずよ!私がさせたも同然だわ』

 激しく啜り泣き、受話器に入る呼吸音がくぐもり苦しそう。

   こんなに興奮して大丈夫だろうか。

   アニーはなんとか母を落ち着かせようとした。

「違う!誰のせいでもない、自分の意思でやったのよ。それに被害者には賠償金が支払われる事になってる。ダリウシュが、だけど。私も働いて返そうと……」


『私のせいよ、私が悪いんだわ』

「ミミ?ねぇ、大丈夫?落ち着いて…」

『私が貴女をダメにしたんだわ、私のせいで… …』

「ミミ!」

 号泣する声が響いた後、ゼェゼェと荒い呼吸音が続く。

「ミミ!ミミ?……大丈夫⁉︎、ミミ!」


 バタバタと複数の足音と金属音がし、その間もアニーはミシェルの名前を呼び続けた。

   おそらく数分、しかし永遠とも思えるほど長い時間が流れ、

『アニー=ランダーさん?

   ミシェルさんは緊急措置が必要です。

   落ち着いたら此方からバルトミール侯にお電話いたしますので!』

   と早口で言われた。

「あのっ!母は……母は大丈夫ですか?」

『……まだわかりません。では失礼します』


 プープーと和中音ビジートーンが虚しく響く。

   状況が理解できず呆然としたが、唐突に”壊れたかもしれない”と思った。

   何が壊れたのか、何を壊したのか、わからない。

   でもそう思ったのだ。

   背筋を強い悪寒が駆け抜け、心底ゾッとした。

   もう何が何だかわからない。


 ーー逃げなきゃ


 とにかくこの場から離れたい。

   自室を出て屋敷の真ん中、玄関ホールへと繋がる回廊を情動じょうどうのまま駆け下りた。


「アニー様!?」

 リンゴがアニーを呼び止める。

   使用人部屋から顔を出すメイド達も、どこか冷めた目をしている。

   突き刺すような視線に、これからずっとこんな目で見られるのだと悟った。

 自業自得だから仕方ない。

   しかし母までそんな目で見られ迫害されたら……蔑みの視線が剣山となり母の骨ばった背中に突き刺さる想像をし、叫びたくなってアニーは走って逃げた。

 背後でリンゴの引き止める声がしたが、アニーの耳には届かない。







 夢中で駆け出し、気がつけば森の奥の湖畔にいた。

   空は茜色に染まり、家も木々も湖も全てを真っ赤に染める。

   鬱蒼うっそうとした森はどの方角も同じようにみえる。

   何処からきたのか何処へ帰ればいいかわからなくり、しばしその光景をぼんやり眺めた。


 やがて日が落ち、空が紺青こんじょうに包まれる。

   湖面から靄が立ち上り、強い雨の匂いが漂う。

   シトシトと小雨が降り始め、対岸の家屋の灯りを反映した水面に、幾つもの波紋を作った。


 ミシェルとダリウシュが望むならタイトル戦に出場する。

   母の期待に応えたい。

   でもダリウシュにとっては、自分ではなくアンバーと出場するほうが良いのではないか。

   そしてこうなってしまった以上、出場しなほうが母への心労が少ないのでは。


 何より恐ろしいのは、ストレスで最悪の結果を招く事。

   そうなったら自分が許せない。

   グルグルと考えながら、アニーは雨に打たれた。

   小さな雨粒でも、打たれ続ければやがて濡れ鼠になる。

   ブーツは泥にまみれ、衣服から雫が滴り、みすぼらしかった。


 まだ夢の中にいるみたい。

   商店街のアーケードを通り過ぎると屋台が並ぶ。

   安いケバブを買って、公共風呂に行く。

   自分へのご褒美にジュースを買い、売店で立ち読みし、テレビを眺めて時間を潰す。

   人から注目を受け期待される事も、人間関係で悩む事もなかった日々。

 和親族として暮らしたあの場所が懐かしい。

   対岸のあの場所が私の帰る所。

   それなのに、どうしてこんなところにいるんだろう。


   戻りたいと思った瞬間、肩を掴まれた。

 身体が浮くほど強い力で引かれ、驚き振り返ると、ダリウシュがいた。

   雨に濡れ、息を弾ませ顔を歪ませ、焦ったような、苦しそうな表情をしている。

 どうして……と訊ねる前に、強く抱き締められた。

   頬にナポレオンジャケットの刺繍がぶつかり、太い腕がアニーの背中を締め付ける。

 訳が分からず見上げると、ダリウシュは必死な形相で「心配した」とだけ呟き、アニーの頭に唇を寄せてギュッと目を閉じた。

   心から安堵したのか、彼の指先は微かに震えている。


 素手で心を掴まれたような……ダリウシュの熱い想いが身体の隅々まで流れ込んでくる気がした。

   不安と孤独に押し潰されそうな心が解ける。

   こんな自分にも心配してくれる人がいる。

   探してくれる人がいる。

   抱き締めてくれる人がいると、喜びに変わる。

   それは冷たくなったアニーの心に十分過ぎるほど響いた。


「ごめ……」

 一度謝ると、涙が溢れてくる。

   アニーは何度もごめんと呟く。

   ミシェルに自責の念を抱かせてしまう自分が、ダリウシュに頭を下げさせてしまう自分が、恥ずかしい。

 でもどうすればそんな自分から抜け出せるかわからない。

   何に対しての謝罪なのか。

   それすらも見失いながら、アニーは謝罪し続けた。


 黙ってそれを受け止めていたダリウシュは、おもむろにアニーの足をすくい上げる。

   虚をつかれ涙と謝罪が止まったところで、ダリウシュは「舌を噛むなよ」と忠告し走り出す。

 泥濘ぬかるみや木の根を楽々と飛び越え、急勾配の山道もアニーを腕に抱えたまま、難なく登ってゆく。

   すごい馬力で、これが竜騎族の力かとしみじみ思った。


 あっという間に館につき、介助を引き継ごうとするリンゴを退け、ダリウシュ自らアニーを客間のバスルームに運んだ。

   どうして客間なのだろう。

   自分はもうあの部屋に居られないのかな。

   部屋を移る時はあんなにすったもんだあったのに、いざ追い出されそうになると惜しくなるなんて。

   自分の強欲さにヘコむ。


 服のままバスタブに入り、そこでようやくダリウシュはアニーを下ろした。

   バルブが周り、勢いよくお湯が注がれる。

   靴についた泥が流れ落ちバスタブを汚してしまったが、彼は一向に気にしなかった。


 バスタブを出てダリウシュは自身のブーツを足から引っこ抜く。

   そしてアニーのも同じように引き抜こうとした。

「自分でやる」とやんわり拒否ると、彼は一言も喋らずバスタオルを頭に被り、アニーにはバスローブを羽織らせてくれる。

 それから靴を脱ぎ終わったアニーを再び担ぎ、素足でのしのしと闊歩かっぽする。

   使用人達の好奇の視線を受け、アニーは顔を上げられなかった。


 慣れた部屋にたどり着きほっとしたのも束の間、またバスタブへ連行される。

「服のままでいいから温まって」

 有無を言わさぬ雰囲気にアニーは黙って従った。

   何かを主張したり反論する心の余裕もなかった。 

   バスタブの半分に湯が溜まる頃、バスローブ姿のダリウシュが我が物顔でやってきて、アニーの目の前で全裸になり湯の中へ入ってきた。


 いや、此処は彼の部屋の浴室だけれども!

   アニーは焦りで「あぅ…そ…ぁ、で」と声にならない呻き声を漏らし、逃げ出そうと脱兎の如く立ち上がったが、彼のほうが俊敏だった。

 腕を掴まれ、下から見上げられる。

   矢に射抜かれたようにアニーは固まった。

   漆黒の瞳には情欲が宿り、見つめられると胸が苦しくなる。

 アニーの肌がブルッと粟立った。

   魔法のように彼に引き寄せられていく。

   抱き締め繋ぎとめて欲しいと、恥も外聞もなく願った。

   例え一番でなくとも構わないからーーと。
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