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【11】夢心地
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「さて、それでは今後の話をしよう。アニー=ランダーはバルトミール侯預かりでよいか?」
「はい、勿論です」
「イヤよ、ダリウシュ!そんな娘と一緒に暮らすなんて絶対に嫌っ!」
アンバーの金切声が響き渡った。
頬を赤くし目尻を釣り上げ睨みつける彼女は、拳を震わせ怒髪天を衝く勢いだ。
先ほどとは比べものにならないくらい怒ってる。
「第一その娘は天妓としての教養も常識もないじゃない。通常なら、それらを習得するまで議事堂で暮らす習わしでしょ!まずは議事堂で暮らさせて!」
「うちから通って習えばいいだろ。一度、契りを結んだ以上、責任はとる」
”責任”という単語に少しがっかりする。
二年前、探していたのも、責任を果たしたくて……なのね。
勝手にほのかな期待を抱いてしまっていた。
「二年も会ってなかったのに、今さら責任とる必要なんかないでしょ!」
「それは彼女が天妓だと知らなかったからだ!知っていたら放置しなかった!!」
ダリウシュの声もどんどん荒ぶってゆく。
メディア上ではあんなに仲良く笑顔を振りまいていたのに、実際の二人の様子は意外に険悪だ。
「その娘を屋敷に迎えるなら、私が出て行く!タイトル戦にも出ないから!」
「……!!」
ダリウシュはぐっと彼女を睨み、彼女もまた目を真っ赤にして睨み返した。
やがてダリウシュは深いため息をつく。
自分の中に沸き起こる嵐を鎮めるかのようだった。そして「そうか」と短く答えた。
「ダリウシュ!!」
アンバーの悲痛な声。
目を真っ赤にし、涙を潤ませている。
テレビでは気丈な姿しかみせない彼女のその様子に、アニーはオロオロと戸惑った。
突然シャーロットが立ち上がり、「帰る!!」と宣言する。
自由かよ!と驚くも、オスカーも同調し「そうね、後はバルトミール侯爵家の皆様でごゆっくり」と立ち上がる。
ドルジの「では解散!」の号令に、各々動き始めた。
「いこう」
ダリウシュはアニーの腕を掴み、扉へと歩き出す。
「え…でも!」
アンバーに視線を戻すと、鼻を真っ赤にして俯き涙を零していた。
失意に打ちひしがれる姿が痛々しく、アニーの心も痛みを覚えた。
黒塗りの車に押し込まれ石畳で舗装された坂道を下る。
すっかり夜も更け暖色の照明でライトアップされた議事堂は、キリマ山に浮かぶ黄金の城。
半円形のアーチ塔が夜空に伸び、左右対称の小窓と装飾が鍵盤のように並ぶ。
議事堂を頂点として山肌に沿い貴族達の古城が林立し、城郭都市を形成する。
竜騎士として身を立てタイトル戦を勝ち上がった者、もしくは金にモノを言わせ爵位を得た者が貴族となり、政治への参加権を得る。
ダリウシュは前者だった。
どの館も競うように豪華絢爛な装飾が施され、覗く庭木は整い、照明一つにも美が追求されており、和親族が狭くるしく暮らす木造建物とは全然違う。
これが特区かと、アニーは呆然とした。
車ひとつをとっても、特権階級と一般階級には大きな差がある。
和親族は車を使う事を禁止されている。
徒歩、公共バス、汽車が主な交通手段で、車を使えるのは軍と政治家だけだ。
アニーは初めてバス以外の車に乗った。
窓ガラスには同じく車外を眺めるダリウシュの姿が反射して写っている。
頬に当たる街灯の光が影を創り、より男の美丈夫ぶりを際立たせる。
馴染みのない豪奢な空間に極上の男。
まるで自分がお姫様なったようで、夢心地にふわふわした。
視線に気づいた彼とガラス越しに目が合い、慌てて逸らす。
頭の先から握られた手の拳、薄汚れた靴までじっとり視線を感じる。
みすぼらしい姿に恥ずかしくなり、顔が赤くなった。
車内が暗くて助かった、この顔を見られずにすんだ。
「ウチは特区の端にあるから、少し時間かかるんだ」
ダリウシュの言葉にアニーはやんわり相槌をうつ。
「それとさっきはアンバーがごめん。アイツちょっとキツイ性格で。君に辛く当たったら申し訳ない。でも悪い奴じゃないんだ」
アニーは頷く。アンバーの反応は最もだ。
二人は恋人同士なんだよね?
急に二年前の火遊びが発覚し、あまつその女を家に住まわせるとなれば、どんなに心の広い女でも怒りを覚えるだろう。
ダリウシュが謝罪したり宥め賺さなかったのも驚きだった。
彼女の尻に敷かれているイメージがあったから。
意外に恋人には俺様系なのかもしれない。
二人の仲睦まじい様子に嫉妬していたが、幸せを壊したかったわけじゃない。
涙するアンバーを思い出し、アニーは心苦しくてたまらなくなった。
「あの……彼女を残してきてよかったの?」
「明日、もう一度アンバー話してみるよ」
ピシャリと言い切られ、これ以上は踏みこんでくるなという空気に押し黙る。
先ほどは口論していたけれど、その短い間にも特別な繋がりとアンバーへの情を随所に感じた。
と、同時にこれからの自分の行き先が不安になる。
いつまでダリウシュに保護されるのだろうか。
ある日突然、彼の下から出て行けと言われる日が来るかもしれない。
「母がどうなったか知ってますか?」
第一は母だ。
母が適切な医療を受け平穏に暮らせるなら、他の事はどうだっていい。
議事堂を去り際、懐中時計を返却しながら、母に会えるよう手配するとカロリーナは言ってくれた。
「ドルジから特別に国軍病院へ入ってもらったと聞いている。早急に見舞えるよう手配するよ」
国軍病院は有事の際の特別病院で、一般人には開放されていない。
つまり程のいい人質ってことだ。
ドルジとカロリーナはこれでアニーの首に縄をかけたのだろう。
「はい、勿論です」
「イヤよ、ダリウシュ!そんな娘と一緒に暮らすなんて絶対に嫌っ!」
アンバーの金切声が響き渡った。
頬を赤くし目尻を釣り上げ睨みつける彼女は、拳を震わせ怒髪天を衝く勢いだ。
先ほどとは比べものにならないくらい怒ってる。
「第一その娘は天妓としての教養も常識もないじゃない。通常なら、それらを習得するまで議事堂で暮らす習わしでしょ!まずは議事堂で暮らさせて!」
「うちから通って習えばいいだろ。一度、契りを結んだ以上、責任はとる」
”責任”という単語に少しがっかりする。
二年前、探していたのも、責任を果たしたくて……なのね。
勝手にほのかな期待を抱いてしまっていた。
「二年も会ってなかったのに、今さら責任とる必要なんかないでしょ!」
「それは彼女が天妓だと知らなかったからだ!知っていたら放置しなかった!!」
ダリウシュの声もどんどん荒ぶってゆく。
メディア上ではあんなに仲良く笑顔を振りまいていたのに、実際の二人の様子は意外に険悪だ。
「その娘を屋敷に迎えるなら、私が出て行く!タイトル戦にも出ないから!」
「……!!」
ダリウシュはぐっと彼女を睨み、彼女もまた目を真っ赤にして睨み返した。
やがてダリウシュは深いため息をつく。
自分の中に沸き起こる嵐を鎮めるかのようだった。そして「そうか」と短く答えた。
「ダリウシュ!!」
アンバーの悲痛な声。
目を真っ赤にし、涙を潤ませている。
テレビでは気丈な姿しかみせない彼女のその様子に、アニーはオロオロと戸惑った。
突然シャーロットが立ち上がり、「帰る!!」と宣言する。
自由かよ!と驚くも、オスカーも同調し「そうね、後はバルトミール侯爵家の皆様でごゆっくり」と立ち上がる。
ドルジの「では解散!」の号令に、各々動き始めた。
「いこう」
ダリウシュはアニーの腕を掴み、扉へと歩き出す。
「え…でも!」
アンバーに視線を戻すと、鼻を真っ赤にして俯き涙を零していた。
失意に打ちひしがれる姿が痛々しく、アニーの心も痛みを覚えた。
黒塗りの車に押し込まれ石畳で舗装された坂道を下る。
すっかり夜も更け暖色の照明でライトアップされた議事堂は、キリマ山に浮かぶ黄金の城。
半円形のアーチ塔が夜空に伸び、左右対称の小窓と装飾が鍵盤のように並ぶ。
議事堂を頂点として山肌に沿い貴族達の古城が林立し、城郭都市を形成する。
竜騎士として身を立てタイトル戦を勝ち上がった者、もしくは金にモノを言わせ爵位を得た者が貴族となり、政治への参加権を得る。
ダリウシュは前者だった。
どの館も競うように豪華絢爛な装飾が施され、覗く庭木は整い、照明一つにも美が追求されており、和親族が狭くるしく暮らす木造建物とは全然違う。
これが特区かと、アニーは呆然とした。
車ひとつをとっても、特権階級と一般階級には大きな差がある。
和親族は車を使う事を禁止されている。
徒歩、公共バス、汽車が主な交通手段で、車を使えるのは軍と政治家だけだ。
アニーは初めてバス以外の車に乗った。
窓ガラスには同じく車外を眺めるダリウシュの姿が反射して写っている。
頬に当たる街灯の光が影を創り、より男の美丈夫ぶりを際立たせる。
馴染みのない豪奢な空間に極上の男。
まるで自分がお姫様なったようで、夢心地にふわふわした。
視線に気づいた彼とガラス越しに目が合い、慌てて逸らす。
頭の先から握られた手の拳、薄汚れた靴までじっとり視線を感じる。
みすぼらしい姿に恥ずかしくなり、顔が赤くなった。
車内が暗くて助かった、この顔を見られずにすんだ。
「ウチは特区の端にあるから、少し時間かかるんだ」
ダリウシュの言葉にアニーはやんわり相槌をうつ。
「それとさっきはアンバーがごめん。アイツちょっとキツイ性格で。君に辛く当たったら申し訳ない。でも悪い奴じゃないんだ」
アニーは頷く。アンバーの反応は最もだ。
二人は恋人同士なんだよね?
急に二年前の火遊びが発覚し、あまつその女を家に住まわせるとなれば、どんなに心の広い女でも怒りを覚えるだろう。
ダリウシュが謝罪したり宥め賺さなかったのも驚きだった。
彼女の尻に敷かれているイメージがあったから。
意外に恋人には俺様系なのかもしれない。
二人の仲睦まじい様子に嫉妬していたが、幸せを壊したかったわけじゃない。
涙するアンバーを思い出し、アニーは心苦しくてたまらなくなった。
「あの……彼女を残してきてよかったの?」
「明日、もう一度アンバー話してみるよ」
ピシャリと言い切られ、これ以上は踏みこんでくるなという空気に押し黙る。
先ほどは口論していたけれど、その短い間にも特別な繋がりとアンバーへの情を随所に感じた。
と、同時にこれからの自分の行き先が不安になる。
いつまでダリウシュに保護されるのだろうか。
ある日突然、彼の下から出て行けと言われる日が来るかもしれない。
「母がどうなったか知ってますか?」
第一は母だ。
母が適切な医療を受け平穏に暮らせるなら、他の事はどうだっていい。
議事堂を去り際、懐中時計を返却しながら、母に会えるよう手配するとカロリーナは言ってくれた。
「ドルジから特別に国軍病院へ入ってもらったと聞いている。早急に見舞えるよう手配するよ」
国軍病院は有事の際の特別病院で、一般人には開放されていない。
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ドルジとカロリーナはこれでアニーの首に縄をかけたのだろう。
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