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【12】ユージン・クラインは今日も憂鬱

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「……ッキニー准尉、マッキニー准尉!」

 がしかし、氷のように冷たいクライン執務官の声に我に返りった。

「は、はいっ!」


「食堂車へ食事をとりに行きなさい。殿下を待たせるじゃありません」

「は、はい!」


 ぎゃぁぁぁ!クライン執務官にチューしてるとこ見られちゃった。

 サニーのばかぁぁぁ!

 ダニエルは羞恥に顔を真っ赤にして、新兵の如く走り出した。





 大きな胸を揺らして去っていくダニエルの後ろ姿を見送り、サニーは「あまり厳しくするな」とユージンに釘を刺す。


「私ほど優しい男はいませんよ。殿下のために彼女を鍛えて差し上げてるんですから。マッキニー准尉は男爵令嬢といえど、最低限のマナーしかありませんしね。それに少々のんびりした性格のようです。良く言えば図太い、豪胆。悪く言えばバカ、愚鈍」


 ユージンはダニエルが居ないことをいい事に、毒舌を繰り出す。

 彼女が居たとしても、遠慮なく目の前でこき下ろしただろうけれど。

 耳の痛い話題にサニーは渋い顔になった。



「察しも悪く、護衛として殿下の傍に置くには危険な人物です。いつ、あの娘から情報が漏洩するとも限りません。殿下もお気をつけください」

「あぁ、わかってる」


「というわけで、今後あの娘を”公式な愛妾”にするなら、今のうちから心構えと慎みを教えておきましょう」

「お手柔らかに頼むよ」


「もちろんです……ま、私よりも殿下のほうがお人が悪いと思いますがね」

 ユージンの指摘にサニーは悪い男の笑みを浮かべる。



 素知らぬ顔を貫く彼に、ユージンは指摘を続けた。

「殿下がマッキニー准尉に構うほど、彼女は親衛隊や周囲から浮くでしょう。彼女を孤立させ、辞めさせるのがお望みで?本人は護衛任務を全うし、近衛隊に戻るつもりのようですよ」


「可愛がっているだけさ」

「ほどほどになさいませ。か弱き者を力一杯掴んでは、潰してしまいます」


 ユージンの忠告に、サニーは笑みを携えたまま車窓に視線を向ける。

 車外には葉色を変えた山が広がり、実に長閑。



「大切にするって難しいネ。たまに、握り潰してしまおうかとすら思うよ」

 柔らかな口調、穏やかな横顔。


 そこから繰り出される物騒な告白にユージンは困惑した。

 そして「マッキニー准尉のどこがそんなにいいんですか」と呟く。


 ユージンには彼女の良さが全く理解できない。

 美しい瞳に愛嬌のある顔をしているが、サニーに釣り合うほどの美貌ではない。

 サニーが好きそうな豊満な肉体だが、娼婦にも同じくらいの女性はいるだろう。


 性悪ではないが善人でもなく、聡明といえないのは致命的だ。

 殿下の傍に侍ることができるのは聡明な人間だけ。

 彼女にその権利があると思えない。



 紅い唇をへの字にするユージンは、初めてできた兄のガールフレンドにヤキモチ焼く弟のようなもの。

 そんな可愛い彼に、サニーは諭すように話しかけた。


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