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【11】ユージン・クラインは今日も憂鬱

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「それなら一緒に食べよう。ディディ、食堂車へ食事をもらっておいで」

 ダニエルはアタフタと狼狽える。


「いいえ!有難いお言葉ですが、任務中ですので」

 殿下とランチをしたら、親衛隊の面々に何を囁かれるかわかったものではない。


「任務中に殿下を誑かした」とか、「色仕掛けで仕事を得た」とか言われるに違いない。

 もう既にそれらの陰口を言われてる……とは全く考えないのが、ダニエルのヌケたところだ。



「そうですよ、殿下。護衛の者とランチするなんて、聞いたことありませんよ」

「俺がそうしたいんだから、いいだろ。それに一緒に食べれば、三時の休憩はゆっくり休めるし。俺って優しい上司だろ?」


 ウィンクするサニーに、ダニエルは後頭部を引っ叩きたくなった。

 その気遣いが!今は余計なお世話なのよっ。



「ぐぬぬ」と呻くダニエルの元へ、サニーは詰め寄る。

 そして令嬢にするかのように腰に手を当て、座席のほうへと促した。


「殿下……」

「ディディ、さっきも言ったけど。次に俺のことを殿下と呼んだら、その可愛い唇を塞いでしまうよ」

 彼の人差し指が、ダニエルの唇をフニっと押す。


「とはいえ君にも立場があるから、人前では許しマス。でもユーリやカイルの前では、今まで通りサニーって呼んで。いいね?」

 全然、良くない!!冗談は勘弁してよぉ。


 だが真っ直ぐな瞳でそんなことを言われてしまい、ダニエルはたじろいだ。

 冗談を言っている風ではなかったのだ。



「さぁ、ここに座って。俺のお姫様」

 甘い微笑みと、蕩けるような言葉。


 きっと彼にエスコートされる女性は、誰もがプリンセスになった気持ちを味わえるだろう。

 しかしダニエルは今プリズンだ、プリンセスじゃない。



「んじゃあ、俺がディディの食事をもらってくるから。待っててネ」

「え?」

「殿下が貰いにいくんですか?」

 ユージンの鋭い視線がダニエルに向けられる。


「いえいえいえ、殿下っ!…………自分で取ってまいります」

 ダニエルは彼の腕を掴み、必死に引き止めた。

 殿下に食事の用意させたと上官に伝われば、一発アウトでクビでしょう!



「そぉ……じゃあ、その前に」

 サニーがスッと身を屈め、ダニエルの頬に影が落ちる。


 アリャーリャ村でダニエルが一目惚れした、もろタイプのご尊顔が近づいてきた。

 やっぱり好い男だと、ダニエルの心がキュンと音をたてる。


 それから流れるような動作で、チュと唇が触れ合った。

「っ……!」


 実に手慣れたキスで、それを受けたダニエルはあまりの自然な動きに数秒、キスされたことに気づかなかった。

 アイリスの花のような青紫の瞳に甘く優しげに見下ろされると、ダニエルは夢心地で見惚れる。
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