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【56】一人の朝 ー記憶の中の痼ー

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 いつもなら目覚める時、誰かしらの気配を感じる。
 同室のセレーナだったり、隣室の同僚や階下の先輩なんかの。
 しかし今朝はいやに静かな朝だ。

 寝ぼけまなこで、シーツの波に手を滑らせる。
 心地よいリネンの手触りが極上すぎて、うっとりした。
 ……ってここ何処だ!!

 ダニエルは勢いよく身体を起こす。
 恐ろしいことに服を着ていない、素っ裸だ。

 昨夜何があったんだけ?
 ダニエルはおぼろげな記憶をたどった。


 えーっと、アリとセレーナと飲みに行って。
 セレーナは先に帰って、アリと別の酒場にハシゴしたのよね。

 そこでアリはタイプの男をみつけて。
 連れの男と三軒目に行こうとしたら、サニーの幻を見て。

 でも幻じゃなくて、本物で。
 それから路地裏で…………。

 息もできなほど熱く交わしたキス、抱かれた時の筋肉のうねり、濡れた蜜壺を穿つ熱い肉棒。

「ディディ、俺のお姫様」と呼ぶ、低く甘い声。
 それらを鮮明に思い出し、ダニエルは猛烈な羞恥に身悶えた。


 わぁぁ!いやぁぁ!ぬぁぁぁぁ!
 穴があったら入りたい。
 同じ男性と二回もいたしてしまうなんて!
 しかもそとはイヤだと言いつつ、結局よろこんでいた気がする。

 ダニエルは馬鹿な自分の頭を、ポカポカと小突いた。
 その後は……檸檬キャンディーをもらって、眠くなったのよね。

「あれ?」

 眠ってる間に無体を働かれたのではと少しばかり心配になったが、身体に不調はない。
 恐る恐るベッドから降りたが、腰が痛むことはなかった。

 いていえば股関節の内側がすこし引き攣ったが、筋肉痛ってレベルでもない。
 お股も無事、なんなら体力は有り余っており、アリャーリャ村での時のようにネチネチと責められた痕跡はなかった。

 絶倫な彼のことだから、あれだけじゃ済まないと思っていたのに。
 肩透かしをくらい、ダニエルはなぜかわびしくなった。


 気を取り直し、室内を見渡す。

 ベッド近くのカウチソファーにサテンのガウンが置かれており、それを着ろってことだと把握した。
 ご丁寧にスリッパも添えられているし。

 ゴシック調で統一されたベッドルームには、ダマスク柄の壁紙、豪奢な絨毯、壁には湖に蓮が浮いた大きな絵が。

 家具寝具の一つ一つは豪華だが、無駄な物は一切置いてない。
 ホテル?それともサニーの自宅だろうか。

 アリャーリャ村では、特別お金持ちだとは思わなかった。
 品はあったけど、それよりも野性味のほうが強かったし。
 身につけていた物は粗悪ではなかったので、地主のボンボンくらいかなって。

 しかし昨夜の彼は、アリャーリャ村での彼とは全然違う。
 優雅な所作で、貴族と言われても納得する気品を漂わせ、遊び慣れた都会男のようだった。

「…………どっちが本当の彼なんだろう」
 ダニエルの独り言が、静まり返った室内に落ちる。


「……っ!!」

 隣室から人の気配を感じ、ダニエルは扉のほうへと目を向けた。
 そして寝入る前に聞いた彼の言葉を思い出す。

 ”おやすみ、。また明日……”、って。

「…………ん?」

 ふいに記憶の中で何かが転がった。

 まただ、最近よく感じるこの違和感。
 道端を転がる石ころのように、些細なものなんだけど。
 しこりのようにダニエルの中でひっかかっている。

 何かが繋がりそうで、繋がらない。
 そもそもどうして彼は昨夜あの場所に居たんだろう。

 たまたま、だろうか。
 何万人と民が暮らす首都セーラスで、偶然出会うなんて。

 でも……宮殿でみた彼は幻よね?
 だって人が消えるなんて、ありえないし。

 どこから現実で、何処までが幻なのかがわからない。
 なんだか狐に化かされた気分だ。


 きっと彼は隣の部屋にいる。
 心臓がドキドキと期待で高鳴った。

 何をいまさら緊張しているんだと自分でも不思議に思うが、なんだかくすぐったくて恥ずかしい。
 それに男性と朝まで過ごしたことがないから、どういう顔をしたらいいのかわからない。
 ドアノブにかけた掌に、じんわりと手汗が滲んだ。

 ーーサニー、貴方はいったい何者なの?
 直接聞けば、このモヤモヤした疑問も晴れるだろう。

 初めての体験尽くしにダニエルは期待と不安で胸を膨らませながら、意を決して扉を開いた。
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