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【49】幻 ー……じゃない!!!ー

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 煙草に火をつけたサニーが、真っ直ぐダニエルの方を向いた。

 初めて視線を交わした時と同じく、その瞳にアイリスの花をみる。
 濃い青紫色の瞳は街灯のオレンジの灯りを反射し、陽が沈む前の夕焼け、もしくは夜明けの空を連想させる。

 キラキラ輝く綺麗な目は切なさを感じさせ、トワイライトのよう。
 幻が見せるその色は、終焉しゅうえん黎明れいめいか。

 一方のサニーは、奇妙な表情でダニエルを見つめていた。
 憐れむような、苛立つような……愛おしげな……。
 まるでお騒がせな恋人を迎えにきた彼氏みたいだ。

 優雅な仕草で帽子を浮かし会釈し、そして舞台俳優のような爽やかな笑顔をこぼす。
 幻のくせに挨拶までするのかと可笑しくなって、ダニエルも思わず笑みを浮かべた。


「すっげぇイケメン。知り合いですか?」
「…………え?」

 だが隣の男の発言に、アルコールが一瞬で冷める。

「お金持ちそうだ。何処かの貴族様かな」

 ダニエルはサニーから隣の男へと視線を向けた。
 彼の目は、真っ直ぐサニーへと向けらている。

「み、見えるの!?」
 信じられないというように、ダニエルは隣の男とサニーの間で視線を彷徨わせた。

「……え?」
 逆に何を言ってるんだという表情で、彼はダニエルの顔を見た。


 ダニエルは激しく混乱した。
 しかし彼だけでなく行き交う人々が、サニーの方をチラチラ見ている。


 ーーー幻……じゃない!!!



「サニーっ!」

 通りに響く大声で、ダニエルは彼の名前を呼んだ。
 ダニエルの声に、サニーはニコッと微笑む。

 が、煙草を地面に投げ捨て、背を向け路地裏へと消えていく。

「ちょ…サニー!待ってよ、サニーっ!」

 名前を呼ばれて逃げるなんて!!
 しかもニッコリ笑ってにげるなんて、なんてヤツだ!!!

「ねぇ、ちょっと!どこ行くのさ」
 ダニエルは隣の男の腕を払い、彼が止めるのも無視して馬車道を渡った。

 途中、馬に接触しそうになって、従者から舌打ちされる。
 酔っ払いが馬に轢かれる事故もあるからだ。

 ダニエルは頭を下げて謝罪し、サニーを追って路地へと入った。


 歓楽街の路地裏は、一つ大通りから後ろに入っただけで灯りは乏しくなり、不気味な雰囲気が増す。
 五階建ての家はみっちり立ち並び、人が一人やっと通れる細道が続く。

 夢中で追いかけていたダニエルは、ずいぶん奥まで入ったことに気づかなかった。

 だがあまりの暗さと静けさに、怖くなって立ち止まる。
 灯りになるものを持ってきたら良かったと後悔しても遅い。

「サニー?」

 震える声で名前を呼んだが、返事はなく、シンとしていた。
 どうしよう……ひきかえそうか。

 そう思った時、突然真横から腕を引かれる。


「ーーーっ!!」

 叫ばなかったのを褒めてほしい。
 実際には彼の大きな手で口を塞がれ、叫べなかったのだけれど。

 玄関ポーチの窪みに隠れていたサニーはダニエルを其処そこへ引き込み、男の厚い身体に挟んで壁に強く押し付けてくる。
 スカートの間に彼の膝が割り入り、両脚を大きく開かされた。

 ダニエルは反射的に男を睨みつける。
 視界が反転する片隅で、彼のアイリス色の瞳を見つけてなければ、変質者として股間を蹴り上げるところだったわよ。

 なんで普通に声をかけないのよ!
「久しぶり」とか、「また会ったね」とか。
 声をかけるチャンスは色々あるでしょ。

 だが同時に、甘くこっくりとした匂いが漂い、胸がドキっとする。
 ややクセがあってエキゾチックな香りなのに、残り香に爽やかさも感じる。
 嗅げば嗅ぐほどクセになる、サニーの香り。

 あの夜の出来事が鮮明に蘇るとともに、幻じゃないんだと漸く肌で感じた。


 サニーは大声を出すなと目で訴え、そっとダニエルの口から手を退かせた。

「……痛てっ!」
 直後、ダニエルは彼の頬を軽く殴る。

 石畳にビーバーハットが音もなく落ちた。
 猫パンチくらいの軽いものだったが、ダニエルの手にも彼の頬にも多少の痛みはある。

 その痛みが、幻ではなく本物だと実感させてくれる。

 すごく会いたかった!
 でも二度と会いたくなった!!

 矛盾した感情がダニエルの胸を締め付け、唇を戦慄わななかせた。

 そこへ男の熱い吐息がかかる。
「ディディ、俺のお姫様」と囁かれれば、決壊したように感情が溢れた。
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