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【37】家族の鎖 ーあたしは働き蜂ー

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 その日も宮殿内で幽霊にたっぷり見られた後、ダニエルは不肖の弟ポーラとカフェで待ち合わせた。
 夏の午後、日差しを遮る赤いパラソルの下で、ダニエルを見つけた彼は手を振る。

「ねぇさん!」
「悪いわね、こっちまで来てもらって」
 ポーラはダニエルのために椅子を引いてくれた。

「ううん、近衛隊は宮殿近くから離れられない決まりなんでしょ。仕方ないよ。レモネードでいい?」
 そしてオーダを取りに来たウェイターにダニエルの分の注文も済ませる。

 女性のエスコートはだけは上手いんだよなぁ。
 学舎で何を学んできたのやら。
 感嘆するやら呆れるやらで、内心複雑だ。


「僕の方の借金はどうにかなったよ。パトロンのマダムに援助してもらったんだ。ねぇさんの方は大丈夫?」
「銀行のローンを組んだから、とりあえずそれで凌ぐわ」

金貸かねかしよりも銀行のほうが金利は低いもんね」
「でも借金には変わりないから、休み返上で清掃のバイトを入れている。今日も朝から仕事してきたところよ」

 ため息を混じりにグラスのストローを口に運ぶと、ポーラは顔を曇らせた。
 申し訳なさと怒りと悔しさを混ぜたような、男の子の表情。

 ダニエルの苦労をわかってくれる人がいる。
 ただそれだけで心は慰められる。
 理解するだけじゃなくて、お金を稼いでくれたらもっと良いんだけど。


「この前あった時、誰かに見られてる気がするって言ったでしょ?あれからそういう気配ってない?」
「ないよ!女性からの視線はよく感じるけどね」

 ポーラは目の前を歩く二人の女性に目をつける。
 淡いドレスを着た身形の良い令嬢に付き従う侍女に、パチリとウィンクを送る。
 男慣れしてなさそうな侍女は頬を赤らめ俯いた。

 ったく、どうして男ってこうなのかしら。
 姉と一緒にいる時くらい、女漁りはやめてほしいものだ。


「そうか、じゃあやっぱり私が……」
「……なに?ねぇさん」

「私が幽霊に憑かれているのかな、って」
「幽霊?」
 ポーラは怪訝な表情でダニエルを見つめる。

「えぇ、最近、誰かに見られてるいる気がするの。誰もいない部屋でも視線を感じるから、きっと幽霊の仕業かなって」
「馬鹿馬鹿しい!幽霊なんていないよ」
 ポーラはダニエルの幽霊説を一蹴する。

「ねぇさん、誰かに見張られてるんじゃないの?」
「あたしも最初はそう思ったけど、誰もいない部屋で一番視線を感じるのよ」
 ダニエルは朝、セレーナに話したことを再度ポーラにも打ち明けた。

「それは奇妙だね……でも僕は幽霊なんて信じない!」
「あたしも信じてないけど、セレーナがお祓いしたほうがいいんじゃないかって」

 ポーラは心底呆れたようにダニエルを見つめた。
「祓魔師なんて信じるのかい?あんなの詐欺師じゃないか!」
「そうだけど……」

 おいおいと言いたげに、ポーラは頭を抱えた。
 そして伝票を握りしめ、立ち上がる。
「しっかりしてくれよ、ねぇさん。詐欺に引っかかるのは父上だけで十分だ」


 そう言い残し、ポーラは会計をすませ肩で風をきって歩いていく。
 彼にとっては我慢ならない話題だったのだろう。
 ポーラがトラウマを抱えているのを知っていたのに……無神経だったわ。
 ダニエルはその背中を、ため息混じりで見送った。

 ダニエルとポーラが祓魔師を信じなのは、父上シシェック・マッキニーが新興宗教にはまっているからだ。
 ダニエルが家を飛び出し、軍人として身を立て故郷へ戻った時には既に、父は宗教にズッポリはまっていた。
 聞くところによると、家を出てしばらくした後、父はその宗教にのめりこむようになったらしい。

 ダニエルが故郷に戻るまでの数年、彼らを城に招き、お布施と称してお金を貢ぐ父。
 そしてそれに怒り心頭の母と、肩を寄せ合い身を守る幼い弟妹。
 その頃の弟と妹の心情を考えると、遣る瀬無い気持ちで一杯になる。


 母からは「貴女が家を出た事にショックで、あの人はああなったのよ」となじられた。

 あたしのせいにしないで!と反発したい気持ちもある。
 こんな自分でも、いなくなって父はショックだったのか。
 ダニエルに無関心な父だったが、愛されていたのかもと仄暗い喜びもある。

 こんな事で父からの愛情を見い出すなんて。
 自分でもつくづく馬鹿だと思う。


 ダニエルは解っている。
 父と母にとって、自分は働き蜂にすぎないということを。

 時折おそってくる、逃げ出したくなるような閉塞感。
 そして目を背けたい事実。
 後ろめたさと罪悪感。


 それがダニエルと家族を繋ぐ鎖だった。
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