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【33】視線 ー厳つい将校さんー

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「もー!ねぇさんってば、場所をわきまえずに大暴れするんだから。ねぇさんの所為せいで、もうあのレストランには二度と行けないよ」
 唇を尖らせるポーラに負けじと、ダニエルも下唇を尖らせる。
 誰のせいだと思ってんのよ!

 ダニエルとポーラはレストランを追い出され、夕暮れの街中を歩いていた。
 空と雲はだいだいに染まり、人々は足早に帰途に就く。

「ねぇさんは我慢強いんだか、キレっぽいんだか、本当にわからないよ。あの厳つい将校さんが来なかったら、僕を絞め落としたでしょ」
「当たり前……ちょっと!なによその顔。野生の猿を見るような目でみないでよ」

 ダニエルはさほど変わらない身長の弟の頭を小突く。
 ポーラはいてぇと、叩かれた場所を摩った。


「それにしても、あの将校さん、かっこよかったね。ねぇさんの上司?」
「…………雲の上の上司だよ、バカヤロー!!」
「えっ、え!!ねぇさん、どうしたの!?」

 突然奇声をあげるダニエルに、ポーラは慌てて口を塞ぐ。
 周囲の人々に「なんだ、痴話喧嘩か」って感じで見られたが、もうどうだっていい。

「上司だとまずいの?でもあの人、別に怒ってなかったじゃない」
「バカね!怒ってなくても、あたしの評価は最悪よ。きっと軍人のくせに一般市民に暴力振るう最低な奴だと思われたわ!」


 レストランでの失態を思い返すと、ダニエルは身の縮む思いで居た堪れなくなる。

 あの時、止めに来たウェイターに従えばよかったのだ。
 しかしそれを無視してポーラを絞め落とそうとしたもんだから、奥の衝立の影から、同じ色の軍服を来た上官を呼び寄せてしまった。

 低い声で「やめたまえ」と命じられ、ダニエルは振り返った。
 二メートルはありそうな巨体の男。
 死んだような目をしており、冷徹そうな人だった。

 だが肩章けんしょうにシルバーラインが二本入っているのを見つけ、ダニエルはポーラを解放し、飛び退くように襟を正した。
 顔も名前も知らないが、シルバーの二本線は”中佐”を意味する。
 慌てて手の掌を向け陸軍式の敬礼をとったが、時すでに遅し。

 ポーラを失神させようとしていたのを、バッチリ見られてしまった。


「大丈夫だよ、ねぇさん。僕ちゃんと、”姉です。姉弟喧嘩です”って、周りに説明したよ」
「ほ、ホント?」
 ダニエルは口元に手をあて、ブリっ子仕草でターコイズグリーンの瞳をウルウルさせる。

「ん、本当だよ!」
 ポーラも同じブリっ子仕草で、ターコイズグリーンの瞳をウルウルさせた。

「それなら安心……って、そんなわけあるかぁーー!」
「うわぁ、なんだよ、もう!ゴリラだ!ねぇさんは猿じゃなくて、ゴリラだよぉ!」
「んだと、コラ!もっぺん言ってみな、ーーーーー!!」

 再びダニエルはポーラに飛びかかろうとしたが、視線を感じ立ち止まった。
「ね、ねぇさん?」

 身をすくませ飛び掛かられるのに備えていたポーラは、ダニエルが突然周囲を注意深く見渡したので、一緒になって視線を彷徨わせる。


 広場には街灯の灯りがともり、店は昼用のカフェテリアから夜用のレストランバーへと顔を変える。
 広場正面にはオペラハウスがあり、ラウンドドレスを着たご令嬢が紳士にエスコートされ、建物内へ消えていった。

 彼らを降ろすための馬車は長い列を作り、途切れることはない。
 ギンガムチェクのシャツにブカブカのズボンをサスペンダーで留め、ハンチング帽を被った従者が鞭をふるうと、馬は静かに歩み始める。

 その間を露天売りの娘達が大きな盆を頭に乗せて売り歩いていた。
 彼女達はジャンパースカートをコルセットで留めた、粗末な服装だ。

 何も怪しいところはない。
 誰もが自分達の事で忙しく、ダニエルを気にかける様子はない。
 だが確かに視線を感じたのだ。


「ねぇさん?」
 もう一度呼びかけられ、ダニエルは弟に視線を戻す。

「どうしたの、ねぇさん」
「誰かに見られた気がして……」

「え”っ!」
 途端にポーラは周囲に険しい視線を向けた。
 本人的には威嚇する顔なんだと。
 実際には全く圧力を感じないんだけどね。

「ポーラ、闇金に手を出してないよね?」
「そんなことしてないよ!僕が借りたのは、ちゃんとした金貸からさ」
「……それならいいんだけど」

 尾行や監視されていると仮定すると、借金が原因としか思えない。
「え”ぇ、なんだか怖いなぁ。ねぇさんと違って、僕は平和主義だから、いざという時は助けてね」

 こんな時まで姉に守ってもらおうとするポーラに呆れつつ、ダニエルは周囲に気をつけるよう忠告し、広場で別れた。
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