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【32】溺れるものは藁をも掴む ー懲りてねェー

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「それよりさ……この借金、どうするの?」
 ポーラは他人事のようにダニエルに訊ねる。
 未だに自分には関係ありませんって態度なのが腹立たしい。

「あんた、いくら払える?」
 ダニエルの言葉に、ポーラは驚愕きょうがくで椅子から跳ねた。

 そしてダラダラと汗を流し始める。
 まさか自分も金を出せと言われるなんて、思わなかったのだろう。

「ぼ、僕は自分の借金で手一杯で……」

 溺れるものは藁をも掴む。
 ……というが、まさしく藁を掴むように、ポーラは自分の督促状に手を伸ばした。

「その、ねぇさんを助けたいんだけど、ちょっと無理っていうか。ぼ、僕のぶんは自分でどうにかするからさ!」
「どうやって?」

「え”っ?あー、知人に貸してもらえないか、頼んでみる」
「知人って男?女?」

「…………」
「女か」

「まだ何も言ってないじゃない!」
「でも女なんでしょ?」

「…………はい」
「刺されないように、気をつけなさいね」

 人様に迷惑かけるなとか、家族で助け合おうとか、綺麗事言う余裕はない。
 働き蜂ダニエルは母の借金で首が回らないのよ。
 弟の借金は自分でどうにかしてもらわねば。

 っていうか貸してくれそうな女性がいるなら、最初からそっちに行ってくれっ!


「母上の借金はどうするの?」
「銀行にローン申請してみる。けど、保証人を立てられないから審査は通らないかも。それにもしもローンが組めても、今後、家計はもっと苦しくなるわ。来年のキキの授業料には確実に響くし」

「それは大変だねぇ。マッキニー家はどうなっちゃうんだろう」
 おいおい、それが時期当主様の言葉?
 ダニエルは椅子から転げ落ちそうになった。

「いや、あんたが働きなさいよ。いつまでも逃げてはいられないでしょ」
「えぇー!俺ぜったいイヤだよ。だってあそこにはがいるじゃん。ねぇさん、助けてよ」

 ポーラは唇を尖らせる。
 ダニエルはその唇を捕まえて、グリグリつねった。

「うう”ぅ、うな”い、なない!」
 何言ってるかわからないが、たぶん痛いって言ってるな。

「助けてほしいのはこっちよ!あぁぁ、どうしよう。今でも生活はカツカツなのに」
 ダニエルはテーブルに肘をついて、頭を抱えた。

 借金を返済するためにローンを組んで、生活費を工面するためにまた借金して……これじゃあ雪だるま式に借金が増えていくばかりだ。

 どこかのタイミングで、領地を切り売りするなりして債務処理せねば!
 このままじゃ家族全員、路頭に迷ってしまう。


 ポーラはそんなダニエルの背中を優しく摩る。
 そしていつになく力強い口調で言った。

「大丈夫だよ、ねぇさん!ねぇさんには僕がついているから。僕がねぇさんを助けてあげるよ」

 ダニエルは驚き、弟の顔をじっと見つめた。
 いつもヘラヘラして情け無い奴だが、今のポーラは男らしくて頼もしい。

 おぉぉぉ!これは不良少年が母の涙に改心する的な、あれですか。
 ちゃらんぽらんの弟も、姉の絶体絶命に改心してくれたのかっ!

 次期当主のポーラが味方なら、債務処理も心強い。
 弟から領地の売買を持ちかけられれば、両親も耳を傾けるだろう。

 ダニエルはポーラの両手をひしっと掴んだ。
 彼もまたダニエルの両手を掴み返してくれる。
 二人は今、固い決意で結ばれーーー。


「実は、いい仕事を知っているんだ」
 ……んん?

 ポーラはダニエルの前に新聞を広げた。
 き、きっと求人広告を見せたいのね。
 以前は新聞すら読まなかったポーラだもの。
 彼なりに成長してるの……よね?

「ここ、これだよ!!」
 ポーラは鉛筆で丸く囲んだ文字を指した。

「……て、テディントン?」

「そうだよ!次は絶っっっっっ対!絶対にこいつがくるんだ!僕にはわかるよ!この馬は次のレースで1着になる。すごいだろ!?万馬券だよ、ねぇさん。掛け金が10倍……いや、100倍になって返ってくるんだ。これでもう安心だね。だから僕を信じてお金を貸し……ぐぁっ!!」

 最後まで聞くことなく、ダニエルはポーラ背中に飛びかかり、背後から片腕を首に回しギリギリと締め上げた。


 こいつ、全っ然懲りてない!
 ネイキッド・チョークをくらえ!!
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