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強奪
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イリスの話を聞き皆涙に暮れる中、相馬だけは少々複雑な面持ちで優生をそして慧を見つめて居た。何故なら飛行機事故で使徒に目覚めた相馬達は、今の今まで優生を神だと思って居たからだ。
燃え盛る飛行機の残骸の中で天から降り注ぐ神の御柱をその身で受け、神々しく羽根を広げた優生が傷つき死を迎える時を只待つしか無かった者達を救うその光景を目に焼き付けていたからだ。
天啓の声も幼く兄妹のどちらから発せられていたかなど考える余地もなく、あの場では兄を優しく抱きかかえる優生こそが神に見えたのは相馬だけでは無かった。
目を覚ます前に井上四郎に連れ去られ、今日待ちに待った初めての謁見である。そして今目の前で神だと思っていた優生は、実は神では無かったと宣告されたのだ。相馬が戸惑うのは無理も無い事なのだろう。
相馬が逹也達にこの事をあらためて確認しようかどうか迷って居た矢先、グリゴリの監視をしていた龍史から言葉が発せられた。
「奴ら帰って行くようです。これで本当にお終い何でしょうかね?」
「一様警戒を怠らない様にしていてくれ」
逹也がそう言うと相馬から提案があった。
「ヴァルハラで引き続き監視を続けよう、この地域に絞り込めば先程の空間を歪めたワープゾーンの様な物も、出現する前に感知出来るはずだ。それでだ・・・」
続けて話そうとしたが、優生が神ではなく慧が神だともう一度確認するべきか?と一瞬考えたが、今はやめておこうと思い話を続けた。
「鎌倉のヴァルハラで君達を保護したいのだが、一緒に来てもらえないだろうか?ここよりも安全を保証出来る場所だと、自信を持って言えるんだが。今までの経緯を話したいし君たちの事をもっと知りたいんだ」
相馬の提案に和人や悠海は賛成の様で明るい表情になったが、イリスを除く残りの五人は少々複雑な面持ちだった。相馬自身もっと喜んで貰えると思って居たらしく、浮かない顔の面々を見て驚くのだった。
「どうしてだい?何か気に食わない事が在るのなら教えて欲しい。同じ志を持った仲間だと思うんだ、だから助け合いたい。それじゃ駄目かい?」
もっともな相馬の言葉に和人は同意する。
「そうですよ逹也さん、仲間が増えるなんて良い事じゃないですか?さっきの奴らもまた何時襲って来るかも俺らじゃ解らないんだし」
「優生様を安全な場所に移してあげたいじゃないですか」
悠海も説得する。
「そうじゃない。そうじゃないんだ!」
逹也は悠海の言葉を食い気味に止めた。
「慧ちゃんはまだ死んでない」
「えっ!」
逹也の言葉に皆驚きを隠せない。
「慧ちゃん生きてたのか~」
「本当ですか?」
「良かった~」
皆思い思いの言葉が次から次へと溢れて来る中でイリスが釘を刺す。
「嘘言わないで下さい!」
大きな声でイリスがその場を制すと、逹也が静かに話しだす。
「嘘じゃない。今の慧ちゃんの状態は一時的な死だ」
「どういう意味ですか?」
「精神的・・・いや、仮死状態みたいな物だよ。神である慧ちゃんは依り代である肉体が失われ無ければ生き返る事が出来る」
「本当ですか!」
流石に皆が同時に反応した。
「でもどうやって?」
相馬が質問した。
「・・・アザゼルが知っている」
「そんな!あいつらの手を借りなければ駄目なんですか?」
「あいつらは仲間の仇じゃないですか!アスラはあいつらの仲間だったんでしょ?」
悠海はグリゴリに対して、異常なまでの嫌悪感を露わにして逹也に噛みつく。
「だが・・・現状ではアザゼルだけが知っている。それ以外方法が無いんだ!」
皆反論できなくなってしまった。逹也の悲痛な叫びに似たその一言は、慧を生き返らせたいと願う本心だったからだ。
蒼く澄んだ空の一角の空間に亀裂が入りゆっくりと裂けて行く、まるでカーテンを両手で左右に開いた様なその奥には別の空間が続いている。
中からゆっくりと姿を現したのはアザゼルとグリゴリの面々だった。
「アザゼル様、良かったんですか?今なら神を連れ去るのも容易でしたのに」
「ルシファー以外全然だったな」
「まだ覚醒前だったんだろ。昔の半分も力出てなかったぜ」
「ハハハハ、侮るなよお前ら。いつも苦い思いをさせられて来た事を忘れるな」
「ハツ!解っております」
グリゴリが現れたそこは東伊豆にある大室山の山頂。伊豆高原と呼ばれたこの辺り一体は水面上昇の被害も皆無で建築物も何もかも昔と変わらない、只一つ違いが在るとすれば陸の孤島になるのを恐れた住人が一人残らず箱根方面に避難し、この四年の間誰一人として伊豆半島に戻って来た者は居ない無人の半島だと言う事だ。グリゴリにとってこの伊豆半島は格好の隠れ家となっていた。
「アザゼル様、この後はどうしますか?夜にでも奇襲を掛けますか?」
「必要ない」
「と、言いますと?」
「布石は打って置いた。ルシファーが選べる答えは一つだけさ」
「流石アザゼル様」
「あの事もルシファーに教えたんですか?」
「いや・・・あれを教えたら流石にルシファーも悩んでしまう、その時が来たら教えてやれば良いのさ。もう後戻り出来ない状態でな」
アザゼルは不敵な笑みを浮かべながら、静かに笑った。
逹也達は慧を優生の隣の部屋のベッドに移し三階のフロアーに集まっていたが、イリスだけは優生の側を離れようとしないので引き続き優生の様子を見てもらっていた。
あの後駆けつけてくれた相馬の仲間達には悪いが相馬一人だけを残し、後の者達は周囲の警戒とヴァルハラに帰還後の警戒任務に戻ってもらうことにした。
達也はまだ相馬を信じきれずにいるようだったが、今は慧の復活に付いて皆の意見を統一しておくべきだろうと判断し一人残ってもらったのだ。
「グリゴリの手を借りずに、慧ちゃんを生き返らせることは出来ないのかね?」
慧の復活は誰もが望んでいたが何よりも気掛かりなのがアザゼルの手を借りる事、只それだけが意見の割れる原因となっていたのは言うまでも無い。
「私は嫌よ!絶対に嫌!アザゼルが出来るなら私達にだって出来るかも知れないじゃない皆で考えようよ!」
「俺もチームの仲間を殺した奴の仲間は信用出来ないかな」
龍史も悠海に賛成の様だった。勿論和人もアザゼルに任せるのだけは嫌な様で、他の案が出るのを期待している。
「私達は逹也様の意志に任せます」
マスティア達は逹也に絶対の信頼を寄せている。
慧の死とゆうショックな出来事が、今は皆の選択肢を狭め二つに一つしか考えられないのだ。
そんな中冷静な相馬が提案を出す。
「どうだろうか、ここはアザゼルに接触を図って具体的な生き返らせ方を探ってみるのは?勿論あいつらが本当の事を教えてくれる保証は無いが、聞いて見るだけでも何かしらのヒントになるかもしれない。その間に過去の文献や我々の仲間に過去世界の記憶の中で、それらしい事柄を思い出した者が居ないか聞いてみるよ」
オ~と言う感心に似た声が上がる。
「そりゃ良いや!当たって砕けろだ、やってみる価値は在るよね」
「そうだな」
「誰が行くんですか?」
「俺が行く!」
逹也が直ぐさま答えたが相馬はそれを止めた。
「俺が意見して良い物か解らないが、逹也君は今現在ここのリーダーだ。もしも何かあっては困るんじゃないか?万が一を考えて逹也君以外が行った方が良いんじゃないだろうか?」
「私に任せて下さい逹也さん!」
ベリアルが直ぐさま名乗りを上げた。
「何も一人じゃなきゃイケない訳も無いんだし、俺も同行しますよ」
ベルゼブブが更に手を挙げた。
「お前達・・・任せても良いか?」
「ハイ!任せて下さい」
「じゃ~決まりだね。ヴァルハラに連絡してその後のグリゴリの足取りを探してもらうよ」
相馬は部屋の片隅に行き携帯で本部に連絡を入れ、アザゼル一行の足取りを探すように命じた。
逹也達はヴァルハラからの連絡待ちになり、焦る気持ちとは裏腹に暫くぶりの休息を手に入れる事となった。
一先ずヴァルハラにグリゴリの捜索を任せた逹也達は、本部では無く相模原に在るヴァルハラ支部の士官用住居に身を移した。優生は慧の言葉通り一向に目を覚ます気配すら無く、同建物内に特別に医療設備も整えた一室に移される事となった。
「逹也さん。優生さんはいつ頃目を覚ますんでしょうかね?」
「それは解らない、だけど体が消滅しなかったと言う事は慧ちゃんの言う通り人間に戻っているのかも知れない。記憶の方はきっと慧ちゃんも半信半疑だったのかも知れないが、もし記憶が無くなって居ても俺達は気丈に振る舞わなければならない。目を覚ました優生の前で皆が皆悲しんだら優生に失礼だろ?今の内から記憶は無くなっていると、自分に言い聞かせて置いた方が良いとイリスさんにも言って置いてくれないか?」
「解りました悠海ちゃんにそれとなく言い聞かせる様に言っておきます」
「頼む」
和人は応接室から出て優生の世話をしているイリスの元に向かった。
逹也はあれ以来ずっと悩んでいた、アザゼルのあの言い方はそんなに時間の余裕が無い事を示唆しているようで。
慧の体は同じ建物の地下にある特別室で、体の腐敗を抑えるために用意された養護液で満たされたプールに漬けられている。神で在る慧の依り代は腐る事など無いのかも知れないが、万が一を考えて今出来うる事は全て施されて居るのだ。
と、そこへ先程出て行ったばかりの和人が勢い良く戻って来た。
「逹也さん大変です!」
「どうした!」
「優生さんが!優生さんが!」
和人の余りの慌てぶりに度肝を抜かれ、達也も大急ぎで和人の脇をすり抜け優生の部屋まで走り出す。
「優生!」
もし優生の身に何か遭っては、任された面目も無いと逹也は焦りを露わに部屋に飛び込む。
「逹也さん?」
そこにはイリスと悠海がベッドの脇で、優生の様子を伺っている所だった。
「どうしたんですか逹也さん?」
「え?いや和人が、優生が大変だって言うから・・・」
優生の体は慧が力を使って以来、薄ぼんやりとした光に包まれたままで特に変わりが無い様に見える。
「もう逹也さん先に行かないでくださいよ~」
「・・・・・・和人。何が大変なんだ?」
「わからないんですか?本当に?それでも幼なじみなんですか逹也さ~ん」
自分は解るんだぞと言いたげに、逹也を馬鹿にした様な言い回しに少しイラっとする。
「早く言え!」
「ロリですよロリ」
「はぁ~?」
「わからないんですか!優生さん少しづつ幼くなってるじゃないですか」
何を言い出すかと思えばこいつは!と、逹也は拳を握りしめながら殴ろうとしたその時。
「あっ!本当だ!」
悠海が優生の顔を覗き込みながら言った。
「確かに少し若くなってますね優生様」
「でしょ~」
エッヘンと言わんばかりの顔で和人は偉ぶる。
「だから何だ?」
「えっ?」
「それがどうしたと聞いてるんだ!」
目を丸くして和人は、だからと言われても~と言わんばかりの顔で困っている。
「慧ちゃんが体も時間を遡って若くなると言っていたって、イリスさんが言ったじゃないか!」
「そうですけど、アレですよアレ!ロリになった優生さんがもし、お姉さん口調だったら萌えるじゃないですか~」
和人がそう言い終わる前に逹也の拳が顎を下から突き上げて居た。中に舞い頭から床に落ちる和人。
「ビックリさせるんじゃない!」
逹也は怒りながら部屋を後にする。
「和人さんは馬鹿なんですか?」
「馬鹿だね」
「馬鹿です」
イリスの問いに悠海と途中から様子を見ていた龍史も同じ答えを返す。
「でも・・・どの位まで若返るんでしょうか?」
ボソリとイリスは不安げに呟く。
「もしかしたら飛行機事故の頃って、慧様は言ってたんだよね?」
「はい」
「じゃ~小学生?中学生?」
「そんなに?」
今の自分より若くなってしまうなんて考えると、イリスは複雑な気分になっている様だった。
「大丈夫よイリスちゃん。何歳だろうと優生様は優生様よ!私は一生掛けて護ると誓っちゃうんだから」
「そうですね、そうですよね」
「それに」
「それに?」
「やっぱり幼い優生様ってのもアリよね!」
悠海はサムアップしながら満面の笑みでイリスにその手を突き出す。
「悠海さんまで和人さんみたいな事を・・・」
「友よ!」
和人が勢い良く立ち上がり、悠海の肩を組みながら得意気に言う。
「幼さとはかけがえの無い宝だ。ロリとは即ち正義!幼い優生さんをこの手で抱っ・・・」
悠海とイリスの鋭い一撃が、和人の腹部に突き刺さりその場に崩れ落ちる。
「この変態!」
「カス」
「ゴミ」
「死ね!」
聞こえているかは定かではないが少なくとも腹部への一撃よりもダメージの大きい罵声が、その部屋から暫く鳴り止むことは無かった。
午前零時過ぎヴァルハラの指令室は慌ただしい雰囲気で、相馬を出迎える事になる。
「どうした?何か進展があったのか?」
「はい。先程オケアノス様から連絡がありグリゴリの潜伏先が解ったとの事です」
「何処だったんだ?」
「静岡県伊東市富戸に在る大室山付近の元別荘地です」
「伊豆高原か・・・相模湾を挟んで鎌倉までは一直線だな」
「オケアノス様から今後の指示を求められています、どうしましょうか?」
「一度帰還後ベリアル、ベルゼブブと共に出てもらう、くれぐれも気づかれない様にしろと伝えてくれ」
「解りました」
思ったよりも早くグリゴリのアジトが解り相馬は一息付く。
「さて、奴らが素直に蘇生方法を教えてくれるかどうか・・・まあ素直に何てどだい無理な話だがな」
グリゴリの潜伏場所が解った事は直ぐにも逹也達に伝えられ、早朝ベリアルとベルゼブブをオケアノスが引き連れ出発する事となった。
そんな慌ただしく事態が急変するヴァルハラとは対照的に、静まり返った横浜で新たな出来事が動き出していた。
まだ夜も明け切らぬ午前三時過ぎ、一人の少年がランドマークタワーの根元に立ち竦んで居る。
年の頃は十五~六歳と言った所だが、立ち尽くすその姿には精気の欠片も見受けられない。
遠い空の彼方、水平線に僅かに日の出の気配を感じる程度の今現在は、辺り一面薄紫の世界に包まれていた。
俺は何で此処に居るんだろう?何してたんだっけ?
「あぁ~空が綺麗だな~」
ポツリと呟きながらも思考が定まらずに只々立ち尽くす少年。
ふと自分の洋服の胸に付いた汚れに気が付く。
「何だこれ?」
ごわごわとしてまるで胸元にコールタールでも塗って半渇きにでもしたかの様な汚れである。薄暗い中良く見えないので掴んで顔に近づけてまじまじと見るが、それが何の汚れなのかは解らない。更によく見れば掌も膝や肘、至る所にそれは付いている。
「まぁーいっか」
本当にどうでも良いといった言い方をした少年だったが、いつの間にか色が変わり始めた空に視線を移すと、そこには紫とオレンジと眩しい白にグラデーションした水平線と空に視線を奪われてしまう。
「何だ、世界って綺麗なんだな」
先程に比べ僅かに精気を取り戻した少年は、自然が織りなす神秘的なその空を少しだけ嬉しそうに眺め続けた。
午前七時ベリアル一行は大室山の上空五百メートルに到着していた。グリゴリの迎撃を警戒しては居たがそれも無く、正直拍子抜けと言った所だ。
「大室山の東側にある元別荘地が潜伏場所だ」
「さてどうやって出て来てもらうか?」
「どの建物かまで解って居るのかな?」
「そこまでは申し訳ない、解らないんだ。ただ大体の建物は目星が付いてる、此処を見付けてから三日張り込んだからね」
「三日かけても解らなかったと?」
「そうなんだ。奴らの仲間の力なのか別荘地に降り立つと、神力の気配が全く感じられなくなるんだ」
「罠か?」
三人は罠の可能性も踏まえ、接触方法を改めて考え直そうと悩んでいる。
「どのみち接触しなきゃ始まらないんじゃないか?」
「そうそう。今更何を悩んで居るのさ」
突然背後で見知らぬ声が聞こえ、三人は本当に驚き同時に振り返った。そこには横浜に現れたグリゴリの一人が、三人に気配すら感じさせずに出現したのだ。勿論三人が気を緩めて居た訳では無い、むしろこの場に着いてから神経を研ぎ澄ませていた程だ。その誰もが声を掛けられるまで気が付かなかったのだ、背後から攻撃でもされて居たら間違いなく一人は瞬殺されていただろう。
「おいおいだらしないなお前らは~、そんなんで使徒同士の争いに勝てるのか?」
「なんだと!」
ベルゼブブが喰って掛かろうとしたのをベリアルが制止した。
「それだけ好戦的なのに我々に攻撃をして来なかったって事は、そちらさんも我々に用があるって事なんじゃないのか?」
「ほ~その通りだけどな、やっぱりこいつらは必要ないんじゃ無いかって気がしてきたぜ」
更に憎まれ口を叩きすこしだけ身構えたのを見て、ベリアル達も構えを取る。
「その辺にしておけ!」
「はい、アザゼル様」
いきなり聞こえたアザゼルの声はあろう事かベリアル達の背後から聞こえた。ベリアル達はまたしても不意に背後を取られる事となり、一瞬背筋に寒気すら覚える事となった。
「お前らが来たのか?俺はてっきりルシファーが自ら神を連れて来ると思ったんだがな。神はどうした?何故連れて来なかった?」
「お前らを信用した訳では無い、神を甦らすと言う事が本当に可能なのかさへ解らない状況で連れて来る訳が無いだろう」
そりゃもっともだと言わんばかりのジェスチャーをアザゼルはして見せた。
「では何か?私の話を聞いてからルシファーと相談して、それから連れて来ると言うのだな」
「そうだ」
「信用が無いのだな私は」
「当たり前だ!力ずくで神を奪おうとしたくせに何が信用だ」
オケアノスはアザゼルに喰って掛かる。
「お前らグリゴリが過去世界でどれだけの混乱や争いを誘発してきたか、今更とぼける気は無いのだろ?ならば信用に値する情報を提示してみせろ」
そりゃそうか、と言うジェスチャーをしたがその後アザゼルはオケアノスを見てニヤリと不気味な笑みを浮かべこう言った。
「お前らに信用されなくとも良い、ルシファーだけに信用してもらえればな」
「ふざけるなよ!この場の我々を信用させる事が出来なければ達也君だって・・・」
オケアノスがそこまで言いかけたその時、突然首筋に鈍痛が走り気が遠くなる。虚ろに意識が遠のくその瞬間、振り返り様に見た光景は神を抱きかかえた達也だった。
「な、何故ここに・・・」
「すまない」
気絶したオケアノスをベリアルが慌てて抱きかかえる。
「逹也様・・・そう言う事でよろしいのですね?」
ベリアルとベルゼブブは突然の逹也の来訪にも、慧をここに連れて来ている事にさえ驚く様子はなかった。
「やっと来たか友よ、待って居たぞ」
「お前の友になった覚えは無いぞアザゼル」
「はははは、まぁ~良いではないか。それよりも早く神の復活を始めた方が良いぞ、お前らの決断が余りに遅いから時間に余裕が全くない」
「解った。ベリアル、ベルゼブブ共に付いて来てくれるか?」
「勿論ですルシフェル様、過去世界も現世界でも我らが尽くすべき主はあなた様です。あなたが示す道が我らの進む道と心得て居ります」
二人は逹也に忠誠を改めて誓った。
「では行くか」
アザゼルがそう言うと逹也達の背後にあの異空間への入り口が開いた、それは横浜襲撃の時の様に発現まで時間が掛かったりはしなかった。まるでそこに初めからあったかの様な、瞼を一回閉じて開くと既に在るのだ。ベリアルとベルゼブブは先程までのアザゼル達が突然、気配もなく現れた事に納得がいった様子だった。
大室山上空に出来た空間の歪へと、アザゼル達は吸い込まれて行く。そのほんの数秒後大室山に雷鳴が轟き相馬が現れたが時既に遅し、大室山の山頂に寝かされているオケアノスを助ける事は出来たがアザゼル達の行方は解らなくなってしまう。
結局この大室山にグリゴリのアジトは無く、ここからあの異次元の空間を通って別の場所に移動していたのだ。そうとも知らずに今日オケアノス達を送り出してしまった事の後悔と、逹也による神強奪を許してしまった事に相馬は苛立ちを隠せなかった。
燃え盛る飛行機の残骸の中で天から降り注ぐ神の御柱をその身で受け、神々しく羽根を広げた優生が傷つき死を迎える時を只待つしか無かった者達を救うその光景を目に焼き付けていたからだ。
天啓の声も幼く兄妹のどちらから発せられていたかなど考える余地もなく、あの場では兄を優しく抱きかかえる優生こそが神に見えたのは相馬だけでは無かった。
目を覚ます前に井上四郎に連れ去られ、今日待ちに待った初めての謁見である。そして今目の前で神だと思っていた優生は、実は神では無かったと宣告されたのだ。相馬が戸惑うのは無理も無い事なのだろう。
相馬が逹也達にこの事をあらためて確認しようかどうか迷って居た矢先、グリゴリの監視をしていた龍史から言葉が発せられた。
「奴ら帰って行くようです。これで本当にお終い何でしょうかね?」
「一様警戒を怠らない様にしていてくれ」
逹也がそう言うと相馬から提案があった。
「ヴァルハラで引き続き監視を続けよう、この地域に絞り込めば先程の空間を歪めたワープゾーンの様な物も、出現する前に感知出来るはずだ。それでだ・・・」
続けて話そうとしたが、優生が神ではなく慧が神だともう一度確認するべきか?と一瞬考えたが、今はやめておこうと思い話を続けた。
「鎌倉のヴァルハラで君達を保護したいのだが、一緒に来てもらえないだろうか?ここよりも安全を保証出来る場所だと、自信を持って言えるんだが。今までの経緯を話したいし君たちの事をもっと知りたいんだ」
相馬の提案に和人や悠海は賛成の様で明るい表情になったが、イリスを除く残りの五人は少々複雑な面持ちだった。相馬自身もっと喜んで貰えると思って居たらしく、浮かない顔の面々を見て驚くのだった。
「どうしてだい?何か気に食わない事が在るのなら教えて欲しい。同じ志を持った仲間だと思うんだ、だから助け合いたい。それじゃ駄目かい?」
もっともな相馬の言葉に和人は同意する。
「そうですよ逹也さん、仲間が増えるなんて良い事じゃないですか?さっきの奴らもまた何時襲って来るかも俺らじゃ解らないんだし」
「優生様を安全な場所に移してあげたいじゃないですか」
悠海も説得する。
「そうじゃない。そうじゃないんだ!」
逹也は悠海の言葉を食い気味に止めた。
「慧ちゃんはまだ死んでない」
「えっ!」
逹也の言葉に皆驚きを隠せない。
「慧ちゃん生きてたのか~」
「本当ですか?」
「良かった~」
皆思い思いの言葉が次から次へと溢れて来る中でイリスが釘を刺す。
「嘘言わないで下さい!」
大きな声でイリスがその場を制すと、逹也が静かに話しだす。
「嘘じゃない。今の慧ちゃんの状態は一時的な死だ」
「どういう意味ですか?」
「精神的・・・いや、仮死状態みたいな物だよ。神である慧ちゃんは依り代である肉体が失われ無ければ生き返る事が出来る」
「本当ですか!」
流石に皆が同時に反応した。
「でもどうやって?」
相馬が質問した。
「・・・アザゼルが知っている」
「そんな!あいつらの手を借りなければ駄目なんですか?」
「あいつらは仲間の仇じゃないですか!アスラはあいつらの仲間だったんでしょ?」
悠海はグリゴリに対して、異常なまでの嫌悪感を露わにして逹也に噛みつく。
「だが・・・現状ではアザゼルだけが知っている。それ以外方法が無いんだ!」
皆反論できなくなってしまった。逹也の悲痛な叫びに似たその一言は、慧を生き返らせたいと願う本心だったからだ。
蒼く澄んだ空の一角の空間に亀裂が入りゆっくりと裂けて行く、まるでカーテンを両手で左右に開いた様なその奥には別の空間が続いている。
中からゆっくりと姿を現したのはアザゼルとグリゴリの面々だった。
「アザゼル様、良かったんですか?今なら神を連れ去るのも容易でしたのに」
「ルシファー以外全然だったな」
「まだ覚醒前だったんだろ。昔の半分も力出てなかったぜ」
「ハハハハ、侮るなよお前ら。いつも苦い思いをさせられて来た事を忘れるな」
「ハツ!解っております」
グリゴリが現れたそこは東伊豆にある大室山の山頂。伊豆高原と呼ばれたこの辺り一体は水面上昇の被害も皆無で建築物も何もかも昔と変わらない、只一つ違いが在るとすれば陸の孤島になるのを恐れた住人が一人残らず箱根方面に避難し、この四年の間誰一人として伊豆半島に戻って来た者は居ない無人の半島だと言う事だ。グリゴリにとってこの伊豆半島は格好の隠れ家となっていた。
「アザゼル様、この後はどうしますか?夜にでも奇襲を掛けますか?」
「必要ない」
「と、言いますと?」
「布石は打って置いた。ルシファーが選べる答えは一つだけさ」
「流石アザゼル様」
「あの事もルシファーに教えたんですか?」
「いや・・・あれを教えたら流石にルシファーも悩んでしまう、その時が来たら教えてやれば良いのさ。もう後戻り出来ない状態でな」
アザゼルは不敵な笑みを浮かべながら、静かに笑った。
逹也達は慧を優生の隣の部屋のベッドに移し三階のフロアーに集まっていたが、イリスだけは優生の側を離れようとしないので引き続き優生の様子を見てもらっていた。
あの後駆けつけてくれた相馬の仲間達には悪いが相馬一人だけを残し、後の者達は周囲の警戒とヴァルハラに帰還後の警戒任務に戻ってもらうことにした。
達也はまだ相馬を信じきれずにいるようだったが、今は慧の復活に付いて皆の意見を統一しておくべきだろうと判断し一人残ってもらったのだ。
「グリゴリの手を借りずに、慧ちゃんを生き返らせることは出来ないのかね?」
慧の復活は誰もが望んでいたが何よりも気掛かりなのがアザゼルの手を借りる事、只それだけが意見の割れる原因となっていたのは言うまでも無い。
「私は嫌よ!絶対に嫌!アザゼルが出来るなら私達にだって出来るかも知れないじゃない皆で考えようよ!」
「俺もチームの仲間を殺した奴の仲間は信用出来ないかな」
龍史も悠海に賛成の様だった。勿論和人もアザゼルに任せるのだけは嫌な様で、他の案が出るのを期待している。
「私達は逹也様の意志に任せます」
マスティア達は逹也に絶対の信頼を寄せている。
慧の死とゆうショックな出来事が、今は皆の選択肢を狭め二つに一つしか考えられないのだ。
そんな中冷静な相馬が提案を出す。
「どうだろうか、ここはアザゼルに接触を図って具体的な生き返らせ方を探ってみるのは?勿論あいつらが本当の事を教えてくれる保証は無いが、聞いて見るだけでも何かしらのヒントになるかもしれない。その間に過去の文献や我々の仲間に過去世界の記憶の中で、それらしい事柄を思い出した者が居ないか聞いてみるよ」
オ~と言う感心に似た声が上がる。
「そりゃ良いや!当たって砕けろだ、やってみる価値は在るよね」
「そうだな」
「誰が行くんですか?」
「俺が行く!」
逹也が直ぐさま答えたが相馬はそれを止めた。
「俺が意見して良い物か解らないが、逹也君は今現在ここのリーダーだ。もしも何かあっては困るんじゃないか?万が一を考えて逹也君以外が行った方が良いんじゃないだろうか?」
「私に任せて下さい逹也さん!」
ベリアルが直ぐさま名乗りを上げた。
「何も一人じゃなきゃイケない訳も無いんだし、俺も同行しますよ」
ベルゼブブが更に手を挙げた。
「お前達・・・任せても良いか?」
「ハイ!任せて下さい」
「じゃ~決まりだね。ヴァルハラに連絡してその後のグリゴリの足取りを探してもらうよ」
相馬は部屋の片隅に行き携帯で本部に連絡を入れ、アザゼル一行の足取りを探すように命じた。
逹也達はヴァルハラからの連絡待ちになり、焦る気持ちとは裏腹に暫くぶりの休息を手に入れる事となった。
一先ずヴァルハラにグリゴリの捜索を任せた逹也達は、本部では無く相模原に在るヴァルハラ支部の士官用住居に身を移した。優生は慧の言葉通り一向に目を覚ます気配すら無く、同建物内に特別に医療設備も整えた一室に移される事となった。
「逹也さん。優生さんはいつ頃目を覚ますんでしょうかね?」
「それは解らない、だけど体が消滅しなかったと言う事は慧ちゃんの言う通り人間に戻っているのかも知れない。記憶の方はきっと慧ちゃんも半信半疑だったのかも知れないが、もし記憶が無くなって居ても俺達は気丈に振る舞わなければならない。目を覚ました優生の前で皆が皆悲しんだら優生に失礼だろ?今の内から記憶は無くなっていると、自分に言い聞かせて置いた方が良いとイリスさんにも言って置いてくれないか?」
「解りました悠海ちゃんにそれとなく言い聞かせる様に言っておきます」
「頼む」
和人は応接室から出て優生の世話をしているイリスの元に向かった。
逹也はあれ以来ずっと悩んでいた、アザゼルのあの言い方はそんなに時間の余裕が無い事を示唆しているようで。
慧の体は同じ建物の地下にある特別室で、体の腐敗を抑えるために用意された養護液で満たされたプールに漬けられている。神で在る慧の依り代は腐る事など無いのかも知れないが、万が一を考えて今出来うる事は全て施されて居るのだ。
と、そこへ先程出て行ったばかりの和人が勢い良く戻って来た。
「逹也さん大変です!」
「どうした!」
「優生さんが!優生さんが!」
和人の余りの慌てぶりに度肝を抜かれ、達也も大急ぎで和人の脇をすり抜け優生の部屋まで走り出す。
「優生!」
もし優生の身に何か遭っては、任された面目も無いと逹也は焦りを露わに部屋に飛び込む。
「逹也さん?」
そこにはイリスと悠海がベッドの脇で、優生の様子を伺っている所だった。
「どうしたんですか逹也さん?」
「え?いや和人が、優生が大変だって言うから・・・」
優生の体は慧が力を使って以来、薄ぼんやりとした光に包まれたままで特に変わりが無い様に見える。
「もう逹也さん先に行かないでくださいよ~」
「・・・・・・和人。何が大変なんだ?」
「わからないんですか?本当に?それでも幼なじみなんですか逹也さ~ん」
自分は解るんだぞと言いたげに、逹也を馬鹿にした様な言い回しに少しイラっとする。
「早く言え!」
「ロリですよロリ」
「はぁ~?」
「わからないんですか!優生さん少しづつ幼くなってるじゃないですか」
何を言い出すかと思えばこいつは!と、逹也は拳を握りしめながら殴ろうとしたその時。
「あっ!本当だ!」
悠海が優生の顔を覗き込みながら言った。
「確かに少し若くなってますね優生様」
「でしょ~」
エッヘンと言わんばかりの顔で和人は偉ぶる。
「だから何だ?」
「えっ?」
「それがどうしたと聞いてるんだ!」
目を丸くして和人は、だからと言われても~と言わんばかりの顔で困っている。
「慧ちゃんが体も時間を遡って若くなると言っていたって、イリスさんが言ったじゃないか!」
「そうですけど、アレですよアレ!ロリになった優生さんがもし、お姉さん口調だったら萌えるじゃないですか~」
和人がそう言い終わる前に逹也の拳が顎を下から突き上げて居た。中に舞い頭から床に落ちる和人。
「ビックリさせるんじゃない!」
逹也は怒りながら部屋を後にする。
「和人さんは馬鹿なんですか?」
「馬鹿だね」
「馬鹿です」
イリスの問いに悠海と途中から様子を見ていた龍史も同じ答えを返す。
「でも・・・どの位まで若返るんでしょうか?」
ボソリとイリスは不安げに呟く。
「もしかしたら飛行機事故の頃って、慧様は言ってたんだよね?」
「はい」
「じゃ~小学生?中学生?」
「そんなに?」
今の自分より若くなってしまうなんて考えると、イリスは複雑な気分になっている様だった。
「大丈夫よイリスちゃん。何歳だろうと優生様は優生様よ!私は一生掛けて護ると誓っちゃうんだから」
「そうですね、そうですよね」
「それに」
「それに?」
「やっぱり幼い優生様ってのもアリよね!」
悠海はサムアップしながら満面の笑みでイリスにその手を突き出す。
「悠海さんまで和人さんみたいな事を・・・」
「友よ!」
和人が勢い良く立ち上がり、悠海の肩を組みながら得意気に言う。
「幼さとはかけがえの無い宝だ。ロリとは即ち正義!幼い優生さんをこの手で抱っ・・・」
悠海とイリスの鋭い一撃が、和人の腹部に突き刺さりその場に崩れ落ちる。
「この変態!」
「カス」
「ゴミ」
「死ね!」
聞こえているかは定かではないが少なくとも腹部への一撃よりもダメージの大きい罵声が、その部屋から暫く鳴り止むことは無かった。
午前零時過ぎヴァルハラの指令室は慌ただしい雰囲気で、相馬を出迎える事になる。
「どうした?何か進展があったのか?」
「はい。先程オケアノス様から連絡がありグリゴリの潜伏先が解ったとの事です」
「何処だったんだ?」
「静岡県伊東市富戸に在る大室山付近の元別荘地です」
「伊豆高原か・・・相模湾を挟んで鎌倉までは一直線だな」
「オケアノス様から今後の指示を求められています、どうしましょうか?」
「一度帰還後ベリアル、ベルゼブブと共に出てもらう、くれぐれも気づかれない様にしろと伝えてくれ」
「解りました」
思ったよりも早くグリゴリのアジトが解り相馬は一息付く。
「さて、奴らが素直に蘇生方法を教えてくれるかどうか・・・まあ素直に何てどだい無理な話だがな」
グリゴリの潜伏場所が解った事は直ぐにも逹也達に伝えられ、早朝ベリアルとベルゼブブをオケアノスが引き連れ出発する事となった。
そんな慌ただしく事態が急変するヴァルハラとは対照的に、静まり返った横浜で新たな出来事が動き出していた。
まだ夜も明け切らぬ午前三時過ぎ、一人の少年がランドマークタワーの根元に立ち竦んで居る。
年の頃は十五~六歳と言った所だが、立ち尽くすその姿には精気の欠片も見受けられない。
遠い空の彼方、水平線に僅かに日の出の気配を感じる程度の今現在は、辺り一面薄紫の世界に包まれていた。
俺は何で此処に居るんだろう?何してたんだっけ?
「あぁ~空が綺麗だな~」
ポツリと呟きながらも思考が定まらずに只々立ち尽くす少年。
ふと自分の洋服の胸に付いた汚れに気が付く。
「何だこれ?」
ごわごわとしてまるで胸元にコールタールでも塗って半渇きにでもしたかの様な汚れである。薄暗い中良く見えないので掴んで顔に近づけてまじまじと見るが、それが何の汚れなのかは解らない。更によく見れば掌も膝や肘、至る所にそれは付いている。
「まぁーいっか」
本当にどうでも良いといった言い方をした少年だったが、いつの間にか色が変わり始めた空に視線を移すと、そこには紫とオレンジと眩しい白にグラデーションした水平線と空に視線を奪われてしまう。
「何だ、世界って綺麗なんだな」
先程に比べ僅かに精気を取り戻した少年は、自然が織りなす神秘的なその空を少しだけ嬉しそうに眺め続けた。
午前七時ベリアル一行は大室山の上空五百メートルに到着していた。グリゴリの迎撃を警戒しては居たがそれも無く、正直拍子抜けと言った所だ。
「大室山の東側にある元別荘地が潜伏場所だ」
「さてどうやって出て来てもらうか?」
「どの建物かまで解って居るのかな?」
「そこまでは申し訳ない、解らないんだ。ただ大体の建物は目星が付いてる、此処を見付けてから三日張り込んだからね」
「三日かけても解らなかったと?」
「そうなんだ。奴らの仲間の力なのか別荘地に降り立つと、神力の気配が全く感じられなくなるんだ」
「罠か?」
三人は罠の可能性も踏まえ、接触方法を改めて考え直そうと悩んでいる。
「どのみち接触しなきゃ始まらないんじゃないか?」
「そうそう。今更何を悩んで居るのさ」
突然背後で見知らぬ声が聞こえ、三人は本当に驚き同時に振り返った。そこには横浜に現れたグリゴリの一人が、三人に気配すら感じさせずに出現したのだ。勿論三人が気を緩めて居た訳では無い、むしろこの場に着いてから神経を研ぎ澄ませていた程だ。その誰もが声を掛けられるまで気が付かなかったのだ、背後から攻撃でもされて居たら間違いなく一人は瞬殺されていただろう。
「おいおいだらしないなお前らは~、そんなんで使徒同士の争いに勝てるのか?」
「なんだと!」
ベルゼブブが喰って掛かろうとしたのをベリアルが制止した。
「それだけ好戦的なのに我々に攻撃をして来なかったって事は、そちらさんも我々に用があるって事なんじゃないのか?」
「ほ~その通りだけどな、やっぱりこいつらは必要ないんじゃ無いかって気がしてきたぜ」
更に憎まれ口を叩きすこしだけ身構えたのを見て、ベリアル達も構えを取る。
「その辺にしておけ!」
「はい、アザゼル様」
いきなり聞こえたアザゼルの声はあろう事かベリアル達の背後から聞こえた。ベリアル達はまたしても不意に背後を取られる事となり、一瞬背筋に寒気すら覚える事となった。
「お前らが来たのか?俺はてっきりルシファーが自ら神を連れて来ると思ったんだがな。神はどうした?何故連れて来なかった?」
「お前らを信用した訳では無い、神を甦らすと言う事が本当に可能なのかさへ解らない状況で連れて来る訳が無いだろう」
そりゃもっともだと言わんばかりのジェスチャーをアザゼルはして見せた。
「では何か?私の話を聞いてからルシファーと相談して、それから連れて来ると言うのだな」
「そうだ」
「信用が無いのだな私は」
「当たり前だ!力ずくで神を奪おうとしたくせに何が信用だ」
オケアノスはアザゼルに喰って掛かる。
「お前らグリゴリが過去世界でどれだけの混乱や争いを誘発してきたか、今更とぼける気は無いのだろ?ならば信用に値する情報を提示してみせろ」
そりゃそうか、と言うジェスチャーをしたがその後アザゼルはオケアノスを見てニヤリと不気味な笑みを浮かべこう言った。
「お前らに信用されなくとも良い、ルシファーだけに信用してもらえればな」
「ふざけるなよ!この場の我々を信用させる事が出来なければ達也君だって・・・」
オケアノスがそこまで言いかけたその時、突然首筋に鈍痛が走り気が遠くなる。虚ろに意識が遠のくその瞬間、振り返り様に見た光景は神を抱きかかえた達也だった。
「な、何故ここに・・・」
「すまない」
気絶したオケアノスをベリアルが慌てて抱きかかえる。
「逹也様・・・そう言う事でよろしいのですね?」
ベリアルとベルゼブブは突然の逹也の来訪にも、慧をここに連れて来ている事にさえ驚く様子はなかった。
「やっと来たか友よ、待って居たぞ」
「お前の友になった覚えは無いぞアザゼル」
「はははは、まぁ~良いではないか。それよりも早く神の復活を始めた方が良いぞ、お前らの決断が余りに遅いから時間に余裕が全くない」
「解った。ベリアル、ベルゼブブ共に付いて来てくれるか?」
「勿論ですルシフェル様、過去世界も現世界でも我らが尽くすべき主はあなた様です。あなたが示す道が我らの進む道と心得て居ります」
二人は逹也に忠誠を改めて誓った。
「では行くか」
アザゼルがそう言うと逹也達の背後にあの異空間への入り口が開いた、それは横浜襲撃の時の様に発現まで時間が掛かったりはしなかった。まるでそこに初めからあったかの様な、瞼を一回閉じて開くと既に在るのだ。ベリアルとベルゼブブは先程までのアザゼル達が突然、気配もなく現れた事に納得がいった様子だった。
大室山上空に出来た空間の歪へと、アザゼル達は吸い込まれて行く。そのほんの数秒後大室山に雷鳴が轟き相馬が現れたが時既に遅し、大室山の山頂に寝かされているオケアノスを助ける事は出来たがアザゼル達の行方は解らなくなってしまう。
結局この大室山にグリゴリのアジトは無く、ここからあの異次元の空間を通って別の場所に移動していたのだ。そうとも知らずに今日オケアノス達を送り出してしまった事の後悔と、逹也による神強奪を許してしまった事に相馬は苛立ちを隠せなかった。
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