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妹を宜しく頼む

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 優生とイリスが叔父の家に着いた丁度その頃、慧たちのチームが溜まり場にしているビルに複数の人影が近づいて来ていた。
「ここだよな?おい」
「ここのはず・・だと思う」
「何だよ解らねーのかよ」
「しょうが無いじゃないですか俺だって聞いた事があるだけなんですから」
 ビルの前で何やら揉め始めた人影は全部で8人、皆同じように何処か切羽詰まった様子で落ち着きが無かった。
 その人影を見付けたのは夜の見回りに行く為ビルから出てきた和人だった。
「何だお前ら!何か用か?」
 和人は用心していた。最近の不審者もまだ見つかっていない今、暗くなってから訪ねて来るなんて怪しすぎる。
「何か用かって聞いてんだろうが!」
 優生に虐められ少し機嫌が悪かったのだろうか?いきなり喧嘩腰になる和人の頭を後ろから慧がコツンと叩いた。
「なーに喧嘩ふっかけてんだお前は」
「違うって。こいつら怪しい癖に質問に答えねーんだもん」
「イヤイヤ、お前が好戦的過ぎるんだろ」
「そっかなぁ~」
 頭を描きながら納得していなさそうな和人。
「で!君たちはここに用があって来たの?」
 やっと話せそうな人が出てきてくれて助かった、と言わんばかりに慧に詰め寄る8人。
「助けて下さい」
 第一声がそれだったが同じように助けを求めて此処まで来る者は少なく無いので、普段なら慧も和人も特に驚きはしないのだが今回ばかりはそうは行かない。
「仲間が化物に食われたんです、何十人も死にました」
「ここに来れば何とかなるかもって聞いたんです」
「井上慧さんは居ますか?何かあったら慧さんを尋ねろと秋生さんに言われてたんで」
「慧は俺だけど」
 化物と聞いて慧も流石に驚いて居たが、それよりも見知った秋生の名前が出たので更に驚いた。
「秋生って事は逹也さんのチームじゃないか!逹也さんはどうしたんだ?逹也さんじゃなくて俺の所に来たって事は逹也さんに何かあったのか?死んだのか?」
 流石の慧も事が事だけに捲し立てる様に8人に迫った。
 8人共黙りこんでしまった。
「おいっ!」
「まあまあ落ち着けよ慧」
 先程と逆転して和人が慧を何とか抑えていた。
「逹也さんは生きて居ます・・・」
 それを聞いて慧は胸を撫で下ろす事が出来た・・・・が!その後の一言が最も慧を驚かせる事になる。

「・・・・逹也さんが・・化物だったんです!」
「・・・・・!」
 絶句する慧と和人。よりに寄って逹也を化物扱いするこの者達に殺意すら覚えた和人、対照的に慧は別の意味で驚いている様だった。
「お前らふざけるなよ!言うに事欠いて逹也さんが化物だと!お前らより俺らの方が付き合い長いんだぞ!」
 和人は胸ぐらを掴んで殴りかかったが、拳が顔面に当たる数センチ手前で慧に止められた。
「詳しく話してくれるか?あくまでも見たままを教えて欲しい」
 慧がわざわざ、見たままを!と付け加えたのには少々訳がある。
 人間本当の恐怖に足がすくむ様な状態で、まともな思考回路でいられる筈がない。ましてや化物と言う位だから、聞いても想像出来ない様なものを彼らはその目で見たはず。この場所に辿り着くまでの間きっと何度も何度も、頭の中を整理し自分で納得出来る物へと置き換えてしまいがちだからだ。
 彼らから得られる情報で果たして満足出来るかは不明だが、逹也を化物呼ばわりさせて置く訳には行かない。何より慧自身が信じたく無い気持ちで一杯だった。
「わ、解りました・・・俺ら8人は逹也さんの指示で、元町商店街近辺に食料調達に出てたんです。逹也さん達も8人でアオン本牧店に向かいました・・・・・」
 今日の午後からの経緯を大まかに話し、本牧山頂公園に帰って来た辺りからは事細かく話してくれた。
 どうやらこの8人が山頂公園に着いた時、逹也は死体を抱きかかえ慟哭していた時だった様だ。その後異形の者が現れ逹也とのやり取りを全て見て居た様だが、逹也と異形の者の会話は殆ど聞き取れてはいなかったのだ。
 只はっきりと確認出来た事は逹也が異形の者を殺す際、瞳を青く輝かせ背中には銀色に鈍く光る翼を生やしていたのだと言う。体には仲間の血なのか異形の者の返り血なのか解らないが、血まみれのその姿は化物の様だった!と最後に付け加えた。

 沈黙がその場を支配する中、良く見れば8人共震え出していた。思い出したくは無い程に凄惨な現場だったのだろう、話しながら蘇って来る恐怖に8人共青ざめていた。
 最後に付け加えられた化物の様だった!は最初に注意した、見たままを!では無く想像に過ぎないだろ?と一言言いたかったがこれ以上思い出させるのは可哀想だったので止めた。

 そして慧は逹也の為にもはっきりと解るこの事だけを告げる事にした。
「逹也さんは化物じゃないよ。神にまつわる何か!って事しか解らないけれど。逹也さんがうちのチームを抜けるきっかけになったのも、神にまつわる何か!絡みだったんだけどな。仲間に化物呼ばわりされたら悲しいだろ?信じてあげてくれないか?」
 そう言いながら数人の肩をポンポン軽く叩きながら言い聞かせてみた。
「和人!こいつら中に入れてやってくれ。俺は逹也さんの所に行く!」
 慧は言い終わる前に走り出していた、何故なら和人に止められるからだ。慧の性格上困っている人を放おって置けない事は優生も和人も嫌というほど知っていた為、優生は和人に慧を暴走させないようにキツく言い聞かせていた。幼い頃からの約束事の様なものである。
 優生と和人が心配すると解っていても、いざとなったら自分の身を顧みずに行動してしまう自分を解っていたため、普段は出来るだけ和人と行動を共にしてきた慧だが今回は居ても立っても居られなかったのだ。逹也の身に今何かが起こって居ると聞いてしまっては。

「えらいこっちゃ・・・優生さんに殺されるかも・・・」
 和人は走り去る慧を見ながらボソリと呟き、8人にはビルに入っていろと告げ慧を追って走りだした。


 本牧山頂公園に一人立つ逹也の姿は人間と変わらない姿に戻っていた、辺りを包む静寂が独りになってしまった逹也に、尚更孤独だと告げているようだ。
 真っ暗な闇にも目が慣れだし、次第に凄惨なその場の風景が見て取れた逹也は、近くの物言わぬ者達を一人一人確認し、開いたままの瞼を閉じてやったりしながら守ってやれなかった事を懺悔して廻った。
 その時だった!茂みの奥から微かにだがうめき声が聞こえた。逹也は声の方に直ぐさま走りだし茂みの奥の芝生に、まだ息のある仲間を見つける事が出来た。
「大丈夫か?」
 生き残っていたのはひと月前にチーム入りした佐久間悠海(さくまゆみ)18歳小柄だがハキハキと明るい性格の女の子と、逹也がこの場所でチームを作った際に一番最初に声を掛けて仲間になった南波龍史(なんばりゅうじ)20歳の二人だった。
「龍史!佐久間!今、今直ぐ医者に連れてってやるからな死ぬなよ!死なないでくれ!」
 叫びに似ていた。精一杯の励ましだった。
 何故ならこんな内地から離れた、しかもはみ出し者達の街には医者も病院も無いからだ。救急車だってこの街には来ない。
 そんな事解っているが、目の前の二人を助けたい一心で口から出た言葉だったが、どうにもならない現実に逹也は芝生を拳で殴りつけた。
 バラバラに食い散らかされた他の者達に比べたら、この二人は奇跡的に無事な方なのだが、それでも重症である事には違いは無かった。悠海は腹部を大きく切り裂かれ龍史は頭から大量の出血で意識が飛ぶ寸前、二人共後一時間ともたないのでは無いだろうか?もつわけがない!
 素人の逹也が見たって解るほどに、既に虫の息なのだから。

 何か!何か!何か無いのか?考えろ!

 逹也は悠海と龍史の手を握りしめながら必死に考えた、さっきの姿になればどちらか一人だけでも抱えて、内地まで飛べるのではないだろうか?
 
 でもどちらを助ける?どちらを見殺しにする?どちらか一方が息を引き取ったら残りを担いで・・・駄目だそれじゃ残りも間に合わなくなる。でも一人だけ置いて何て行けない、じゃあどうする?・・・どちらか一方の息の根を今直ぐ止めて・・・

 そこまで考えた瞬間ハッとした。

 今俺は、どちらかを殺しても良いって思っていたのか?自分で一人殺して一人助ける?ありえない、どうしたんだ俺!

 逹也は自分の中に、今まで無かった考え方が突然生まれて驚いて居た。感情と言った方が正しいのかも知れない、人を殺す事を「しょうがないじゃないか」と言う理由だけで充分だと一瞬でも思えてしまったのだから。

 俺はバケモンになっちまったのか?あの異形の者と同じ?

「羽根なんて生えちまったらもうバケモンだよな」
 そう呟いたら何だか突然心が軽くなった気がした。時間がない今の状態で、一人助かるだけマシだ、もう考えるのは止めよう。逹也はそう自分に言い聞かせ、その場で立ち上がり化物の姿になろうとした。目を閉じイメージする何となく変身方法は解っていた、自分の中の力を開放する感じで出来ると既に理解していたのだ。
 その時だった山頂公園の入り口方向から逹也を呼ぶ声がした。
「逹也さーん!逹也さんどこですかー!」
 慧の声だと直ぐに気が付いた逹也は茂みから飛び出し慧を見付けた。
「慧!こっちだ!」
 逹也は慧を見た瞬間に優生とした約束を断片的に思い出した。何故今まで忘れていたのだろうか?「二度と慧ちゃんに力を使わせ無いで!死ぬなら独りで孤独に死になさい!もし死にそうな逹也を見たら間違いなく慧ちゃんは力を使ってしまうわ、そして慧ちゃんは・・・」
 その先何だったっけ?と思った所で慧が目の前まで来ていた。
「逹也さんは無事?」
「お、おぉ、大丈夫だそれより怪我人が居るんだ!」
 慧は二人を見て時間がない事を直ぐに察した、そしてここに来るまでの間に、覚悟もしていた。もし逹也に何かあったら、迷わず力を使うつもりでいたのだから、今更迷う必要は無いと自分に言い聞かせ逹也に一つだけお願いをした。
「逹也さん。今から起こることは俺が勝手にやる事だから、優生にはそう言っといてくれるかな」
「なっ!何するんだ慧!」
 慧は悠海と龍史の体にそっと手を載せ静かに目を閉じた。
「け、慧!」
 慧の体から突然光が渦の様に溢れ出し、空に広がる雲を突き抜け光の柱になる。逹也は慧に近づこうと光に触れた瞬間、手が弾かれこの光の柱に入れ無くなった事を知る。
 
 逹也はこの光景に見覚えがあった。そうそれは自分がこの光の柱の中に居て、脇で慧が泣いている光景だった。
 次第に頭の中が過去の記憶で満たされて行くのが解る。まるで古いビデオ映像を巻き戻し再生し要所々々で止めて再生、そしてまた巻き戻し再生と言った感じに記憶が遡っていく。
 何故こんなにも忘れ難い光景を忘れていたのか、その答えは蘇った記憶の中にはっきりと残っていた。
 だが今はそれどころではないと逹也は悟った。思い出した記憶の中で重症を負った自分の怪我を慧が治しているのだが、それは治癒とは到底呼べない理で傷を治すのだ。怪我をした相手の傷を自分に移す、まるでそれは身代わりになるような行為だった。
 自分自身に不思議な力が目覚めた今となっては、慧の持つこの力も神にまつわる何か!と関係があるのだろうが、自分の傷を治した慧がその後重症となってしまったのが事の顛末。
 それが今回は二人しかもいつ息を引き取ってもおかしくない状態だった重症者二人分の傷を、その身に受けたら慧が生きていられる筈がない。
「慧!やめろ!止めるんだ!」
 光の柱を荒々しく叩く度に逹也は弾かれ後ろに飛ばされる。
「慧ーー!」
 声は届いたのか慧はゆっくり逹也の方を向き優しく微笑んだ、傷の痛みが既に慧を襲って居るのだろう額には流れる汗が見て取れた。
「優生を宜しく逹也。あいつはいつまで経っても甘えん坊で困るけど、大切な妹なんだ。守ってやってくれ!」
 頭に流れ込む様にその声ははっきりと聞こえた。
 そしてその時慧が優生を妹と言った事に付いても、逹也はようやく思い出す事が出来た。
「慧さん!駄目だよ慧さん!優生には慧さんが居ないと。もうやめてくれよそいつらは運が無かったんだ、慧さんが身代わりになるなんてそんなの駄目だよ!」
 逹也の声が届いて居るのかどうかは解らないが、慧はその行為を止める気配は無かった。次第に慧の洋服が血に染まり始め、頭から出血した血液が額を伝い慧の視界を奪っていった。
 慧は思った「逹也にはいつも優生に憎まれる役をさせてしまって居るなぁ~」と、薄れゆく意識の中で考えて居た。

 叔父の書斎で優生はイリスに今の神国の現状と、自分達が他の使徒を集めようとしている事に付いて話をしていた。
「イリスは気が付いているかしら?今この世界には異なった時代の使徒が存在している事に?」
「えっ、そうなんですか?」
「本来使命を与えられる使徒の時代は一つに固定される物。何故なら使徒が世界に目覚める理由が神に決められ、その使命に使徒が応えて世界に影響を与えるのだから。時代の違う使徒はその都度、その世界でその役割を担って来た。それぞれ人類に対して与える影響力を変えながらね。必ずしも全ての時代の使徒が、人類にとって友好的では無いと云うことが一番の問題なのよ」
 イリスはまだピンと来ていない様子だった。
「例えば私達の時代では天界をお創りになられた神と共に、地上界の人類を見守って来たわ。良い意味で付かず離れずに、人類にとって特別な存在だった。でも次の時代では人類の心の醜さにお怒りになった神が、人類を罰する為の使徒「悪魔」をお創りになった。次の「魔族」も人類にとっては脅威として存在していた。今現在の一世代前は神の怒りに触れた人類を、只滅ぼす為だけの使徒「巨神」を使って世界を7日で滅ぼしたわ。そんな役目の違う使徒が同時期に存在したら真の神の御心と使命を受け継いだのは自分達だ!と、違う時代の使徒と戦争になりかねないわ」
 事の重大さにやっと気が付いたイリスは少々青ざめて居た。
「じゃ、じゃあお姉様。私たちはこれから戦争をしなければいけないのですか?」
「そうならない為に、いや、そうさせない為にまずはこの神国で神の啓示を受けて目覚めた使徒を、この街に密かに集めて意志を統一しておこうと思ったの」
「何故この国だけで?」
「私と同じ時期に啓示を受けたのはまず間違い無いわ。そしてその時の神の意志は人類を守りたいと心に強く思っていたから、少なくとも悪魔と魔族が目覚めた可能性は低いからよ。只・・・」
「只?」
「人類と共に共存した世界の竜神族と精霊族は同じ啓示で目覚める可能性はあるけれど」
 イリスは成る程と思った。でも、あれ?遠く離れたアメリカの私も同時期に目覚めたけれど、その時に神の啓示は受けていない!受けて居ないからこそ未だに記憶の目覚めが不十分なのだ。
 何故自分も目覚める事が出来たのかを、優生に訪ねようとしたその時だった!
 書斎の窓から外を眺めて居た叔父が突然叫んだ。
「優生様大変です!あちらを見て下さい!」 
 窓に駆け寄る優生。
「そんな・・・なんて事なの!」

 大倉山の高台に位置する叔父の家からはランドマークを視認出来る、そのランドマークより右手の方角で雲を突き抜け天に突き刺さる光の柱が見えたのだ。
「あれは慧様では?」
「間違い無いわ。慧が今、力を使って居るのよ!なんて事なの、まさか記憶が蘇ってしまったの?」
 書斎の窓を開け優生は飛び出していた。背中には大きな純白の翼を大きく広げ、光の柱に向かって真っ直ぐに飛び立った。居ても立っても居られない、直ぐに行かなければ手遅れになってしまう。
 イリスの事を忘れ何も言わずに飛び去って行った優生を、イリスは窓辺で見てから叔父に聞いた。
「わ、私はどうすれば良いのでしょうか?」
「慧様と優生様をどうかお願い致します」
 叔父は片膝を付き両手を合わせイリスにお願いをした、その姿はまるで神に祈るかの様だった。


「畜生!畜生ー!何だ俺は!いつ迄たっても慧さんに助けて貰ってばかりで、何一つ返せていないのに・・」
 逹也は自分の不甲斐なさを近くのベンチにぶつけた。埋め込まれて居るベンチの基礎ごと、吹き飛んではるか先に落ちた。
 興奮の余り意識していない状態で、逹也はいつの間にか覚醒した姿になっていた。
「頼むよ~慧さん・・死なないでくれよ~頼むからさ~」
 逹也は力が抜けその場に跪き、光の柱に向かって呟いた。仲間の死に涙が枯れるまで出し尽くしたもんだと思っていたのに、慧を止められ無かった自分の愚かさと二度と慧に会えないかも知れないと思うだけで涙が溢れていた。
 その刹那!激しい衝撃と痛みを受け、逹也は100メートル以上先の樹木に激突した。
 何が起きたのか全く理解出来ない。痛みと樹木にぶつかる感覚が、同時と思える程の瞬間的な出来事だった。
 覚醒状態で無ければ飛ばされる事無く、その場で消滅していたかもしれない。
 逹也は直ぐさま立ち上がり戦闘態勢に入ったが、自分を蹴り飛ばした相手を見て力を抜いた。逹也の視線の先には優生が立っていたのだ。
 その姿はアステカ時代テスカトリポカの戦士オセロの如く獰猛な獣の如く怒りに満ち溢れ、ギリシャ時代戦争の神と人類に崇められたアレスの精悍さを持った鎧に身を包んで逹也を睨み返した。
 人類の記憶の断片では優生・・いやデメテルの名前も神の役割さえも多種に渡って語り継がれている。その全てがその時代毎に異なる優生の姿なのだ。
「逹也!」
 優生が語りだしたその声は怒りに震え、重く深く低い声で発せられた。
「その姿になれたのならば記憶も既に蘇って居るのでしょ?」
「あ、あぁ・・」
「ならば私と交わした約束も思い出したわよね?」
「・・・あぁ本当に済まない」
「済まないですってぇ~」
 怒りに身を任せるが如く力を開放していく優生。先程の逹也に与えた一撃など、優生にとっては十分の一も力を出して居ない状態だったのだ。
 優生の周りだけがまるで無重力にでもなったかの様に、地面の石や土が舞い上がり始める。体から発せられるオーラの様な光が金色から真っ赤に色づき、優生を中心に渦を巻いてゆく。
「許さない!逹也、あなたは二度も慧ちゃんを」
 まるで呪い殺せそうな程凄みの効いた優生の低い声が公園を包みこもうとしたその時。
「優生・・逹也を責めたら駄目だぞ」
 駄々をこねる子供に優しく言い聞かせるが如く、慧の声が優生にも逹也にも聞こえた。
「逹也は悪く無い。とっくに記憶が蘇っていたのを、俺がお前にも逹也にも黙って居たからな。万が一の時にはお前達に止められる前に力を使おうと思っていたんだから。逹也は勿論、優生。お前も気にする事なんて無いんだよ」
「だって慧ちゃん!だってだって!」
 先程までの優生は慧の声を聞いた瞬間、いつもの、いや妹の優生に戻っていた。
「大切な妹と逹也だって俺にとっちゃ弟みたいなもんなんだから、喧嘩何てして欲しく無いんだよ。解るよな?優生」
「でも・・でもでも!」
「大丈夫。この位じゃ俺は死なないよ、だいぶ傷も癒やす事出来たから反動もそんなに無いはずだから。ねっ?」
 優しく優しく言い聞かせるその様は、慧が優生をどれだけ大事にしているかが伺える。
 慧は傷を全て受け負うのではなく治せる範囲は傷を癒やしたと告げたが、光の柱の中の慧が既に血まみれなのを見て優生は信じる事なんて出来ない。
 だが慧に諭されてこれ以上の文句は言えない。
 優生と逹也は光の柱に近づき、静かに見守る事しか出来なかった。
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