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動き出す時代

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 桜木町駅から元みなとみらい方面に進むとランドマークタワーの根元にドッグヤードがある。あると言っても今では池になっている訳だが元船舶の修理製造等を行っていた名残で、堰を開き入水すれば船舶を海から入港出来る作りになっていた為に、今では海水が流れ込んだ状態で放置されている。天然の釣り堀?天然の生簀と言ったところか、慧達は餌代わりに残飯等をここに捨てる様にしてからと言うもの小魚が大量に集まる様になっている。
 慧と和人は今日の食材調達当番の為、釣りに来ていた。
「昨晩は不審者見つからなかったな~」
「そうだな」
「優生さんは今朝、居なかったみたいだけど?」
「用事があるって言ってたよ確か」
「めっ!珍しいな!慧が優生さんを一人で何処かに行かせるなんて!シスコン卒業するのか?」
「誰がシスコンだ」
 そう言って和人の腹部を拳で軽く叩いた。
「うぐっ・・・」
 そう慧は誰もが認めるシスコンだ。
 いつも指摘されて自覚なしで反論するのは慧だけで、当事者の優生はむしろ少し恥ずかしそうに喜んで居るくらいだ。チームの仲間はそんなやり取りをとても微笑ましく見守るのが最早日課となっていた。
「叔父さんに用があるって言うからさ、俺どうもあの人苦手なんだよ。育ての親同然なんだけど今思えば親と言うより執事みたいな態度された事が何度かあって、子供心に他人行儀な対応に疎外感て言えば良いのかな?本当の肉親は優生だけの気がしてたんだよね」
「でも優しいんだろ?問題なくね?」
「そうだな贅沢な悩みだったかもな」
「そうそう、そう言えば一昨日だったかな、昼間新横のガード下で優生さんが男と会って居たとか居ないとか?」
「何!!」
 慧が「男」に直ぐさま反応した。
 あからさまにここまで解りやすく反応するくせに、シスコンじゃ無いとかありえなくね?と、心に思いながらも顔に出さないように和人は話を続けた。
「徳和達が放置されてる車から自分の車の修理用部品を取りに、新横方面まで行ってたらしいんだけど昼前位に優生さんを見かけたってさ」
「あ、あぁそう・・・だから?」
 シスコンと和人に突っ込まれたばかりだったからか、さほど心配してない素振りを見せようと努力する慧。
「今日も本当はその男と会ってたりしてな」
 そう言って笑いながら「なんちゃってな」と、和人が続けた時には時すでに遅し。脱兎のごとく慧は走り出していた。
「おいおいまてまて、今日の食料まだ釣ってないぞーーーーー」
 急いで慧の後を追う和人。すると先を行く慧がビルの曲がり角で出会い頭に人とぶつかるのが見えた。しめたと言わんばかりに倒れた慧に追いつき、首根っこを捕まえる和人。
「いててて」
「観念しろこのシスコンが!自分のノルマをこなしてから優生さんを捜しに行け!!」
 ふと和人は慧がぶつかったもう一人に視線を移す。
「なっ!?なっ!?何だとーーーー」
 そこには長い金髪ストレートに白い肌の美少女が倒れているではないか!年の頃は十四歳位で身長一四〇ちょい位、少し短めのスカートから伸びる足はすらっと長く、出るとこ出て引っ込む所は引っ込んでいる。
 明らかに年下に見える少女だったが、漫画に出て来そうな程に均整の取れた顔立ちに和人は、慧の首根っこを離して叫んだ。
「美少女だーーーーーー」
 和人はガッツポーズに似た力強い姿勢で空に吠えている。
「キターーーーついにキターーーーーー」
「おいおい大丈夫か和人?」
「大丈夫も何も見ろ慧!金髪美少女だぞ。今の日本では希少な外人様だ」
「だから?」
「お、お近づきになりたい」
 和人は交際経験ゼロである。優生を見て可愛いとは言うが、他の女性を見て可愛いと言った事は無いのである。少なくとも慧は知らない。
「それより大丈夫かなこの子」
 慧は倒れている少女を介抱するため、そっと抱き起した。
 何気なく少女の体に堂々と触れる慧に和人はキレた。
「なぁ~に~し~て~る~~」
「なぁ~に~し~て~る~~?」
「何って気を失ってるだろこの子」
「だ~か~ら~?」
「だ~か~ら~!?」
 ん?先ほどから何やら和人の声がハモッて聞こえる。なんだ?と、後ろを振り返ると慧の顔から血の気がスッと引いていく。
「気を失った美少女に如何わしい事をするのか慧?」
「いや、まて、和人!」
「ま~~たお前は独り占めか?また一人で頂くつもりだな。そうはさせんぞ慧!」
「やめろ、ちがっ、そんな事したことないだろ?」
 ますます血の気が引いて行く慧の、余りの慌てぶりに少し疑問を感じた和人は、慧の視線が自分の後ろに向いているのに気が付いた。
「ん?」
 後ろを振り向くとそこには髪がまるでメデューサが如く逆立ち、絶望のオーラ・・・いや負のオーラが見て取れそうなほどに殺気立った優生の姿があった。
「ひえぇ~~~」
 和人はその場で腰をぬかした。
「け~~~い~~~ちゃ~~~~ん(怒)」
「ゆ、優生・・ち、違うぞ・・これは・・違うんだ、ちがっ・・・あぁあぁぁ~~~~~~~~」
 問答無用で優生の爪跡が顔じゅうに切り刻まれる、勿論和人もとばっちりを受け、慧より無残な姿と化していた。
 そんな昼ドラの浮気現場発覚よろしく殺気立つ妻が如く優生にしばかれる慧、そして巻き込まれる和人の図は、今が平和なんだと実感できる唯一の時間なのかも知れない。
 
 その時から遡る事二時間前、優生は大倉山に住む叔父の家に到着していた。
「叔父様ご無沙汰しております」
「優生様こちらこそご無沙汰しております、元気そうで何よりです」
 叔父は優生の事を様付けで呼ぶ、それを当たり前の事の様に受け入れている優生。
「叔父様早速ですが、アレが確認されたと聞いたのですが?」
「はい。画像付きで確認されました。」
「アレが映像に映るなんて今まで無かった事です。いよいよ背に腹は変えられないと言うことなんでしょうか?」
 叔父はまずその目で確かめて欲しいと言わんばかりに、無言で部屋のカーテンを閉めモニターに画像を流し始めた。
「これは・・・・・・いつの者か解りますか?」
「いえ、まだそこまでは」
「間違いなく、使徒では無く神クラスね・・・・・私には解らない時代の者だということだけは断言出来ます」
 部屋に重い沈黙が流れた。
 二人の視線はいよいよこの時が来てしまったと言わんばかりに画像に映る「者」に注がれていた。
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