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第1章 仮面の冒険者誕生
第17話 訳あり鍛治師ヴァルフ
しおりを挟むゼクスは少年と歩いている中、質問を受けていた。
「なあ、あんたは冒険者なのか?」
「ああ」
「なら……稼げるのか?」
「ふむ……人によるが、最低限稼ぐことはできるはずだ」
「そっか」
少年は何やら思い詰めた表情で、顔を俯かせている。微妙な雰囲気を紛らせようと、今度はゼクスから質問する。
「君、名前は何という?」
「……エリック。小さい頃親に捨てられた、そんで今は生きていくために盗人をやってる」
ゼクスは何となくであるが、事情を察していた。エリックからの話を聞いて、その事情が確かであることを知る。
歩きながら、エリックは独り言を呟くように話し出した。
「……本当は分かってるんだ。盗人なんて、やるべきじないって。でも、そうしないと生きていけないんだよ。なあ、あんた――いや、ゼクスさんはどう思う?」
「何とも思わないというのが、正直な答えだ。そういう人がいるのは知っている。だが、世間一般で言うなら全うな仕事に就くべきだな。……いらないお世話かもしれないが、エリックが本気なら冒険者をやってみるといい。ダンジョンは危険だが、強い信念を持っているヤツは生き残る。そうなれば、自分だけじゃなく、あの子供達も養ってやれるだろう」
調子に乗りすぎたかな、と少し後悔したゼクスであったが、エリックはゼクスの言葉に刺激されたようだ。力強く拳を握ると、さらに力強い声で言う。
「……うん。俺、やってみるよ。もうクソみたいな人生は送りたくない」
「フッ、その意気だ」
◇◇◇
エリックに連れられ30分、かなり歩いたゼクスであったが、ようやく終わりが見えてきたようだ。
エリックはおもむろに前方に立つ建物を指差し言った。
「ほら、あれだよ。あの焦げ茶色の家、あそこにいるはずだよ」
そう言うエリックであるが、ゼクスの目にはどれか分からない。そもそも、焦げ茶色の家なんてどこにも見当たらない。
「おい、どこにそんな家がある?」
「え……見えないの? 俺にはしっかりと見えてるんだけど……」
エリックの言い分に疑問を覚えたゼクスは、エリックに問いかける。
「エリック、お前目がかなり良いんじゃないか?」
「いや、確かに悪くはないと思うけど。そんなの、気にしたことないよ」
「…………」
(自分では分かってないんだろうけど、エリックはかなり視力が高い。それも相当なものだ)
そう分析したゼクスは、いらないお世話ついでにさらに助言をすることにした。
「さっき、冒険者はおすすめだと言ったが、エリックは剣などはやめておけ」
「え、何でさ。男と言ったら黙って剣だろう」
「バカを言うな、自分の力を最大限活かせる武器を使うんだ。――お前は異様に目がいい、その自分だけの武器を活かせるのは、弓だ」
「弓ぃッ」
エリックは予想外な答えが飛び出したのか、たいそう驚く。
「ああ、弓だ。今は魔法に取って代わられているが、魔力を消耗しない上、敵の急所をピンポイントで狙える。その上、魔法と組み合わせれば、速度・威力ともに向上する。それもこれも、敵を遠くから射抜ける目があってこそだ」
ゼクスの力説にまだ納得していないようなエリックだが、渋々といった様子で頷いた。
そうこうしているうちに、例の焦げ茶色の家までやってきた。
見た目はかなりボロいが、エリックは気にせず扉を叩き中へと入る。
「ヴァルフのおっちゃん、エリックだけど」
「んあ……何じゃい、何か用か?」
「おっちゃんに会いたいって人がいるんだけど」
奥から声がして、ついにヴァルフが姿を見せた。長いこと髪を切ってないのか乱雑で、木屑なんかがこびり付いている。片手には酒の入った容器を持っており、ゼクスの聞いていた通り酒好きであるようだ。
「突然失礼する、あなたがヴァルフ殿……俺は冒険者ゼクスと申す者。以後、お見知りおきを」
「……いかにもワシはヴァルフじゃが。おいエリック、ほいほい客人を連れてくんじゃねえ」
「そう言われてもさ……」
エリックが注意されてるのを見て、ゼクスが庇うように言葉を発する。
「俺が案内するよう頼んだ、責めるなら俺を責めてくれ」
「……ゼクスと言ったか、ワシに何の用じゃ?」
「刀を一振り、打っていただきたい。もちろん、相応の金を払うし、持ってくる物もちゃんとある」
そう言うと、ゼクスは持ち物の中からミスリルそして高級感溢れる酒を取り出した。
ゼクスを値踏みするような視線を向けていたヴァルフであったが、手土産を見て納得したように頷いた。
「どうやら、礼節は弁えてる者らしいな。よし、とりあえず話を聞こう、適当に座ってくれ」
「いやおっちゃん、座るとこないよ」
足の踏み場すら怪しい床にどうやって座れというのか、エリックが冷静に突っ込む。
「……適当にどかせばええじゃろ」
呆れた様子のヴァルフも、手で払いのけドカリと座り込む。それにならい、ゼクスも床に座る。
すると、エリックがゼクスに小声で話しかけてくる。
「……なあ、俺も聞いていいのか?」
「構わん、好きにしてくれ」
三人が床に座り落ち着いたところで、まずヴァルフが口を開いた。
「もう知っておるとは思うが、ワシはヴァルフ。工業区画の亡霊と呼ばれておる。理由は、まあ……色々じゃ」
「そこについて詮索するつもりはない。それと、これをヴァルフ殿に」
ゼクスはクレセリアから預かった紹介状をヴァルフに手渡す。
「こいつぁ……クレセリアからか。お前さん、あいつと知り合いか?」
「知り合いと言えば、知り合いだな。特に深い付き合いはないが」
「そうか……あいつからの紹介なら無下には出来んな。よしっ、刀の件なら任せとけ。お前さんの要望通り、打ってやる」
「それはありがたい。よろしくお願いする」
特に何もなくあっさりと話が纏まり、やや拍子抜けのゼクス。それからエリックやクレセリアとの関係を聞いたゼクスは、ヴァルフは苦労人であると知った。
ヴァルフは過去にエリックからスリに遭っており、その時がきっかけで関係が出来たと言う。エリックはヴァルフが武器などを売る際の支援をしている。
そして、クレセリアとの関係だが……ヴァルフの噂を聞きつけたクレセリアが仲間を大勢連れて、押しかけて来たという。
相手は女と言えど、『戦乙女』を構成する屈強なメンバーだ。
一介の鍛治師であるヴァルフが対抗できるはずもなく、言われるがまま専属のような扱いになった。
「ったく、来た時はびっくりしたわ。ワシの言い分も聞かずに、武器を作ってくれと。まあ、そのおかげで昔よりは安定した収入が入るようにはなったから、どっこいどっこいじゃ」
「かなり無茶苦茶な人のようですね」
「無茶苦茶どころじゃないわ、あいつが『妖精女王』なぞと呼ばれとるなど、信じられんわい」
ヴァルフの話を聞き、確かにとゼクスは思う。ゼクスが知ってるクレセリアは、まだほんの一部なのだと実感していた。
そろそろ刀の件について詳細を話し合いたかったゼクスが、切り出そうとすると、逆にヴァルフの方から違う話題で切り出された。
「――それよりもお前さん。ずっと気になっておったが、その仮面……遺物じゃあありゃせんか?」
「これがか? 確かに、かなり古いものだとは思うが……あいにく俺にはそういった知識は皆無だ。あんたは分かるのか?」
「ワシは個人で古代の文明について調べておってな。文献に、お前さんの仮面にある『月』と『太陽』に関することが書いてあったんじゃ」
「それでか……ちなみに、月と太陽についてはどういうことが書かれていたんだ?」
「む? お前さんも興味あるか!?」
流れ的に質問したゼクスであったが、ヴァルフの知的好奇心を呼び覚ましてしまったらしい。
食い気味に迫るヴァルフに対し、ゼクスは冷静に返答した。
「……まあ、多少はな。ぜひ聞かせてくれ」
「そうかそうか。そいじゃあ、話してやるとしよう」
ヴァルフは腕を組み、うんうんとしきりに頷いている。よっぽど嬉しいのだろう。
嬉々とした様子のヴァルフは、遥か昔の歴史について語り出した。
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