上 下
13 / 38
第1章 仮面の冒険者誕生

第12話 『帝』の称号を持つ団長

しおりを挟む
 ゼクスがガルシアとの話を終え一階へ戻ると、何やら騒がしかった。ギルドは基本騒がしいのだが、また違った騒々しさがあった。

 中央のテーブル辺りに人が集中していて、大きな人だかりが出来ている。

(なんだろう? 有名な冒険者でもいるのかな)

 自分には関係ないと思っているゼクスは楽観的だ。受付の仕事もあるため、速く帰ろうとしていた矢先の出来事だった。
 人だかりを避けて出て行こうとしたゼクスの肩を掴む者がいた。

 ゼクスは自然な流れで振り向き、あっと息を呑んだ。

(――ッ、綺麗な人だな……)

 腰まで伸びた髪は艶があるエメラルド色で、手入れを欠かしていないことが分かる。瞳は透き通っていて、見つめていると吸い込まれてしまいそうになる。

 危うく自身も吸い込まれそうになるのを堪え、冒険者ゼクスとして言葉を発する。

「あなたのような美人が、何の御用でしょうか? 俺には見覚えがないのだが」
「失礼、私は『戦乙女ワルキューレ』の団長クレセリアです。あなたがゼクス殿でしょうか?」

 そう聞いてきたのは、『妖精女王ティターニャ』の異名を持つクレセリアだった。
 天使のような声だ。凛とした声の中にも貴族のような気品さが感じられる。

(あぁ……心地よい声。こんな声で子守唄歌ってもらえたら、すぐに寝られる自信がある。いやぁ、ダメだダメだ。ここは厳格に……)

 時々割って入ってくるゼンの本音に騙されないよう、ゼクスは己を律する。出来るだけ目を見ないように、あごの辺りまで目線を落とす。

「そうだが」
「それは良かった。ご迷惑でなければ、少しお時間よろしいかしら? エマの件なんだけど――」

 クレセリアは「エマの件なんだけど」のところだけ、周りに聞こえないよう、ゼクスの耳元まで顔を近付けて言った。
 ゼクスは間近で囁かれた艶かしい声に抗うことが出来ずに、二つ返事で了承した。

「……はい、喜んで」


 ◇◇◇


 クレセリアに連れられギルドを出たゼクスは15分程歩き、とある建物にやって来た。
 真っ白に塗られた外装はとても美しく、クレセリアの美貌にぴったりの建物だ。

「ここよ。さ、入って入って」
「……う、うむ」

 門番らしき女性に半目を向けられながら、門を通り抜けたゼクスは建物の中へ入った。
 中は派手すぎず、適度な調度品が置かれていた。

 ゼクスはそのまま二階へ上がると、応接室のような部屋に通された。室内にはすでに二人いて、そのどちらもゼクスの見知った人物だった。

 二人のうちの一人である銀髪の女性エマは、申し訳なさそうな表情で挨拶した。

「……お久しぶりです。ゼクス殿」
「……ああ、元気そうで何よりだ」

 微妙な空気が流れる中、エマが背後に隠れていた少女の背中を押し、ゼクスに挨拶するよう促す。

「ほら、セリア。挨拶して」
「……うん。ゼクス殿、先の出来事ではお世話になりました。おかげで何事もなく生活できてます。本当にありがとうございました」

 定型的な文でかつ棒読み。子供でももう少し感情が乗って抑揚が感じられるのだが、セリアと呼ばれた少女にはそれが全くない。

「どういたしまして、無事で何よりです」

 セリアにつられ、ゼクスも素のままで返してしまう。
 常識的にいえば失礼にあたるセリアの態度を、二人の美女が注意する。

「こら、いつも他人様に挨拶する時は感情を込めるよう言ってるでしょ」
「……ごめんなさい。でも――」

 素直に謝ったセリアは体をゼクスの方へ向け、指差し宣言した。

「もし、エマ姉とクレセリア様を狙おうっていうなら容赦はしない」
「「セリアッ」」

 エマとクレセリアが二人同時に声を上げた。エマはセリアの頭にゲンコツを落とし、ペコペコ頭を下げている。鋭い眼光で睨まれたゼクスは誓った。

「分かった。肝に銘じておこう」
「……ならいい」

 ゼクスの誓いを確認したセリアは、そそくさとエマの背後へ隠れてしまった。
 唖然とした様子のクレセリアも丁寧に頭を下げ、謝罪の言葉を口にする。

「申し訳ありません……うちの団員が」
「いや、仲間思いで良い子だと思う。とにかく、頭を上げてくれ」

 ゼクスにそう言われたクレセリアは渋々頭を上げると、団員の教育について徹底しようと決めた。
 その後、軽い世間話をし、やっとこさ本題についての話し合いがとなった。

「――それで、今回来てもらった件なんだけど」
「その前に、俺から一ついいか?」
「ええ、構わないわ。何かしら?」

 ゼクスはすぅーと息を吸うと、顔をエマの方へ向け最大の疑問について問うた。

「契約魔法にサインしたはずなのに、なぜクレセリア団長にバレてるんだ?」
「うっ……それはですね――」

 エマ曰く、最初はゼクスの事については黙っていたそうだ。何とか自力で戻ったと話していた。
 しかし、ギルドに黒為冒険者ブラッキィの男の証言をしたことで、ギルド経由でクレセリアに伝わったのだという。

 問い詰められたが、契約魔法があるので話せない。なのに、クレセリアが契約魔法を解除してしまったらしい。
 冷静に聞いていたゼクスだが、「契約魔法を解除」とかいうパワーワードを耳にし、話を止める。

「――ちょ、ちょっと待ってくれ。何やら聞き慣れないワードが聞こえたんだが……」
「それについては、私から話しましょう」

 待ったをかけたゼクスの疑問を解消しようと名乗り出たのはクレセリアだった。当の本人から話してくれるなら、文句もない。

「まず、ゼクス殿。あなたは契約魔法を万能なものだと思い込んでるわ。契約違反の場合の罰も身体的苦痛を与えるものじゃなかったし、私くらいなら解除できてしまうわ」
「……確かに、罰は苦痛を伴わないものだったが。そんな滅茶苦茶なことが……」
「いい? ゼクス殿、魔法は完璧じゃないの。どんな魔法にも対抗方法がある。まあ流石に、罰が死とかなら私も躊躇したけどね」

 クレセリアに諭されたゼクスは未だ半信半疑ながらも、実際にエマが話しても罰が発動したいなかった。その事実から、本当に解除したのだろう。

 ちなみにゼクスが定めた罰は、ゼクスの下へ連絡がいくという簡易なものだった。身体的苦痛を伴う罰だと、サインしてもらえないおそれがあった。

 強制的にサインさせることもできるが、そんな恫喝じみた真似はゼンには出来ない。出来るだけ穏やかなダンジョンライフを送りたいのがゼンの本音だ。

「……さすが、『カエサル』の称号を持つ者だな」
「うふ、お褒めにあずかり光栄よ」

 ゼクスが言った『帝』とは、特に優れた冒険者に与えられる称号のことだ。大陸でこの称号を持ち得るのは、わずか七人しかいない。大陸の統一を成し遂げた英雄カエサルの名を取り、名付けられた。

 そのことから『帝』の称号を持つ七人を総称して、【七臣下セプテムバサルス】と呼ぶ。

 ゼクスは不意に微笑んだクレセリアの笑みにドキッとしてしまう。これまた不屈の精神で耐えるが、普通の男であればすでに堕とされているだろう。

(普段からカーラさんやエレアノールを見てるからかな……)

「でも、安心してちょうだい。あなたのことを口外するつもりは一切ないから。七臣下として、戦乙女団長として誓うわ。だから、契約魔法は無しにして欲しいの。どうかしら?」

(どうかしら?って、あんた自由に解除できんじゃん!?)

 ゼンは心の中で盛大に突っ込んだ。結論として、このままこの提案を受け入れることにした。口約束ではあるが、その人物が相応の地位にいるのは大きい。

「……了解した。あなたを信じることにする」
「ありがと。あと……お礼というより、エマ達の借りを返そうと思うんだけど、何かできることはないかしら? あ、何ならにする?」
「――ッ。(な、何言ってんだこの人……冗談なのか本気なのか分からん!!)」
「だ、団長!?」
「……やっぱり殺す」

 魔性の女っぽい雰囲気を醸し出し、とんでもないことを言うクレセリアにゼンは振り回される。それはエマやセリアも同じで、セリアに至っては殺意の籠った目でゼンを睨んでいる。

「ふふ、冗談よ。ちょっとからかってみただけよ、あなた達も本気になりすぎよ」
「……。(魔性だ、この人は男を弄ぶ魔性の女だッ)」
「で、どうかしら?」
「そうだな……。それなら一つある」
「お、何かな?」

 ゼンは少し速いかと考えながらも、人脈として作っておくのは悪くないと思った。そのため、こんな答えを出した。

「――あなた方が贔屓にしている鍛治職人を紹介してもらいたい」
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

神様の願いを叶えて世界最強!! ~職業無職を極めて天下無双する~

波 七海
ファンタジー
※毎週土曜日更新です。よろしくお願い致します。  アウステリア王国の平民の子、レヴィンは、12才の誕生日を迎えたその日に前世の記憶を思い出した。  自分が本当は、藤堂貴正と言う名前で24歳だったという事に……。  天界で上司に結果を出す事を求められている、自称神様に出会った貴正は、異世界に革新を起こし、より進化・深化させてほしいとお願いされる事となる。  その対価はなんと、貴正の願いを叶えてくれる事!?  初めての異世界で、足掻きながらも自分の信じる道を進もうとする貴正。  最強の職業、無職(ニート)となり、混乱する世界を駆け抜ける!!  果たして、彼を待っているものは天国か、地獄か、はたまた……!?  目指すは、神様の願いを叶えて世界最強! 立身出世!

落ちこぼれの無能だと貴族家から追放された俺が、外れスキル【キメラ作成】を極めて英雄になるまで

狐火いりす@商業作家
ファンタジー
「貴様のような落ちこぼれの無能は必要ない」  神からスキルを授かる『祝福の儀』。ハイリッヒ侯爵家の長男であるクロムが授かったのは、【キメラ作成】のスキルただ一つだけだった。  弟がエキストラスキルの【剣聖】を授かったことで、無能の烙印を捺されたクロムは家から追い出される。  失意の中、偶然立ち寄った村では盗賊に襲われてしまう。  しかし、それをきっかけにクロムは知ることとなった。  外れスキルだと思っていた【キメラ作成】に、規格外の力が秘められていることを。  もう一度強くなると決意したクロムは、【キメラ作成】を使って仲間を生み出していく……のだが。  狼っ娘にドラゴン少女、悪魔メイド、未来兵器少女。出来上がったのはなぜかみんな美少女で──。  これは、落ちこぼれの無能だと蔑まれて追放されたクロムが、頼れる仲間と共に誰もが認める英雄にまで登り詰めるお話。

俺の職業は『観光客』だが魔王くらいなら余裕で討伐できると思ってる〜やり込んだゲームの世界にクラス転移したが、目覚めたジョブが最弱職だった件~

おさない
ファンタジー
ごく普通の高校生である俺こと観音崎真城は、突如としてクラス丸ごと異世界に召喚されてしまう。   異世界の王いわく、俺達のような転移者は神から特別な能力――職業(ジョブ)を授かることができるらしく、その力を使って魔王を討伐して欲しいのだそうだ。 他の奴らが『勇者』やら『聖騎士』やらの強ジョブに目覚めていることが判明していく中、俺に与えられていたのは『観光客』という見るからに弱そうなジョブだった。 無能の烙印を押された俺は、クラスメイトはおろか王や兵士達からも嘲笑され、お城から追放されてしまう。 やれやれ……ここが死ぬほどやり込んだ『エルニカクエスト』の世界でなければ、野垂れ死んでいた所だったぞ。 実を言うと、観光客はそれなりに強ジョブなんだが……それを知らずに追放してしまうとは、早とちりな奴らだ。 まあ、俺は自由に異世界を観光させてもらうことにしよう。 ※カクヨムにも掲載しています

ダンジョンのモンスターになってしまいましたが、テイマーの少女が救ってくれたので恩返しします。

紗沙
ファンタジー
成長に限界を感じていた探索者、織田隆二。 彼はダンジョンで非常に強力なモンスターに襲われる。 死を覚悟するも、その際に起きた天災で気を失ってしまう。 目を覚ましたときには、襲い掛かってきたモンスターと入れ替わってしまっていた。 「嘘だぁぁあああ!」 元に戻ることが絶望的なだけでなく、探索者だった頃からは想像もつかないほど弱体化したことに絶望する。 ダンジョン内ではモンスターや今まで同じ人間だった探索者にも命を脅かされてしまう始末。 このままこのダンジョンで死んでいくのか、そう諦めかけたとき。 「大丈夫?」 薄れていく視界で彼を助けたのは、テイマーの少女だった。 救われた恩を返すために、織田隆二はモンスターとして強くなりながら遠くから彼女を見守る。 そしてあわよくば、彼女にテイムしてもらうことを夢見て。

現代ダンジョンで成り上がり!

カメ
ファンタジー
現代ダンジョンで成り上がる! 現代の世界に大きな地震が全世界同時に起こると共に、全世界にダンジョンが現れた。 舞台はその後の世界。ダンジョンの出現とともに、ステータスが見れる様になり、多くの能力、スキルを持つ人たちが現れる。その人達は冒険者と呼ばれる様になり、ダンジョンから得られる貴重な資源のおかげで稼ぎが多い冒険者は、多くの人から憧れる職業となった。 四ノ宮翔には、いいスキルもステータスもない。ましてや呪いをその身に受ける、呪われた子の称号を持つ存在だ。そんな彼がこの世界でどう生き、成り上がるのか、その冒険が今始まる。

レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~

喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。 おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。 ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。 落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。 機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。 覚悟を決めてボスに挑む無二。 通販能力でからくも勝利する。 そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。 アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。 霧のモンスターには掃除機が大活躍。 異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。 カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

錬金術師が不遇なのってお前らだけの常識じゃん。

いいたか
ファンタジー
小説家になろうにて130万PVを達成! この世界『アレスディア』には天職と呼ばれる物がある。 戦闘に秀でていて他を寄せ付けない程の力を持つ剣士や戦士などの戦闘系の天職や、鑑定士や聖女など様々な助けを担ってくれる補助系の天職、様々な天職の中にはこの『アストレア王国』をはじめ、いくつもの国では不遇とされ虐げられてきた鍛冶師や錬金術師などと言った生産系天職がある。 これは、そんな『アストレア王国』で不遇な天職を賜ってしまった違う世界『地球』の前世の記憶を蘇らせてしまった一人の少年の物語である。 彼の行く先は天国か?それとも...? 誤字報告は訂正後削除させていただきます。ありがとうございます。 小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで連載中! 現在アルファポリス版は5話まで改稿中です。

処理中です...