8 / 38
第1章 仮面の冒険者誕生
第7話 吸血鬼の姫
しおりを挟む「は?」
ゼンのその声は呆れ返っているのか、はたまた驚きを隠せないでいるのかはっきりしない。複雑なものが入り混じった声なのは間違いない。
当の声の主は一言も発しないゼンを見て、首を傾げている。自分が可笑しなことを言っている、という自覚がないのだろう。
時々身を震わせるような風が吹く中、主が痺れを切らしたのか口を開いた。
「何か言ったらどうですの?」
「……あ、えっと……丁重にお断りさせていただきます」
少し苛ついているのを察したゼンは、普段の口調で出来るだけ丁寧に断りをいれた。
ゼンの返事を聞いた主は、両頬をパンパンに膨らませて駄々をこね始めた。
「なんで、なんでダメなんですの!? オモチャを壊したのは貴方なのに――ッ」
「えぇ……」
主の態度からもわかる通り、強制的に下僕にするつもりはないようだ。そのためか、ゼンにも少しだが余裕が垣間見える。
子供のように駄々をこねた主は、恨めしい目つきでゼンを見ながら言う。
「……下僕はいいから、少し付き合ってちょうだい」
「え、まあ……はい」
勢いで返事してしまったゼンは後悔しながらも、ズカズカと先を歩く謎の人に着いて行った。
歩きながらゼンは、気になっていることを聞いてみた。
「あの、質問よろしいですか?」
「……ま、まあ貴方が知りたいことがあるなら、答えてあげるのもやぶさかではないですの」
(なんだろう……ものすごく話しにくいな)
ツンデレな顔を見せる主に対して、ゼンは率直にそう感じていた。
「なら、あなたは何者ですか?」
「……吸血鬼の姫、エレアノールですの」
「吸血鬼……」
見た目はそう見えなくはないが、すぐに判別できるほどの特徴はない。種族的に言うと全く違うのだが、吸血鬼と人間は背格好など似ている部分が多い。
「信じられない、そんな顔をしてますの。……失礼ですの」
「す、すいません……。吸血鬼を実際に見たことがないものですから」
「……それもそうですね。――なら、少し私の力の一端をお見せしますの」
「え、いや別にそこまでしてくれなくても――」
そんなつもりではなかったゼンであったが、時すでに遅くエレアノールはルンルンと嬉しそうにしている。
ゼンに向き直ったエレアノールは真面目な顔付きになると、凛とした声で詠唱を開始する。
「――火の神よ・我が声に応え・我が敵を・消えぬ炎となりて・身を焼き焦がし・万物を灰燼に帰せ・《黒豪炎剣》」
――チリ、チリチリ……と、大気が震え軽く火花が起こった矢先だった。
ボウッ、と黒い炎が立ち昇り大気を巻き込んで渦を成していく。
やがて、ダンジョンを突き破り黒炎の柱がたった。
エレアノールは何事も無かったかのように、黒炎の柱に手を突っ込み、何かを掴んだ。
「――な、何これ……」
(俺は何を見せられてるんだ……目の錯覚か)
ゼンは目をゴシゴシとこすり、改めて目を開けるが見える光景は変わらず――。
エレアノールは柱から禍々しい黒炎の剣を引き出した。無造作に一振りすると、柱は消え去った。
ゼンは虚な目でいて、焦点が合っておらずグルグルしている。その様子を微笑みながら眺めているエレアノールは、黒炎の剣をしっかり持つと岩壁へ向け一閃した。
メラメラと燃え上がる黒炎は岩壁を燃やし続けている。一向に止まる気配のない黒炎は新たな餌を求め、範囲を伸ばし続けている。
「どうですの!? これで、私わたくしの力を思い知りまし――あれ……? き、気絶してますの!?」
そう、ゼンは気絶していた。それも直立したまま、白目を剥き思考を停止させていた。
(…………第八階梯、火魔法――だ、と)
ゼンの最後の呟きだった。戦術級魔法に分類される第八階梯の魔法を軽々とやってのけたエレアノールに圧倒させられた。第一階梯の《火球》で満足していた自分が馬鹿みたいに思えた。
直立状態で白目をむくゼンと、手に持つ黒炎剣をブンブンと振り回しながら、あたふたするエレアノールの奇妙な二人はこうして出会ったのだった。
◇◇◇
「……ん、ここは……」
(確か、良く分からず目をぐるぐるさせていたら……意識が)
目を覚ましたゼンは、記憶を遡りながら必死に思い出す。記憶が確かになってきたところで、横から声がかけられた。ゼンは思わず身を震わせ、叫び声をあげてしまう。
「大丈夫ですの?」
「――ひぃぃいッ」
「人を化け物みたいに見ないで下さる?」
「うっ、すいません……」
確かに失礼だ、そう思ったゼンは素直に謝罪した。どこにいるのか、周囲に目を向けると少し違っていることに気付いた。
「あの、ここって……」
「ダンジョンでいう下層、ですの」
「……ッ」
ゼンは再び絶句した。
下層――冒険者の中でも限られた者しか辿り着けない場所だ。第五階層で留まっているゼンにとっては、まだまだ未来のはずだったのだが。
(こんな早く来る羽目になるとは……。やっと来れた下層! みたいに感動したかったんだが……)
呆気なく感動を奪われたゼンは、分かりやすく気を落とす。よく耳を澄ませてみると、強力な魔物が跋扈ばっこしているのか、呻き声だったりが流れてきている。
そんなゼンに、エレアノールが指で艶のある髪をいじりながら話しかけてきた。
「……そ、それで貴方はなぜこんな時間にダンジョンに?」
「あ―、いや……少々混み合った事情がありまして」
「ふ~ん、そうですの」
「……」
「……」
会話が全くつながらず、再びだんまりを決め込んでしまう二人。この空気感に耐えきれそうになかったゼンは言葉を紡ぐ。
「……答えにくい事かもしれないけど、何でダンジョンに? 吸血鬼ってダンジョンで生み落とされる魔物とは違うと思うんだけど」
「……私わたくしをあんな矮小な存在と一緒にされては困りますの」
つんと棘のある言い方であったため、ゼンはすぐに謝罪する。第八階梯の魔法を軽々と使えるような存在に楯突いたら、何をされるか分からないからだ。
「すいません……ッ」
「ふふ、いいですの。まあ、貴方の問いに答えるならば、"呪い"ですの……」
エレアノールは最後だけ消え入りそうな声で言った。
「呪いって……ダンジョンに縛られる呪い、みたいな」
「どういう類の呪いかは分かりませんの、でも……私わたくしは生まれてから一度もダンジョンの外へ出たことはないですの」
「……」
(そんな呪いがあるなんて初耳だけど、嘘をついているようには見えないし)
頭を働かせていたゼンはふと思い付いた。
(もしかして、転移砂時計なら出れるなんてことはないよな……。ありえる、かもしれない)
ダンジョンに阻まれたゼンも転移砂時計を使用すれば、ダンジョンに潜ることができた。その事実を鑑みると、わりとあり得る話かもしれない。
ゼンはそう考えた。何の確証もないが、ゼンはエレアノールに提案してみた。
「あのさ、もしかしたら出れるかもしれない」
「……? どこから出ると言いますの?」
「――ダンジョンから」
◇◇◇
時刻はすでに深夜0時を回っていた。最初は乗り気ではなかったエレアノールも、「仕方ないので、付き合ってあげますの」と言い、ゼンの言うことに従っている。
おもむろに転移砂時計を取り出したゼンは、ゴクリと唾を飲み込む。
なんせ、同伴者がいるのは初めてだ。転移したら自分だけでした、なんてことにもなり得る。
「それじゃ、一応俺に触れておいてください」
「ふ、触れっ……分かりましたの」
ジト目でゼンを睨みながらも、エレアノールはゼンの服をちょこっとつまむと、そっぽを向いた。
「ふぅ――、よし行くぞ」
一度深呼吸をしたゼンは、手に持つ転移砂時計に――触れた。
光に包まれた後、ゼンは恐る恐る目を開けた。そこは正しくゼンの家の地下室であった。
そして、本題のエレアノールであるが……いた。普通にいた。
(おおぅ……めちゃ簡単に出ちゃったよ)
「あの……エレアノールさん。出れましたよ」
未だ目を瞑っているエレアノールにゼンは成功した旨を伝えた。
すると、エレアノールには似合わない間抜けた声を発した。
「へ……?」
長いまつ毛の瞼をゆっくりと上げたエレアノールは、いつもと違う光景になっていることに気付き、両手で顔を覆うとしゃがみ込んだ。
(エレアノール……そうだよな、生まれてから一度もダンジョンから出たことがないんだもんな)
ゼンは泣いていると思っていた。だが、実際は違った。
うんうんと頷いているゼンをよそに、エレアノールはシュパッと勢いよく立ち上がると。
「ね、念願の外界ですの――――!!」
両手でバンザイしながら、走り去っていったのだった。
「ちょ、ちょい待てや――――!!」
0
お気に入りに追加
863
あなたにおすすめの小説
魔法の使えない無能と呼ばれた私は実は歴代最強でした。
こずえ
ファンタジー
私はとあるパーティーに所属していた。
私はこの世界では珍しく、魔法が使えない体質だったようで、パーティーで依頼をこなしながら、ソロで依頼をこなしたりして魔法に負けないくらいの力を手に入れる為に日々修行していた。
しかし、ある日突然、そんな日常は終わりを告げる。
「役立たずは出ていけ。」
そうして、私は無職になった。
こんにちは。
作者です。
筆が遅い節がありますので、次話投稿が遅れてたらごめんなさい。
もし誤字や脱字があったり、ここはこう言った表現がいいのでは無いかと感じられたさいにはお手数ですが、なるべく詳しく教えていただけると助かります。
ぶっちゃけ、こんなところなんて誰も読んでないやろ…とは少し思ってますが、ご理解いただけると幸いです。
…ちなみに10話程度で完結させようと思っていたのですが、それは無理そうなので1000話以内には終わります()
2022/01/23
タグを追加しました。
2024/02/06
ネタ切れのため休載してます。
S級騎士の俺が精鋭部隊の隊長に任命されたが、部下がみんな年上のS級女騎士だった
ミズノみすぎ
ファンタジー
「黒騎士ゼクード・フォルス。君を竜狩り精鋭部隊【ドラゴンキラー隊】の隊長に任命する」
15歳の春。
念願のS級騎士になった俺は、いきなり国王様からそんな命令を下された。
「隊長とか面倒くさいんですけど」
S級騎士はモテるって聞いたからなったけど、隊長とかそんな重いポジションは……
「部下は美女揃いだぞ?」
「やらせていただきます!」
こうして俺は仕方なく隊長となった。
渡された部隊名簿を見ると隊員は俺を含めた女騎士3人の計4人構成となっていた。
女騎士二人は17歳。
もう一人の女騎士は19歳(俺の担任の先生)。
「あの……みんな年上なんですが」
「だが美人揃いだぞ?」
「がんばります!」
とは言ったものの。
俺のような若輩者の部下にされて、彼女たちに文句はないのだろうか?
と思っていた翌日の朝。
実家の玄関を部下となる女騎士が叩いてきた!
★のマークがついた話数にはイラストや4コマなどが後書きに記載されています。
※2023年11月25日に書籍が発売!
イラストレーターはiltusa先生です!
※コミカライズも進行中!
レベルが上がらない【無駄骨】スキルのせいで両親に殺されかけたむっつりスケベがスキルを奪って世界を救う話。
玉ねぎサーモン
ファンタジー
絶望スキル× 害悪スキル=限界突破のユニークスキル…!?
成長できない主人公と存在するだけで周りを傷つける美少女が出会ったら、激レアユニークスキルに!
故郷を魔王に滅ぼされたむっつりスケベな主人公。
この世界ではおよそ1000人に1人がスキルを覚醒する。
持てるスキルは人によって決まっており、1つから最大5つまで。
主人公のロックは世界最高5つのスキルを持てるため将来を期待されたが、覚醒したのはハズレスキルばかり。レベルアップ時のステータス上昇値が半減する「成長抑制」を覚えたかと思えば、その次には経験値が一切入らなくなる「無駄骨」…。
期待を裏切ったため育ての親に殺されかける。
その後最高レア度のユニークスキル「スキルスナッチ」スキルを覚醒。
仲間と出会いさらに強力なユニークスキルを手に入れて世界最強へ…!?
美少女たちと冒険する主人公は、仇をとり、故郷を取り戻すことができるのか。
この作品はカクヨム・小説家になろう・Youtubeにも掲載しています。
貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~
喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。
庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。
そして18年。
おっさんの実力が白日の下に。
FランクダンジョンはSSSランクだった。
最初のザコ敵はアイアンスライム。
特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。
追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。
そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。
世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。
伝説の霊獣達が住まう【生存率0%】の無人島に捨てられた少年はサバイバルを経ていかにして最強に至ったか
藤原みけ@雑魚将軍2巻発売中
ファンタジー
小さな村で平凡な日々を過ごしていた少年リオル。11歳の誕生日を迎え、両親に祝われながら幸せに眠りに着いた翌日、目を覚ますと全く知らないジャングルに居た。
そこは人類が滅ぼされ、伝説の霊獣達の住まう地獄のような無人島だった。
次々の襲い来る霊獣達にリオルは絶望しどん底に突き落とされるが、生き残るため戦うことを決意する。だが、現実は最弱のネズミの霊獣にすら敗北して……。
サバイバル生活の中、霊獣によって殺されかけたリオルは理解する。
弱ければ、何も得ることはできないと。
生きるためリオルはやがて力を求め始める。
堅実に努力を重ね少しずつ成長していくなか、やがて仲間(もふもふ?)に出会っていく。
地獄のような島でただの少年はいかにして最強へと至ったのか。
巻き添えで召喚された会社員は貰ったスキルで勇者と神に復讐する為に、魔族の中で鍛冶屋として生活すると決めました。
いけお
ファンタジー
お金の執着心だけは人一倍の会社員【越後屋 光圀(えちごや みつくに)】
ある日、隣に居る人が勇者として召喚されてしまうのに巻き込まれ一緒に異世界に召喚されてしまう。
勇者に馬鹿にされた光圀は、貰ったスキルをフル活用して魔族の中で鍛冶屋として自ら作った武器を売りながら勇者を困らせようと決意した!?
現代ダンジョンで成り上がり!
カメ
ファンタジー
現代ダンジョンで成り上がる!
現代の世界に大きな地震が全世界同時に起こると共に、全世界にダンジョンが現れた。
舞台はその後の世界。ダンジョンの出現とともに、ステータスが見れる様になり、多くの能力、スキルを持つ人たちが現れる。その人達は冒険者と呼ばれる様になり、ダンジョンから得られる貴重な資源のおかげで稼ぎが多い冒険者は、多くの人から憧れる職業となった。
四ノ宮翔には、いいスキルもステータスもない。ましてや呪いをその身に受ける、呪われた子の称号を持つ存在だ。そんな彼がこの世界でどう生き、成り上がるのか、その冒険が今始まる。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる