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第1章 仮面の冒険者誕生

第1話 世界に嫌われた者

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「はあ、俺も行きたいな……そっち側に

 神殿のような立派な建物の中に、ダンジョンへ潜るための受付がある。
 約十数年、ここダンジョンの受付担当をしている男―――ゼンは一人呟いた。

 子供の頃から憧れたダンジョン、大陸暦が始まる前から存在していたという、ダンジョン。

 何の変哲もない呼び名、ただシンプルにそう称されている。

 長年、ダンジョンは人々から畏怖と憧憬しょうけいたる存在として常にあり続けてきた。
 まだ誰も辿り着いたことのない最下層。そこには何があるのか、人々は浪漫を追い求めてきた。

 かくいう俺もその一人だ。ダンジョンに魅せられ、冒険者として生きたいと願ってきた。そして、それは現実となる筈だった。

 しかし、来たる現実は愚かにもゼンの夢を打ち砕いた。

 この世界において、ダンジョンに入るためには

 ―――そう、ダンジョンにだ。

 十歳の頃に行われる『選定式』にて選ばれた者のみ、ダンジョンの扉をくぐることができる。

 その確率、99.999パーセント。俺はその確率に阻まれ、永久にダンジョンへ潜ることはできない。
 人々は言う、阻まれた者は世界に嫌われた者なのだと。実際、そうなのだろう。

 無惨にも冒険者となることを打ち砕かれたゼンは、育ての親であるロディ爺ちゃんの仕事であった【ダンジョン受付担当】を引き継いだ。

 そんな爺ちゃんも三年前に亡くなり、今のゼンは独り身だ。両親はゼンが幼少の頃に亡くなっている。母は病死、父はダンジョン内で命を落とした。

 ダンジョン受付の仕事は、そこまで大変じゃない。ダンジョンに挑戦する冒険者を管理しているのが、ギルドだ。受付はギルドの仕事の一環となっている。

 内容としては――①ダンジョンに出入りする冒険者の記録をとること。

 ②一日の終わりに、その記録をギルド本部へ届けること。

 ③ダンジョンに関する質問や疑問の受け答えをすること。

 ――そんなものだ。

 年季の入った長机に頬杖をつき、ゼンは木目を指でなぞっていた。
 すると、建物の入り口付近から野太い声が複数聞こえてきた。チラリと視線をやると、よく見る顔だった。

「おぉ、ゼン。今日も死んだ魚の目ぇしてるな。今度また、壮行会に連れてってやるよ」

 女性のようにサラサラした長髪を一つに束ねた、歴戦の冒険者を思わせる風貌の男――ラディックが話しかけてきた。
 ゼンは少しうんざりしつつも言葉を返す。

「いや、もういいよそれは……。何度夢見ても叶わないことはあるからさ……」

 ラディックはロディの爺ちゃんに昔世話になったらしく、何かと気遣ってくれている。無愛想なゼンの返答にも嫌な顔ひとつせず、ラディックは笑顔で言う。

「そう言うなよ。ま、お前の気持ちが分かるとは言わないが、考えすぎるのも酷だぞ。無理なもんは無理、諦めちまった方が幾分か楽なもんだ」
「……ありがとう。まあ、こればかりはな。自分で何とかするさ」
「おいおい、危ないことに手出すなよ。ロディ爺さんからも頼まれてんだから」

 どこまでも気のいい奴だ。今度、ダンジョンの話をたんまりしてもらおう。ゼンは、心の中でそう決めた。

「で、今日も行くんだろ?」
「おう! 三人分頼むぜ」

 ラディックのパーティー三人から、ライセンス証を受け取ったゼンは、机の内にある魔水晶にかざしていく。
 この魔水晶によって冒険者の出入りは管理されている。ちなみに、大半の冒険者は夜の19時までに帰ってこなければならない。

 朝6時にダンジョンが開き、夜19時に閉まる。つまり、13時間だけしかダンジョン内では活動できない。
 そして、人がいなくなる夜19時以降ダンジョンはほぼ無人の巣窟となる。

『国』から認められた者達だけ、ダンジョン内で日を跨ぐことを許される。

「ほいよ、ほんじゃお気を付けて」
「おおよ。よっしゃ、行くぞ野朗供!!」
「「おおう!!」」

 雄叫びを上げたラディック達は、受付の先にあるダンジョン第一階層へ消えていった。


 ◇◇◇


「よし、今日も終わりだな」

 ゼンは魔水晶の履歴を確認し、今日入った者達はもれなく全員帰還したことを報告書に書き込む。
 現在、ダンジョンに滞在しているのは随一のマンモスクランである『風林火山』だけだ。

 簡単に身支度を整え、報告書を紐でくくると脇に抱えた。そしてそのままの足で、ギルド本部へ向かった。

 ギルド本部は、ダンジョン入口の建物から通りを二つ挟んだ所にある。
 19時前後のギルド本部は、冒険者でごった返している。ダンジョン内でドロップした魔石などを換金するためだ。

 だがあいにく、ゼンには職員専用の通路があるため、人混みなどは関係ない。記録上、ゼンはギルド所属の職員ということになっている。正確には違うが。

 通路を通りカウンターへ行くと、これまた見慣れた顔が見えた。ギルド本部受付担当のカーラだ。ショートヘアスタイルに合わせた金髪がトレードマークの人だ。
 カーラはギルドの受付であって、ゼンの迷宮受付とは少し違う。

 カーラはいつもの笑顔で声をかけてくれる。

「お待ちしてましたよ、ゼンさん。今日もご苦労様です」
「いえいえ、これが仕事ですから」
「そうでしたね。それより、今日こそどうですか?」

 ゼンはカーラに報告書を手渡すと、手で酒をあおる仕草をして誘ってきた。
 一週間に一度カーラは必ずといっていいほど、ゼンを飲みに誘ってくる。

「……すいません。今日は遠慮しときます」
「今日はって……一度も飲みに行ったことないじゃないですか……」

 カーラはそう言って不貞腐れたように口を尖らせる。ゼンは申し訳なさそうにしながらも、「ほんと、すいません」と一言言い残し足早にギルドを出た。

(はぁ、俺って嫌なヤツだな……。善意で誘ってきてくれてるのに、けど……やっぱり無理だ)

 この時間帯から飲みに行くとなると、どこの店も冒険者がいる。そういった者達は大抵ダンジョンの話題で盛り上がる。ゼンはそれが耐えられないのだ。

 ギルドを出たゼンは家に戻ると、酒を飲んだ。ヤケ酒というやつだ。普段はそんなに飲まないのだが、何故だが今日だけ飲みたい気分だったのだ。

 そして案の定――――酔った。

「ぅうぅうううう……なんで、なんで俺に資格はないんだーー!! ダンジョンへの思いは誰よりも強いのにィィ」

 ダンジョンへの思いから自然と涙が溢れてきて、声を大にして言ってしまう。
 水を飲もうと立ち上がり、ふらつきながらも足を動かす。そんなことをしていると、足にロープのような物が引っ掛かり前のめりに盛大にこけた。

「ぶへえっ……ってて……」

 顔から床に突っ込んだが、幸いにも軽傷で済んだようだ。鼻をさすりながら、立ち上がろうと手をついた時だった。

「ん? なんか……ここだけ凹んでる、ような……?」

 地面とキスできそうな距離で見たことがなかったので気付かなかったが、少しばかり凹んでいる。……
 何故かは分からないが、不審に思ったゼンは手のひらでその凹みを推してみた。

「……押せる」

 押せば押すほどギシギシと音が大きくなっていき、ゼンの手の動きも止まらない。

 そして、やがて限界はやってきて――

 ――ミシ、ミシ……ビキビキ……ドガアアアンッ!!

 木製の床は完膚なきまでに崩れ、それに伴いゼンも下へ落ちていく。数十メートル落ちたところで、激突した。

「…………な、なんなんだ一体……」

 今日はついてない、と思いながらゼンは頭をフル回転させ状況の整理に努める。

「ってか、なんで地下があるんだ……? こんな部屋あるなんて聞いてないぞ……」

 両側の壁に備え付けられた仄暗い灯りが、ゼンの視界を開かせていく。
 ロディ爺ちゃんから地下室があるなんて話を聞いていないゼンは、ますます不審感を募らせる。

 パンパンと汚れをはたき落としたゼンは、吸い込まれるように先の闇へと進んでいく。
 そして、たどり着いた場所は――

「――なんだよ、この部屋……」

 ゼンは思わず絶句した。

 そこには――壁に丁寧に立てかけられた剣の数々、少し埃を被ってはいるが、高級感漂うローブや年季の入った防具など……。長年迷宮受付をしてきた者とは思えないほど揃っている。

 この光景に目を奪われているゼンから呟きが漏れた。

「こんなんまるで……冒険者じゃないか」

 脳内に入ってくる新情報の数々から、ゼンの思考はオーバーヒートしかけていた。

「……待て待て、爺ちゃんは冒険者だった? いや……父さんの遺品かもしれないし」

 呆然となりながら言葉を吐くゼンは恐る恐る一歩を踏み出し、一番近くにあった円形の立体物に触れた。

 その瞬間――

「……え、ちょ……何々」

 触れた指先から思わず目を塞いでしまう程の光が一帯を包んでいく。
 やがて全てを包んだ光はゼンの視界を完全に奪い去り……

 ……次にゼンが目を開いた時には――

「――は?」

 肌を刺すようなピリピリした冷たい風が全身に襲いかかり、ゴツゴツした岩肌によって四方を囲まれた場所に出た。
 そして、ゼンはその場所を知っている。実際に来たことがあるわけじゃない。

 いや――来れなかった、というのが正しいだろう。

 ゼンが何度も夢見た場所だ。

「――ダンジョンだ」
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