5 / 13
ネリネのまどろみ
しおりを挟む不器用な人だと思った。
そしてとっても損な人。
もしも、もしも、私たちがそういう意味で好きあっていたらきっと私はこの世の誰よりも幸福で安穏とした生活を送っていたのだろうと思う。
怖い思いをすることも、汚いものを見ることも、悲しい時間を過ごすこともなく、ただただ龍一の腕に守られて、大切に大切に愛されて一生を過ごしたのだろう。
だけど、私が選んだのは龍一じゃなかった。
私はこの世で一番大切にしてくれる龍一じゃなくて、この世で一番私を愛してくれる人を選んだ。
それでも龍一はずっと私たちの側にいてくれた。近くて遠い距離からずっと私を、私の幸福を守ってくれていた。
あの人の真っ直ぐでちょっぴり重たい愛情と、龍一の不器用で報われない愛情をずっとひとり占めにしてきた。
その罰が当たったのかもしれない。
「静奈、」
静かな声だった。
必死に私を繋ぎ止めようとするあの人とは正反対の現実を受け止めた悲しみを押し殺した声で龍一は私の名前を紡いだ。
「僕を、この人を、産まれて間もない君の息子を、置いて逝くつもりかい?」
うん。
私はもう生きられない。
諦めてる訳じゃなくて、生きたくない訳じゃなくて、許されない。
「抱いてあげなよ。せめて、一度だけでも、ちゃんとその腕に抱いてあげなよ」
そうしたい。そうしたいよ。
私も大好きなひとの赤ちゃんを抱っこしたい。
でも、もう身体がいうこときかないの。
必死に私を呼ぶあの人の声も、呼びもどすように泣き声をあげる赤ちゃんの声も遠くに聞こえるの。
龍一の声だけが、どうしてかちゃんと聞きとれるの。
ねぇ、龍一。私、まだ死にたくないよ。
まだ、あの人と一緒にいたい。あの人と子どもの成長を見守りたい。
そしていつか、龍一の愛する人に、龍一のまもる家族に会いたい。
もっと生きたいよ。
「生きなよ。まだまだ早すぎるだろう?」
でも、もうだめなの。どんどん黒に侵されていくの。
どんどん寒くなっていくの。
怖いよ。寂しいよ。ねぇ龍一。
「静奈、君の子どもだよ。君とあの人の子どもだ。分かるだろう?
呼んでるよ」
指先に触れた温もり。強い力。
あぁ、赤ちゃんが、私の赤ちゃんが私の指を握ってる。
呼んでる。
でも、ごめんね。お母さん、君のこと抱っこしてあげられそうにないや。
「静奈!逝くな!まだまだこれからだろう!
俺と、この子を置いて逝くなよ!ずっと一緒にいるっていったじゃねぇかよ」
あぁ、もうどうしてこの人は最期まで私に心配をかけるのかしら。
遠のいた声が戻ってきたと思ったら泣きごとなんて、本当に仕方ないひと。
「静奈!!」
ねぇ、龍一。最後のワガママを聞いて?
どうかこの人と赤ちゃんをお願い。
この人が私なしで子育てなんてできる訳ないもの。
手伝ってあげてね。そして私のかわりに支えてあげてね。
だけど、龍一も幸せになってね。
怖くて、寂しいけど、でも、私とっても幸せだったから満足よ。
真っ直ぐでおひさまみたいなあの人に愛されて。
不器用でおつきさまみたいな龍一に守られて。
とっても幸せだったの。
だから、私がいなくなっても笑っていてね。
大好きな私の家族。
幸せだったの。
神様が嫉妬するくらいに私は幸せだった。
*このお話は「エリンジウムの解放」「エリンジウムの見つけた光」「向日葵の羨望」「菊花のみをつくし」とリンクしています。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
短編集
飴之ゆう
恋愛
息抜きや筆慣らしとかで書いた短編置き場
人気があったら連載版にするかも。
要望があれば後編とか他の視点とかも書くかも。
コメントくれたら狂喜乱舞します。
異世界恋愛がほとんどです
タグは都度増やしたりするかも
これいれた方がいいのでは?というのがあればコメントください
ノリと勢いで書いて推敲もあまりせず投稿することがあるかもしれません
あらかじめ念頭に置いてお読みいただけると幸いです
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる