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2巻
2-1
しおりを挟む『わたし、細井千夜子は二十キロのダイエットに成功しました!』
それだけ聞くと『すごい!』と思うかもしれない。でもそれは元々太っていたから、普通の人より体重の落ちるペースが速かっただけのこと。実際はおでぶから標準体重になれただけで……悲しいかな、まだまだ見た目のぽっちゃり感が否めない。
太っていた時はまったく自分に自信がなく、恋愛にも縁がないまま二十六年過ごしてきた。このままではダメ、変わりたいとダイエットに挑戦しても、いつも失敗に終わってばかり。そんなわたしがダイエットに見事成功できたのは『悔しかった』から……。同僚や後輩の女子社員に馬鹿にされ、おまけに片想いしていた人まで『もう少し痩せたほうがいい』と話しているのを聞いてしまった。その悔しさをバネにして、わたしはかなりの覚悟でダイエットをはじめたのだ。
低糖質高タンパク中心の食事療法やトレーニング、それから漢方系の滋養強壮剤の摂取も効果があった。ダイエットは本当に辛くて大変だったけど、それでもわたしが頑張れたのは一緒にトレーニングしてくれる人がいたから……彼が手伝ってくれなかったら、今頃きっと何度も挫折して、恐ろしいリバウンドを繰り返していたに違いない。――手伝ってくれたのは当時の上司で、チーフこと楢澤恭一郎さん。バツイチだけど、尊敬できる素敵な人だ。
彼も昔は太っていて、ダイエットの経験者だそうだ。ダイエットをはじめてすぐに無理な食事制限でぶっ倒れたわたしを見兼ねて『一緒にトレーニングしてやる』と言ってくれた。ただ体重を落とすだけでは健康な身体が維持できない。運動して筋肉をつけることが必要だと、毎朝一緒に走ったりジムで泳いだりするのにも付き合ってくれた。
しかも彼は、あまりにも自分に自信がなくて好きな人に想いを伝えることもできないわたしに、恋愛のトレーニングまでしてやると言い出した。
そのおかげか、いつもは続かない運動も彼と一緒なら続けられたし、食事も彼と一緒だとドキドキしてすぐに満腹になる。ときめくことで食欲を抑えられたし、彼に触れられることで、わたしの身体はどんどん変わっていった。すごくいいホルモンが分泌されているのか、体調も肌の調子もよくなった。ダイエットに成功した一番の秘訣は、それだったのかもしれない。
そんなわけで見事、おでぶから標準体重のぽっちゃりさんになることができたわたし。
だけどそんな時間を共有するうちに、わたしは彼のことが好きになってしまった……
当時のわたしは、彼には結婚間近の相手がいると思い込んでおり、それでも諦めきれずに彼に抱かれて……。その時はすごく辛かったけれど、後悔なんてしていない。それだけで幸せだったから。
だけど結局、彼にはそんな相手はおらず、互いに想い合っていたことが判明。ようやく本当の恋人同士になれて、あっという間に結婚することになったけど……
――わたし、こんなに幸せでいいのかな?
1 怒涛のお引っ越し
互いの想いが通じ合い、身も心も愛された後、性急に話が進んでいった。
チーフ、じゃなくて恭一郎さんは、月曜の仕事の後にアパートまで送ってくれて、すぐにでも荷物をまとめろと言い出したのだ。どうやら自分のマンションにわたしを連れて戻る気らしかった。
「えっと、どのぐらいの日数ですか?」
平日も彼のマンションに泊まるとなると、その日数分の着替えが必要だ。まさか何日も続けて同じ服を着て会社に行くわけにはいかない。
「この先ずっとの分になるな。ここは引き払って、俺のマンションで一緒に住むんだから。どうだ、どのぐらいで用意できそうだ?」
そんな、すぐにはまとめられないよ。なにもかもあっという間に決められては、ついていけない。とりあえず生理が来てしまったので、このまま自分のアパートで休ませて欲しいとお願いした。
「身体が辛いのか? それなら無理せずゆっくりでいいから、荷物をまとめておいてくれ。俺も自分のマンションを片付けておくよ」
「あの、本当に引っ越すんですか」
同棲するの? 結婚前提だってわかってるけれど、どうしてもそこに引っかかってしまう。うちの親って案外、そういうところは厳しいんだけど。
「このアパートを引き払うのは、千夜子の両親の許可をもらってからにするつもりだ」
そう言われて少しだけホッとした。
「古い物や不要な物は処分できるよう仕分けておけよ。ああ、それと新婚生活を送るんだから、家具や電化製品、調理器具に食器なんかは新しく買い揃えような」
「えっ……あの、新婚生活って?」
「ああ、ふたりで住むんだからそうなるだろ? 俺としてはできるだけ早く籍だけでも入れたいが、順番にこだわるなら式を挙げてからでもいい。いずれにせよ今週末には俺のマンションに引っ越してこいよ」
「ええっ、そんな急に?」
すぐにでも一緒に住みたいようなことは聞いてたけど、もう少し先だと思ってた。
「おまえの実家への挨拶も早めに済ませておこう。来週では驚かれるかもしれないから、再来週の土曜がいいな。ご両親には午後から行くと連絡を取っておいてくれ。その翌日の日曜は俺の実家に連れて行くから」
そんなこといつ決めたのかと聞いたら、えっちしてる最中だって。呆れてものも言えなかった。どうしてそういう大事なこと、わたしの意識が飛んでる時に決めるかなぁ。だけど楽しそうにこれからの計画を語る彼を見ていたら文句が言えなくて……母に連絡を取ると、めちゃくちゃ驚かれたけど、再来週の予定はすんなり決定した。
その日、わたしは久しぶりに自分のアパートに戻り、それから週末まで片付けに没頭した。持ち物の中には、見られたくないものもあるわけで……彼だってそういうものがあるはずだ。うちのお兄ちゃんは隠してたえっちな本とかDVDをお母さんに見つかったことがあったけど、まさか……恭一郎さんはそんなの持ってないよね?
わたしは結構なんでも取っておくほうだから、荷物をまとめるのには本当に苦労した。このアパートは狭いから、できるだけ荷物を増やさないようにしていたつもりだったけど、いつの間にか増えちゃってる。
ただ着る物は痩せた時に整理していたので大変じゃなかった。サイズが変わっても着回せるコートやジャケットは取ってあるけど、スーツもフォーマルウェアもブカブカだったから。
金曜の夜は恭一郎さんもわたしのアパートへ来て、移動する荷物をチェックしてそのまま泊まっていった。夜は久々に彼の腕の中で眠る。この四日間、眠る時どれほど寂しかったことか。生理が終わったばかりなので優しく抱いてくれたけど、それでは物足りなくなっている自分がいた。ヤダな、いつの間にかすごく欲張りになってる。そう思っていても、わたしのアパートの壁は薄いので大きな声は出せないし、あまりすごいことはできないけど……
翌日の土曜は早朝から荷物の移動。わたしが彼のマンションで片付けている間に、彼は車でわたしのアパートとの間を何度も往復して他の荷物を運んでくれた。
彼はわたしのために、マンションのウォークインクローゼットを半分以上空けてくれていたけど、持ってきた服が少なかったから全部詰めてもガラガラの状態だった。
恭一郎さんの服は半分以上がスーツとシャツで、普段着はそう多くなかった。どうやらいいものを大事に着るタイプのようだ。ちらっと見たらそこそこいいブランドの物ばかりだった。彼の隣に並ぶ者として、わたしはこれからどんな服を揃えればいいのか……そもそも、どんな服が今の自分に似合うのかさえ、まるで見当もつかない。今までは体型という制約があったため選択肢が少なくて悩む必要もなかったから、これって贅沢な悩みだよね? もっとも、わたしは身長が一六九センチで、標準体重になったとしても九号やMサイズは無理だから、選び放題ってわけでもないけれど。
それでも、これからスタイルのいい彼の隣に立つのなら、もう少し釣り合う格好をしたかった。
その日の夜は、さすがにわたしも彼も疲れ果ててクタクタで。お風呂に入ったところまでは記憶があるけれど、わたしと交代でお風呂に入った恭一郎さんがベッドに戻ってきたのにも気が付かないほど、ぐっすりと眠っていた。どうやら彼は、それが気に入らなかったらしく、報復は翌朝……寝ぼけてる間に色々されてしまった。そのまま延々とベッドで過ごしたそうな雰囲気だったけど、今すぐ必要な物もたくさんあるので、わたしはどうしても今日中に買い物を済ませたかった。だから一回終わったところで無理矢理彼を引き剥がしてベッドから抜け出したのだ。
すると今度は恭一郎さんが、買い物の帰りにわたしのイトコで幼馴染でもあるコータの店に連れて行けと言い出した。どうやらわたしが以前好意を持っていて、ダイエットするきっかけにもなった同僚の本城さんを、店に連れて行ったことがあるのを気にしていたみたい。
『本城は連れて行ったんだよな? 彼氏として。それなのに俺はダメだとは言わせない』
そう言って強制連行されてしまった。
お店にはわたしのもう一人の幼馴染で親友のイッコもいた。コータの彼女でもあるイッコはしょっちゅうこの店に来てるので、たぶん会えるだろうなとは思ってたけど。久々に話ができて嬉しかった。それはそれでよかったんだけど……しばらくして、目の色を変えた恭一郎さんが、突然『帰ろう』と言い出した。どうやらコータの奴が、以前わたしに告白したことを話したらしい。あれって結局、わたしが急に離れていきそうになった時、焦ったコータが勝手に恋愛感情と勘違いしただけなのに。イッコのことが好きなのを認めたくなくて言い出したに過ぎない。
それにしても恭一郎さんの『帰ったら、覚悟してもらおう』なんて台詞が怖すぎる。なにもなかったと言っても信じてくれない。
「信じてるさ。けど、それとこれとは別だ」
「なにが別なのよ! やだっ、んんっ」
コータの店の隣にある駐車場の車の中。言い訳もすべてキスで塞がれてしまう。
「だって……あれは勘違いみたいなもので……んっ、ここじゃ、いやっ」
わたしが抵抗するものだから、いったんは車を出しマンションまで戻ったけれど……彼の熱情はキスだけでは済まず、マンションの駐車場でもわたしを弄んだ。
「千夜子っ」
「んんっ……やぁ……ダメ」
ようやく部屋に辿り着いて玄関に入った途端、壁に押しつけられた。そうして立ったまま彼のモノを宛がわれ……わたしは抵抗なく受け入れてしまう。
車の中で焦らすようなキスと愛撫を散々繰り返されていたので、わたしのカラダは彼の存在を喜んだ。激しく突き上げられ、わたしは声を抑えるのに必死だった。
「今日は着けずにするぞ……くっ」
生理が終わったばかりだとしても、妊娠する可能性はある。なのに彼はそのままわたしに熱情を吐き出そうとした。加速した彼の腰使いに翻弄されて、わたしは耐え切れずに何度も嬌声を漏らしてしまい……
「ひっ……ひぃっ」
いきなり快感の頂点まで押し上げられたわたしは、呼吸を荒らげて必死に肩で息をした。
「ああ……やあっ」
彼がわたしの中から抜け出る時、注がれた熱いモノが内腿を伝い落ちてくる。その感覚に耐え切れず、わたしは玄関先に座り込んでしまうのだった。
「もう……酷い」
「すまん、無茶をした」
前週と同じように、彼はわたしを抱きかかえてバスルームへ運んだ。そしてお湯をためながらふたりしてシャワーを浴びる。
「きれいにしてやる」
やさしい……と感じたのは、ほんの一瞬だった。
「やっ……うそ、つきぃ……」
そんなの口ばかりで、結局バスルームでも彼にカラダの内側から掻き乱された。
「いつからそんなに上手になった? 俺の上で、これほどカラダをくねらせて」
「だって……あっん。ダメ、下から……突き上げないでぇ」
浴槽に入ってからも、彼の上に乗せられたままパチャパチャと揺さぶられる。いつものベッドの上とは違い、重力に囚われないわたしのカラダ。彼の上で反り返り、絶頂に震えながらふたたび彼の愛を受け取った。
「もう、ダメ……クラクラする」
「悪い、のぼせさせたか?」
お風呂から上がった彼は、今度こそ本当にやさしかった。ぐったりしているわたしにお揃いで買ったバスローブを着せ、冷たい飲み物と大好きなフルーツゼリーを用意してくれる。そして、ソファの前に敷いてあるラグの上にわたしを座らせて、彼はソファに座りうしろからわたしの髪をドライヤーで乾かしてくれた。
「どうだ? 少しは楽になったか?」
「恭一郎さんって、激しくした後はいつも以上にやさしいんだ」
「な、なにを言い出すんだ……まったく。自分でやるか?」
「ううん、もう少しお願いします」
わたしは彼の足に身を預け、ドライヤーの音を聞きながらまどろみかけていた。
「ゼリーは食べないのか?」
「忘れてた……いただきます」
ジュレタイプのピーチゼリーを口に含もうとする。だけど髪を乾かしてもらっているので顔を動かせず、必死で口にスプーンを近付けるけど……
「ひゃっ……もう、零しちゃった」
ゼリーはつるりと首筋を這い、胸元へと忍び込もうとする。
「仕方ないな」
どこが仕方ないのか……彼はドライヤーを足元に置くと、わたしを引き上げて向かい合わせに座らせた。そしてわたしの胸元へ入り込んだゼリーを探して、唇をバスローブの中へと忍ばせる。
バスローブだけだったのが、よくなかった。
「んっ……あっ」
前の合わせは簡単にはだけてしまい、ゼリーを舐め取った後も彼の唇は素肌を這い、胸のあたりに吸い付く。それだけで、もどかしさを感じてしまうほど、わたしは慣らされていた。
「やっ、もう?」
隆起した彼自身がバスローブの合わせ目からわたしを求め擦り上げてくる。
「おまえ相手だと際限ないな、俺は」
すでに濡れていたソコはすぐに彼を受け入れ、自分の重みで彼を奥まで感じてしまうのだ。
「んっ、深い……」
「さっきよりもか? すごくわかるぞ、俺も……堪らんな」
「さっきみたいにしないで……ゆっくり、して」
「ああ、イキすぎておかしくなるのが怖いんだろ?」
「違うの……こっちのほうが愛されてるなって思えるから」
こうして向かい合って抱きしめられたまま繋がるのは気持ちがいいだけでなく、お互いの肌のぬくもりが感じられて嬉しかった。それに、彼の顔を見ていられる。気持ちよさそうにしたり、すごく辛そうに耐えていたり……わたしがそうさせてるのかと思えば思うほど、嬉しくて堪らなくて彼を締め付けてしまう。
「そんな可愛いことを言ってくれるな。出したくなるだろ?」
「やっ……まだ、イヤっ」
自分でもわかるくらい、キュッとソコが収縮する。
「言ってることとやってることが真逆だぞ?」
「だって……自分でやろうと思ってやってるんじゃないもの」
彼の表情や言葉に反応してしまうのだからしょうがない。
「千夜子、愛してる」
「あっ」
また無意識に彼の言葉に反応してしまう。
「おまえは?」
「わたし……も」
――そのあたりまでは記憶がはっきりしていた。
だけどその後、彼の紡ぐ言葉に過剰反応してしまうわたしを、彼が繋がったまま抱きかかえてベッドまで歩き出したあたりからの記憶は曖昧だ。
ドロドロのグチャグチャになって彼に激しく攻められ、何度もたて続けにイッてしまう。そしてシーツに突っ伏して激しくカラダを痙攣させた。赦しを請うても赦されず、彼が果てるまで攻め続けられたのだった。
翌朝……どう頑張っても身体が動かず、なんとか起き上がって仕事に行こうとしたけれど彼に止められた。
「頼むから今日だけは休んでくれ」
「でも……わたし無断欠勤なんてしたことないのに」
「俺から経理部長に話しておくから。引っ越しの準備で疲れが出たことも、結婚の話もな」
「えっ? 恭一郎さんからわたしの上司に結婚の報告しちゃうんですか?」
「うちの営業部長と専務にも結婚の話が進んでいると話しておくが、それじゃ不服なのか?」
「そうじゃなくて……」
できれば一緒に並んで報告したかったのに……。以前は彼と同じ営業にいたけれど、わたしは今経理部に異動している。いずれ両方の部長に挨拶しなければならないのはわかっていたけれど、まさかこんな形で済まされてしまうなんて……そのことが少しだけ寂しかった。
「とにかく今日は安静にしていろ」
そう言って会社に行ってしまった。その後ぐっすり眠ったけど、身体がだるくて動く気になれなくて……昼過ぎに彼が用意してくれていたサンドイッチを食べて、それからはなんとか動き出して昨日の片付けの続きをした。買ってきた品物がそのまま置きっぱなしだったから。
その夜、体重を量ったら一キロ痩せていた。
このままずっと彼に抱かれ続けていたら減るかも? なんてね。
ここのところ忙しくて、食事も前のようなダイエットメニューは作れていない。朝のジョギングも前夜の疲れが出たり朝に手を出されたりして起き上がれず行けずじまい。彼はひとりで走りに行っていた。平日は仕事から帰ると片付けの続きと夕飯の支度に追われ、週末も片付けが残っているからジムにも行けそうにない。
愛され、充実している反面、運動もダイエットメニュー作りもしないダラダラとした日が続いていた。
2 愛のリバウンド?
週末の土曜。今日は午後から、うちの両親に挨拶しに行くと約束していた。
なのに昨夜もやはり明け方近くまで抱かれてしまい、自分でもわかるくらい疲れ果てていた。けれども、約束していたので出かけるしかない。
いつもと同じように朝から元気にジョギングに向かう彼を見ていると羨ましかったけど、わたしにはそこまでの体力はない。朝風呂をして無理矢理目を覚まし、約束の時間までに出かける準備をするのが精一杯だった。
「えっ……あんた、本当に千夜子なの? ずいぶん痩せたわねぇ……身体は大丈夫なの?」
久々に実家に帰ったわたしに、母は驚いた様子で声をかけてきた。
「大丈夫だって。その話はまたあとでね。えっと、こちら楢澤恭一郎さんです」
母はお喋り好きで話しはじめると長いので、話を切る。まさか恭一郎さんをほったらかしにしたまま、玄関先で話し込むわけにはいかないものね。
彼を紹介していると、両親と同居している兄夫婦もちゃっかり覗きに来ていた。
「初めまして、千夜子の母です。さあさ、どうぞどうぞ」
「初めまして、楢澤恭一郎です。すみません、お邪魔します」
どうやら彼は緊張しているようだけど、営業スマイルが完璧であまりそう見えない。
「それにしてもおまえ……えらい男前を連れてきたなぁ。なんか、彼の弱みでも握ってるのか?」
「なによ、おにーちゃん。ずいぶん酷い言い方ね。それが可愛い妹に言う台詞?」
「可愛げがあったことなんてねえだろ。今まで男っ気ゼロで、彼氏のかの字もなかったのに、いきなり連れてくるのがこのレベルじゃ普通そう思うだろ?」
「いえ、お義兄さん。どちらかというと私が無理を言ったほうです」
「お義兄さんって……」
兄は彼より二歳下な上、恭一郎さんは落ち着いているので実年齢よりも上に見られやすい。そんな相手にお義兄さんと呼ばれ、兄は呆然としていた。さすがに恭一郎さんに軽口は叩けないらしい。
応接間に通された恭一郎さんは、両親を前にして例の『お嬢さんをください』というのをやってくれた。イマドキそういうのってどうかなって思うんだけど、普通に『結婚します』じゃ両親は納得しないものらしい。兄も奥さんの実家でやったと言っていた。
「お聞きになっているかと思いますが、私は過去に結婚して半年で別れたバツイチ男です。ご両親にしてみれば納得がいかぬ相手でしょうが、どうかお赦しいただきたい」
バツイチだということは、事前にわたしからも両親に話していた。
「このご時世、こだわってもしょうがないことでしょう。子供はいらっしゃらないそうなので、それだけは安心しています。娘にいらぬ苦労をさせたくないというのは親心ですからね」
「寛大なご配慮、ありがとうございます」
「むしろ、うちの娘でいいのですか? 今は痩せているが元々太っとる子だ。元の姿に戻ったからと返品されても困ります。太ってようが痩せてようが、千夜子は私どもにとって可愛い娘に違いないので、そういう理由での返品は受け付けかねます」
大概酷いことを言われてると思うけど、どうやら父は先手を打っておくつもりだったようだ。太ったままでは一生結婚できないのではと心配していたため、どんな人を連れて来ても祝福しようと思っていたらしいけど、わたしが痩せて帰ってきたものだから、今度はそっちが心配になったみたい。
「千夜子さんが痩せたから好きになったわけじゃありません。彼女の中身ごと好きになりました。どんな姿になっても愛し続ける自信があります。もう二度と結婚なんてするまいと考えていた私に、生涯共に生きたいと思わせてくれたのが千夜子さんなのです。一生手放すつもりはありません」
あまりにも堂々としたその答えに父と兄は驚き、母と兄嫁は頬を赤らめて彼を見つめていた。普段から臆面もなくそういうことを言う人だけど、家族の前で言われるのはかなり恥ずかしい。
「それを聞いて安心したよ」
父はそう言って彼に食事と酒を勧めた。わたしは恭一郎さんの運転する車で来ているからと止めたけど、彼は断りきれずに呑んでしまった。結局その日は実家に泊まることになり、和室の客間に布団を並べられた。
兄の結婚が決まってひとり暮らしをはじめた時、わたしの部屋を明け渡して出たので、実家にはもう自室はなかった。だから余計に帰りにくくなったんだけどね。
「ダメってば……もう」
夜、わたしがお風呂から上がって客間に戻ると、先に済ませていた恭一郎さんに速攻で布団の上に押し倒された。
うちの両親も、結婚すると決まっているとはいえ、未婚の娘を男と同じ部屋に並べて寝かせるなんて、いいのかなって思うけど。兄嫁も結婚する前から兄の部屋に泊まっていたので、そのあたりは鷹揚なのかもしれない。
「布団なんて社員旅行以来だろ? なんだか新鮮でな……」
ニヤニヤと笑いながらわたしに覆いかぶさりキスを仕掛けてくる。いったんキスがはじまると、わたしが逃げられないってわかっていてやってるんだから、もう!
「この部屋には鍵とかないから、ダメだって……んんっ」
そのままなし崩しにされると思ったけれど、彼はわたしからすっと離れて自分の布団に入ってしまう。
「えっ……あの」
「さすがにご両親の近くで最後まではできないからな」
でも、とわたしは口籠る。それじゃ寂しいと思ってしまう自分がいた。
「どうした? キスでその気になったのか?」
「そうじゃないけど……少しだけ恭一郎さんの側に行ってもいいですか?」
おいおいと呆れながらも腕枕をしてくれる、その胸の中へ潜り込む。そして糊のきいた来客用のシーツの冷たさから逃れるように、脚を絡めて擦り寄った。温もりはあるのに愛し合えないと思うと少しだけ切なくなってしまう。
「もう、ひとりで眠るのは寂しくて……無理です」
「そんな可愛いこと言うな」
手を出したくなる。そう耳元で囁かれた後で強く抱きしめられた。そして背中に回された手が下におりてきて、穿いていたジャージの中に忍び込んできた。パジャマ代わりにふたりが着ているジャージの上下は、いつも車に積んであるスポーツバッグに入れていたものだ。
「意地悪……」
「それはこっちの台詞だ。こうされるとわかってて、こっちに来たんだろ?」
何度か啄むようにキスした後、今度は彼の舌が入り込んでくる。
「んんっ」
ダメ、これ以上してたら……止まらなくなる。彼だってわかっているだろうに、彼の手は上着の裾から入り込んで背中の稜線をなぞっていく。それだけでゾクゾクした快感がカラダを駆け抜けていった。理性と欲望がせめぎ合う。
わたしのお腹のあたりに押し付けられた彼の下腹部は、すでに熱く滾りはじめている。
「あっ……ん、恭一郎さん」
彼の指が下着の中に入り込んで、くちゅりと濡れた秘所を掻き回す。もう、ダメ……これ以上できないのに、どうするつもり?
「我慢できないって顔してるぞ、千夜子」
そんなことはないと言いたかった。だけど彼の手が胸を捏ね、尖った胸の先をきつくつまみ上げてくるので、おもわず『ひっ』と部屋に響くような声を上げてしまう。
「しっ、これでも噛んで声を我慢するんだ。おまえだけでも楽にしてやるから」
仰向けにされ、彼が視界から消える。そうして、まくり上げた自分のジャージの裾を口に宛がわれるのと同時に、痛いほど敏感に尖った胸の先に吸い付かれた。
「んぐっ」
必死で声を堪えても我慢できなくなる。それなのに彼は胸の先を虐めることをやめてくれない。さらにジャージのズボンに手を差し込んでくる。そして下着の横から入り込んだ指先が、敏感な突起を擦り上げ、濡れた秘裂を掻き回しはじめるのだ。
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