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言えない話 宮下② カルピスサワー番外編
しおりを挟む同棲の話が出る前の年末のお話です。
最初は全く行くつもりなんてなかった。年末恒例の忘年会。高校時代の仲間が集まったそれは、半分同級会の様相だ。
卒業後一年目、大学に行くやつ、専門学校、それから就職。それぞれの進路によって生活は一変して、懐かしさにみんなで昔話と近況報告を持ち寄った。あまりに楽しかったそれは恒例になり今年は五回目だ。
メンバーは固定のようなそうでないような。よく連絡を取るやつもいれば、その時にしか会わないやつもいて、正直、絶対に行かなきゃという程の懐かしさはまだ持ち合わせていない。だから、行かなくてもいいんだけど。
たまたま職場の雑談で出た正月休みの話題。この時ばかりは、家庭持ちの社員は家族の予定が詰まっていて「宮下さんはまだ気楽でしょ」なんて話をふられて、ついくだんの忘年会のことを話してしまった。
けれど本当は、恋人優先で今年は行かない、というつもりだったのに。たまたま通りがかった加藤さんに聞かれて、同級会いいよなぁ、なんて懐かしがられて。こっそり今年は行かないと念押しするはずが、逆に、行ってこいと送り出されてしまった。
そうは言っても集まりに来てみればそれなりに楽しくて。高校時代はふらふらしていたやつが、結婚していてもうすぐ子どもが生まれるだとか、かと思えば彼女に浮気されただとか。飛び出す近況報告に、オマエは?と聞かれて、まあまあかな、と適当にはぐらかす。
それなりには楽しいけれど、誰かの恋人の話題になるたびに加藤さんを思い出してしまう。その頃の友だちは一生友だちだから行っておいで、と送り出してくれた恋人は、年相応に頼りになるし、俺なんかよりよっぽど大人だし尊敬もしている。そんな彼に実感込めてそう言われてしまったら、行かないとは言えなかった。
二十歳も年上で、上司で、同性で、甘えてもらうなんてとんでもない難題に思えた。それが実際付き合ってみれば、加藤さんは驚くほど柔軟で、上司の仮面を外せば思いがけず可愛らしいひとなのだと知った。
加藤さんの前に付き合ったことのあるのは女性ばかりで、この忘年会にも来ている同級生もいる。彼女たちは立場や年齢なんて、気にすることもなくするりと甘えてくる。
当たり前に思っていた小さな仕草。意味ありげな視線や、少しの嫉妬。当たり前のようにされる小さな恋の駆け引きの積み重ね。それは当時の自分にとって楽しくてわくわくする、相手を夢中にさせるゲームみたいな、そんなものだった。
当たり前だけれど、加藤さんにはその経験は通じない。甘えさせるためにあえて作った隙。自分ですら気付かないくらい自然にしていたそれも、加藤さんはためらって恥ずかしがって甘えてくれない。
付き合うようになって、その身を預けてくれて、好かれていると感じるのに、どこか控えめな加藤さんにますます夢中になった。この人に甘えてもらえるひとになりたい。それがいつしか俺の目標になっている。
いまは、その願い叶ってか半年前に比べたら、だいぶ甘えてくれるようになったと思う。といっても、職場では頼れる上司だし、二十歳の年の差はどうやっても埋めがたいものではあるのだけれど。
それでも。
何のメッセージもないスマホを確認する。加藤さんは今、俺もやっているオンラインのゲームに嵌っていて、二人でいる時ももっぱらゲームに興じている。ゲーム内でフレンドになっているから、アプリを開けば加藤さんがゲームをしているかはわかるのだけれど。
でもなんか、こんなところまで来てそんなの確認するのもストーカーっぽいというか、こどもっぽいんじゃないだろうか。そう思ったら確認もできない。
「スマホ、気になるの?」
隣に座った水内が聞いて来た。水内は地元を離れて進学就職をしていて、年に一度か二度しか会わない間柄なのだけれど、それでも特に気の合う仲間というか、信頼のできるやつだった。
「嵌っているゲームがあってさ」
「どれ? 今、ゲーム新規開拓してるんだよね」
なんて言うもんだから、いそいそとアプリを立ち上げて、何気ないふりでフレンド欄を見た。やっぱり加藤さんはそこにいて、なんだかちょっとほっとする。いい大人なんだし安全確認てわけじゃないんだけれど、なんでだろうな?
ちょこっとやってみたいという水内に説明しながら、設定するふりで加藤さんにメッセージを送る。
『(^^)/』
『あれ? もう終わったのか』
『今、友だちにゲーム教えてて』
『なるほど。楽しんで来いよ』
そっけない言葉のやりとり。水内に「だれ?」と聞かれて言葉に詰まった。
「……上司」
「彼女?」
上司、恋人、友だち……、何て答えようか迷って答えた返事に、水内の言葉が被って確信を突かれた答えに、思わず変な声が出た。そのまま、かっと頬が熱くなる。
「へぇ……、年上彼女かぁ」
にやりと言った言葉に、違うから!ととっさに返して、いや違くないのか?と自答する。恋人がいるくらいは言ってもいいのだけど、詮索されるのは避けたかった。地元組には仕事がらみにに知り合いもいて、田舎の噂というのは案外怖い。慌てて、しーっ!と水内の口を塞いだ時には、他のやつのフラれ話に興じていたうちの一人が、耳ざとく聞き付けて口を挟んでいた。
「なになに、恋バナ!?」
けれど水内がわざとらしく「なんだぁ、違うのか」と言うとまた元いた話題に戻る。ほっと胸を撫で下ろすと、隣の水内から『ごめん、聞いたらいけないやつだった?』とスマホにメッセージが届く。
何となく習慣で頼んだカルピスサワーを一口飲んで、息をつき 水内にだけ聞こえるように音量を抑えて話す。
「いや、助かったわ」
「マジで聞いたらいけないやつ? 人妻的なのとか」
「じゃねぇけど……」
「でも宮下は好きじゃん?」
ずばりと言われてまた赤くなる。不意打ちの恋バナは心の準備ができてなくて、ごまかせない。それからすこし、あっちで赤い顔をしてデレデレと鼻の下を伸ばしながら惚気ているやつが羨ましい。
……けれど、水内なら言ってもいいかなと思った。
「まあ、……好きっつうか、恋人なんだけど……」
「訳あり?」
『彼氏』と短くメッセージを打ったスマホを見せる。
『マジ?』同じように短いメッセージに、マジと頷いた。
「で、上司なん?」
「そう」
「え、聞いてもいい? いくつ上なの?」
「二十歳」
「えっ! マジですげぇ上じゃん! ……かっこいい?」
顔を近付けてこそこそと内緒話をする。宮内の様子からは嫌悪感とか面白がる様子はなくて、純粋な恋バナをしているようでほっとした。
「かっこいい、けど、俺には可愛いかな」
「……オマエ、自分で言って赤くなるなよ」
「仕方ねぇだろ。こんなん話すの初めてなんだから!」
「へぇ、マジで惚れてんだな。……まあ、やたらと言って回れねぇし、言う機会ないもんな」
そう言って水内が口をつぐむ。
「……俺も告白しちゃっていい?」
「なに、水内もなんかあんの」
「まぁね。彼女、十歳上でね」
そう言って見せられたスマホの画面には『人妻』と打たれていた。
「マジか」
「マジで。だから他人に話せなくてさ」
そう言って、テーブルむこうのグループを見る。確かに水内も俺も、ああいうふうに惚気て話すようなまねはできない。いや、中にはそういうやつだっているけれど、相手のことを本気で想ってしまったら慎重になって当たり前だ。
「いやでも、水内はちょっと意外だな……」
「止めろって言う?」
少し不安そうに覗き込まれて、言わないけど、と返事をする。言わないけれど、水内はなんていうか正義感も強かったし、不倫とは無縁なタイプに思えた。
「俺も宮下は意外だったけどね。女子にモテたじゃん? 高校の時は彼女もいただろ」
「まあそうなんだけど……、気が付いたら好きになってたっていうか。なんか、なんかさ……、好きになったら仕方なくねぇ?」
三年も片想いしたし、止められる気持ちならたぶんその間に気が変わっていたはずで。だけれどずっと好きなまま、付き合ってみれば何か変わるかもと怯えもしたけれど、加藤さんとの距離は近付いてもますます好きになるばかりだ。
こんなに好きならもう仕方ないと、いつの間にかどこかで覚悟を決めていた。
「……そ…う、なんだよね。好きになったら仕方ないっていうか、止まれないよな」
「それはわかる。止まれるもんなら止まるけど……」
けど、水内はいいのか?の言葉は飲み込んだ。そんなこと本人の方がよっぽど考えているというのは、表情を見るだけでわかる。ほめられたことではないけれど、止まれないって気持ちはきっと同じだと思った。
水内がそれをずっと抱えていかなきゃいけないのか、どうにかなるのかはわからないけれど。
「話せば長いんだけどさー、今度聞いてくれる?」
手遊びする自分の手を見てぽつりと言った水内にいいよ、と答える。
「その代わり、俺も長い惚気するけどいいか?」
「えぇ。じゃあ俺も惚気てもいい?」
どうぞ、と言って笑う。水内の内情はわからないけれど、話を聞いてやるくらいはできる。それくらいしかできないけれど、俺だって何かをして欲しいわけじゃなくて、ただ話を聞いて欲しいと思うんだから、それでいいんだろう。
一次会、二次会なんてかしこまったものもなくて、終電の時間に合わせて、だらだらと長い飲み会を終える。水内との話はあれで終わって、また今度と近いうちに会う約束をした。
俺は、水内には悪いのだけれど、加藤さんのことを打ち明けたということに高揚していた。まだ誰にも話していない二人だけの秘密みたいな付き合いも悪くはないけれど、やっぱり俺は隠れるよりも、堂々とみんなに惚気る方が性に合っている。
別れるのが惜しくて、二十四時間営業のカラオケに移動するというやつらの誘いを断って手を振る。
お開きになるちょっと前、今日のうちにせめておやすみの声だけでも聞きたくて、加藤さんに電話をした。少し長くコールした後に出た加藤さんの声は、あきらかに酔っていた。
酔っ払い独特のとろりとした口調で、同級会楽しい?と聞く声はいつものものだったけれど。
俺はもう、加藤さんが隠しているけれど人一倍寂しがりなことを知っている。ひとこと『さみしい』って言ってくれれば今すぐにでも飛んで行くんだけれど、でもそんなことを言われたら今すぐに会いたくてどうにかなりそうだ。
言葉の裏に隠した『会いたい』って言葉が聞こえた気がするのは、俺も酔っているからだろうか? 今日はちゃんと家に帰って明日、年越しの二年詣りに一緒に行こうと約束はしていたのだけれど、いま、会いたい。
ここからなら、三十分くらいだろうか。急いでも、電車が早く来るわけでもないのはわかっているけれど。俺は驚いて、嬉しそうに笑う加藤さんの顔を思いえがいて、足早に歩きだした。
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