カルピスサワー

ふうか

文字の大きさ
上 下
66 / 78

カルピスサワー 66

しおりを挟む
 伸ばした腕を枕にして恋人が眠っている。
 たまにはそういう日もある。どちらかどうとか決めたわけじゃないし、寝相とか身長とかそういうのもあるけれど、『抱かれる』っていう行為の全部を委ねているみたいなところと、その後の日常に戻るまでのタイムラグとの問題もあって、俺が宮下をこうしているのは割と珍しい。

 腕枕をしてやっていると、不思議と腕枕されている時よりも、可愛くてぎゅっと抱き締めたくて、守ってやりたくて、甘やかしたいみたいな気持ちが強くなる。
 こちらを向いて子どもみたいに手を胸元に引き上げた宮下の寝姿は、なんとも言えない愛らしさと同時に整った顔を再確認する。つくづく顔がいいっていうのは得だと思う。無条件に心臓を掴んで思わず見惚れてしまう。

 穏やかな朝の気配と同時に、とくん、とくんと少しだけ胸の高鳴りを自覚した。
 当たり前に受け入れた、当たり前でない習慣。起こさないようにそっと横を向いて、宮下の鼻先にキスをする。んん、と少しだけ身じろいでけれど宮下は目を覚まさない。

 なんとなく色んなことが吹っ切れた。
 今までもそうなるように積み重ねてきたことが、間違いじゃないと成果を確認して安心したみたいな気がする。
 壮大のこと、それから未来・この先にどうなりたいかっていうこと。道が見えたら、それに向かって進めばいい。長いことどこにいるかもわからなくて、それから手を引かれて歩き始めて、ようやくゆく先を見つけた、そんな気分だった。

 今日は日曜日だ。なんとなく日曜日はゆっくりと時間が流れているようで、そのせいかだらだらして気が付いたら一日が終わってしまうことが多い。
 宮下と一日ゆっくりと過ごして、そうして夜にはさよならをして翌朝から一週間が始まる。朝になって仕事に行けば、恋人の顔を隠して部下に収まった宮下がいる。そうやって当たり前に過ごしてきた半年ほど。

 そう、まだ半年。
 まだ半年しか経っていないのが不思議に思えるほど宮下は俺の生活、というより人生に馴染んでしまった。まるで一緒にいるのが当たり前みたいに。
 だから別々の家に帰るのが寂しくて不思議な気すらする。だからといって冷静に考えたら、同棲しようというには少し早い気もする。どれだけ俺が浮かれているのかって感じだし、宮下の家にする説明のこともある。

 友達同士っていう年齢なら、互いに実家を出たいけど家賃とか家事の都合でシェアっていうのもありだと思う。けれどそれが会社の二十も年上の上司となれば、普通なら距離を保ちたい相手であって一緒にいたい相手ではない。なんで?って感じだ。

 思わず悲観的な現実を考えて、そんなこと考えていたらだめだって思い直す。
 それに一緒に暮らしたいと思うのだって、まだ本人の意志も確認していないのだ。いつかいずれと思ってくれていても、そのいつかのタイミングが合わなければ一生かみ合わないことだってある。

 でもとりあえずの一歩。まずは一緒に過ごせる場所を作る。
 改めてその目標を心の中でつぶやく。
 前向きな目標は、それだけでなんだかわくわくした。

 まだぐっすり眠っている宮下を残して、そっとベッドを下りる。冬の室内はひんやりと冷たくてすぐに布団に戻りたくなる自分と戦う。暖房をつけ、シャワーを浴びにいく。
 きれいに体は拭われていたけれど、それでもやっぱり妙に腹の皮膚が突っぱねる。昔、精液は美容にいいとかいうデマが流れたけれど、あれ本当にデマだったよなぁ、とかどうでもいいことを思う。

 浴室で改めて自分の裸を見ると、毛の無くなった股間が心許ない。あるはずのそこに気がないことによって、却って脛毛とか腋毛が気になってしまう。
 でもそこまで剃ったら、腕や足がちょっと見えただけでもケアしていることが分かるだろう。男なら気にしない人も多いけれど女性は敏感だから、気になってもそのままが無難だと思い直す。
 ……いい年して自意識過剰だとは思うけれど、職場で指摘されようものならきっと逃げ出したくなるだろう。

 身体を洗いながらそのすっきりした部分に触れると、たったの一日なのにわずかにざらりとした感触がある。たった一日で生えて来るのかと思ったが、考えてみればひげだって毎日剃るんだから不思議はない。
 もう一度剃るべきかを迷って、考えているうちに昨日ここで行われたことを思い出した。恥ずかしいような、期待するような、嫌だけど、嫌じゃなかったとか。感情をひとつ、これと決めることが出来なくて、でも結局のとこ、少し興奮しているんだから……。
 苦笑して、とりあえずそのままにする。

 結局さっと身体を流しただけで出て、もこもことしたスゥエットに身を包む。部屋着なんてなんでもいいと思っていたのに、少しだけ見た目を気にするようになったのも宮下と付き合ってからの変化の一つだ。
 部屋に戻っても相変わらず宮下は気持ち良さそうにぐっすり寝ている。それを横目にこたつに座ってノートパソコンを開く。宮下はパソコンよりもタブレットとかスマホの方が馴染みがあるみたいだけど、手軽さではそっちが勝っても、俺にはどうしてもパソコンの方が馴染みがある。

 ちらりと宮下を気にしながら、住宅情報を検索する。具体的な何かを思い描いているわけじゃないけど、そうして見ているだけでわくわくして楽しくなってくる。
 古すぎは困るけれど新築や築浅にはこだわらなくて、それよりも適度な広さと部屋数は欲しい。あとは駐車場と、立地は駅からは遠くてもいいけど、コンビニが近くにあるといい。一つひとつ条件を考えては足していく。

 地方都市から外れた田舎の割には物件数は無数にある。見ているだけで楽しくなって、あっという間に時間がすぎる。けれど、一人で見ているだけではだんだんとつまらなくなってきて伸びをして振り返ると、ちょうど良く宮下が身じろいだ。
 時計を見ればもう午前九時を過ぎていて、そろそろ起こしてもいい時間だ。

 こだわりがあるわけではないけれど、随分前に結婚の引出物でもらってから愛用しているコーヒーサーバをセットしてからベッドに戻る。特別コーヒーが好きというよりコーヒーの香りが部屋に充満するのが好きで、余裕のある時だけそうしている。

 コポと音をたてながらコーヒーの香りを巻き散らされると、換気扇の下で吸っても匂う煙草の匂いもすこし上品に感じる。
 自分では煙草を吸わない宮下が煙草を嫌いだと言ったことはないけれど、自分でもいい香りだとは思えないそれの言い訳みたいな、罪滅ぼしみたいなものだった。

 今度はスマホ片手にベッドサイドに移動して、宮下に呼びかける。

「宮下、そろそろ起きるか?」

 いつも通りにそう呼びかけた後少し考える。それからひげが薄くてするりとした頬にキスをして、もう一度声をかけた。

「奎吾、そろそろ起きよう?」

 自分でそうしておきながら、そのむずかゆさに頬がゆるんだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

聖女召喚!……って俺、男〜しかも兵士なんだけど?

バナナ男さん
BL
主人公の現在暮らす世界は化け物に蹂躙された地獄の様な世界であった。 嘘か誠かむかしむかしのお話、世界中を黒い雲が覆い赤い雨が降って生物を化け物に変えたのだとか。 そんな世界で兵士として暮らす大樹は突然見知らぬ場所に召喚され「 世界を救って下さい、聖女様 」と言われるが、俺男〜しかも兵士なんだけど?? 異世界の王子様( 最初結構なクズ、後に溺愛、執着 )✕ 強化された平凡兵士( ノンケ、チート ) 途中少々無理やり的な表現ありなので注意して下さいませm(。≧Д≦。)m 名前はどうか気にしないで下さい・・

アダルトショップでオナホになった俺

ミヒロ
BL
初めて同士の長年の交際をしていた彼氏と喧嘩別れした弘樹。 覚えてしまった快楽に負け、彼女へのプレゼントというていで、と自分を慰める為にアダルトショップに行ったものの。 バイブやローションの品定めしていた弘樹自身が客や後には店員にオナホになる話し。 ※表紙イラスト as-AIart- 様(素敵なイラストありがとうございます!)

涙は流さないで

水場奨
BL
仕事をしようとドアを開けたら、婚約者が俺の天敵とイタしておるのですが……! もう俺のことは要らないんだよな?と思っていたのに、なんで追いかけてくるんですか!

敵国軍人に惚れられたんだけど、女装がばれたらやばい。

水瀬かずか
BL
ルカは、革命軍を支援していた父親が軍に捕まったせいで、軍から逃亡・潜伏中だった。 どうやって潜伏するかって? 女装である。 そしたら女装が美人過ぎて、イケオジの大佐にめちゃくちゃ口説かれるはめになった。 これってさぁ……、女装がバレたら、ヤバくない……? ムーンライトノベルズさまにて公開中の物の加筆修正版(ただし性行為抜き)です。 表紙にR18表記がされていますが、作品はR15です。 illustration 吉杜玖美さま

S系攻め様は不憫属性

水瀬かずか
BL
出来る部下に、ついつい嫌味な声かけをやめられない松永課長。それなりの成果を出しているのにいびってくる上司が嫌いな、出来る若手篠塚。 二人きりの夜の残業で、自分への愚痴をこぼしている松永課長の独り言を聞いた篠塚は、積もり積もった怒りをこらえきれず、無理矢理その体を暴いてゆく。 一方松永課長は、迫り来るレイプの驚異を前に……ときめいていた。 前半は章ごとの短編連載形式。 表紙は吉杜玖美さま

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

草臥れたおっさんが転移したら盗賊団のアジトで、何故かおっさんは性奴隷になってしまった!

ミクリ21 (新)
BL
おっさんが盗賊団に抱かれます。

いつだってイキまくり♡ 部下と上司のラブラブセックス

あるのーる
BL
サラリーマンの三上には人に言えないストレス解消法があった。それは毎週金曜日、壁竿風俗で生えているペニスに向かって尻を振り、アナルをほじくり返すこと。 十年の長きにわたって同じ壁竿にアナルを捧げ続けた三上は、ついに竿の持ち主と対面することになる。恋にも似た感情を持ったまま始めて性器以外でも触れ合った相手は部下の六原であり、三上本人にも壁ごしの穴にも好意を抱いていたという六原のアタックによりなし崩し的に二人は付き合うことになった。 年齢差と六原からの好意が信用できていない三上は、体だけの関係に留めようとほだされないよう心は距離を取ろうとする。しかしそんな三上に容赦なく愛をぶつける六原によって、次第に三上もほだされていくのであった。 ・・・・・ 部下(26)×上司(38)のBLです。(pixiv再掲)

処理中です...