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「二次会、行きましょう」と熱心に誘われるのを断って、ちょっと離れた駐車場まで酔いを醒まして歩く。
社用車を持ち帰る為に代行の業者を頼み、駐車場の隅の防護柵にもたれて隠れるように煙草を吸う。街の中心地はいつも飲みに来る場所より少し都会で、週末なせいもあって人通りが多くて賑やかく、喧騒が祭りみたいで少し楽しい。
やって来た代行業者は俺より一回りくらい年上のおじさんと二十代の青年のコンビで、青年が社用車を運転し俺が助手席に乗って帰路についた。青年の他愛無い雑談に、ほろ酔いで機嫌よく答えていると車が信号で停止した。
何気なく見た窓の外、歩道を歩く男の後ろ姿が目に留まる。あぁ、いいな。結構長身、細身だけど筋肉がきれいに付いた長い腕──。無意識に吟味して宮下と似ていると思った。
開け放した窓から聞こえる笑い声もよく似ていて……、おや、もしかして宮下本人か? 驚いて声を掛けようとして、宮下が一人ではない事に気付く。
後ろ姿で顔は見えないけれど、隣にいるのは仕事中は上げている髪を降ろした若菜か? 若菜の手が親し気に宮下の背中に触れ、宮下が若菜を見て笑う。
ドキリ、として声が喉に張り付いた。
声を掛けられないまま青信号になり、車は宮下の影を追い越す前に手前の角を曲がる。俺の視線は車に気付かないままの宮下を縋るように追いかけて見送った。
一緒に食事をすると言っていたのだから二人一緒でも何の不思議もなくて、同僚で友達なのだから親し気に話をしていても当たり前で──。友達も一緒だと言っていたのに二人だったのは何で?
さっきまでフワフワと楽しかった気持ちが、一気に落ちる。宮下だと思った時はあんなに嬉しかったのに……。
「知り合いでもいました? 言ってくれれば止まったんスけど」
運転する青年に話しかけられてそんなに分かりやすかったかとハッとする。
「いや、会社の部下がいた気がしたけど人と一緒だっから……」
「週末ですもんねぇ、代行の稼ぎ時です。って言っても、俺は週末だけのバイトなんですけど」
「あれ、じゃあ本業は別に?」
「いえ、学生です。来年は就職できてればいいんですけど」
ということは、宮下と二つ違いくらいだろうか。それだけのことでなんだか親近感が湧いてくる。
「大学生か、いいねー。楽しい時だ」
「就活とレポートに追われてますけどね。……やっぱ、社会人になると大変ですかねぇ?」
「どうかな、人によると思うけど……。俺は仕事楽しいよ」
「へぇ……、すごいですね。この仕事してると『学生はのん気でいいな』ってばかり言われるから、就職するの憂鬱で……」
「あはは、嫌な事も多いけど俺は勉強嫌いだったから、就職した頃も嫌いな勉強しなくていいだけでも楽しかったけど。最初は現場行ったから毎日身体動かして強制筋トレ。ジム行かなくてもムキムキになれたよ」
「ムキムキいいっすね」
「今は筋肉落ちちゃったから、また筋トレしないとなぁ」
「そうですか? まだまだいい身体に見えるけど。俺と組んでるおじさんなんてもう筋肉どこ行った? って感じですよ。まぁ、親父とほとんど歳一緒だと思えばそんなもんですかね」
……おじさん、俺の少し年上に見えたけどその年代からしたらそんな感じなのか。自分にも若い頃はあったはずだけど、二十代の時に親世代をどう思っていたかなんてあまり覚えていない。
「待ち時間とか二人の時間多いんすけど、何話せばいいか分からなくて毎回天気の話しちゃうんですよね」
青年の苦笑しながらの会話にははっと笑って返した。『二十代の頃、おじさんてそんなだったか……?』と考える。
そんなんだったかも知れない。ひどく年上で大人で、仕事も人生も何もかもが違っていて、自分がいつかそうなるって分かっているけど具体的な想像なんてちっとも出来なくて。中身なんてほとんど変わってないままなのに、今じゃ『おじさん』に近い年齢だ。
あの頃は社長や上司には世話は困った時は助けてくれるスーパーマンみたいに思ってる節もあったけど、その一方で若者文化を知らない大人に『そんな事も知らないのか』と侮るような気持ちもあった。
二十も違えばそんなもんだよなぁ……。ギャップがあって当たり前で、俺から感じたことはあまり無いけれど、宮下は感じているのかもしれないと思ったら、怖くなる。
女なだけでなくて、若菜の方が歳だって近くて一緒にいたら楽しいはずだ。
嫌な考えにとりつかれる。こんな、後ろ向きなことは考えたくない。考えたくないけど……。
会話がおざなりになった俺に気付いて青年も静かになる。音を絞って流しっぱなしのラジオからメロウな曲が流れる。気が付けばいつの間にか流行の音楽も追わなくなった俺でも知っている、ドラマの主題歌にもなった曲だった。
「あ、懐かしい。俺この曲好きなんですよ」
小さく鼻歌を挟んだ言葉に「そんなに前だっけ?」と口を挟んだ。
「そうですよ。ドラマの主題歌で……、ドラマもめちゃめちゃハマって高校の時よく見てたなぁ」
「そんなに前だっけ……? 最近のような気がしてたな」
つい最近の曲のような気がしていたけれど、少なくとも五年以上前なのか。俺が宮下に会う前の曲ってことだ。
そりゃあ、おじさん何も知らないってなっちゃうよな。俺は五年前も今もさほど変わらないけれど、この青年も宮下にとっても、多分五年という長さはとんでもなく長いんだろう。
なんだかジェネレーションギャップをひしひしと感じて、今度こそ黙って口を噤んだ。
社用車を持ち帰る為に代行の業者を頼み、駐車場の隅の防護柵にもたれて隠れるように煙草を吸う。街の中心地はいつも飲みに来る場所より少し都会で、週末なせいもあって人通りが多くて賑やかく、喧騒が祭りみたいで少し楽しい。
やって来た代行業者は俺より一回りくらい年上のおじさんと二十代の青年のコンビで、青年が社用車を運転し俺が助手席に乗って帰路についた。青年の他愛無い雑談に、ほろ酔いで機嫌よく答えていると車が信号で停止した。
何気なく見た窓の外、歩道を歩く男の後ろ姿が目に留まる。あぁ、いいな。結構長身、細身だけど筋肉がきれいに付いた長い腕──。無意識に吟味して宮下と似ていると思った。
開け放した窓から聞こえる笑い声もよく似ていて……、おや、もしかして宮下本人か? 驚いて声を掛けようとして、宮下が一人ではない事に気付く。
後ろ姿で顔は見えないけれど、隣にいるのは仕事中は上げている髪を降ろした若菜か? 若菜の手が親し気に宮下の背中に触れ、宮下が若菜を見て笑う。
ドキリ、として声が喉に張り付いた。
声を掛けられないまま青信号になり、車は宮下の影を追い越す前に手前の角を曲がる。俺の視線は車に気付かないままの宮下を縋るように追いかけて見送った。
一緒に食事をすると言っていたのだから二人一緒でも何の不思議もなくて、同僚で友達なのだから親し気に話をしていても当たり前で──。友達も一緒だと言っていたのに二人だったのは何で?
さっきまでフワフワと楽しかった気持ちが、一気に落ちる。宮下だと思った時はあんなに嬉しかったのに……。
「知り合いでもいました? 言ってくれれば止まったんスけど」
運転する青年に話しかけられてそんなに分かりやすかったかとハッとする。
「いや、会社の部下がいた気がしたけど人と一緒だっから……」
「週末ですもんねぇ、代行の稼ぎ時です。って言っても、俺は週末だけのバイトなんですけど」
「あれ、じゃあ本業は別に?」
「いえ、学生です。来年は就職できてればいいんですけど」
ということは、宮下と二つ違いくらいだろうか。それだけのことでなんだか親近感が湧いてくる。
「大学生か、いいねー。楽しい時だ」
「就活とレポートに追われてますけどね。……やっぱ、社会人になると大変ですかねぇ?」
「どうかな、人によると思うけど……。俺は仕事楽しいよ」
「へぇ……、すごいですね。この仕事してると『学生はのん気でいいな』ってばかり言われるから、就職するの憂鬱で……」
「あはは、嫌な事も多いけど俺は勉強嫌いだったから、就職した頃も嫌いな勉強しなくていいだけでも楽しかったけど。最初は現場行ったから毎日身体動かして強制筋トレ。ジム行かなくてもムキムキになれたよ」
「ムキムキいいっすね」
「今は筋肉落ちちゃったから、また筋トレしないとなぁ」
「そうですか? まだまだいい身体に見えるけど。俺と組んでるおじさんなんてもう筋肉どこ行った? って感じですよ。まぁ、親父とほとんど歳一緒だと思えばそんなもんですかね」
……おじさん、俺の少し年上に見えたけどその年代からしたらそんな感じなのか。自分にも若い頃はあったはずだけど、二十代の時に親世代をどう思っていたかなんてあまり覚えていない。
「待ち時間とか二人の時間多いんすけど、何話せばいいか分からなくて毎回天気の話しちゃうんですよね」
青年の苦笑しながらの会話にははっと笑って返した。『二十代の頃、おじさんてそんなだったか……?』と考える。
そんなんだったかも知れない。ひどく年上で大人で、仕事も人生も何もかもが違っていて、自分がいつかそうなるって分かっているけど具体的な想像なんてちっとも出来なくて。中身なんてほとんど変わってないままなのに、今じゃ『おじさん』に近い年齢だ。
あの頃は社長や上司には世話は困った時は助けてくれるスーパーマンみたいに思ってる節もあったけど、その一方で若者文化を知らない大人に『そんな事も知らないのか』と侮るような気持ちもあった。
二十も違えばそんなもんだよなぁ……。ギャップがあって当たり前で、俺から感じたことはあまり無いけれど、宮下は感じているのかもしれないと思ったら、怖くなる。
女なだけでなくて、若菜の方が歳だって近くて一緒にいたら楽しいはずだ。
嫌な考えにとりつかれる。こんな、後ろ向きなことは考えたくない。考えたくないけど……。
会話がおざなりになった俺に気付いて青年も静かになる。音を絞って流しっぱなしのラジオからメロウな曲が流れる。気が付けばいつの間にか流行の音楽も追わなくなった俺でも知っている、ドラマの主題歌にもなった曲だった。
「あ、懐かしい。俺この曲好きなんですよ」
小さく鼻歌を挟んだ言葉に「そんなに前だっけ?」と口を挟んだ。
「そうですよ。ドラマの主題歌で……、ドラマもめちゃめちゃハマって高校の時よく見てたなぁ」
「そんなに前だっけ……? 最近のような気がしてたな」
つい最近の曲のような気がしていたけれど、少なくとも五年以上前なのか。俺が宮下に会う前の曲ってことだ。
そりゃあ、おじさん何も知らないってなっちゃうよな。俺は五年前も今もさほど変わらないけれど、この青年も宮下にとっても、多分五年という長さはとんでもなく長いんだろう。
なんだかジェネレーションギャップをひしひしと感じて、今度こそ黙って口を噤んだ。
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