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第2章
17 別れ、そして新たなる一歩
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アウトゥムの街中には川が流れ、アーチ状の橋がかかっている。橋の上では露店を開いている者やくつろいでいる者もいた。
藤山葉子は欄干にもたれると、頬杖をついた。どこからか風とともに花びらが飛んでくると、水面に落ちて流れていく。ぼんやりと空を見上げる。
「さっきの人素敵だったわ……。名前は何て言うのかしら。溢れる王子様オーラ、物腰の柔らかい感じ」
恋する乙女のように、葉子は目を輝かせていた。街で出会った青年とともに、彼女たちはアストルムへ向かうことになったのだ。
彼とはいったん別れた後、必要な物を揃えている最中だった。一三時前には街の出入り口で落ち合うことになっていたのだが――。
「ねえ葉子ちゃん。まだ必要な物があるよね? 無駄口を叩く暇があるのなら買い出しに行きましょう。私が荷物持つから……」
エルピスから羽ペンとインク瓶、一枚の紙を手渡されると、エーデルは丁寧な字で書き始める。「手袋と水筒もいるよ。あとは――」
葉子は彼の背後から覗いてみたが、さっぱり文字が読めなかった。おそらく異世界の言葉だろう。
「エーデルさん、何だかお母さんみたいね。前から思ってたけど、世話焼きだよね? そういうの、ちょっと鬱陶しいかも」
何気なく言った言葉で、エーデルの目付きが鋭くなる。羽ペンを持つ手を止めると、葉子を睨んだ。
「だったら、お前一人で準備すればいい。文字は読めるんだろうな? お金の計算も。はい」
そう言って、エーデルはインクを乾かした紙を彼女に押し付けた。羽ペンの先を布で拭うと、インク瓶とともにエルピスに返す。
葉子は何度も瞬きをすると、紙と紫髪の男の顔を交互に見比べる。次第に困り顔になっていった。
「わ、わかんないよ! 今ので気を悪くしたらごめん……。買い出し、付いてきてほしいな~」
「貴女は、私のことが鬱陶しいんだよね……? いいの? 手伝って」
指先でストールを触りながら、彼は冷ややかな目で見つめた。
「そ、そんなこと! エーデルさん、どうか手伝ってください……。お願いします」
葉子は涙目になると土下座した。その姿を見下ろしながら、彼は次第に口元に笑みを浮かべる。
「んふふ! そんな風におねだりされちゃったら、手伝うしかないじゃない。ねえ葉子ちゃん、顔を上げて……」
しゃがみ込むと、わしゃわしゃと彼女の頭を撫でた。指先で優しく涙を拭ってやると、
「それじゃあ、エルちゃん。私たち行ってくるね」
彼は葉子を連れて商店が並ぶ方へ歩いて行く。二人の後ろ姿を見ていたエルピスは困り顔になると、「これからどうしましょう……」と独り言ちた。
広場で青年と別れた後、エルピスは葉子と子犬をベンチに座らせると、エーデルとともに離れた場所で話し始めた。先ほどから彼の様子がおかしかったから、少女は気になっていたのだ。
エーデルは葉子を見やってから、エルピスを見つめる。しばし沈黙があったが、決心したように口を開けた。
『私はアストルムに行けない』
予想していなかったことを言われ、少女は唖然とした。
てっきり彼は、葉子とともにアストルムへ行くと思っていたからだ。驚きを隠せなかった。金色のまつげをまたたかせていると、エーデルが薄っすら微笑んだ。
『エルピス、今までありがとう。貴女は自由だ。もう私の所に来なくてよろしい』
葉子たちがアウトゥムから出発するまで付き合うが、その後は自宅に帰ると話した。
『ちょっと待ってください。それはつまり、諦めるということですか? 葉子さんを? あなたが?』
納得できずにエルピスが食い下がる。彼は葉子への恋心あるいは執着心を、千年以上も持っていたはずなのに、こうもあっさりと身を引いたのが信じられない。
『お前もさっき聞いただろう。『好きじゃない』ってつまり、葉子は私のことは恋愛対象ではないんだ。現にあの女は他の男にうつつを抜かしている。ああもはっきり振られてしまうと……』
エーデルは苦々しい顔で言うと紙袋の中を見せる。そこには一丁の銃。エルピスは無言でそれを見つめた。
『私は再度、藤山葉子を忘れることにする』
『本気ですか?』
『それにあの子を殺すくらいなら、私が死んだ方がいい』
金髪の少女は何も言えず悲しそうに俯いた。骨ばった手が帽子越しに撫でる。
『私は、あの子の幸せを願っている。もちろん貴女のことも。エルちゃん、葉子のことを頼んだよ』
『はい……承知しました』
アウトゥムに正午を知らせる鐘の音が響く。
そのタイミングで、葉子はエーデルとともに買い出しから戻ってきた。
「あともう少しで出発かぁ~」
葉子がぽつりと呟く。エルピスはスズランに首輪を付け終えると、「どうですか?」と彼女に聞いた。
「うん、スズラン似合ってるよ! 首輪の色もかわいいし、エルピス君ありがとね!」
子犬も、「もわん!」と嬉しそうにしっぽを振って、葉子の足元を駆け回り始めた。少女は子犬を押さえリードを取り付けると、
「葉子さん、この子をずっと抱いていると疲れますよね。言っている間に大きくなりますし」
「うん、犬の成長は早いもんね。この子を抱っこできるのも今のうちか~」
子犬の頭を撫でると、「もわ~ん!」とくすぐったそうに鳴いた。エルピスが、「ちょっと向こうまで散歩してきますね」と言うと橋の向こう側へ歩き始めた。
白い毛玉がリードを引っ張りながら、早く早くと言うように後ろを振り返っている。しばらくすると少女は子犬とともに走り始める。
「まだ時間あるから、ゆっくりでいいよ~」
葉子が声を上げて言った。振り返って、少し離れたところにいるエーデルを見やる。彼は荷造りの準備を手伝ってくれていた。
「エーデルさん、最後までありがとね。その……」
紫色の眼がじとっと葉子を見たが、バックパックの方へ視線を戻す。中身を確認し終えると、骨ばった手が留め具を触りそれの口を閉じた。
「どのみち私は手伝っていたよ……。さっきはあんたが、あまりにも可愛くてそそられた。少し悪乗りしちゃったね。ごめん」
そう言うと彼は立ち上がった。葉子はおずおずと、「さっき言ったことは……」と尋ねる。先ほど彼に、『好きじゃない』と言ったことが、心のどこかで引っかかっていた。
そこでエルピスとスズランが戻って来た。エーデルは葉子に視線をやると、「気にしなくていいよ」と言うと拳を握った。
「だが――いざという時に王子様が、お前を守ってくれるかどうか見物だがな。あの男が腰抜けだったら、私が許さん……!」
彼の双眸が青白く光ると、右手で地面を殴る動作をする。葉子は目をぱちくりさせた。地面が少しひび割れたように見えるのは気のせいだろうか。
「あなた……時々、口調がおかしくない?」
怪訝そうな顔で葉子が聞くとエルピスが、「エーデルさんはこっちが素なのです」と言葉を挟んだ。
「あーやっぱり……。あなた二面性なのね」
「そうだ。貴女に取り繕う必要はもうない」
エーデルは真顔になると、両手でバックパックを持って彼女の背後に立った。
「それじゃあ、葉子ちゃ~ん。腕を広げて、これを背負ってねぇ~」
「急に戻られるのも怖いんだけど……って! お、重っ!」
紫色の眼が不思議そうに葉子を見つめた。
「そんなに重いのか? 貴女が背負えるように調整したつもりだけれど。向こうに着く頃には、多少軽くなっていると思うが……。どうしても背負えないのなら、『王子様~、私の荷物を持ってくださる?』とあの男に頼めばいいよ」
葉子がすかさず、「何のキャラよ、それ!?」とつっこみを入れていると、「餞別にこれをあげる」と彼は革製の袋を手渡した。
首を傾げながら中身を見ると、色とりどりの石が入っていた。それらが太陽の光で反射してキラキラ光る。
「これって魔法石だよね? さっき何か買ってるな~って思ったけど……」
「そうだよ。火・水・地・風・氷・雷・光・闇――各属性分は揃えている。威力はそこそこ。貴女はまだ魔法を行使できないだろう。困った時に使うといい」
琥珀色の石を手に取ると、「それは地属性だよ」と彼が教えてくれた。
エルピスが、「それもいったん僕が預かっておきます」と葉子から受け取ると、腰のポーチに仕舞った。
「ありがとう。で……これは?」
手のひらサイズの一枚の羽根飾りを見つめる。エーデルは、「貴女の幸運を上げてくれるかもね」と呟いた。
「お守り代わりにしてくれると私は嬉しい……。いらないのなら、捨ててくれて構わない」
葉子は指先で羽根を持つとくるくる回し始めた。あまりにも軽くて、風が吹けば飛んでいきそうだ。顔を上げると、エーデルが目を細めて見ている。
「エルピス君みたいに帽子被ってたら、そこに付けるのもありだなって思うんだけど」
彼の視線を感じながら、葉子は羽根を見つめる。
「髪飾りにするのもいいかもだけど」
「……」
「う~ん……しおりにするのもありかも。私あんまり本読まないんだけどね。日記帳とかそういうのにもいいのかしら?」
「好きにしろ」
しばらく羽根飾りとにらめっこしていたが、何かをひらめいたように葉子は顔を明るくする。
「ここがいいかもね」とケープの襟元に差し込むと、「貴女らしい……」とエーデルが小さく笑った。
「そういえば、あの約束のことなんだけど。今は無理でも、ちゃんとお礼するからね」
彼女に言われ、エーデルは驚いたように目をしばたたかせた。
「ふーん……。忘れていなかったのか」
「うん」
そろそろ一三時近くになっていた。葉子たちは街の出入り口へ向かったが、まだ青年は来ていないようだ。
名残惜しそうにエーデルは、葉子の顔と頭を何度も撫でている。彼女の頬に口付けをすると寂しそうに、「今度こそ、貴女と幸せになって子供を作りたかった……。あの男とお幸せに」と囁いた。
別れ際にそんなことを言われ、葉子はむせてしまった。エルピスが慌てて水筒を取り出す。どうにか落ち着くと、
「あなたって多分、洗脳できるよね? しないの? 私のこと好きにできるのに」
彼女にそう言われ、エーデルは首を傾げる。さも不服という顔をすると、
「それをして何の意味があるというのだ? さっき、あんたは言っていただろう。それは本当の愛じゃないと。私はそんなことしない」
「そ、そうなんだ……」
向こうから青年が歩いて来るのが見える。別れの刻限が迫るなか、エーデルは彼女たちを見送る。
「葉子ちゃん……よい旅を。アディオ」
「エーデルさん。またここに来たときは、あなたと一緒に散歩したいな」
葉子の言葉に答えず、彼は寂しそうに微笑んだ。
青年と合流すると、街の出入口に彼が用意していた馬車に乗り込む。こうして葉子たちはアウトゥムを発った。
「今日の野宿はこの辺にしましょう。ここに森があります。その手前に丁度いい場所があるんですよ」
青年は地図を広げて、指で示しながら話した。葉子は感心したように頷いている。
「早ければ明日中にはアストルムに着きますよ。何、心配は無用です! 道中は安全なんですから。ちなみに森の中を通れば時間を短縮できますよ。そっちで行きましょう!」
エルピスは青年の話を聞きながら、先ほどエーデルからもらった物をポーチから取り出した。袋の中には魔法石とともに、一枚の紙切れが入っている。
それを手に取り、少女は見つめる。彼の字で、『森には近付くな。危険』と書かれていた。
藤山葉子は欄干にもたれると、頬杖をついた。どこからか風とともに花びらが飛んでくると、水面に落ちて流れていく。ぼんやりと空を見上げる。
「さっきの人素敵だったわ……。名前は何て言うのかしら。溢れる王子様オーラ、物腰の柔らかい感じ」
恋する乙女のように、葉子は目を輝かせていた。街で出会った青年とともに、彼女たちはアストルムへ向かうことになったのだ。
彼とはいったん別れた後、必要な物を揃えている最中だった。一三時前には街の出入り口で落ち合うことになっていたのだが――。
「ねえ葉子ちゃん。まだ必要な物があるよね? 無駄口を叩く暇があるのなら買い出しに行きましょう。私が荷物持つから……」
エルピスから羽ペンとインク瓶、一枚の紙を手渡されると、エーデルは丁寧な字で書き始める。「手袋と水筒もいるよ。あとは――」
葉子は彼の背後から覗いてみたが、さっぱり文字が読めなかった。おそらく異世界の言葉だろう。
「エーデルさん、何だかお母さんみたいね。前から思ってたけど、世話焼きだよね? そういうの、ちょっと鬱陶しいかも」
何気なく言った言葉で、エーデルの目付きが鋭くなる。羽ペンを持つ手を止めると、葉子を睨んだ。
「だったら、お前一人で準備すればいい。文字は読めるんだろうな? お金の計算も。はい」
そう言って、エーデルはインクを乾かした紙を彼女に押し付けた。羽ペンの先を布で拭うと、インク瓶とともにエルピスに返す。
葉子は何度も瞬きをすると、紙と紫髪の男の顔を交互に見比べる。次第に困り顔になっていった。
「わ、わかんないよ! 今ので気を悪くしたらごめん……。買い出し、付いてきてほしいな~」
「貴女は、私のことが鬱陶しいんだよね……? いいの? 手伝って」
指先でストールを触りながら、彼は冷ややかな目で見つめた。
「そ、そんなこと! エーデルさん、どうか手伝ってください……。お願いします」
葉子は涙目になると土下座した。その姿を見下ろしながら、彼は次第に口元に笑みを浮かべる。
「んふふ! そんな風におねだりされちゃったら、手伝うしかないじゃない。ねえ葉子ちゃん、顔を上げて……」
しゃがみ込むと、わしゃわしゃと彼女の頭を撫でた。指先で優しく涙を拭ってやると、
「それじゃあ、エルちゃん。私たち行ってくるね」
彼は葉子を連れて商店が並ぶ方へ歩いて行く。二人の後ろ姿を見ていたエルピスは困り顔になると、「これからどうしましょう……」と独り言ちた。
広場で青年と別れた後、エルピスは葉子と子犬をベンチに座らせると、エーデルとともに離れた場所で話し始めた。先ほどから彼の様子がおかしかったから、少女は気になっていたのだ。
エーデルは葉子を見やってから、エルピスを見つめる。しばし沈黙があったが、決心したように口を開けた。
『私はアストルムに行けない』
予想していなかったことを言われ、少女は唖然とした。
てっきり彼は、葉子とともにアストルムへ行くと思っていたからだ。驚きを隠せなかった。金色のまつげをまたたかせていると、エーデルが薄っすら微笑んだ。
『エルピス、今までありがとう。貴女は自由だ。もう私の所に来なくてよろしい』
葉子たちがアウトゥムから出発するまで付き合うが、その後は自宅に帰ると話した。
『ちょっと待ってください。それはつまり、諦めるということですか? 葉子さんを? あなたが?』
納得できずにエルピスが食い下がる。彼は葉子への恋心あるいは執着心を、千年以上も持っていたはずなのに、こうもあっさりと身を引いたのが信じられない。
『お前もさっき聞いただろう。『好きじゃない』ってつまり、葉子は私のことは恋愛対象ではないんだ。現にあの女は他の男にうつつを抜かしている。ああもはっきり振られてしまうと……』
エーデルは苦々しい顔で言うと紙袋の中を見せる。そこには一丁の銃。エルピスは無言でそれを見つめた。
『私は再度、藤山葉子を忘れることにする』
『本気ですか?』
『それにあの子を殺すくらいなら、私が死んだ方がいい』
金髪の少女は何も言えず悲しそうに俯いた。骨ばった手が帽子越しに撫でる。
『私は、あの子の幸せを願っている。もちろん貴女のことも。エルちゃん、葉子のことを頼んだよ』
『はい……承知しました』
アウトゥムに正午を知らせる鐘の音が響く。
そのタイミングで、葉子はエーデルとともに買い出しから戻ってきた。
「あともう少しで出発かぁ~」
葉子がぽつりと呟く。エルピスはスズランに首輪を付け終えると、「どうですか?」と彼女に聞いた。
「うん、スズラン似合ってるよ! 首輪の色もかわいいし、エルピス君ありがとね!」
子犬も、「もわん!」と嬉しそうにしっぽを振って、葉子の足元を駆け回り始めた。少女は子犬を押さえリードを取り付けると、
「葉子さん、この子をずっと抱いていると疲れますよね。言っている間に大きくなりますし」
「うん、犬の成長は早いもんね。この子を抱っこできるのも今のうちか~」
子犬の頭を撫でると、「もわ~ん!」とくすぐったそうに鳴いた。エルピスが、「ちょっと向こうまで散歩してきますね」と言うと橋の向こう側へ歩き始めた。
白い毛玉がリードを引っ張りながら、早く早くと言うように後ろを振り返っている。しばらくすると少女は子犬とともに走り始める。
「まだ時間あるから、ゆっくりでいいよ~」
葉子が声を上げて言った。振り返って、少し離れたところにいるエーデルを見やる。彼は荷造りの準備を手伝ってくれていた。
「エーデルさん、最後までありがとね。その……」
紫色の眼がじとっと葉子を見たが、バックパックの方へ視線を戻す。中身を確認し終えると、骨ばった手が留め具を触りそれの口を閉じた。
「どのみち私は手伝っていたよ……。さっきはあんたが、あまりにも可愛くてそそられた。少し悪乗りしちゃったね。ごめん」
そう言うと彼は立ち上がった。葉子はおずおずと、「さっき言ったことは……」と尋ねる。先ほど彼に、『好きじゃない』と言ったことが、心のどこかで引っかかっていた。
そこでエルピスとスズランが戻って来た。エーデルは葉子に視線をやると、「気にしなくていいよ」と言うと拳を握った。
「だが――いざという時に王子様が、お前を守ってくれるかどうか見物だがな。あの男が腰抜けだったら、私が許さん……!」
彼の双眸が青白く光ると、右手で地面を殴る動作をする。葉子は目をぱちくりさせた。地面が少しひび割れたように見えるのは気のせいだろうか。
「あなた……時々、口調がおかしくない?」
怪訝そうな顔で葉子が聞くとエルピスが、「エーデルさんはこっちが素なのです」と言葉を挟んだ。
「あーやっぱり……。あなた二面性なのね」
「そうだ。貴女に取り繕う必要はもうない」
エーデルは真顔になると、両手でバックパックを持って彼女の背後に立った。
「それじゃあ、葉子ちゃ~ん。腕を広げて、これを背負ってねぇ~」
「急に戻られるのも怖いんだけど……って! お、重っ!」
紫色の眼が不思議そうに葉子を見つめた。
「そんなに重いのか? 貴女が背負えるように調整したつもりだけれど。向こうに着く頃には、多少軽くなっていると思うが……。どうしても背負えないのなら、『王子様~、私の荷物を持ってくださる?』とあの男に頼めばいいよ」
葉子がすかさず、「何のキャラよ、それ!?」とつっこみを入れていると、「餞別にこれをあげる」と彼は革製の袋を手渡した。
首を傾げながら中身を見ると、色とりどりの石が入っていた。それらが太陽の光で反射してキラキラ光る。
「これって魔法石だよね? さっき何か買ってるな~って思ったけど……」
「そうだよ。火・水・地・風・氷・雷・光・闇――各属性分は揃えている。威力はそこそこ。貴女はまだ魔法を行使できないだろう。困った時に使うといい」
琥珀色の石を手に取ると、「それは地属性だよ」と彼が教えてくれた。
エルピスが、「それもいったん僕が預かっておきます」と葉子から受け取ると、腰のポーチに仕舞った。
「ありがとう。で……これは?」
手のひらサイズの一枚の羽根飾りを見つめる。エーデルは、「貴女の幸運を上げてくれるかもね」と呟いた。
「お守り代わりにしてくれると私は嬉しい……。いらないのなら、捨ててくれて構わない」
葉子は指先で羽根を持つとくるくる回し始めた。あまりにも軽くて、風が吹けば飛んでいきそうだ。顔を上げると、エーデルが目を細めて見ている。
「エルピス君みたいに帽子被ってたら、そこに付けるのもありだなって思うんだけど」
彼の視線を感じながら、葉子は羽根を見つめる。
「髪飾りにするのもいいかもだけど」
「……」
「う~ん……しおりにするのもありかも。私あんまり本読まないんだけどね。日記帳とかそういうのにもいいのかしら?」
「好きにしろ」
しばらく羽根飾りとにらめっこしていたが、何かをひらめいたように葉子は顔を明るくする。
「ここがいいかもね」とケープの襟元に差し込むと、「貴女らしい……」とエーデルが小さく笑った。
「そういえば、あの約束のことなんだけど。今は無理でも、ちゃんとお礼するからね」
彼女に言われ、エーデルは驚いたように目をしばたたかせた。
「ふーん……。忘れていなかったのか」
「うん」
そろそろ一三時近くになっていた。葉子たちは街の出入り口へ向かったが、まだ青年は来ていないようだ。
名残惜しそうにエーデルは、葉子の顔と頭を何度も撫でている。彼女の頬に口付けをすると寂しそうに、「今度こそ、貴女と幸せになって子供を作りたかった……。あの男とお幸せに」と囁いた。
別れ際にそんなことを言われ、葉子はむせてしまった。エルピスが慌てて水筒を取り出す。どうにか落ち着くと、
「あなたって多分、洗脳できるよね? しないの? 私のこと好きにできるのに」
彼女にそう言われ、エーデルは首を傾げる。さも不服という顔をすると、
「それをして何の意味があるというのだ? さっき、あんたは言っていただろう。それは本当の愛じゃないと。私はそんなことしない」
「そ、そうなんだ……」
向こうから青年が歩いて来るのが見える。別れの刻限が迫るなか、エーデルは彼女たちを見送る。
「葉子ちゃん……よい旅を。アディオ」
「エーデルさん。またここに来たときは、あなたと一緒に散歩したいな」
葉子の言葉に答えず、彼は寂しそうに微笑んだ。
青年と合流すると、街の出入口に彼が用意していた馬車に乗り込む。こうして葉子たちはアウトゥムを発った。
「今日の野宿はこの辺にしましょう。ここに森があります。その手前に丁度いい場所があるんですよ」
青年は地図を広げて、指で示しながら話した。葉子は感心したように頷いている。
「早ければ明日中にはアストルムに着きますよ。何、心配は無用です! 道中は安全なんですから。ちなみに森の中を通れば時間を短縮できますよ。そっちで行きましょう!」
エルピスは青年の話を聞きながら、先ほどエーデルからもらった物をポーチから取り出した。袋の中には魔法石とともに、一枚の紙切れが入っている。
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