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第1章
3 モフモフとの出会い
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異世界へ来た初日、藤山葉子は疲れてほとんど何もできなかった。
翌朝、彼女はベッドから起き上がる。同時に部屋のドアが開いて、可憐な女性の声がした。
「おはようございます、葉子さん。さあ、美味しい朝ご飯ができていますよ」
「ありがとう、フローラちゃん」
葉子は寝間着から用意された服に着替えた。それは動きやすく、すぐに馴染んでくれた。
鏡を見ながら、彼女は寝ぐせを整えようとして気付く。自身の髪が、うっすら緑がかっていることに――。
(髪色が少し変わってる……。何で? 転生したから?)
疑問符を浮かべながら台所に行くと、テーブルの上には朝食が並べられていた。部屋を見渡したが、そこにフローラの姿はなかった。
朝食はベリー系と生クリームが添えられたホットケーキ、温かいコンポタージュ、ミルクが用意されている。葉子は目を輝かせた。
「わあ、おいしそうね――」
そう言いかけて、口を結んだ。
突然、死角からフローラが現れ、彼女を壁に追いやったからだ。腕を回すと唇にキスしようと迫ってきた。
とっさに“それ”の足を払い、事なきを得た。フローラが尻餅をつくと小さく呻いた。
「うぅ……! 葉子さぁん! 酷いですぅ」
「過度なスキンシップは禁止! 家でも外でもね。あなた、何だか激しいから」
「ふ、ふええっ……! 私はこんなにもあなたを愛しているのに……ぐすん」
「嘘泣きしても意味ないわよ。出逢って二日目だけど、あなたの本性、少しずつわかってきたから。もしかして、実は厄介者だったりするのかしら?」
「…………」
何か触れてはいけないことだったらしい。
じとりと生気のない目が、葉子に向けられる。
「うふっ。そう簡単にいきませんかぁ」
光に包まれるとフローラは、メイドから元の姿に戻った。女神の背後からは、ざわざわと何かの音が聞こえる。
目を爛々と光らせ、指先に力を込めている。彼女は普通の様子ではなかった。
「あら、女神様は思っていたより血の気が多いのね? やる気? かかってらっしゃいよ」
「葉子さん……。現在のあなたには何の力もありません。私と戦っても勝ち目はありませんよ。圧倒的に、私が、強いですから!」
「そんなの関係ないわ。朝ご飯の邪魔をしたあなたには、たっぷりお仕置きしないとね」
「ふん、小娘が。誰に物を言っている! 私は狂気の女神“アーテー”なり!」
アーテーが咆哮すると、家の窓ガラスが次々と割れた。その衝撃で彼女は尻餅をついてしまった。
女神は魔法を詠唱し始めたようだ。葉子にはさっぱり魔法のことなど分からなかったが、それが攻撃的なものであるのは何となく肌で感じた。
「我が力、思い知らせてあげる……」
床にへたり込み、茫然と眺めていた葉子だったが、家全体が揺れていることに気付く。
彼女は咄嗟に、近くにあったフライパンを掴んで投げた。それは見事に女神の顔面に当たった。
「ふべっ!」
「家が潰れちゃう! 朝ご飯もだめになるでしょ! この、あほ女神!」
今の衝撃で、女神は鼻血を出したようだ。色白の手で顔を覆いながら、対峙している女を睨みつける。
「き、貴様っ……!? か弱い私によくも……。……あ」
「まだやる気? もう一発いく? 家の中で魔法使うの禁止なんだからね!」
葉子の顔には怒りマークがついていた。投げたフライパンを拾い、それを今にも振りかぶろうとしている。
女神はメイド姿に戻ると、借りてきた猫のように大人しくなった。
「あの、ごめんなさい。私も人並みに痛みは感じるので……。お許しください。お許しください」
女神は土下座した。葉子はそれの横を通り席に着くと、黙々と朝ご飯を食べ始めた。ホットケーキをほおばり、すっかり冷めてしまったコンポタージュを飲むと一息ついた。
ちらりと部屋の端に視線を向ける。それはまだ、土下座したまま、「お許しください」と言っている。
「フローラちゃん」
「……はい」
「あなたもご飯、食べなさいよ」
「私には……必要ないものなので」
「ねえ、鼻血出たんでしょ? 大丈夫? 痛かったでしょ。ごめんね」
「……ありがとうございます。ですが、そのうち治りますので、ご心配なく……」
空気が重い。
葉子は項垂れている女神の後ろ姿を見ていたが、外の空気を吸うため庭に出ることにした。
「洗い物はお任せください」
席を立つと後ろから声がかかる。「それじゃあ、よろしくね」と返事をして外に出た。
家の庭には畑があるが、まだ何も植えていない。彼女は、これから何を育てようかと考える。
近くには小川が流れている。水はとても澄んでいて、太陽の光を反射してキラキラと輝いている。
葉子は気分転換に顔を洗うことにした。両手で水を掬いながら、独り言ちた。
「この先うまくやっていけるのかしら……。あの子どうしよう。正直、重いわ。ずっと一緒なのかな……」
顔を洗いハンカチで拭う。葉子が立ち上がったとき、足に何かが当たった感触がする。それはモフンと音がした。
頭に疑問符を浮かべながら足元を見る。そこに白い毛玉の姿が――。
「くーん」
鳴き声で犬だと気付いた。
そう犬だ。犬なのだ……! 犬! 犬! 犬!!
「犬だわー……!!」
喜びのあまり、葉子は雄たけびを上げガッツポーズをした。目を輝かせてそれに近付くと、驚いた毛玉が飛び上がった。
そのまま丸まってしまうと、コロコロと森の方へ転がって行こうとする。彼女は慌てて呼び止めた。
「待って、逃げないで! 私は、怪しい者じゃあないっ! 本っ当に!」
自分でも何を言っているかわからないが、毛玉に声をかけた。すると、それが顔を上げ振り向いた。つぶらな瞳が葉子を見つめている。
「くーん」
ズキュン――!
その瞬間、葉子の心臓は射貫かれた。そのままパタリと倒れる。するとさらに別の毛玉数匹が転がってきた。
それらは次々と葉子の顔に落ちてきた。モフン、モフモフと音を出しながら彼女の周りを転がっている。
「毛玉がいっぱい……! し、幸せ……」
すると、森の方から人影が現れ、倒れている葉子を見て驚いた声を上げた。
「うちの犬たちがごめんなさい! そこの方、大丈夫ですか!?」
葉子が声のした方を見ると、そこには一人の少年がいた。年頃は高校生くらいだろうか――。
少年が呼びかけると毛玉たちは、次々と彼が引いていた押し車へと戻った。
「この子たちが、あなたに怪我させていなければいいのですが……」
「いえ……! むしろご褒美だったわ……!」
「は、はあ……」
少年は困り顔で言うと、ちらりと葉子の家の方へ目を向ける。すると同時に、窓付近にいた人影がさっと隠れた。
「ねえ、君はここで何をしてたの?」
「僕はその、ある者を注視し……いいえ! この子たちの散歩をしていたところです!」
苦笑いする彼を、葉子はまじまじと見た。
金髪に顔立ちのいい少年だ。それに身なりもいい。どこかの貴族の坊ちゃんだろうか。
うずうずしながら、少年に毛玉のことを聞いた。
「あの子たちは、君の飼い犬? 犬種は?」
「はい、グレートピレニーズって言うのですよ――」
「……っ! よっしゃああー!」
「!?」
彼女は再び雄たけびを上げガッツポーズをした。少年はその気迫に気圧された様子だ。
「ごめんね! 実は私、とっても犬が飼いたくて……」
「な、なるほど……」
「良ければ、一匹譲ってくれませんか……! って、急すぎるよね。ごめんなさいね、君!」
「いいですよ」
少年が色よい返事をする。あまりにもあっさりしているので葉子は、「本当に!?」と彼を二度見した。
「はい」
すると彼の押し車から一匹、転がってくると彼女の足元に止まった。子犬はくんくんと鼻を鳴らすと、葉子にくっついた。
「この子はさっきの……。か、かわいい……!!」
「ええ。その子は特にお転婆な子で……。ですが、あなたに懐いているようです。良ければお譲りしますよ。大事に育ててあげてください」
「ありがとうございますっ……!」
金髪の少年は、子犬たちとともに森の方へ消えて行く。葉子はその後ろ姿を、子犬と見送っていた。
こうして彼女は、もふもふな子犬を一匹手に入れた!
今、彼女の腕の中で子犬はすやすやと眠っている。思わぬ出会いに葉子は喜びでいっぱいだ。この子の名前はこれから考えよう。
翌朝、彼女はベッドから起き上がる。同時に部屋のドアが開いて、可憐な女性の声がした。
「おはようございます、葉子さん。さあ、美味しい朝ご飯ができていますよ」
「ありがとう、フローラちゃん」
葉子は寝間着から用意された服に着替えた。それは動きやすく、すぐに馴染んでくれた。
鏡を見ながら、彼女は寝ぐせを整えようとして気付く。自身の髪が、うっすら緑がかっていることに――。
(髪色が少し変わってる……。何で? 転生したから?)
疑問符を浮かべながら台所に行くと、テーブルの上には朝食が並べられていた。部屋を見渡したが、そこにフローラの姿はなかった。
朝食はベリー系と生クリームが添えられたホットケーキ、温かいコンポタージュ、ミルクが用意されている。葉子は目を輝かせた。
「わあ、おいしそうね――」
そう言いかけて、口を結んだ。
突然、死角からフローラが現れ、彼女を壁に追いやったからだ。腕を回すと唇にキスしようと迫ってきた。
とっさに“それ”の足を払い、事なきを得た。フローラが尻餅をつくと小さく呻いた。
「うぅ……! 葉子さぁん! 酷いですぅ」
「過度なスキンシップは禁止! 家でも外でもね。あなた、何だか激しいから」
「ふ、ふええっ……! 私はこんなにもあなたを愛しているのに……ぐすん」
「嘘泣きしても意味ないわよ。出逢って二日目だけど、あなたの本性、少しずつわかってきたから。もしかして、実は厄介者だったりするのかしら?」
「…………」
何か触れてはいけないことだったらしい。
じとりと生気のない目が、葉子に向けられる。
「うふっ。そう簡単にいきませんかぁ」
光に包まれるとフローラは、メイドから元の姿に戻った。女神の背後からは、ざわざわと何かの音が聞こえる。
目を爛々と光らせ、指先に力を込めている。彼女は普通の様子ではなかった。
「あら、女神様は思っていたより血の気が多いのね? やる気? かかってらっしゃいよ」
「葉子さん……。現在のあなたには何の力もありません。私と戦っても勝ち目はありませんよ。圧倒的に、私が、強いですから!」
「そんなの関係ないわ。朝ご飯の邪魔をしたあなたには、たっぷりお仕置きしないとね」
「ふん、小娘が。誰に物を言っている! 私は狂気の女神“アーテー”なり!」
アーテーが咆哮すると、家の窓ガラスが次々と割れた。その衝撃で彼女は尻餅をついてしまった。
女神は魔法を詠唱し始めたようだ。葉子にはさっぱり魔法のことなど分からなかったが、それが攻撃的なものであるのは何となく肌で感じた。
「我が力、思い知らせてあげる……」
床にへたり込み、茫然と眺めていた葉子だったが、家全体が揺れていることに気付く。
彼女は咄嗟に、近くにあったフライパンを掴んで投げた。それは見事に女神の顔面に当たった。
「ふべっ!」
「家が潰れちゃう! 朝ご飯もだめになるでしょ! この、あほ女神!」
今の衝撃で、女神は鼻血を出したようだ。色白の手で顔を覆いながら、対峙している女を睨みつける。
「き、貴様っ……!? か弱い私によくも……。……あ」
「まだやる気? もう一発いく? 家の中で魔法使うの禁止なんだからね!」
葉子の顔には怒りマークがついていた。投げたフライパンを拾い、それを今にも振りかぶろうとしている。
女神はメイド姿に戻ると、借りてきた猫のように大人しくなった。
「あの、ごめんなさい。私も人並みに痛みは感じるので……。お許しください。お許しください」
女神は土下座した。葉子はそれの横を通り席に着くと、黙々と朝ご飯を食べ始めた。ホットケーキをほおばり、すっかり冷めてしまったコンポタージュを飲むと一息ついた。
ちらりと部屋の端に視線を向ける。それはまだ、土下座したまま、「お許しください」と言っている。
「フローラちゃん」
「……はい」
「あなたもご飯、食べなさいよ」
「私には……必要ないものなので」
「ねえ、鼻血出たんでしょ? 大丈夫? 痛かったでしょ。ごめんね」
「……ありがとうございます。ですが、そのうち治りますので、ご心配なく……」
空気が重い。
葉子は項垂れている女神の後ろ姿を見ていたが、外の空気を吸うため庭に出ることにした。
「洗い物はお任せください」
席を立つと後ろから声がかかる。「それじゃあ、よろしくね」と返事をして外に出た。
家の庭には畑があるが、まだ何も植えていない。彼女は、これから何を育てようかと考える。
近くには小川が流れている。水はとても澄んでいて、太陽の光を反射してキラキラと輝いている。
葉子は気分転換に顔を洗うことにした。両手で水を掬いながら、独り言ちた。
「この先うまくやっていけるのかしら……。あの子どうしよう。正直、重いわ。ずっと一緒なのかな……」
顔を洗いハンカチで拭う。葉子が立ち上がったとき、足に何かが当たった感触がする。それはモフンと音がした。
頭に疑問符を浮かべながら足元を見る。そこに白い毛玉の姿が――。
「くーん」
鳴き声で犬だと気付いた。
そう犬だ。犬なのだ……! 犬! 犬! 犬!!
「犬だわー……!!」
喜びのあまり、葉子は雄たけびを上げガッツポーズをした。目を輝かせてそれに近付くと、驚いた毛玉が飛び上がった。
そのまま丸まってしまうと、コロコロと森の方へ転がって行こうとする。彼女は慌てて呼び止めた。
「待って、逃げないで! 私は、怪しい者じゃあないっ! 本っ当に!」
自分でも何を言っているかわからないが、毛玉に声をかけた。すると、それが顔を上げ振り向いた。つぶらな瞳が葉子を見つめている。
「くーん」
ズキュン――!
その瞬間、葉子の心臓は射貫かれた。そのままパタリと倒れる。するとさらに別の毛玉数匹が転がってきた。
それらは次々と葉子の顔に落ちてきた。モフン、モフモフと音を出しながら彼女の周りを転がっている。
「毛玉がいっぱい……! し、幸せ……」
すると、森の方から人影が現れ、倒れている葉子を見て驚いた声を上げた。
「うちの犬たちがごめんなさい! そこの方、大丈夫ですか!?」
葉子が声のした方を見ると、そこには一人の少年がいた。年頃は高校生くらいだろうか――。
少年が呼びかけると毛玉たちは、次々と彼が引いていた押し車へと戻った。
「この子たちが、あなたに怪我させていなければいいのですが……」
「いえ……! むしろご褒美だったわ……!」
「は、はあ……」
少年は困り顔で言うと、ちらりと葉子の家の方へ目を向ける。すると同時に、窓付近にいた人影がさっと隠れた。
「ねえ、君はここで何をしてたの?」
「僕はその、ある者を注視し……いいえ! この子たちの散歩をしていたところです!」
苦笑いする彼を、葉子はまじまじと見た。
金髪に顔立ちのいい少年だ。それに身なりもいい。どこかの貴族の坊ちゃんだろうか。
うずうずしながら、少年に毛玉のことを聞いた。
「あの子たちは、君の飼い犬? 犬種は?」
「はい、グレートピレニーズって言うのですよ――」
「……っ! よっしゃああー!」
「!?」
彼女は再び雄たけびを上げガッツポーズをした。少年はその気迫に気圧された様子だ。
「ごめんね! 実は私、とっても犬が飼いたくて……」
「な、なるほど……」
「良ければ、一匹譲ってくれませんか……! って、急すぎるよね。ごめんなさいね、君!」
「いいですよ」
少年が色よい返事をする。あまりにもあっさりしているので葉子は、「本当に!?」と彼を二度見した。
「はい」
すると彼の押し車から一匹、転がってくると彼女の足元に止まった。子犬はくんくんと鼻を鳴らすと、葉子にくっついた。
「この子はさっきの……。か、かわいい……!!」
「ええ。その子は特にお転婆な子で……。ですが、あなたに懐いているようです。良ければお譲りしますよ。大事に育ててあげてください」
「ありがとうございますっ……!」
金髪の少年は、子犬たちとともに森の方へ消えて行く。葉子はその後ろ姿を、子犬と見送っていた。
こうして彼女は、もふもふな子犬を一匹手に入れた!
今、彼女の腕の中で子犬はすやすやと眠っている。思わぬ出会いに葉子は喜びでいっぱいだ。この子の名前はこれから考えよう。
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