魔王とおてんば姫と

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本編

5話

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「はい、魔王さま。あ~ん」
「うむ」

 ここは魔王城の一室。壁には風景画が飾られ、花瓶には可愛らしい花が生けられていた。

 テーブルを挟んで、炎のような赤髪の男と癖っ毛の少女が団らんしている。部屋の外には側近の一人――獣人のサロスが立っていた。
 先ほど魔王アモンが、「どうだ、サロスよ。お前も加わるか?」と聞いたが、彼は首を振ると、「私のことはお気になさらず。どうぞ、姫君とお過ごしください」と言った。

 ミルクと砂糖たっぷりの紅茶を飲みながら、リーゼはクッキーを頬張る。皿の上にはたくさんのクッキーがあった。この焼き菓子はサロスが作ったものだ。ほどよい甘さでサクサクしている。

「サロスさんの手作りクッキー、おいし~い! 今度作り方教えてもらおうっと!」

 少女が笑顔で言うと魔王は、「その時はぜひ、お前の手作りを食べたいものだ」と言った。
 ゆったりと穏やかな時間が過ぎていく――と思われたが、部屋の窓の外に何か揺らめいている影があった。アモンはそちらに視線をやったがスルーした。
 
「魔王様はいずれリーゼロッテを妃にするのかしら? 年はだいぶ離れているけれど……」
「きっとそうよ! 見てごらんなさい、あの顔を! 魔王様、とても嬉しそうよ。何だかんだ言って、あなたたちも反対しないでしょ?」

 壁の向こう側で様子を伺っている侍女の一人がそう言った。

「まあ、どちらかというと親子に見えるけれどね? わたくしはそう思ったりするんだけど」

 別の侍女が口を挟むと今度は従者が、

「しかぁし! 年の差というのは、二人の愛の前では何の障害にもならんのだぁ! 我々で見守ろうではないか!」

 何やら暑苦しい会話が窓の向こうで繰り広げられていた。ある意味、魔界は平和だ。

 リーゼロッテ姫は人間で一国の姫君だが、今は魔界の住人となっている。
 魔王城の者たちも初めは警戒していたが、彼女の分け隔てなく接する心と屈託のない笑顔に、周りは少しずつ受け入れ始めた。

 少女と魔王はクッキーを頬張りながら、とりとめない話をしている。
 ふと、アモンは少女をまっすぐ見つめると、

「ところでリーゼよ」

 何やら改まった様子で言葉をかける。

「なあに? 魔王さま」
「お前を不安にさせたくはないのだが、これだけは伝えておく」

 きょとんとしているリーゼは皿の上のクッキーに手を伸ばそうとした。魔王は、

「そう遠くないうちに、人間たちと戦いになるかもしれん。それもお前の兄が率先して兵を率い、ここに乗り込んで来るかもしれないことを噂で聞いた」

 リーゼは目の前の男を見つめると、クッキーを取ろうとしていた手を引っ込めた。眉をしかめると、

「お兄さまが……」

 何やら考え込むように俯いた。
 アモンは表情筋が死んでいるが、感情は人並みにある。目の前の少女を悲しませくなかった。

「そうならないように私も――」

 そう言いかけると、少女がすっくと立ちあがった。
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