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花の公爵夫人と香り屋

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「シオン様、シオン様、お水が足りません」

 週一回の図書館勤めを終えたフレデリカが、屋敷の1階に作らせた作業場に行ったと思うと、すぐに戻ってきて、俺を呼んだ。

「もう足りないのかい?」

 水瓶一杯に水を出したのは、今週の頭の筈なのにもう足りないなんて。

 首を傾げつつ、フレデリカとともに彼女の作業部屋に向かう。

「これでいいかな?」

 また巨大な水瓶一杯に魔法で水を出すと、フレデリカが抱きついてきて、俺の胸に頬擦りする。

「ありがとうございます、シオン様。シオン様のお水で作ると、香水の香りがとても素晴らしくて。それに、作っている最中もとても気分がよいのです」

「お役に立てて何よりだ。だけど、そんなに香水が売れているのかい?」

「ええ。シオン様のお水を使った香水は、香水が苦手な方にも好評になるくらい香りが素晴らしいのです。それに、お花が思い浮かぶだけじゃなくて、舞い踊って、とても美しい光景が浮かんで幸せな心地がするのです!」

 興奮して熱弁を奮うフレデリカは、目をキラキラさせていて、とても美しい。

「それは良かった。セイラさん達はお元気かな?」

 抱き締め返して、友人達の近況を聞く。

「ええ、もちろんです。図書館の帰りに寄って来たのですけど、追加の香水を早く作れとせっつかれて、追い出されてしまったくらいですもの」

 思い出したのか、ちょっと拗ねてみせる。
 
 今、香り屋はゼノア公爵家直営ではなく、完全にセイラの店として、フレデリカの香水の独占販売権を持つ、大きな香水店になっている。
 セイラは商才があったようで、花の咲かない地域や、季節によっては花がなくなる国に販路を拡げているらしい。
 夫となったロンも公爵家を退職し、セイラと一緒に毎日忙しくしていると聞いている。

 そして、公爵夫人となったフレデリカは、魔法を隠す必要がなくなり、香水を作っているのが彼女だと知られるようになっている。

 そのせいで花公爵と呼ばれる俺に合わせてか、花の公爵夫人と呼ばれているのが、少しこそばゆいようだ。


「お客様です」
「失礼します」

 執事の案内に被せるようにして入って来たのは、しばらく前に完全に王太后付きとなった、秘書官のジョナスだった。

「どうしたんだ、いきなり」

「突然押しかけてすみません。ですが、ここで待ち伏せした方が確実なので」

「どういうことかしら?」

「フレデリカ夫人もお元気そうで何よりです。シオン様にご不満があるときは、すぐに私にご連絡ください。チクって差し上げますから」

 あり得ないことを言うヤツだと思っていると、執事が今度は慌てた様子でやって来た。

「ご主人様、王太后陛下のお越しです!」

「おばあ様が?」
「ほら、いらっしゃった」

 出迎えに向かうと、お忍び用の馬車からテレジア様が降りてくるところだった。

 階段を上がろうと、上を見たテレジア様が、驚いて忌々しそうに口を開く。

「なぜ、お前がここにいるのですか、ジョナス」

「もちろん、陛下のお迎えに決まっているじゃないですか」

「くっ……お前を私付きにするのではなかったわ」

 どうやら、また仕事を抜け出して来たようだ。
 他の秘書官は、王城で大人しく戻りを待つ者ばかりだったのだが、ジョナスは探し出して連れ戻そうとするものだから、テレジア様に疎ましがられているらしい。

「いくらでも仰ってください。さぁ、帰りますよ」

「何度も言うけど、私は引退したの! 王にさせなさい、大体、あの子の仕事でしょうが!」

 国王陛下をつかまえて、あの子呼ばわりするのはテレジア様だけだろう。

「ハイハイ、わかりました。あとで伝えておきますから、今日のところは帰りましょう?」

「イ・ヤ・で・す! 毎日毎日、仕事ばっかり。あの子が即位したら引退していいと言うから、頑張って働いて来たんじゃないの。なのにまだ働けなんて、詐欺もいいとこよ!」

「今回はしぶといですね………どうにかしてください、シオン様。あなたのおばあ様でしょう?」

 急に振られても困る。

「シオン? まさかあなた、たまに会いに、わざわざやって来た祖母を追い返すおつもり?」

「おばあ様、けしてそんなことは…………」

「でしょう?  ほら見なさい。お前と違って、シオンは優しい子なのよ」

 俺を引き合いに出してジョナスを貶すのはやめて欲しい。

「まあまあ、テレジア様もジョナスさんも。ここでは何ですから、ご一緒にお茶にしましょう」

「そうよね、フレド。いい考えだわ」

 溜め息をつくジョナスを放って、テレジア様が屋敷に入っていく。

「すまないな、ジョナス。祖母付きでは出世も難しいだろうに」

「いいえ、とんでもない。あの方は口では引退したと仰ってますが、仕事が大好きなんです。
 ですから、あの方が本当に引退される日なんて来るわけがないんですよ。つまり、私は国で第二位の権力を持つ方の一等秘書官なんです。これはもう、大出世で間違いないでしょう。
 両親からも一族の誉れだと誉められました。なので、私は陛下の秘書官の地位を絶対に手放しません!」

 拳を握って、そう力説していったジョナスの後ろ姿に

「お二人はいい相棒のようですね」

 どうやらフレデリカも、同じことを思っていたようだ。


「大体、陛下も悪いのです。予め仰ってくだされば、予定を組んで時間を作って差し上げるのに、突然出て行かれるものだから、どんどん仕事が山積みになっていくんですよ?」

 お茶を飲みながらもジョナスの説教が続く。

「ジョナス! まぁ、そうだったの? ごめんなさい。あなたをもう少し信じてあげるべきだったわ」

「わかってくださればいいんです。次からは仰ってくださいね?」

「もちろんよ。あなたを私付きにして正解だったわ」

 さっきは……。う~ん とにかく無事にまとまったようなので、口を挟むのはやめておこう。


 そのあとも、何やかんや、ひとしきりお喋りをしたテレジア様は、スッキリしたお顔でジョナスとともに王城へ帰って行った。

 もちろん、今でもテレジア様とフレデリカだけの為にしか作られない、ピンクのガーベラの香水を持ち帰るのも忘れずに。






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