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裁判とフレデリカの祈り(後編)

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「では、フレデリカ。そなたに尋ねます。
 この者達からの謝罪を受けますか? 
 また、この者達に何を望みますか? 
 そなたが一番の被害者なのです。刑に不服があるのなら、申してみなさい」

 王太后陛下の御言葉に、4人が性懲りもなく期待を込めて、フレデリカを見ている。

 そんな彼らに一瞥もくれず、フレデリカが俺を振り返った。

「シオン様、やはり私は聖女にはなれそうもありません。それでも構いませんか?」

 フレデリカが何を言いたいのかわかって、俺は短く告げて頷く。

「君が君であれば」

 俺の言葉を受けて、フレデリカが王太后陛下に向き直った。

「陛下、私はこの者達をけして赦すことは出来ません。ですから、謝罪など受ける気もございません。
 私の望みは、この者達が金輪際、私の大切な人達に関わらないで欲しい、ただそれだけでございます」

 最後の期待を裏切られた夫人達は一様に、項垂れていたが、元侯爵とルシェラは変わらない。第一、元侯爵は震え続けているだけだ。

「王太后陛下。もう宜しいでしょうか?」

 傍聴席にいた、国王陛下の補佐官が立ち上がり発言する。

「構いません」

 王太后陛下が答えると、補佐官が騎士を罪人席に向かわせる。
 立ち上がらせられた元ロイド侯爵に向けて、補佐官が厳かに告げた。

「国王陛下が国庫横領についてお尋ねになります」

 そして、そのまま元侯爵を引き摺るようにして連れて行った。

「あなた!」

 夫を引き止める元侯爵夫人に、応える者はいない。



「静粛に!」

 ざわつく法廷に、ジェスキア公爵の声が響く。

 静けさが戻った法廷で王太后陛下が告げた。

「被害者であるフレデリカの望みを聞き入れ、刑を追加します。

 ロイド夫妻の離婚は認めません。
 夫人には足枷をつけて貰います。そして、ルキア鉱山の村から出ることを禁じます。

 ユリアさん
 あなたの入るガッディス修道院は、一度入れば出ることは叶いません。それでも、あなたにも足枷をつけて貰います。万が一にも逃げ出す恐れがないように」

「お母様まで足枷なんて酷い!」

「酷い? 部屋に閉じ込めたフレデリカに、あなた達は足枷をつけたではないですか。
 
 そして、ルシェラ。あなたにも刑を追加します。
 あなたには元ロイド侯爵領から出ることと、領外との如何なるやり取りも禁じます。また、新たな領主からの監視をつけるとともに、養子等で貴族籍に戻ることも禁じます」

 もはや3人は言葉を発しない。
 さすがのルシェラも呆然としていた。

「では、刑の執行を」

 そう王太后陛下が告げると、やはり叔父のジェスキア公爵が、刑を執行する為に出ていく。

 叔父の魔法は、『生』と『死』以外のものなら、何でも写しとることが出来る『複写』だ。

 もしかしたら、母を亡き者にした父、前ゼノア公爵にも何かを複写したのだろうか…………

 俺は考えるのをやめた。
 祖母と叔父が何も言わないというのなら、俺はそれでいい。

 叔父の後ろから連れて行かれる3人を、フレデリカと黙って見送った。


「王太后陛下」

 3人の姿が見えなくなったあと、フレデリカが陛下に声をかける。

「何ですか、フレデリカ」

「お側に行っても?」

 陛下の許可を得て側近くに行き、フレデリカが声をひそめる。

「お願いがございます。
 万が一にも、あの4人が心から反省し、罪を悔いていることがわかったなら、減刑をお願い出来ないでしょうか」

「何故です? 赦さないのではないのですか?」

「はい。私が赦すことはけしてございません。
 ですが、私には朧気ではありますが、亡くなった母に愛された記憶がございます。それにふたりめの母であるアンジェリカ様からも、とても愛していただきました。
 減刑を願うのは、あのお二人ならそうされると思うからでございます」

「…………そうですね。わかりました、元侯爵については約束出来ませんが、その時が来たならそうしましょう。
 アンジェリカに代わり、礼を言います」

 そう仰って、王太后陛下は法廷から退出した。



 翌日、刑を執行された3人が王城から出される。

 護送用の馬車の前で、3人は元侯爵を待っていた。元夫人はひとりで鉱山には行きたくない。ユリア夫人にとっては、これが今生の別れだ。待ちたくなるのも無理はない。

 元侯爵夫人とユリア夫人の身体には、フレデリカが負っていた筈の、半身を埋める火傷が複写されていた。

 酷く痛むだろう。叔父の『複写』は元のままを写し、劣化しない。つまり2人は、治ることのない火傷を負わされている。
 治癒魔法を使わない限り、その火傷が癒されることはないだろう。

 娘のルシェラは、そんな2人を労るわけでもなく離れて立っていた。

 しかし、待てども元侯爵は現れない。

 しびれを切らした騎士達に促され、それぞれの馬車に乗せられる。

 3人は、最後まで王城の門を見つめていたが、元侯爵が現れることはけしてない。


 今後、互いに会うことも、連絡をとることも出来ない家族の別れは、とても冷たく侘しいものだった。


 ◇

 王城の外壁の上から、3人を見ていたフレデリカが空を見上げて祈る。


「シルビアお母様、アンジェリカお母様、これで赦していただけますか?  

     ───────どうか、安らかに」





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