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赤い薔薇とピンクのガーベラ(後編)

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「少し話をしないか?」

 気を逸らせたくて、フレデリカを長椅子に誘う。

「もちろんですわ」

 彼女を支える俺の手を嬉しそうに見つめて、フレデリカは頷いてくれた。


「聞きたいことがあるんだ」

「何でしょう?」

「……どうして、俺にも黙って家を出た?」

「それは……」

「俺はショックだったんだぞ」

「ですが……シオン様が……お姉様をお好きになったと思ったから……」

「どうしてそうなる!」

「ごめんなさい!」

「……すまない、大声を出す気はなかった」

「いえ。私が考えなしだったのです」

「そうだな。ではどうしてそんな風に思った?」

「……私が、ピンクのガーベラを一番好きだとご存知のはずなのに、絶対にガーベラをくださらなかったから……」

「代わりに薔薇を贈っていただろう?」

「でも、お姉様にはガーベラを……」

「ああ、そこか。そうだよな、俺が考えなしだったな。申し訳ない」

「いえ、そんな……」

「すまなかった。君にピンクのガーベラを贈ることは、どうしても出来なかったんだ。
 だから代わりに、最も『愛している』と伝わる深紅の薔薇を贈っていたんだが…………それで伝わっていると思い込んでいた俺が愚かだったんだ」

「それで赤い薔薇を……」

「ああ、そうだ。ずっと贈り続けていた。だから、私が心変わりをしたことなどないと、信じてくれるだろう?」

「心変わりも何もその……」

「え?    あ!」

 俺はバカだ!
 一度も自分の口で彼女に伝えていない!

「本当にすまない。あの薔薇で伝わっていると、ずっと思い込んでいたから…………」

 まっすぐ、フレデリカを見て謝罪した。
 そして彼女の足元に膝をつく。

「フレド、愛しているよ。
 俺には子どもの頃から君だけなんだ。だから……俺の妻になってくれないか?」

「シオン様!」

 すぐに首に抱きついてきた彼女に『諾』と受け取って、抱き締め返す。

「フレデリカ……」

 俺の肩がだいぶ冷たくなった頃、フレデリカが顔をあげた。瞼が少し腫れたみたいだ。

「…でも………どうしてお姉様にはガーベラをくださったのに、私にはダメだったのですか?」

 まだスッキリしていない様子の彼女に、俺は腹を括った。

「そうだな。話さないと駄目なんだろう。
 フレド、ゼノア家の当主が求婚の際にガーベラを贈ることは知っているよね? 」

「はい、その方の好きな色のガーベラを贈ると」

「そうだ、家紋のガーベラから、初代の当主が始めたことだよ。でもそれが問題の始まりだったんだ…………嫌な話になるけど、全部聞いてくれるかい?」

 母の死に様を思い出し、括った筈の決意が揺らぐのを感じた。

「シオン様、私をお側においてくださるのなら、すべて教えてください。おひとりで苦しまれるのを見ているだけなのは辛いです」

「そうか、わかった。ありがとう。
 聞いてくれ 俺の母は───────


 母、アンジェリカが元王女で、降嫁してゼノア公爵家に入ったことから、結婚後は不遇であったことと両親の冷えた関係までを話した。

 そして、フレデリカと出逢い、幸せになろうと決意したときに、夫である俺の父とその愛人に毒殺されたことも話した。

「そんな! アンジェおばさま……」

「それだけじゃない。父達は、求婚の際に贈ったピンクのガーベラで母を覆って、毒殺の痕跡を隠そうとした」

「ひどい……」

「だろう? 当事まだ在位中だった前国王陛下と、皇后だったマリアテレジアおばあ様に、痕跡を発見されて、父達は加担した者諸とも処罰された…………降嫁したとはいえ、王女を毒殺したんだ、俺の存在がなければ、ゼノア家は取り潰しになっていただろう」


 父がああまでして望んだ、王家の血を濃く継いだ後継者

 皮肉にも、俺の存在がゼノア家を存続させた。

 ゼノア家は公爵であったにもかかわらず、そこまでしなければならなかった理由は、もう誰にもわからない。

 父は自身の破滅と引き換えに望みを叶えたのだから。


「顔しか見えないほど、ピンクのガーベラで覆われた母を見たときから、祖父母や叔父、俺にとって、あの花は呪われた花だった。
 ────そんな花を、愛する君に贈るなんて、俺にはとても出来なかったんだ、君まで母のようになってしまいそうで」

「……ごめんなさい、シオン様。私、そのときアンジェおばさまのお側にいたのでしょう?」

「ああ。母の苦しむ姿に衝撃を受けて、君は高熱を出して記憶を飛ばした」

「ごめんなさい、おばさまを助けられないばかりか、シオン様が一番つらい時に何も知らなかったなんて……シオン様、ごめんなさい……」

「違う、君はあの時たった6つだ。大人が弄した策をどうにか出来る筈がないだろう?
 それに、君の記憶が飛んで俺は嬉しかったんだ。喜んでさえいたよ。君には苦しむ母を覚えていて欲しくなかった。優しく笑う母だけを、覚えていて欲しかったから」

「シオン様……」

「だから、これから先も思い出さなくていい。出来ればずっと。母もその方が嬉しいだろう」

「わかりました、そうします」

「ありがとう。で、あとはルシェラにガーベラを贈っていた理由だったな。
 あれは単純に奴等に要求されていたからだよ。
 俺が君に会うためには、ロイド侯爵だった彼の許しが必要だった。父親だから当然だろう?
 最初は君への求婚を、彼も喜んだみたいだが、夫人の反対があったんだろう、急にルシェラをあてがおうとしてきたんだ。
 ゼノア家当主の求婚に、ガーベラが贈られることも知っていたんだろうね、君に会う条件として、ルシェラへのガーベラを要求してきたんだ。
 君に会わせて貰えなくなってからは、君が会いたがっていないと言われることもあって、臆病になっていたんだ。情けないよ。
 そのせいで、君への仕打ちがあそこまで酷くなっていたことに気づかなかったなんて。
 赦して欲しい、本当に俺が悪かった」

「いいえ、赦しません。だって、悪いのはシオン様ではないですもの。悪いのはロイド家の者達ですわ、だから彼等を赦しません」

「フレド、君は僕に優し過ぎるよ。でもこれだけは信じて欲しい。俺はガーベラを要求されるようになってからも、絶対にルシェラとの縁談を承知したことはない。
 彼女がピンクが好きなことを知っていたから、絶対にピンクのガーベラだけは贈らなかった。
 そのせいで彼等も焦れたんだろう。しまいには、実は黄色が一番好きだったとまで言い出して、俺が求婚してきたなんて嘘をでっち上げたのさ」

「シオン様のお気持ちを疑ってなどいません。
 ただ……恥ずかしいのです。私の家族がそんなご迷惑をお掛けしていたなんて……」

「フレド、違うだろう? 彼等はもう君の家族じゃない、家族だ。 違うかい? だって、式はまだでも今の君の家族は俺だろう?」

「違いません! シオン様、嬉しいっ」

「良かった、俺も最高に嬉しいよ」

 
 ああ、やっと幸せフレドを手に入れた。

 最愛の彼女が俺の妻になってくれる。
 嬉し過ぎても涙が出ると、俺は初めて知った。

 ………
 …………

 コンコンッ


「何だろう? 」

 どれくらい前から続いていたのか、誰かがノックしている。
 

「何だ?」

 扉の向こうに応えると、レイモンドが怖い顔を半分だけ覗かせて、低い声で告げてきた。

「お休みを」

 俺の大声が聞こえていたのだろう。
 休む気配のない俺たちに、過保護な家令の忍耐は限度を越えてしまったらしい。

 彼の本気の重低音に、慌ててベッドに向かう。

 フレデリカと一緒に上掛けを被るまで、俺たちを見張っていたレイモンドは、ニッコリ笑ってもう一度告げてきた。

「今度お休みになられていなかったら、お式の準備を遅らせますからね? 」

「ダメだ! 」「イヤです! 」

 仲良く起き上がって、同時に反対する俺たちに、老境の家令は「でしたらお休みを」と音もたてずに扉を閉めていった。

 気のせいか? 微笑んでいたような……



 家令の迫力に、思わず同じベッドに入ったけれど眠れる気がしない。

 隣のフレデリカも同じのようだ。

「取り敢えず、このまま眠ってみようか? 」
「そうですね、お式の準備が遅れてはいけませんし……」

 俺の提案に被せる勢いで彼女が同意する。
 お互いに緊張していることがバレバレだ。

 それでも瞼を閉じて眠ろうとするが、今度は何故か寂しくなってくる。

「…………フレド? 」
「シオン様? 」

 やはりフレドもそうらしい。
 
「フレド、君さえ良ければ抱きしめて眠りたい。ダメかな? 何だか寂しいんだ」

 上掛けを持ち上げて彼女を待つ。

「し、失礼させていただきます」


 戸惑いながらも、素直に俺の胸におさまったフレデリカの温もりが心地いい。

 あまりの心地好さに、強烈な睡魔に襲われた。

「フレド、裁判のあと話が…………」

 眠ってしまう前に、叔父と、ある約束をしていることを伝えようとしたが、既に彼女は安らかな寝息をたてていた。

 また愛しさが込み上げてきて、やはり眠れそうもないと思ったが、勝手に瞼がおりて…き……た……





「ご安心ください。やっとお休みになられたようです」

 サロンに腰かけて、家令の報告を聞いていた美しい男性、ジェスキア公爵が立ち上がる。

「心配は余計だったな。また出直すよ」

 かつての主が、嬉しそうに出ていく。


「レイモンド、ありがとう。これからも頼む」

 今の主同様一睡もしていないはずの公爵は、
見送りに出た私にそう言って、スキップしそうな足取りで馬車に向かう。

「私以上に過保護ではないですか」


 いつも過保護だと叱ってくるジェスキア公爵にそう呟いて、私は深く頭を下げた。






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