上 下
19 / 32

フレデリカの救出(前編)

しおりを挟む


「隊長、ほんとにコイツら捕まえます?」
 
 男ふたりは、洗いざらいしゃべりながら、ポケットの紙の束を、自ら出してきた。
 それで今回の捕り物は終了である。
 たった一言の「動くな!」で。

 主に褒めて貰える!と、わざわざ志願して仲介人の捕縛に来たものの、騎士5名全員が、手応えの無さに拍子抜けしているところだ。
 簡単過ぎて、逆に心配になっている。

 なぁ? 閣下、褒めてくれるよな?

 小隊長の手にある、何枚もの物的証拠に書かれたサインを見て、皆思う。

『受領証 ゼノア産 花3種 各100本
  
『代金受領証 百合の香水2本の代金として 
   

 ロイド侯爵はバカではないのか?

 ロイド侯爵邸を囲んでいる、騎士隊中央。
 ジェスキア公爵が物的証拠発見の報を、その証拠とともに受け取った。

 派遣して僅か半刻の報せに、滅多に見られない主の驚く顔と、自分たちと同じ感想だとわかる顔を見ることが出来たので、まぁ、これはこれでと騎士達は大いに満足した。

 何も言わずとも、美人の為に張り切る者は多い。
 いつの時代も美人は本当に得だ。





「誰の差し金だ!」

 屋敷が騎士に囲まれていると気づいたロイド侯爵が、2階のテラスから怒鳴り続けている。

 紋章を隠すよう、俺が騎士達に指示したからだ。

 証人か物的証拠が見つかるまでは、いくら公爵といえど、貴族の屋敷に私兵を向けることは出来ない。
 万が一証拠が見つからなかった時の為の処置だ。

 王都のタウンハウスは、大抵の貴族の場合、屋敷が大きい割に小さな庭しかない。滞在期間の短いタウンハウスに、維持費のかかる庭は必要ないからだ。
 したがって、ロイド侯爵家の2階のテラスも大声であれば、十分声が届く距離なのである。

「どうします? これ以上は本当に不味そうです」
 ゼノア公爵家の筆頭騎士が、主人に判断を仰ぐ。

「主は誰だ! 家名を名乗れと言っている!
 腹の立つ奴等だ。今すぐ名乗らなければ、こちらも私兵を出すがいいのか?」

 証拠、証拠はまだか!

「貴族同士が王都で兵を出せば、必ず陛下の耳に届くぞ。私は退かせるよう陛下にお願いするだけだ。沙汰があるのはそちらだろうよ」

 侯爵の言う通りだ。証拠も証人もいない今、陛下に訴えられれば、陛下は退却を命じるしかない。
 そんなことになれば、陛下のお怒りはもとより、フレデリカが何処かに移されてしまうかもしれない。救出の機会は今しかないのだ。

 別件で確たる証拠があがっているが、国王陛下の指示により、今は使うことが出来ない。

 『その件だけは、必ず余が裁く』

 念押しで伝え聞いた御言葉に、国王陛下の怒りの凄まじさがしれる。
 だが、その凄まじさが今は恨めしい。

「くそう、まだか」

 こうしている間にも、フレデリカが虐待を受けているかもしれないのに



 ゼノア公爵閣下が焦れていた。

「私の騎士だと知れれば、侯爵を刺激するかも知れない。耐えろ。突入したくても、フレデリカを守る為には待つしかないのだ」

 口に出しているとは気づいていない主の思いに、護衛のロンが買って出る。

「閣下。彼等は、私を店の護衛だと知っています。私を出してください」

 藁にもすがりたい心境だったのだろう、閣下はすぐに俺の提案に頷いた。


「ロイド侯爵閣下、先日は失礼しました。
 私を覚えておいででしょうか!」

 2階に届くよう、ロンは大声を出す。

「…………あの時の無礼な護衛か?」

「覚えていただき、ありがとうございます。
 本日は、侯爵閣下にお尋ねしたいことがあり、まかりこしました」

「なら、なぜ騎士達を連れて来た! お前がいるということは、そいつらもあの若造の騎士だろう! 許さんぞ! 」

「いえ、騎士様方は、香り屋のさる御贔屓筋のご厚意です。私は一介の雇われ護衛でありますので、私ひとりではお目通り頂くのは難しいだろうと、御贔屓筋の方が箔をつけてくださっただけなのです。
 早すぎましたので、明るくなるまで待たせていただこうと思っておりました次第で」

「贔屓筋……その方は誰か?」

「申し訳ございませんが、勝手に御名前をお出し出来ないのです。ただ、非常にお力のある方ということだけは保証致します」

「なるほど、力のある……さようか。
 誤解を招くような真似をしたとはいえ、咎めるのも何だからな、いいだろう。
 だが、これ以上、騎士隊を近づけてはならんぞ!
 お前が尋ねている間だけは許してやる」

 夜明け前だぞ?
 お前なら、あんな苦しい言い訳信じるか?
 まさか!
 大勢の騎士達が、目だけで会話をしている。

「ありがとうございます。
 実はその御贔屓筋から、ロイド侯爵家の御名前で、香り屋と同じ香水が売られていると教えていただいたのです。
 御贔屓筋の手前、何もお聞きしないわけにはいきませんので。申し訳ございません。
 大変恐縮ですが、私どもの香水を転売なさっておられますでしょうか?」

「香水だと? そんなもの知らん」

「本当に御存じないのでしょうか?」

「くどいな。知らんものは知らん!」


「あら? それはおかしいのではなくて?」
 
 たおやかな声がして振り向くと、2つの香水瓶を手にしたジェスキア公爵夫人 アマンダ様が。

 助かった。時間稼ぎ感謝します、夫人。
 でも、またジェスキア公爵に引っ付いて来てたのですか? お顔がキラキラされてますね。
 浮気が心配なのか、捕り物に興奮する質なのか、どっちですか?


「ア、アマンダ夫人!?」

 慌てて注意を戻すと、ロイド侯爵の声が僅かに裏返った気がする。

「ロイド侯爵、先日はよい香水をありがとう。素晴らしい香りでしたわ」

 ここは深夜の屋外だよな?
 
 微笑んで香水瓶を掲げてみせるアマンダ夫人に、夜会会場にいるような錯覚を覚えて、瞼を擦った。

「でも、私、困っておりますのよ。
 主人に叱責を受けてしまい、屋敷に入れていただけませんの。
 公爵夫人たるものが、正規店で買わずに転売品を買うのかと
 …………侯爵、どうしてくださいますの?」

 よよよ、と、ハンカチで涙を拭いてみせる夫人。

「いえ、あの、アマンダ夫人? 夫人が右手にお持ちの、私がお売りした香水は、けして転売品ではございません。ロイド家が製作した、れっきとした正規品でございます」

 香水作りを認めたな! さっきまで香水など知らんと言っていたくせに、筆頭公爵の夫人が相手だとヘコヘコしやがって。

「それは変ですわね? 私は社交界一の香水狂だと自負しておりますのよ? その私が間違えるはずがありませんわ。
 ロイド侯爵からいただいた香水は、先に香り屋で購入していたものと瓜二つ、いいえ、まったく同じ香水でしてよ」
 
 いいぞ! 突っ込んでやれ、今俺は俳優だ!

「ロイド侯爵閣下、転売はしておられなかったはずでは? しかも、侯爵ともあろう方が中身を移し変えて売るなど……」 
 
 衝撃を受けたかのような顔をして、額に手をあてて嘆いてみせる。

「ま、間違えました。そちらは友人からいただいた香水のようです。お渡しする際に間違えてしまったようですな、ははは」

 くそっ のらりくらり逃げやがって!

 歯軋りしていると、視界の隅で騎士が何かをジェスキア公爵へ渡している。
 その騎士達の背後には、仲介人とおぼしき、証人2人が萎れて立っていた。




しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】極夜の国王様は春色の朝焼けを知る

胡麻川ごんべ
恋愛
にんじん色の髪をしたフレイアはとある出来事で婚約者と声を失ってしまう。母親に行き遅れるのでは、と心配されるが本人は気にしていなかった。 愛のない結婚など嫌だったらからだ。 しかし、家庭教師の授業をサボった事で運命は大きく変わる。 森の中へ愛馬と駆け出すと偶然にも国王になったばかりのロスカと出会ったのだ。長い亡命生活を経て、国に戻り国王になったなど知らないフレイアは事の重大さに気づかなかった。まさか、彼に見初められて王家の人間になってしまうなんて。 冷静で優しい夫ではあるものの、亡命生活での経験が彼に影をさすようになる。フレイアは彼の事で悩みながらも、声の出ない自分を想ってくれるロスカと手を取りたいと歩み寄る。そしてまた、彼も彼女を春のお姫様と呼び、愛するまでの話。 最後はハッピーエンドです。 ※2023.2.20〜一部改稿中です ※性描写がある場合はその旨タイトルに明記します

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

最初から最後まで

相沢蒼依
恋愛
※メリバ作品になりますので、そういうの無理な方はリターンお願いします! ☆世界観は、どこかの異世界みたいな感じで捉えてほしいです。時間軸は現代風ですが、いろんなことが曖昧ミーな状態です。生温かい目で閲覧していただけると幸いです。 登場人物 ☆砂漠と緑地の狭間でジュース売りをしている青年、ハサン。美少年の手で搾りたてのジュースが飲めることを売りにするために、幼いころから強制的に仕事を手伝わされた経緯があり、両親を激しく憎んでいる。ぱっと見、女性にも見える自分の容姿に嫌悪感を抱いている。浅黒い肌に黒髪、紫色の瞳の17歳。 ♡生まれつきアルビノで、すべての色素が薄く、白金髪で瞳がオッドアイのマリカ、21歳。それなりに裕福な家に生まれたが、見た目のせいで婚期を逃していた。ところがそれを気にいった王族の目に留まり、8番目の妾としてマリカを迎え入れることが決まる。輿入れの日までの僅かな時間を使って、自由を謳歌している最中に、ハサンと出逢う。自分にはないハサンの持つ色に、マリカは次第に惹かれていく。

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

お望み通り、別れて差し上げます!

珊瑚
恋愛
「幼なじみと子供が出来たから別れてくれ。」 本当の理解者は幼なじみだったのだと婚約者のリオルから突然婚約破棄を突きつけられたフェリア。彼は自分の家からの支援が無くなれば困るに違いないと思っているようだが……?

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

処理中です...