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ロイド侯爵家の企み
しおりを挟む「何が黄色のガーベラを戴いたよ!」
「求婚をでっち上げるなんて厚かましい」
「これは詐欺ではありませんこと?」
「一家揃って恥知らずな」
「公爵夫人の座欲しさに、そこまでするなんて浅ましい人達ね」
「見てたか? あの自慢気な顔してたよな」
シオン様は何処に行ったの?
五月蝿いわ!静かにしてよ!
私を賛美する声が聞こえないじゃない!
私は未来の公爵夫人を約束されてるの
だから今も皆の中心にいるのよ?
なぜかしら? 誰もお祝いを言いに来ないわ
可哀相に、誰かが嗤われているのね
その可哀想な人は誰なのかしら?
なぜ、私が近づくと離れるの?
なぜ、指を指されているの?
なぜ、嗤われているの?
周りを見渡すと、私を蔑む貴族達の顔、顔、顔。
「い、嫌よ! 嘘だわ!」
シオン様はどこ? 私は公爵夫人になるの
だから私にはシオン様が必要なの!
シオンを探して廻るルシェラに狂気を感じたのだろう、彼女から離れようと貴族達が逃げ惑う。
「ルシェラ、来なさい!」
「お父様……」
ロイド侯爵がルシェラを怒鳴りつけた。
ようやく、我に返ったルシェラの腕を掴み、そのまま出口に向かって進んでいく。
どうしてこんなことに?
少し前まで褒めそやしていた貴族達が、地を這う虫を見るようにルシェラ達を見下し、道を空ける。
「ゼノア公爵が、あのような宣言をされるということは、よほど腹に据えかねていたということでしょうな」
エヴァン侯爵の一言に、貴族達が頷いている。
貴方が一番褒めてたくせに!
絶対、泣いてなんかやらないわ!
ルシェラは砕け散った自尊心をかき集め、俯かないでいるのが精一杯だった。
「あの若造め! よくも私に恥をかかせたな!」
馬車の壁を殴り付ける音に、馭者の舌打ちが聞こえた。
「こんな辻馬車で、逃げるように帰るなんて……」
夫人がさめざめと泣いている。
泣きたいのは私の方よ!
もう、縁談だって来やしないわ!
本当なら、公爵家の馬車に乗ってるはずなのに……
迎えを指示した時間よりだいぶ早かった為に、ルシェラ達は辻馬車を拾って帰るしかなかった。
「可哀想なルシェラ、貴女は何も悪くないのに」
ルシェラの実母、侯爵の妾のユリア夫人は、夜会の顛末を聞いて侯爵以上に激怒した。
「ルシェラが辱しめを受けたのですよ。
あなた、このままになさるおつもり?」
「このままで済ますものか! あんな屈辱、許せる訳がない! くそぅ、シオンのヤツめ。他の奴らもそうだ! 奴らの頭を地面につけない限り、この怒りはおさまらん!」
「お父様、どうやって?」
シオン様は公爵のなかでも力がある方なのよ?
侯爵家のうちが、かなうわけないじゃ…………
「お父様! あるわ、シオン様を痛めつけて貴族達を見返す方法が!」
「何だ?」
「そもそも、私達がこんな目にあったのはフレデリカのせいよ。 あの子がいるから、シオン様は私を受け入れないのだもの。
だから、シオン様からフレデリカを取り上げてやればいいのよ」
「だが、フレデリカが何処にいるのか分からんではないか」
「いいえ、私、知ってるの」
「なに?! フレデリカは何処だ!」
「香り屋よ。私が行った香水店でフレデリカが働いていたの」
「まぁ! それじゃ労働者じゃないの!」
「ええ。あの子、それを自慢してたわ」
「あの恥知らずがッ」
「あの娘が私達のところにいれば、シオン様は逆らえないわ。おまけにあの娘、貴族に人気の香り屋を自分の店だと言ってたの。香水を作っているのもフレデリカだそうよ。
だからフレデリカを連れて来て、ロイド家の名前であの香水を売ればいいわ。
そうすればシオン様も貴族達も、私達に頭を下げるようになるでしょう?」
「……なるほど。いい考えだ」
「フレデリカには、シオン様が護衛をつけているんじゃないの?」
「それがあの子、シオン様にも秘密にしているみたいなの。家を出てからも、シオン様には会っていないと言ってたわ。だから、家族だと言って連れて来ればいいのよ」
「でも、あの子の籍は抜いたじゃないの。どうするつもり?」
「そんなの、改心したあの子をお父様が不憫に思って、とかなんとか言って籍を戻せばいいわ」
「完璧ね。やっぱりルシェラは頭の出来が違うわ」
「そうだな、よく考えたなルシェラ。
では、フレデリカを連れ戻すことにしよう」
まだ得ぬ金と栄誉に酔いしれた、自分たちを省みない愚か者達の夜は、高笑いとともに更けていく。
「あんた達、何しに来たのよ!」
翌朝、開店前の香り屋で、ルシェラとロイド侯爵達はフレデリカを連れていこうとした。
「あんた達のところになんか、フレドは絶対に帰さないわ!」
フレデリカを作業場に押し込んだ女が、扉の前に立ち塞がって吠えている。
この女、邪魔だわ。でも、どこかで……
「フレデリカは私の娘だ!」
「何が娘よ! あんた達があの子にしたことを、私知ってるのよ!」
「………あなた、ウチにいたメイドじゃない?」
「ホントだわ! 見覚えがあると思ったら」
「元メイド風情が私達に逆らう気?」
「そこをどけ!」
「イヤよ!」
「セイラさん、フレデリカさんはご実家に戻りたくないのですよね?」
香り屋の護衛が口を鋏んでくる。
「そうよ! だから侯爵達に知られないようにしてたんじゃない!」
「わかりました」
護衛が、女とルシェラ達の間に割り込んできた。
「ではロイド侯爵家の皆様、どうぞお引き取りを」
「貴様、たかが護衛のくせに邪魔をするな!」
「仰るとおり、私は護衛です。この香り屋とおふたりを護るように、ゼノア公爵から仰せつかっておりますので」
そう言って、護衛が剣の柄を握った。
「……貴様、ただでは済まさんからな!」
「覚えてなさい!」
護衛の脅しに、ルシェラ達は歯軋りしながら引き下がるしかなかった。
「どうすればいい?」
「困ったわね。もしかしたらシオン様に助けを求めるかもしれないわ」
「ダメよ! そうなったら、フレデリカを連れて来れないじゃない」
「なら、私達だとわからなければいいのよ」
「どうやって?」
両親達が同時にルシェラを見る。
「そうね、フレデリカは今でもシオン様が好きなのよ。だからね───────────」
「あら?」
翌日、香り屋に2通の封書が届いた。
一通は、登録審査官のジョナスさんから、香水の登録が無事済んだという知らせだった。
ロイド侯爵達が店に来たせいで、ずっとピリピリしていた香り屋には、とても嬉しい知らせだ。
「わぁ! 良かったわね、これで心配せずに香水が作れるじゃない!」
「ええ」
「 ? フレド、どうしたの?」
せっかくの知らせに喜ばないフレデリカに、不審に思ったセイラが聞いてきた。
「セイラ、これ……」
「ゼノア公爵家の紋章じゃないの!」
「やっぱりそうよね。何かしら?」
「きっと、香水のおねだりよ」
明るいセイラの言葉に封を切る。
「……シオン様のご親戚のお嬢様に、彼女のお気に入りのお花で、香水を作って欲しいそうよ」
「なーんだ、やっぱりおねだりじゃない」
「でも、そのお花は伐るとすぐに枯れてしまうのですって。だから私に、お屋敷まで行って欲しいそうなの」
「え? じゃぁ、目の前で作れってこと?」
「そうみたい。作業場は貸して貰えると思うけど……」
「そんなの聞かなくていいわよ、お断りしたら?」
「でも、お嬢様はご病気で寝たきりだそうなの。だから、香水のお花で励ましたいらしいのよ」
「そうなの。そのお嬢様、かわいそうね」
「でしょう? 私行って来るわ」
「じゃ、行って来るわね」
迎えの馬車も出してくれてるからと、自分もついていくというロンさんに、セイラの護衛を頼み、フレデリカはひとり馬車に乗り込んだ。
しばらく走っていた馬車が、小さなお屋敷に入って止まる。
「このお屋敷なの?」
静かで人気が感じられない様子に、不安を感じて馭者に尋ねてみた。
「どうぞこちらに」
フレデリカの問いには答えずに、馭者は屋敷への道を歩いていく。
何だか、薄気味悪いわね。お嬢様のご病気のせいかしら?
フレデリカが、大人しく開けられた部屋に入ると、そこには縄を持った男達がいた。
「 ! 」
騙されたことに気づいて扉に走ったが、既に馭者はおらず、扉には鍵がかけられていた。
「大人しくしろ! 傷をつけるなと言われてるんだ。暴れなければ何もしないさ」
「助けてセイラ、ロンさん、………シオン様」
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