上 下
3 / 32

ロイド家の思惑(シオン)

しおりを挟む
 

 久しぶりの夜会に早くも疲れていた。

(侯爵への挨拶は済んだし、帰っても構わないだろうか)

 祖父の代から付き合いがある、侯爵家主催の夜会を欠席するのは気まずかった。
 仕方なく顔を出してみたものの、相変わらずのご婦人達の攻勢に辟易していた。

「ゼノア閣下、娘のフィリアは紹介しましたかしら?」

「これはリデロ伯爵夫人、ご丁寧に。そちらがフィリア嬢ですか? はじめまして、シオン・ゼノアです。夫人に似てお美しいですね」

 何べん、同じやり取りをしたのか覚えていない。

 若くして公爵の地位を持ちながら、いまだに妻を持たない俺は、娘を持つ数多の貴族達から縁談を持ち掛けられている。

 だからこうした挨拶と称した見合いまがいが、夜会に出るとひっきりなしに行われるのだ。

(もう、令嬢達の顔を覚えられない……)


「こんなところにいらっしゃったのね、シオン様」

「ルシェラ嬢」

 突然、フレデリカの姉ルシェラが、馴れ馴れしく声をかけてきて、俺の腕に手をかけた。

 上目遣いに俺を見るルシェラに、彼女の妹の面影を探したが見つからない。姉妹はまったく似たところがないのだ。父親は同じだというのに。


「失礼ですが、そちらのご令嬢は?」

「ロイド侯爵家のルシェラ嬢です。侯爵が亡くなった母の知り合いでして」

「お初にお目にかかります。ロイド侯爵が、ルシェラと申します。これからよろしくお願いいたしますわね?」

(フレデリカを亡き者扱いする気か!)

 ロイド侯爵が、もうひとりの娘であるフレデリカの籍を抜いたのは知っていた。だが、それを公の場で強調するルシェラに腹がたった。

「シオン様? お隠しにならなくても構わなくてよ」

 断りもなく腕を絡めてくるルシェラに、
 意味が解らなくて視線を向けた。

「私、シオン様から黄色のガーベラをいただきましたの。私の最も好きな黄色のガーベラを」

 ルシェラが、リデロ伯爵夫人と令嬢に向かって、艶然といい放つ。

 俺の周りを囲むご婦人や令嬢達が静まり返った。

(この女、外堀を埋めようというのか!)

 ルシェラの思惑に気づいたが、フレデリカの居場所を教えてもらう約束をしていたのを思いだし、どうにか怒鳴りつけるのを踏みとどまった。

「ルシェラ嬢、貴女がお好きなのはピンク色ではなかったかな?」

「うふふ 嫌ですわ、シオン様。私が本当に好きな色は黄色だと覚えていらっしゃる癖に」

 優しく遠回しに否定する俺に、ルシェラはコロコロと笑って微笑み返した。脅すような冷たい瞳で。


 ゼノア公爵家の当主が『花公爵』と呼ばれるのは公爵領が花を特産としているからだけではない。

 王弟であった初代公爵は、夫人を迎える際、彼女の好きな色のガーベラを贈り求婚した。
 公爵家の家紋にガーベラが描かれているからだ。

 それから代々、ゼノア公爵家の当主は求婚の際、相手の好きな色のガーベラを、自分で育てて贈るようになった。今では貴族でそれを知らぬ者はいない。


 確かに、ルシェラにはガーベラを贈ってきた。ロイド侯爵とその夫人が、要求してきたからだ。
 フレデリカの状況を知っていた俺は、彼女だけに花を贈ることは出来なかった。余計につらい仕打ちを受けることが目に見えていたから。

 だから別の人の為に育てている、ピンク色のガーベラに混じって咲いた、別の色のガーベラをルシェラに贈ってきた。

 だがけして、ピンク色のガーベラは贈らなかった。ルシェラが、ピンク色が一番好きだと公言していたからだ。


(俺が求婚するのは、フレデリカだけだ)

 けしてピンク色のガーベラを贈ってこない俺に焦れたのだろう。好きな色を偽ってまで、既成事実を作ろうとする浅ましさに吐き気がする。

(フレデリカには、贈りたくてもピンクのガーベラだけは贈れないというのに)

 フレデリカの一番好きなピンク色のガーベラを贈ることが出来ない代わりに、最も愛を告げる真紅の薔薇を贈り続けてきた。想いは通じていなかったようだけれど。

 ロイド侯爵にフレデリカが欲しいと伝えた時、すぐに結婚出来ると思っていた。侯爵にとっては、公爵家と縁続きになれるなら、どちらの娘が嫁にいっても構わないと知っていたからだ。
 だが、夫人の横やりが入った。フレデリカではなく、ルシェラとの結婚を迫ってきたのだ。
 それからはロイド侯爵家を訪れても、フレデリカには会わせて貰えなかった。


「ルシェラ嬢、フレデリカは何処だ?」

 ご婦人達から離れ、テラスに出て問い詰めた。

「どうしようかしら? あの娘の居場所を教えたら貴方、求婚しにいくのでしょう?」

「話が違うぞ!」

「そんなにお急ぎにならなくてもいいでしょ。
第一、あの娘はもう平民なのよ? 公爵である貴方との結婚なんて無理な話だわ」

「お前には関係ない」

「あら、そんなことおっしゃってよろしいの? あの娘の居場所をお知りになりたくないのかしら?」

「お前達は腐ってる! 
そんなに公爵夫人の座が欲しいか!」

 侯爵家令嬢が公爵に対して外堀を埋めようとするなど、令嬢ひとりで考えるわけがない。ロイド侯爵と夫人がけしかけているに違いない。

「貴族の婚姻なんてそんなモノでしてよ。
御存じでしょう?」

「とにかく、フレデリカの居場所を教えろ」

「ですからお急ぎにならないで。次にお会いするときまでに、お教えするか考えておきますわ」

 嘲笑うかのような笑みを浮かべて、ルシェラは去っていった。送る気には到底なれず動かない俺を残して。




 翌朝には、俺がルシェラ嬢に求婚したという話が知れ渡っていた。








しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】極夜の国王様は春色の朝焼けを知る

胡麻川ごんべ
恋愛
にんじん色の髪をしたフレイアはとある出来事で婚約者と声を失ってしまう。母親に行き遅れるのでは、と心配されるが本人は気にしていなかった。 愛のない結婚など嫌だったらからだ。 しかし、家庭教師の授業をサボった事で運命は大きく変わる。 森の中へ愛馬と駆け出すと偶然にも国王になったばかりのロスカと出会ったのだ。長い亡命生活を経て、国に戻り国王になったなど知らないフレイアは事の重大さに気づかなかった。まさか、彼に見初められて王家の人間になってしまうなんて。 冷静で優しい夫ではあるものの、亡命生活での経験が彼に影をさすようになる。フレイアは彼の事で悩みながらも、声の出ない自分を想ってくれるロスカと手を取りたいと歩み寄る。そしてまた、彼も彼女を春のお姫様と呼び、愛するまでの話。 最後はハッピーエンドです。 ※2023.2.20〜一部改稿中です ※性描写がある場合はその旨タイトルに明記します

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

最初から最後まで

相沢蒼依
恋愛
※メリバ作品になりますので、そういうの無理な方はリターンお願いします! ☆世界観は、どこかの異世界みたいな感じで捉えてほしいです。時間軸は現代風ですが、いろんなことが曖昧ミーな状態です。生温かい目で閲覧していただけると幸いです。 登場人物 ☆砂漠と緑地の狭間でジュース売りをしている青年、ハサン。美少年の手で搾りたてのジュースが飲めることを売りにするために、幼いころから強制的に仕事を手伝わされた経緯があり、両親を激しく憎んでいる。ぱっと見、女性にも見える自分の容姿に嫌悪感を抱いている。浅黒い肌に黒髪、紫色の瞳の17歳。 ♡生まれつきアルビノで、すべての色素が薄く、白金髪で瞳がオッドアイのマリカ、21歳。それなりに裕福な家に生まれたが、見た目のせいで婚期を逃していた。ところがそれを気にいった王族の目に留まり、8番目の妾としてマリカを迎え入れることが決まる。輿入れの日までの僅かな時間を使って、自由を謳歌している最中に、ハサンと出逢う。自分にはないハサンの持つ色に、マリカは次第に惹かれていく。

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

孤児メイドの下剋上。偽聖女に全てを奪われましたが、女嫌いの王子様に溺愛されまして。

ぽんぽこ@書籍発売中!!
恋愛
孤児のアカーシャは貧乏ながらも、街の孤児院で幸せに過ごしていた。 しかしのちの聖女となる少女に騙され、家も大好きな母も奪われてしまう。 全てを失い絶望するアカーシャだったが、貴族の家のメイド(ステップガール)となることでどうにか生き延びていた。 マイペースなのに何故か仕事は早いアカーシャはその仕事ぶりを雇い主に認められ、王都のメイド学校へ入学することになる。 これをきっかけに、遂に復讐への一歩を進みだしたアカーシャだったが、王都で出逢ったジークと名乗る騎士を偶然助けたことで、彼女の運命は予想外の展開へと転がり始める。 「私が彼のことが……好き?」 復讐一筋だったアカーシャに、新たな想いが芽生えていく。 表紙:ノーコピーライトガール様より

お望み通り、別れて差し上げます!

珊瑚
恋愛
「幼なじみと子供が出来たから別れてくれ。」 本当の理解者は幼なじみだったのだと婚約者のリオルから突然婚約破棄を突きつけられたフェリア。彼は自分の家からの支援が無くなれば困るに違いないと思っているようだが……?

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...