寂寥の蛇皇子 ~俺は、伴侶を諦めた~

立縞とうこ

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すがる女

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「ではまたな」

「はい。お待ちしてます」


 紫蘭を失う危機を乗り越え、俺は馬上にいた。

 すぐに紫蘭を連れて帰りたかったが、もうすぐ母親の命日だからと、残していくことにした。

(そのあとは、ずっと一緒にいられる
 その為には、あの女をどうにかしなければ!)



 思案しつつ馬を進めていると前を塞がれた。

 装束や剣の構えから、他国の者だと分かる。
 どのみち、帝国内に皇族を弑しようとするものはいない。益がなく、皇族がいなければ帝国は瓦解し、かえって損を受けるからだ。

 
「どういうつもりだ?」

 護衛が誰何すいかするが、返答はない。
 側近達が剣を抜き、俺の回りを守る。

「殿下、お下がりください」
「お姿を変えてお隠れに」

 首を振る

(隠れられるわけがない。俺は大蛇だ)

 
「どういう意図で俺に害をなそうとするのだ?
  貴様らの主は誰だ? 答えよ!」

 周囲を取り囲んだ賊は、言葉もなく俺を睨む。
 その後ろから、チェリーナが現れた。


「何故、お前がここに!」

「視察ですって? 騙されるわけがないわ」

「なら、これはどういうことだ!」

「辺境伯家に行ったのでしょう? 嘘までついてね。 私を皇子妃にするつもりがないなら、貴方なんて要らないわ」


 ハッ!

 掛け声とともに賊が斬りかかってきた。

 護衛が応戦するが、数で勝る賊は執拗に俺を狙う。俺は側近達と背中合わせになり剣を奮った。


 「チェリーナ、貴様!」

「国王様に叱られてしまうもの。だからせめて貴方に死んでもらって許してもらうの」


 刺客を送って来た者が分かり、怒りが噴き出す。

 皇族がいなくなれば帝国を我が物に出来ると、勘違いした小国の豚だ。初めから、あの豚王の差し金だろう。なら、次兄を救う方法が見つかったというのも怪しい。


「あの豚め、許さんっ!」

 俺を守る意思を変えない、満身創痍の護衛達。
 俺を庇い斬りつけられた側近達。

 怒りで血が暴走する。
 視界が変わり大蛇になったと分かった。


(報いを受けるがいい!)

 構わず牙を剥き、賊に噛みつき毒で殺していく。
 剣を持てない体は斬りつけられ血に濡れた。


(紫蘭…………)







 (ここは辺境伯の屋敷か)

 微かに聞こえる声にそう判断する。
 血塗れで助けを求めに来た側近に、辺境伯が兵を出してくれたらしい。

(護衛や側近達は無事か? あの女は捕縛したのか?)

 大蛇のまま寝ていたようだ。

(!? 身体が動かない)

血を流し過ぎたせいか、人に戻ることが出来ない。

(皆は生きているのか? 誰か!)

 声の出ない蛇のまま、安否を確かめようと這いずろうとして寝台から落ちてしまう。


「殿下っ!」

 紫蘭が部屋に飛び込んで来た。

 身体の半分が床にずり落ち、傷が開いたせいで血だらけのを、泣きながら抱える。


「殿下、大丈夫です。大丈夫ですから。皆様、大怪我を負ってますが助かります。どうか、おやすみになって?」

(俺の血が。紫蘭やめろ、汚れるぞ)

 必死に俺を寝台に戻し包帯を取り換えている。

(泣くな、紫蘭。 ありがとう)

 皆の安否が分かり、安心したからか、そのまま、紫蘭に身を委ねて眠った。

 意識が戻る度、紫蘭が視界にいた。
 辺りが暗くなっても紫蘭は俺の看病をし、夜も側で寝ているようだ。


(紫蘭……愛している…)



 数日後、視界に兄達がいた。

(兄上、賊はあの国が仕掛けたものです)

 訴えたくても声はない。

「蒼亜、助かって良かった。わかっている。あの国には兵を送ったから、豚はじきに血祭りだ。あの女も捕縛したから安心するがいい」

「だが、蒼亜。お前、人に戻れないのか?」

(はい。血を失い過ぎたようです)
 蛇の首で頷いて兄達を見る。

「毒を使ったのだったな」

(どういうことですか、兄上)

「よく聞け、蒼亜。私達の毒は蛇には効かない。
 だが人には致死毒だ」

「私達は半分が人だ。傷だらけの身体に、お前自身の毒が入ってしまったのだろう、だから人になれぬのだ」

(?! 俺はどうなるのですか?)
 言葉の通じぬ兄に詰め寄る。

(蛇でいなければ、お前は死んでいただろう。
 人の部分が生きているかは、わからん)
 
  蛇の朱華しゅか兄上がつらそうに言う。

(一生、蛇のままかもしれないと?!)

「蛇の身体が癒えるまで、誰にも何もわからない。朱華がそうだったからな。お前も、そうなるかもしれないと覚悟しておけ」

 金色の蛇になる長兄がそう言って、肩に載せた赤い蛇次兄を見た。


(朱華兄上、やっと戻れるとお喜びだったのに…)

 兄達の苦しみを俺は知らない。
 だが、次兄の姿に己を重ねて、おののいた。
 
(一生、俺も………)


 動かさない方がいいと、辺境伯に俺を頼んで兄達は帰っていった。





 冬の終わり、だいぶ傷の癒えた俺は、人になろうと何度も繰り返した。何も思わなくても自在に変われた頃が嘘のように蛇のままだった。

(紫蘭、約束を守れないかもしれない)


 春を迎え、蛇のまま皇都に帰ることになった。

 迎えに来た長兄が、辺境伯に事情を説明し、最悪の場合、紫蘭との婚約が不可能になることを伝えた。

 その場にいた紫蘭は、顔を青ざめさせ俺を見ていた。だが、俺は見返すことが出来ない。


「蒼亜様? なぜですの? 伴侶にしてくださると誓ってくださったではないですか! 蛇のままだとしても蒼亜様は蒼亜様でしょう?」

(紫蘭、すまない)

「蒼亜様、私をおいていくなど嘘ですよね?
お願いします。お側においてください!」

 大蛇にすがる紫蘭を辺境伯がとめる。


(すまない。……すまない、紫蘭、どうか幸せに)



 俺は紫蘭伴侶を諦めた。







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