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蛇好きの女
しおりを挟む(しばらく城にいるのか。仕方ない、辺境は遠いからな)
辺境伯家までは、皇都から2週間もかかり、俺と会うこともままならない。それを憂慮した皇帝が令嬢を皇城で預かることにしたのだ。
(俺は別に会わなくても構わないが、陛下がそういうなら仕方ない。しかし、さすがにこれはどうにかならないか?)
飲みたくもない茶を、婚約者とはいえ、冷えきった女と無言で飲む苦行に、何の得があるのかわからない。
(しかし陛下の命だしな、話でもしてみるか)
「皇城には、たくさんの蛇がいるが平気か?」
「問題ありません」
それきり、口を閉ざす紫蘭嬢に内心呆れた。
(とりつくしまもないとはコイツのことだな)
どうやら辺境伯は、娘に皇族の秘事を伝えていないらしい。
結局、その日の茶席はそれだけで終わった。
(俺は あんな冷たい女と生きていくのか)
虚しくなって、またお気に入りの木の上でとぐろを巻いていた。
「ヨイショッと」
暫くすると、掛け声とともに銀色の頭が見えて、紫蘭が上がって来る。
(二度と来るなと言ったはずだが?)
タシーンッ! タシーンッ!
「ごめんなさい。来るなと言われましたけど、他に隠れられるところを知らなくて」
(俺の安息場所に何でお前を!)
タシーンッ! タシーンッ!
「お願いします、ここにいさせてください。皇子妃教育なんて受けたくないの。すぐに破談にするつもりだもの」
(何を言ってるんだ? 皇子の俺でさえ、陛下の命に逆らえないのに、どうやって破談にする気だ?)
「私ね、蒼亜皇子となんて結婚したくない」
(やはりな。そうだろうとも)
冷えていく胸にさらに虚しくなった。
「皇城には、あの蛇がいると思ったから来ただけなのに」
(あの蛇?)
俺の言葉が通じているわけもないのに、紫蘭嬢が勝手に話し出す。
「私ね、昔、森で迷子になったことがあるの。暗くて怖くて堪らなかったわ。泣いていたら、大きな蛇が出てきて私の顔を舐めたの。怖くてびっくりしてたら、優しく巻き付いて慰めてくれたのよ。そのあと道案内もしてくれて」
(道案内する蛇? ちょっと待て)
「帰ったら、陛下が来てるのにって叱られたわ」
(そうだ、きっとそうだ)
「その蛇は、すぐにいなくなっちゃったけど、白くて、大きな蛇だったわ」
(やっぱり! 前皇帝陛下だ!)
「陛下の蛇だったというから、もしかしたら会えるかもって、お城に来たのに」
(すまない。爺さんは大分前に死んだんだ)
「あんまり、私がその蛇のことを聞くもんだから、お父様に、それなら皇城に嫁に行けって言われて来たの。あの蛇が特別なだけで、別に蛇が好きなわけでもないのに」
(ああ、紫蘭もあの噂を信じているのか)
「でもあなた、同じくらい大きいのね。あの白い蛇に会えなかったのは寂しいけど、あなたに会えて嬉しいわ」
(!!)
「さてと、あの蛇がいないなら皇城にいる意味はないわ、蒼亜皇子にも嫌われてるみたいだし。どうやって破談にしようかしら。もっと嫌われればいいのかしらね?」
タシーンッ タシーンッ
無意識に抗議していた。
「どういう意味かしら?」
俺にもなぜ抗議してしまったのかわからない。
しばらくして、紫蘭はありがとうと言って下りていった。
考えてみれば、彼女は始めから俺を怖がっていなかった。それどころか、話しかけて相談までしてきた。
しかも、皇城まで来たのも大蛇に会いたいがためだと言っていた。
人の姿で会っている時の彼女ではなく、先ほどの彼女が本来なのだろう。
(彼女は大蛇に会いに来た)
ずっとそのことが頭から離れなかった。
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