上 下
2 / 13

蛇好きの女

しおりを挟む
 

(しばらく城にいるのか。仕方ない、辺境は遠いからな)

 辺境伯家までは、皇都から2週間もかかり、俺と会うこともままならない。それを憂慮した皇帝が令嬢を皇城で預かることにしたのだ。

(俺は別に会わなくても構わないが、陛下がそういうなら仕方ない。しかし、さすがにこれはどうにかならないか?)

 飲みたくもない茶を、婚約者とはいえ、冷えきった女と無言で飲む苦行に、何の得があるのかわからない。


(しかし陛下の命だしな、話でもしてみるか)

「皇城には、たくさんの蛇がいるが平気か?」 

「問題ありません」

 それきり、口を閉ざす紫蘭嬢に内心呆れた。

(とりつくしまもないとはコイツのことだな)

 どうやら辺境伯は、娘に皇族の秘事を伝えていないらしい。

 結局、その日の茶席はそれだけで終わった。




(俺は あんな冷たい女と生きていくのか)

 虚しくなって、またお気に入りの木の上でとぐろを巻いていた。


「ヨイショッと」

 暫くすると、掛け声とともに銀色の頭が見えて、紫蘭が上がって来る。


(二度と来るなと言ったはずだが?)

 タシーンッ! タシーンッ!


「ごめんなさい。来るなと言われましたけど、他に隠れられるところを知らなくて」


(俺の安息場所に何でお前を!)

 タシーンッ! タシーンッ!


「お願いします、ここにいさせてください。皇子妃教育なんて受けたくないの。すぐに破談にするつもりだもの」

(何を言ってるんだ? 皇子の俺でさえ、陛下の命に逆らえないのに、どうやって破談にする気だ?)


「私ね、蒼亜皇子となんて結婚したくない」


(やはりな。そうだろうとも)

 冷えていく胸にさらに虚しくなった。


「皇城には、あの蛇がいると思ったから来ただけなのに」


(あの蛇?)

 俺の言葉が通じているわけもないのに、紫蘭嬢が勝手に話し出す。

「私ね、昔、森で迷子になったことがあるの。暗くて怖くて堪らなかったわ。泣いていたら、大きな蛇が出てきて私の顔を舐めたの。怖くてびっくりしてたら、優しく巻き付いて慰めてくれたのよ。そのあと道案内もしてくれて」


(道案内する蛇? ちょっと待て)


「帰ったら、陛下が来てるのにって叱られたわ」


(そうだ、きっとそうだ)


「その蛇は、すぐにいなくなっちゃったけど、白くて、大きな蛇だったわ」


(やっぱり! 前皇帝陛下じいさんだ!)


「陛下の蛇だったというから、もしかしたら会えるかもって、お城に来たのに」


(すまない。爺さんは大分前に死んだんだ)


「あんまり、私がその蛇のことを聞くもんだから、お父様に、それなら皇城に嫁に行けって言われて来たの。あの蛇が特別なだけで、別に蛇が好きなわけでもないのに」


(ああ、紫蘭もあの噂を信じているのか)


「でもあなた、同じくらい大きいのね。あの白い蛇に会えなかったのは寂しいけど、あなたに会えて嬉しいわ」


(!!)


「さてと、あの蛇がいないなら皇城にいる意味はないわ、蒼亜皇子にも嫌われてるみたいだし。どうやって破談にしようかしら。もっと嫌われればいいのかしらね?」


 タシーンッ タシーンッ

 無意識に抗議していた。


「どういう意味かしら?」

 俺にもなぜ抗議してしまったのかわからない。

 しばらくして、紫蘭はありがとうと言って下りていった。

 考えてみれば、彼女は始めから俺を怖がっていなかった。それどころか、話しかけて相談までしてきた。

 しかも、皇城まで来たのも大蛇に会いたいがためだと言っていた。

 人の姿で会っている時の彼女ではなく、先ほどの彼女が本来なのだろう。
 

(彼女は会いに来た)

 ずっとそのことが頭から離れなかった。





しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【修正版】可愛いあの子は。

ましろ
恋愛
本当に好きだった。貴方に相応しい令嬢になる為にずっと努力してきたのにっ…! 第三王子であるディーン様とは政略的な婚約だったけれど、穏やかに少しずつ思いを重ねて来たつもりでした。 一人の転入生の存在がすべてを変えていくとは思わなかったのです…。 ✻こちらは以前投稿していたものの修正版です。 途中から展開が変わっています。

Shadow★Man~変態イケメン御曹司に溺愛(ストーカー)されました~

美保馨
恋愛
ある日突然、澪は金持ちの美男子・藤堂千鶴に見染められる。しかしこの男は変態で異常なストーカーであった。澪はド変態イケメン金持ち千鶴に翻弄される日々を送る。『誰か平凡な日々を私に返して頂戴!』 ★変態美男子の『千鶴』と  バイオレンスな『澪』が送る  愛と笑いの物語!  ドタバタラブ?コメディー  ギャグ50%シリアス50%の比率  でお送り致します。 ※他社サイトで2007年に執筆開始いたしました。 ※感想をくださったら、飛び跳ねて喜び感涙いたします。 ※2007年当時に執筆した作品かつ著者が10代の頃に執筆した物のため、黒歴史感満載です。 改行等の修正は施しましたが、内容自体に手を加えていません。 2007年12月16日 執筆開始 2015年12月9日 復活(後にすぐまた休止) 2022年6月28日 アルファポリス様にて転用 ※実は別名義で「雪村 里帆」としてドギツイ裏有の小説をアルファポリス様で執筆しております。 現在の私の活動はこちらでご覧ください(閲覧注意ですw)。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

その花だれの?龍のもの

ゆるゆる堂
恋愛
※別サイトにも投稿しています。 龍の嫁になれと言われて厳しい修行をしていた少女実花は、ある日突然「花の乙女が見つかったから、お前は嫁の資格がなくなる」と言われる。 そして、それを内緒で会っていた龍神に愚痴るもスルーされ、やってきた花の乙女は美少女で「龍神」とすでに恋仲だという。 ふざけんな!と実花は花の乙女を連れて龍神に文句を言いに行くが…。 10000字くらいの短編です。 かるーく読んでください。 ざまあはありません。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 これも全ては読んで下さる皆様のおかげです✨ 〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られ……。 💟不遇の王妃アリーヤの幸せへの物語。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

処理中です...