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俺の婚約者は変な女
しおりを挟む「蒼亜殿下ぁ」
下から側近の声がする。
(うるさいな)
皇城庭園にある、この広葉樹は横に枝分かれしていて、とぐろを巻くのに丁度いい。
良すぎて、しょっちゅう此処にいるせいで、すぐに見つかってしまう。
「やっぱり、こちらにいらっしゃった」
ずるずると木を伝い降りると、3人の側近が上着の袖を捲って待っている。
側近達は俺を運ぶせいで筋肉達磨になりつつある。
それは──── 俺が大蛇だからだ。
帝国皇室の男子は全員、蛇の姿をあわせ持つ。
これは帝国皇室と高位貴族の秘事だ。
兄達も弟も、とても美しい蛇になる。
他の兄弟3人は、女性も運べる大きさの蛇にしかならないというのに、俺だけが大蛇になる。それも、男が3人がかりで漸く運べる大きさの。
つまり、大きすぎて蛇になっても隠れる場所が少ない。
簡単に見つかるから、すぐに何かと呼びつけられる。
「さ、殿下。お急ぎください」
(ああ、短い休憩だったな)
側近達に巻きつきながら、人には聞こえぬ愚痴をこぼした。
皇城にいる蛇は、表向きは皇族男性達から妃らに贈られたペットだということになっている。
だが、事実は違う。庭園にいる蛇はみな、彼女らの夫か父か息子か弟か孫、つまり俺達なのだ。
しかし、皇族男子が蛇だと公表するわけにもいかない為、皇族女性に『蛇好きの変わり者』になってもらうしかなかった。
いつしか、『蛇好きでなければ帝国皇族には嫁げない』というそんな噂が定着してしまった。
今では、帝国内だけでなく、近隣諸国にまで、帝国皇族女性や皇室に嫁いだ女性は、蛇が大好きな稀有な者ばかりで、蛇をペットにする我が儘を許されていると思われている。
その結果、本来なら群がる女性に悩まされるはずの皇族の男子は、要らぬ女性問題に悩む必要がない代りに、要る女性問題に代々悩まされることになった。俺達兄弟のように。
俺も幼い頃は、父のように蛇でも人でも、変わらずに愛してくれる女性が見つけられると信じていた。
だが、現実はあまりにも厳しかった。
だって、そうだろう?
蛇を好きな女性は非常に少ない。
もっといえば、蛇に姿を変える男を愛してくれる女性など、そうそういるわけがない。
10歳になる頃には、伴侶を諦めようと思うようになっていた。
(緑華が幸せそうで良かった)
第4皇子は、可愛いやつだ。
俺の大蛇姿を絶賛し憧れだと言ってくれる。
その弟が、この度めでたく婚約した。
相手は、俺の幼馴染みの公爵令嬢。
以前、碧色の美しい蛇になる弟でも、蛇ということで酷くつらい恋をした。その時の弟は哀れなほどに落ち込んでいた。
その後、弟が蛇になるとを知っても動じなかった幼馴染みは、弟の失恋の痛みを癒し相思相愛の仲になった。
(緑華だけでも妃が見つかって良かった。そうそう奇跡なんて起こるわけがないしな)
今は幸せな弟も、失恋に苦悩したのだから、青色の大蛇になる俺が相愛の相手を見つけるなど、奇跡が起こらない限り無理な話だ。
(生涯、伴侶がいないのはオレだけか)
ちょっといいなと思っていた幼馴染みは弟の妃になる。未練はないが虚しい。
寂しさと虚しさに潰れそうになると、大蛇になって木の上で過ごす。
今もそのつもりでやって来た。
(何だこれ?!)
お気に入りの広葉樹の枝の間で、女が眠っている。銀色の長い髪に身体を覆わせて眠りこけているのだ。皇城の木の上で。
(城の人間ではないな。客か?
どちらにしろ、まともじゃないな)
その不審女性を起こすべく、尾を枝に叩きつけた。
タシーンッ 「キャァ……」
その音に飛び起きた女は、俺を視界に入れるなり紫の目を見開いて叫ぼうとし、慌てて自分の口を塞いだ。
「……あの、ここは貴方の場所ですか?」
(この女、頭は大丈夫か? 蛇に聞くのか?)
タシーンッ
一応、尾で枝を叩いて答える。
「ああ、そうなのですね。申し訳ありません、ちょっと父から逃げておりましたので」
タシーンッ
「すぐに降りますね」
タシーンッ
「あの、また逃げて来ても構いませんか?」
タシーンッ タシーンッ
「ダメですか。でも、皇城の蛇には言葉が通じるというのは本当だったんですね。さっきは驚いてごめんなさい」
そう言って、女はするすると器用に降りていった。見たところ、貴族の令嬢のようなのに、ずいぶん木登りに慣れているようだ。
(変な女)
すぐに女のことなど頭から追いやって、いい感じのとぐろの巻き方に夢中になった。
「蒼亜殿下ぁ」
また側近が呼びに来た。
(せっかく、いい感じに巻けたとこなのに)
蛇の頭だけ覗かせて、用件を催促する。
「蒼亜殿下、陛下がお呼びです」
(ちっ)
仕方なく休憩を諦めて木を下りた。
「蒼亜、お前に縁談だ」
「?!」
(何を言ってるんだ、この皇帝)
人型に戻って皇帝の執務室に入ると、皇帝がいきなり縁談を押し付けてきた。
「銀嶺辺境伯は久しぶりだろう」
辺境伯に一礼する。
銀嶺辺境伯は国境を守る大貴族だ。
皇子といえど、礼を欠いてはならない。
「辺境伯から良いお話を貰ってな。ご息女をお前の妃にと言ってくれたのだ、良い話であろう? そして、お前の後ろにいるのが、ご息女の紫蘭令嬢だ。挨拶するがいい」
驚いて振り向くと、あの変な女がいた。
「お初にお目にかかります。銀嶺辺境伯が
息女、紫蘭にございます」
変な女は冷たい瞳で俺を見据え、名乗った。
「第3皇子の蒼亜だ」
(木の上で会った女だよな?)
「私に何か?」
俺の視線に、紫蘭は冷たく言い放った。
「蒼亜、この縁談は私の命だ、破談は許さん」
父としてではなく、皇帝としての命に逆らうほど、俺は子どもではない。辺境伯との繋がりは頑強なものでなければならない。そういうことだろう。
(どのみち、あの姿が俺だと知れば同じだ)
紫蘭の冷たい態度を諦めながら、俺は黙って頭を下げた。
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