上 下
3 / 4

微かな記憶

しおりを挟む

はあ・・・、ため息しか出てきませんよ。
女性とはいえ、魔族・・・魔人を相手にするのだからこの憂鬱は当然です!
なんて言い訳していても仕方ないです。
アイリッシュ様のためにも、明日は最高のものをお出ししましょう・・・、しまった!苦手なものとか聞いておけばよかったです。

仕方ない、気分転換を兼ねて食材を探しに行きましょう。
肉は平気なのかな・・・、サラダはどうしよう・・・、パンは食べるよね・・・。

そうだ!前から考えていたパスタにしよう。
何種類か大皿に盛って、好きなものを食べていただけばいいじゃない。
パンも何種類か用意して、ガーリックトーストとかもいいわね。ピーナッツクリームもパンに合いそうだし・・・

「だからって、この量を女性2人で食べられると思う?」

「すみません・・・」

「まあまあ、アイリッシュ落ち着いて。食べきれない分は後から来る兄さまに任せればいいわ」

「えっ、魔王様来るんですか?」

「ごめん、サキ。急に決まっちゃったのよ。
今日は空いていたらしく」

「はあ・・・」

「ともかく、いただきましょう。
ねえ、このヒモみたいなのはなに?」

「パスタです。
小麦を粉にして練って伸ばしたものです。
トマトのパスタと、卵と生クリームとベーコンを使ったクリームパスタ。それと、キノコと一緒にソテーしたパスタを用意しました。
そちらのものは、パスタの生地とひき肉を重ね合わせてチーズを乗せて焼いたラザニアです。
どれもお口に合わなければ、パンも用意しました。ガーリックトーストとピーナッツクリームサンドです。
お肉は、イノシシの生姜焼きと、クマ肉の塩釜焼。それとベーコンの炭火焼きです。
クマ肉は生のように見えますが、ちゃんと火が通っていますのでご安心ください。
サラダは、トマトの冷製とハーブの若葉の二種類を用意いたしました。
こちらのマヨネーズかオリーブオイルを使ったドレッシングでお楽しみください。」

「アイリッシュ、私クリームパスタがお気に入りになったわ。
ラザニアとガーリックトーストはお兄さま好みよ。
クマ肉も下処理がしっかりしているわね。臭みがないのに柔らかいわ。
ああ、トマトにオリーブオイルがあうわね。入っているのは刻んだバジルかしら・・・」

「マーサ落ち着いて、そんなに食べたらデザートが入らなくなるわよ」

「私、とても幸せだわ。
お兄さまが人間との共存を言い出した時は正気を疑ったけど、このお料理だけでも交流して良かったと思えるほどよ。
それに、デザートは別腹よね」

「クスッ。サキ、マーサは人間との交流に反対だったのよ。
だから、行くたびにあなたの料理を自慢してやったの。
魔族の世界では絶対に味わえないあなたのお料理をね。
言葉だけじゃあ真実味がないから、この間作ってもらったお弁当を食べさせてあげたの。
そしたら、急に人間の世界に行きたいって言いだして、みんな大笑いしたのよ」

「何とでも言いなさい。食べたもん勝ちよ。
出遅れてたまるもんですか!」

しばらく歓談した後で、デザートをお出しした。
10種類のプチケーキだ。
イチゴショートやプリン、メロンのムースにシュークリーム。
ミニサイズで一通り用意してある。

「ああ、どれも一口で消えてしまうのね・・・幸せってこの瞬間をいうのね。
決めたわ、サキさんを私のお嫁さんにする!」

「マーサ・・・何言ってるのよ」

「あら、魔族は同性婚を認めているのよ」

「嘘よ、魔族の法律は一通りチェックしたわ。
多夫一妻も同性婚も認められていないのよ」

「チッ・・・」

「遅くなった」言葉とともに食堂のドアが開いた。

「あっ、お兄さま。・・・そうだ!お兄さま、サキさんと結婚してください。
政策的にも大歓迎ですわ」

「お前は、突然何を言い出すんだか。
やあ、アイリッシュ、遅くなって申し訳ない」

「いえいえ、こんなところまでご足労いただき・・・」

「あっ・・・、そんな・・・」

「サキ、どうしたの?顔が真っ青よ」

体がどうしようもなく震えてきます・・・
間違いない、両親の仇だ・・・

膝がガクガク震え、立っていられなくなりました。

「りょ、両親の、敵・・・」

「「えっ?」」

「俺の顔を・・・覚えていたのか・・・」

「「えっ!」」

「わ、忘れる・・・忘れられるわけがない!」

「・・・そうか・・・」

『包丁召喚!』

震える両手で包丁を握り、魔王に向けます。

「だが、今この命をお前にやる訳にはいかぬ。
一年、いや半年待て、人間との和平が成立するまで・・・」

「何を・・・勝手な・・・」

「ああ、これでも魔王だからな。
俺は我が道をいくだけだ」

「半年待てば・・・」

「ああ、俺の命をお前の手に委ねよう。
魔王の証文だ」

魔王は空間に指を這わせ、パチンと指を鳴らして一枚の紙を出現させた。

「約束を違えれば俺は灰になる。この証文を持っていろ」

「魔王!」「お兄さま!」

魔王はもう一度指を鳴らした。

「俺とお前以外の今の記憶を消した。
さあ、食事をさせてくれ」

「・・・はい」

何とか立ち上がり、料理を温めなおす。

「ぬおーっ!生姜焼きをガーリックトーストに乗せて食うと絶品だな!
かぁ、クマ肉。お前旨すぎるぞ!
キノコのパスタだと・・・、明日魔界のキノコで試してみようぞ!」

「お兄さま、お料理は逃げませんわよ」

「マーサ、あなたのセリフとは思えませんね。
私の眼には、ああ兄妹だなとしか映らないわ」

あとのことはスタッフに任せて部屋に戻りました。
お父さま、お母さま・・・、そのまま泣きつかれて眠ってしまったようです。


翌朝、老夫婦が部屋に来ました。

「サキ、お客様は・・・魔王様は帰られました」

「・・・はい」

「今まで騙していてすまない」

「えっ?」

「私たちは、64代魔王ストーグ様の配下なのだよ」

「配下?」

「10年前、ストーグ様は魔王の後継者争いのさ中にいた。
あの日、奇襲を受けたときに、君のご両親を巻き込んでしまったのは事実だ。
私たちも、あの場所にいたんだよ」

老夫婦は深々と頭を下げた。

「謝罪のしようもない。
魔王様は、せめてと私たちに命じて君を探し出し、そしてこの宿屋を手に入れて君を引き取った」

「魔王が・・・引き取ってくれた?」

「あの時、私たちは追われていた。君を連れていくことができなかったんだ。
だから、近くの民家に君を預け、落ち着いたら迎えに来るからと金銭を渡したのだが、反対派を粛正して魔王に就任するまで時間がかかってしまい、君は施設に送られた」

「あっ・・・」記憶がよみがえってきました。
きっと迎えにくるからと・・・握ってくれた手は父のものではなかった。
魔王の顔をはっきりと覚えているのは、襲われた時の顔ではなかったんだと。
約束を守ってくれなかったから・・・だからこんなに恨んでいるんだと・・・気が付きました。

「だからって、十年もほっぽっておくなんて・・・」

「何度も変身して来てくれていたんだよ。君の様子を見にね」

だから、昨日私のことを、何も言わなかったのに分かっていたんだ・・・


それから半年、魔王は何度もやってきた。
時にはマーサさんと一緒だったり、アイリッシュ様と一緒に。
そして、図々しくリクエストしてくる。
今日はガーリックトーストだとか、パスタをスープに入れろとか。

スープは塩味にして、イノシシの角煮を乗せろとかうるさく言ってくる。
それに合わせて麺も変化していき、いつしかラーメンという独立した料理になった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

捨てられた彼女は敏腕弁護士に甘く包囲される

あさの紅茶
恋愛
老舗のカフェを引き継いだ莉子。 一緒に頑張りたいと言った同級生の雄一。 それなのに、雄一のモラハラと、まさかの裏切り―― 「うち、来ますか?」 救ってくれたのはカフェの常連客である弁護士の石井穂高。 甘くて優しい言葉が、傷心の莉子を癒していく―― 佐倉莉子(28) × 石井穂高(31) ***** このお話は他のサイトにも掲載しています。

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

【完結】君の世界に僕はいない…

春野オカリナ
恋愛
 アウトゥーラは、「永遠の楽園」と呼ばれる修道院で、ある薬を飲んだ。  それを飲むと心の苦しみから解き放たれると言われる秘薬──。  薬の名は……。  『忘却の滴』  一週間後、目覚めたアウトゥーラにはある変化が現れた。  それは、自分を苦しめた人物の存在を全て消し去っていたのだ。  父親、継母、異母妹そして婚約者の存在さえも……。  彼女の目には彼らが映らない。声も聞こえない。存在さえもきれいさっぱりと忘れられていた。

前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に二週目の人生を頑張ります

京衛武百十
ファンタジー
俺の名前は阿久津安斗仁王(あくつあんとにお)。いわゆるキラキラした名前のおかげで散々苦労もしたが、それでも人並みに幸せな家庭を築こうと仕事に精を出して精を出して精を出して頑張ってまあそんなに経済的に困るようなことはなかったはずだった。なのに、女房も娘も俺のことなんかちっとも敬ってくれなくて、俺が出張中に娘は結婚式を上げるわ、定年を迎えたら離婚を切り出されれるわで、一人寂しく老後を過ごし、2086年4月、俺は施設で職員だけに看取られながら人生を終えた。本当に空しい人生だった。 なのに俺は、気付いたら五歳の子供になっていた。いや、正確に言うと、五歳の時に危うく死に掛けて、その弾みで思い出したんだ。<前世の記憶>ってやつを。 今世の名前も<アントニオ>だったものの、幸い、そこは中世ヨーロッパ風の世界だったこともあって、アントニオという名もそんなに突拍子もないものじゃなかったことで、俺は今度こそ<普通の幸せ>を掴もうと心に決めたんだ。 しかし、二週目の人生も取り敢えず平穏無事に二十歳になるまで過ごせたものの、何の因果か俺の暮らしていた村が戦争に巻き込まれて家族とは離れ離れ。俺は難民として流浪の身に。しかも、俺と同じ難民として戦火を逃れてきた八歳の女の子<リーネ>と行動を共にすることに。 今世では結婚はまだだったものの、一応、前世では結婚もして子供もいたから何とかなるかと思ったら、俺は育児を女房に任せっきりでほとんど何も知らなかったことに愕然とする。 とは言え、前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に、何とかしようと思ったのだった。

公爵令嬢は逃げ出すことにした【完結済】

佐原香奈
恋愛
公爵家の跡取りとして厳しい教育を受けるエリー。 異母妹のアリーはエリーとは逆に甘やかされて育てられていた。 幼い頃からの婚約者であるヘンリーはアリーに惚れている。 その事実を1番隣でいつも見ていた。 一度目の人生と同じ光景をまた繰り返す。 25歳の冬、たった1人で終わらせた人生の繰り返しに嫌気がさし、エリーは逃げ出すことにした。 これからもずっと続く苦痛を知っているのに、耐えることはできなかった。 何も持たず公爵家の門をくぐるエリーが向かった先にいたのは… 完結済ですが、気が向いた時に話を追加しています。

処理中です...