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微かな記憶
しおりを挟むはあ・・・、ため息しか出てきませんよ。
女性とはいえ、魔族・・・魔人を相手にするのだからこの憂鬱は当然です!
なんて言い訳していても仕方ないです。
アイリッシュ様のためにも、明日は最高のものをお出ししましょう・・・、しまった!苦手なものとか聞いておけばよかったです。
仕方ない、気分転換を兼ねて食材を探しに行きましょう。
肉は平気なのかな・・・、サラダはどうしよう・・・、パンは食べるよね・・・。
そうだ!前から考えていたパスタにしよう。
何種類か大皿に盛って、好きなものを食べていただけばいいじゃない。
パンも何種類か用意して、ガーリックトーストとかもいいわね。ピーナッツクリームもパンに合いそうだし・・・
「だからって、この量を女性2人で食べられると思う?」
「すみません・・・」
「まあまあ、アイリッシュ落ち着いて。食べきれない分は後から来る兄さまに任せればいいわ」
「えっ、魔王様来るんですか?」
「ごめん、サキ。急に決まっちゃったのよ。
今日は空いていたらしく」
「はあ・・・」
「ともかく、いただきましょう。
ねえ、このヒモみたいなのはなに?」
「パスタです。
小麦を粉にして練って伸ばしたものです。
トマトのパスタと、卵と生クリームとベーコンを使ったクリームパスタ。それと、キノコと一緒にソテーしたパスタを用意しました。
そちらのものは、パスタの生地とひき肉を重ね合わせてチーズを乗せて焼いたラザニアです。
どれもお口に合わなければ、パンも用意しました。ガーリックトーストとピーナッツクリームサンドです。
お肉は、イノシシの生姜焼きと、クマ肉の塩釜焼。それとベーコンの炭火焼きです。
クマ肉は生のように見えますが、ちゃんと火が通っていますのでご安心ください。
サラダは、トマトの冷製とハーブの若葉の二種類を用意いたしました。
こちらのマヨネーズかオリーブオイルを使ったドレッシングでお楽しみください。」
「アイリッシュ、私クリームパスタがお気に入りになったわ。
ラザニアとガーリックトーストはお兄さま好みよ。
クマ肉も下処理がしっかりしているわね。臭みがないのに柔らかいわ。
ああ、トマトにオリーブオイルがあうわね。入っているのは刻んだバジルかしら・・・」
「マーサ落ち着いて、そんなに食べたらデザートが入らなくなるわよ」
「私、とても幸せだわ。
お兄さまが人間との共存を言い出した時は正気を疑ったけど、このお料理だけでも交流して良かったと思えるほどよ。
それに、デザートは別腹よね」
「クスッ。サキ、マーサは人間との交流に反対だったのよ。
だから、行くたびにあなたの料理を自慢してやったの。
魔族の世界では絶対に味わえないあなたのお料理をね。
言葉だけじゃあ真実味がないから、この間作ってもらったお弁当を食べさせてあげたの。
そしたら、急に人間の世界に行きたいって言いだして、みんな大笑いしたのよ」
「何とでも言いなさい。食べたもん勝ちよ。
出遅れてたまるもんですか!」
しばらく歓談した後で、デザートをお出しした。
10種類のプチケーキだ。
イチゴショートやプリン、メロンのムースにシュークリーム。
ミニサイズで一通り用意してある。
「ああ、どれも一口で消えてしまうのね・・・幸せってこの瞬間をいうのね。
決めたわ、サキさんを私のお嫁さんにする!」
「マーサ・・・何言ってるのよ」
「あら、魔族は同性婚を認めているのよ」
「嘘よ、魔族の法律は一通りチェックしたわ。
多夫一妻も同性婚も認められていないのよ」
「チッ・・・」
「遅くなった」言葉とともに食堂のドアが開いた。
「あっ、お兄さま。・・・そうだ!お兄さま、サキさんと結婚してください。
政策的にも大歓迎ですわ」
「お前は、突然何を言い出すんだか。
やあ、アイリッシュ、遅くなって申し訳ない」
「いえいえ、こんなところまでご足労いただき・・・」
「あっ・・・、そんな・・・」
「サキ、どうしたの?顔が真っ青よ」
体がどうしようもなく震えてきます・・・
間違いない、両親の仇だ・・・
膝がガクガク震え、立っていられなくなりました。
「りょ、両親の、敵・・・」
「「えっ?」」
「俺の顔を・・・覚えていたのか・・・」
「「えっ!」」
「わ、忘れる・・・忘れられるわけがない!」
「・・・そうか・・・」
『包丁召喚!』
震える両手で包丁を握り、魔王に向けます。
「だが、今この命をお前にやる訳にはいかぬ。
一年、いや半年待て、人間との和平が成立するまで・・・」
「何を・・・勝手な・・・」
「ああ、これでも魔王だからな。
俺は我が道をいくだけだ」
「半年待てば・・・」
「ああ、俺の命をお前の手に委ねよう。
魔王の証文だ」
魔王は空間に指を這わせ、パチンと指を鳴らして一枚の紙を出現させた。
「約束を違えれば俺は灰になる。この証文を持っていろ」
「魔王!」「お兄さま!」
魔王はもう一度指を鳴らした。
「俺とお前以外の今の記憶を消した。
さあ、食事をさせてくれ」
「・・・はい」
何とか立ち上がり、料理を温めなおす。
「ぬおーっ!生姜焼きをガーリックトーストに乗せて食うと絶品だな!
かぁ、クマ肉。お前旨すぎるぞ!
キノコのパスタだと・・・、明日魔界のキノコで試してみようぞ!」
「お兄さま、お料理は逃げませんわよ」
「マーサ、あなたのセリフとは思えませんね。
私の眼には、ああ兄妹だなとしか映らないわ」
あとのことはスタッフに任せて部屋に戻りました。
お父さま、お母さま・・・、そのまま泣きつかれて眠ってしまったようです。
翌朝、老夫婦が部屋に来ました。
「サキ、お客様は・・・魔王様は帰られました」
「・・・はい」
「今まで騙していてすまない」
「えっ?」
「私たちは、64代魔王ストーグ様の配下なのだよ」
「配下?」
「10年前、ストーグ様は魔王の後継者争いのさ中にいた。
あの日、奇襲を受けたときに、君のご両親を巻き込んでしまったのは事実だ。
私たちも、あの場所にいたんだよ」
老夫婦は深々と頭を下げた。
「謝罪のしようもない。
魔王様は、せめてと私たちに命じて君を探し出し、そしてこの宿屋を手に入れて君を引き取った」
「魔王が・・・引き取ってくれた?」
「あの時、私たちは追われていた。君を連れていくことができなかったんだ。
だから、近くの民家に君を預け、落ち着いたら迎えに来るからと金銭を渡したのだが、反対派を粛正して魔王に就任するまで時間がかかってしまい、君は施設に送られた」
「あっ・・・」記憶がよみがえってきました。
きっと迎えにくるからと・・・握ってくれた手は父のものではなかった。
魔王の顔をはっきりと覚えているのは、襲われた時の顔ではなかったんだと。
約束を守ってくれなかったから・・・だからこんなに恨んでいるんだと・・・気が付きました。
「だからって、十年もほっぽっておくなんて・・・」
「何度も変身して来てくれていたんだよ。君の様子を見にね」
だから、昨日私のことを、何も言わなかったのに分かっていたんだ・・・
それから半年、魔王は何度もやってきた。
時にはマーサさんと一緒だったり、アイリッシュ様と一緒に。
そして、図々しくリクエストしてくる。
今日はガーリックトーストだとか、パスタをスープに入れろとか。
スープは塩味にして、イノシシの角煮を乗せろとかうるさく言ってくる。
それに合わせて麺も変化していき、いつしかラーメンという独立した料理になった。
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