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第三章

第13話 木霊

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「おかえり~。」
 遠くから俺たちを見つけたカナが大きく手を振って迎えてくれる。
「おかえり……か、なんかいいもんだな。」
「ホントの自分ちみたいっす。」
「ミコトにとっては、愛する妻の待つ家だもんね。」
「そ、そんなんじゃないっすよ。」
 耳まで真っ赤だった。俺は早速トラさんに報告する。
「モリ頭5本とナタ3丁、期限は次の新月までです。交換品は塩5壺です。」
「おお、これからは塩を心置きなく使えるな。」
「それと、俺たちは少ししたら神山に向かいます。」
「神山だと!どうやっていくつもりだ。」
「木霊が案内してくれるそうです。」
「ま、まさか木霊(こだま)が見えるのか!」
「いえ、俺達には無理ですが、ハクには見えるようです。」
「ただのオオカミではないと思っていたが、木霊が見えるとはな。」
「木霊のことを知っているのですか?」
「わしが見たわけではないが、そうだな、100人に一人くらいの割でカンのよい子が生まれてくることがあるそうだ。」
「100人に一人ですか。」
 これって多いのか少ないのか……。現代であれば3クラスに一人は存在することになる。
「カナも小さい頃は見えていたようなんだ。」
「えっ、カナもそうだったんですか!」
「ああ。ひとりごとみたいにブツブツつぶやいていたり、突然何もないところに手を振ったりしてみんなから気味悪がれていたんだよ。大きくなるにつれてそういうのはなくなったんだけどな。」
「それ、分かります。」
「お前もそうだったのか?」
「精霊じゃないんですけど、似たような状況でしたね。他の人に見えていないものが見えるって、結構辛いものがあるんですよ。」
 俺の場合は、時々1秒くらい先のことが見えたことだ。二重になった画像といえば分かるだろうか、それが当たり前のことじゃないと理解できたのは小学校に入ってからだった。例えば転ぶ未来を持っている人の手を突然掴めば、掴まれた方は気味悪いよな。俺は家を出てカナの姿を探した。カナはハクを従えて林の中の木の根元を掘っていた。そういえば、1週間くらい前からカナの隈取が一本増えている。目から顎への線に加えて、鼻の筋に2cm程の線が追加されている。
「カナ、鼻の線は何の意味があるんだ?」
「えっ……」
 カナは左手で鼻の頭を覆った。
「へ、変ですか?」
「いや、可愛いけど、何か意味があるんだろ?」
「……か、風邪をひかないための……おまじないです。」
 目が泳いでいる。
「ホントは?」
「……内緒です。乙女には秘密があるんです。」
 俺はカマをかけた。
「木霊に教えてもらったのか?」
 カナの目に恐怖の色が浮かんだ。
「そ、そんな……」
「警戒しなくてもいい。ハクにも木霊が見えているらしいんだ。」
「……知ってます。ハクが来てから……」
「何かあったのか?」
「……木霊が何を言ってるのかわかるように……なってきました。」
「それで?」
「探している薬草の場所を教えてくれたり、その、マガが来た時も……教えてくれました。」
 それからは堰を切ったように色々と話してくれた。人に話すことのできない辛さはよくわかっている。カナはこれまで辛かったんだと俺の胸でひとしきり泣いた。
「そういえば、マガの問題が解決してなかったな。」
「どうにか……できるんですか?」
「ああ、二つばかり案があるんだ。」
 翌朝、俺はハクを伴い学校に向かった。目的は食堂にあるアルミ箔だ。食堂で物色中に思いついたアルミのボウルとラップもリュックに詰める。
「そういえば、薬の調合にすり鉢とすりこぎ、茶こしも使えるな。おっ、救急箱もあるじゃないか。急須にプラの湯呑、キッチンペーパーも使えそうだな。」
 さすがにリュックがパンパンになってしまったが、カナの喜ぶ顔が見れそうだ。1時間ほど食堂を漁って里に戻った。

「何ですかこれ?」
「すり鉢といってね、例えば根を粉にしたいときにこのすりこぎで潰してゴリゴリと削るものなんだ。」
「これは?」
「急須といって、薬草を煎じる時に葉っぱをこの中に入れてお湯を注ぐ。葉っぱはこの穴から出ないから汁だけこっちから出てくるんだ。」
「こっちの茶こしの方が細かい網になってるので使えそうですよね。違いは何ですか?」
「長い時間かけて煎じる時には急須の方が便利だろ。」
「そうなんですか……」
 カナはあまり喜こんでくれなかった。そうと察したのか、体温計とピンセットは喜んでいる素振りを見せたが、どうなんだろう。
「よし、次だ。粘土を掘りに行くぞ。」
「何するんですか?」
「マガを撃退する武器を作るんだ。」
 俺は粘土を掘り出し、練ってボウルの外側に貼り付けていく。
「それが武器?」
「まあ見てろって。」
 形を作って外の炉で焼き乾燥させていく。次は鍛冶だ。俺は手ごろなアラを見つけ熱して叩いていく。細く、長く。
「それは?」
「刺殺用のレイピアだ。カナ専用の武器になる。」
「私の……」
 銘を切り、柄をつけ革の鞘をこしらえて完成だ。
「ほら、持ってみろ。」
「私、武器なんて……」
「武器といってもマガ専用だ。ちょっと刺すだけでいい。多分、ほかの者が使っても効果はない。」
「なんで?」
「おれがそう感じたからだ。」
「ひどい……」
 翌日、土器が焼きあがった。次は獣脂を熱して油を別の容器に集める。そこに芯をさしてランプの完成だ。ボウルは反射板として使っている。夜、みんなを集めて使い方を説明する。
「この芯に点火して本体の凹みの部分にセットするだけです。」
「おお!」「なんて明るいんだ!」
「マガが出たらこうやって光を浴びせてください。多分、退散すると思います。」
「確かに、この明るさなら。」
 とはいえ、効果が確認できるまで安心できない。

 それから10日ほど経過した深夜、ハクとシェンロンの唸りで目覚めた俺たちはマグ襲来のチャンスを得た。
「カナ、木霊の声は聞こえたか?」
「はい。はっきりと聞こえました。」
「なっ、カナ……お前……」
「トラさん、その件は後で話します。他の家にランプの点灯をさせてください。」
「わ、わかった。」
 ここだけランプは点灯していない。
「シャラさん、怖いでしょうけど大丈夫ですからね。」
「は、はい。」
 マガの侵入を待ってランプを点ける。室内が明るくなるにつれてマガは出て行った。
「すごい。ランプの効果ですね!」
「カナ、レイピアを持って外に出るんだ。リュウジ・ミコト、全部は倒すなよ、二・三体は残してくれ。」
「「オッケー」」
 二人には事前に話してあるので、武器を手に外へ出て行った。ハクとシェンロンも一緒だ。
「さあ、カナ、いくぞ。」
「……」
「怖いだろうけど、里のみんなをマガの脅威から救うにはこれしかないんだ。」
「は、はい。」
 俺もカナを伴って外に出る。月明かりの中、残った5体ほどのマガが不気味な目を光らせている。
「さあカナ、レイピアを構えるんだ。」
「は、はい。」
「切っ先で突くだけだ。怖がる必要はない。」
 俺はカナの両肩に手を回しマガのもとへ誘導する。
「いいぞ、その調子だ。ほら、手を伸ばしてごらん。」
「……」
 レイピアの切っ先がマガに届くや否やマガは霧散した。
「マガが……消えました。」
「うん、頑張ったね。残りもやっちゃおうか。」
「は、はい。」
 恐る恐るであったが、カナは残りのマガを仕留めた。最後の一体を消したときに、周りから歓声があがった。

【あとがき】
 最初の構想とは違い、カナの存在が大きくなってきちゃいました。当初は江の島のところを膨らませるつもりだったんですが、あのへんに大きな集落跡が見つかっていないことから、さらっと流すことにしました。江の島の住居跡って、もしかしたら灯台の役目を持っていたんじゃないか。神津島航路の帰りの誘導とか夢想していたんですけどね。

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