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第三章

第12話 弁財天

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 片瀬山の先端は別名龍口山とも呼ばれており、この近辺は龍にゆかりのある伝承も多い。そして顕現された白い龍を見て俺には思い当たる名前があった。
「もしや、セオリツヒメ様ではございませんか?」
 俺は膝を折り、拝むように言葉にした。いつの間にかハクが隣に降りてきており、ひれ伏している。龍は顔だけで俺の身長ほどもあり、今更どうこうできる相手ではない。セオリツヒメ様は古代より信仰されてきた女神で、西暦以降に編纂された古事記・日本書紀には登場しない。江ノ島で祀られている弁財天もセオリツヒメ様ではないかとする説もある。
「なんじゃ、つまらん。」
 そういうと、白竜は靄に包まれ、女性の姿となった。ショートカットで曲っ毛のキュートな姿だった。
「えっと、その黒い水着は……」
「お主の頭の中にあった。」
「いえ、そのような事は……」
 確かに、ここへわたってくる途中で、現代の砂浜の様子を思い出していた。黒いハイレグビキニは……好みだった。
「わらわは基本裸なのじゃが、ふむ、これは煩わしくなくて良いのう。」
 いや、セオリツヒメ様が今後顕現される度に黒ビキニで、その元凶が俺の妄想だと知れたら……人生が終わってしまう。
「ふ、普段のお姿の方が……よろしいかと存じまする。」
「なんじゃ、お主は裸の方が好みか?」
「そうではございませんが……」
 言われるように、弁財天は裸で表現される。どちらにしても、俺の選択と言われたら終わってしまう。早く話を切り替えよう。
「して、本日はいかような?」
「おお、それよ。いや、木霊(こだま)たちが変わったオオカミと人がいると騒ぐでな。」
「木霊ですか……」
「お主には見えぬか。木霊とは木の精霊で、わらわの目となり耳となっている。」
 もしや、モノノケのあれか?
「すみません……、ハクはこの国のオオカミではないと、僕も思っているんですけど。」
「そういうことではない。お主、言霊を知らぬのか。」
「言葉にするとそれが真実になるというアレですか?」
「そうじゃ。お主、そのオオカミにわらわと同じ白き龍の名を与えたであろう。」
「はい。」
「オオカミとは木霊と同じく精霊に等しき存在。それに龍の名を与えたことで因果が狂ってきておる。」
「まさか、龍になってしまうと……」
「そこまでは至っておらぬが、龍の力を備えつつあるのじゃ。」
「どうしたらよろしいので?」
「与えてしまったものは取り返すことはできぬ。様子を見るしかないであろうよ。それに、道具にも名を与えたな。」
「道具……、刀や弓のことでございましょうか?」
「それよ。名を与えられた道具が、真の力を欲して暴れまわっておるわ。」
「どうすれば……」
「どうにもできぬよ。以後は気を付けることじゃな。」
「はあ……」
「いかぬ、本題を忘れるところであった。」
「本題……ですか。」
「そうじゃ、ここは人の来る場所ではない。早々に立ち去れ。」
「ここには、別の空間につながる門があるのではないですか?」
「何故そう思う。」
「私は4000年先の時代からこの時代にやってまいりました。元の時代に帰る方法があるとしたら、そういった特別な力を使えないかと考えた次第です。」
「ふむ、時を超える力か……。無いわけではないが、今その力は失われておる。いつ蘇るかはわらわにも分らぬわ。」
「さようでございますか。でも、希望がもてました。それで、この石室はウズなのですか?」
「よく知っておるな。いかにもここはわらわの管理するウズの一つになる。近年になってこの国にも争いごとが増えてきてのう、自然と穢れや禍(わざわい)が生まれるようになってしまった。嘆かわしいことじゃ。」
「この石室と富士が繋がっているというのは真実でございましょうか。」
「富士?ああ神山のことじゃな。」
「神山というのですか。」
「われらの棲む山じゃよ。」
「この石室から神山の氷穴まで続く地下通路があると聞いたことがあるのですが……」
「直接つながっているというのは馬鹿げた妄想じゃな。じゃが、霊的には確かに繋がっておるぞ。ここで吸い込んだ穢れを神山の力で浄化し彼の国におくっておるのじゃ。」
「さようでございましたか。」
「ところでな、お主と縁のあるモノが神山におるぞ。」
「縁ですか……」
「うむ。お主の世界に戻れるのかどうかは分らぬが、行って損はあるまい。」
「ですが、この世界でどのように行けばよいか……」
「案ずるな、木霊が導いてくれるわ。」
「私には……見えませぬが。」
「そこな白きオオカミには見えておるぞ。では、いずれ間見えよう……」

「……ヤ!」「委員長!」
「うっ、……夢……だったのか……」
「大丈夫か?」
 崖から落ちて意識を失っていたらしい……が、それにしては生々しい。
「どれくらい……だ?」
「何が?」
「どれくらい意識を失っていた?」
「……何を言ってるんだ?」
「頭、打ったんじゃないっすかね。」
 どうやら落ちてからのタイムラグはないらしい。背中や頭を確認するが出血はない。俺は今の邂逅をリュウジとミコトに説明した。もちろんビキニのことは伏せてだ。
「富士が神の山か、納得のできる話ではあるな。」
「ハクが導いてくれるかどうかで判断できるじゃないっすか。」
「そうだね。ハクどうだ?」
ウォン!
「連れて行ってくれるみたいだね。そうとなったらここには用はない。里に帰ろう。」
 微かにチキチキチキと木の歯車が噛み合う音が聞こえたような気がした。そのまま、午後の引き潮を待って海をわたり里へ帰る。
「おお、無事に戻ったか。」
「はい。」
「どうだった?」
「確かに白い龍がいますね。遠目に見ただけですけど。あの島にはいかないほうがいいと思いますよ。」
「そうか。皆、聞いた通りだ。島は上陸禁止にするぞ。」
「「「おう!」」」
「ところでな、モリ頭とナタだが、もっと数が欲しい。どうすればいい?」
「俺たちは明日帰ります。必要な数を言ってもらえれば里で作らせておきますよ。そうですね月が一回りするくらいで。」
 月の一回りとは、例えば満月から次の満月までで29.5日間となる。昨夜は新月だったので次の新月が約束の時期となる。ちなみに27夜・28夜も欠けていく逆の月になるが新月とはいわない……はずである。
「交換品はどうすればいい?」
「塩でいいですよ。いくらあっても困りませんから。」
 この辺はトラさんと打合せ済みである。
「それから、これ、アラで作った釣り針です。大きさとか注文があったら言ってくださいね。それから、アラの道具はすぐに錆びてしまいますから、使ったら必ず真水で洗って水気をふき取った後で油を塗ってくださいね。」
「わかった。それにしても、アラのモリとナタはすごいもんだな。」
「今日、ナタを使ってみたんだけど、面白いように薪が割れるんだ。」
「俺はモリを使ったんだが、岩にあたっても折れないモリなんて初めてだよ。それに返しが強くて一度魚に刺されば抜けることがないんだ。これがあれば、今までの倍は魚が獲れる。」
 アラの道具は予測したとおり好評だった。翌朝、俺たちは引地川の河口まで船で送ってもらいアラさんの里へ向かった。

【あとがき】
 応援ありがとうございます。とても励みになります。
 瀬織津姫様は、史書に登場しませんが、太古から語り継がれてきた神様のようです。瀬がつくことから水神・龍神といわれていますが、滝の神様とか海の神様とか言われています。ここでは、複数のウズを守る神様として登場いただきました。本文で書いたように、私の中では茶目っ気たっぷりの女神さまとなっております。

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