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第二章

第9話 神話

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 大豆などを植えて7日。いくつか芽が出てきた。だが、小麦は出てこない……後になって調べたところ、小麦は秋に蒔いて6月頃収穫するらしい。しかも酸性の土壌ではダメだって……完全に失敗だった。
「コムギ……ダメだったんですか……」
「うっ、ごめんよぉ……。俺がバカだったんだ。ちゃんと本を読んでおけばよかったのに。」
「でも、安心しました。ソーヤさんでも間違えることがあるんですね。」
「えっ?」
「だって、アラで色々作ったり、草から薬を作ったりして、すっごい人だって思ってたんですよ。」
「それは……、たまたま本で知ったからやってみただけだよ。」
「なんで、この里にそれを教えてくれたんですか?」
「それは……、子供に死んでほしくないし、生活が楽になればみんな助かるだろ。」
「自分の里でもないのに?」
「そういうのって、自分だけがよければいいってこと?」
「ううん、何ていうのかな、周りの里の人も幸せになってほしいけど、やっぱり最初は自分の里でしょ。」
「でも、俺たちに里はないからね。」
「ガッコだっけ、あそこだって里みたいなものでしょ。あそこを豊かにして、人を連れてくれば立派な里になるわ。そうしないで、この里に来てくれたことに感謝しているの。」
「そんな、大したことじゃないよ。」
「ソーヤさんにとってはそうかもしれない。でも私たちにとっては大きな違いなんですよ。」
 カナのいう通りかもしれない。でも、俺たちは元の世界に戻る方法を探しているだけなんだ。学校にいてもどうしようもないから、少しでも外に出て情報を探すしかない。まあ、趣味を兼ねているのは否定できないが。
 
 カナは一か月でひらがなをマスターした。そんなカナのために俺はメモ帳を渡し、覚えたことは何でも記録しておくようにいった。カナの吸収はすさまじかった。もともと人間の脳は直立歩行を始めた時点で大きくなっており、縄文人と現代人とで脳の大きさに大差はない。それが、自分たちの生活に直接的な影響力を持つ知識を得るのだ。興味もやる気も半端ではない。薬の名前、種類、効能、採取時期、服用方法をメモしながら覚えていく。俺は本を見ればいつでも確認できるが、カナは本を読むことはできない。その必死さもあって、覚えた知識は俺を上回るだろう。
 鍛冶の方では、男衆は石斧(せきふ)に代わる鉄製の斧を作り、俺の指導のもとでノコギリやノミなども作っていった。アラ(鉄)はあっという間に無くなり、狩猟部隊は半分アラさがしにあたっているそうだ。リュウジはその狩猟部隊に同行し、俺とミコトとカナは農業と薬草づくりに勤しんだ。その間にもケガをする者や発熱する者もおり、薬草の効果は次々と確認されていった。
 
「いつまでここにいるんだ?」
「そうだね、大豆とゴマの収穫が終わったらそのうち30%くらい持って、海側の里に行こうと思っているんだけどどうかな」
「何かめぼしいものがあるのか?」
「ああ、ネの島というのがあって、その近くに里があるって聞いたんだ。」
「ネの島?」
「江の島じゃないんすか?」
「多分江の島のことだと思うんだけど、人が立ち入れない島らしいんだ。」
「それで?」
「江の島の沖側に洞窟があったろ。」
「それ、行ったことあるっす。」
「ネの島と根の国。人の立ち入れない洞窟。おそらくウズじゃないかと思っているんだ。」
「ウズって何だ?」
「色んな説があるみたいだけど、例えば渦潮があるよな。」
「ああ。」
「あれって、吸い込まれたものがどこへいくのか。」
「渦潮は海流によって起こりますよね。だから海流に流されるだけっすよね。」
「じゃあ、原理を知らない昔の人……つまり、この時代の人だったらどう考えただろうか。」
「……」
「穢れや厄災を吸い込んで根の国に送り浄化される。つまり何かのゲートだと考えたわけだ。」
「マガが存在する以上、そういうのもあり得るってことか。」
「ああ。現代の人たちから見たら、俺たちは神隠しにあったようなものだろ。帰る道があるとしたら、神話の世界に飛び込むしかないんじゃないかな。」
「そうっすね。何もなかったら次を探せばいいだけっすから。」
「まあ、こっちもそれほど悪い世界じゃねえし、ダメならダメでいいけどな。」
 正直言って、俺も特に帰りたいとか思っていない。この世界でやらなくちゃいけない事があるような気もしていた。大豆とゴマの収穫は10月から11月にかけてだ。どちらにしても、植物の生い茂るこれからの時期は移動に適さない。11月までは、この里で出来ることをやっておこう。

 薬草の調合や畑仕事に追われていたとある日、トラさんが粘土で妙なものを作っていた。いや、妙なといっても俺にとっては馴染みのあるモノ、土偶だ。土偶とは粘土で作った人形であり、奇妙な顔でデフォルメされた妊婦の体を持っている。顔については、木の実やハマグリ等ではないかという見解が最近発表されている。
「トラさん、それは何ですか?」
「うん、これはパパキだよ。」
「パパキ……ですか?」
 青森で発掘された遮光器土偶がアラハバキ神を象ったものという意見を聞いたことがある。これは偽書による情報だと否定されているが、そこに関係するのだろうか。
「パパキって、まさか母なる木ってことですか?」
「よくわかったね。そう、これは母なる木の形代になるんだ。」
「形代……」
「息子たちが、鍛冶の作業場に屋根を作りたいと言い出してね。そうすると大きな木を切ることになるだろ。」
「柱ですね。」
「そうすると木が死ぬ。でも木は俺たちが使うから根の国にいけない。だから、木の形代を壊して埋めることで根の国に行ってもらうんだ。」
「根の国へ送って……再生する……でも、顔はクルミの実ですよね。」
「ああ、そうだよ。このへんで一番生えている実のなる木。次の世代に繋がるように実のなる木を表してるんだ。」
「木の死……でも、なんで妊娠した女性の体なんですか?」
「おっ、よく見てるね。女性の体っていうのは土と同じだよね。男から種を受け取って、体の中で育てて芽の出た子供を産む。その子が女なら成長して、また次の子を産むことができる。」
「土……大地……だから、女神信仰と大地信仰は同じもの……パパキは女神……勾玉が芽で新しい生命。」
 すべてが一つに繋がった気がした。日本神話における主神(最高神)はアマテラスオオミカミ、女性神である。でも、それは古事記と日本書紀が編纂された7世紀から8世紀当時の情報であり、それ以前にも女神信仰があったといわれている。それがアラハバキ神やセオリツヒメなどであり、まさか大地信仰や生命の再生に根ざしているとは思わなかった。もちろん、この里だけ通じる話なのかもしれないし真実が解明されることはないのかもしれないが、俺の中では納得のできる考え方だった。

【あとがき】
 神話の部分、女神に関しては完全にフィクションです。パパキもオリジナルですし、学術的根拠なんてありません。ただ、全体的にはこういう風に考えたほうがしっくりくるんじゃないかなという思いだけで書いています。ご不快に思われたら御免なさいです。
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