上 下
9 / 25
第二章

第8話 薬

しおりを挟む
 マガに襲われた翌朝、俺たちは妙に疲れていて寝坊してしまった。
「ご、ごめん。寝過ごした……」
「いいんですよ。昨夜は初めてマガを退治できたんですから、ゆっくり寝ていてください。」
 カナのお姉さんであるシャラさんがそう言ってくれる。リュウジとミコトもまだ寝ていた。ちなみにシャラさんは授乳中である。いけないと思いながら胸元に意識が向いてしまう……きれいで柔らかそうな胸だった。
「もう大丈夫です。」
 そういいながら立ち上がると、軽い眩暈(めまい)に襲われた。頭を振って自分に気合を入れ外に出るとハクとシェンロンもついてきた。顔を洗うため池に行くと先客がいた。
「カナおはよう。」
「あっ、ソーヤ、おはようございます。昨夜(ゆうべ)はお疲れさまでした。」
 カナは全裸になって腰まで水に浸かって体を洗っている。ほどいた髪が水にぬれ体に張り付く。スレンダーだが引き締まった身体をしていた。
「もう少し大きくなれば、カナもシャラさんみたいな胸になるのかな。」
「私はもう大人です。知らないんですか、女の胸は子供ができると大きくなるんですよ。」
 少しふくれたカナもかわいい。
「シャラさんの子供は何ていう名前なんだ?」
「うーん、次の年を迎えるまで名前はつけないんですよ。亡くなっちゃうと悲しみが大きくなるから。」
 この時代、乳児の生存確率は低かっただろうといわれているが、サンプル数が少なく実はよくわかっていない。このカナの言葉を聞いて、俺の中でモヤモヤしていたものが形を得たような気がした。実は今回の荷物の中に、図書室から持ち出した2冊の本が入っている。”食べられる野草”と”薬になる野草”だ。これを畑で栽培して薬として貯蔵すれば、乳児を含めて助かる命が出てくるのではないか。そんな考えがまとまった時、カナの声で我に返る。
「ハクとシェンロンもおいで、気持ちいいよ。」
 請われるままに二匹は水に入っていく。キャハハと笑いながら奥に向かって泳ぎだし、二匹も追随した。俺は火照った顔を水で冷やし髪を整えて上に戻った。そう、まずは畑を拡張しなけてば話にならない。

 昨日作った三本爪のクワで畑の先の斜面を崩し土を耕していく。畝(ウネ)を作り、大豆と小麦・ゴマの種を3粒ずつ植えてみた。これは穀物の標本から抜き取った数少ない種なので慎重にならざるを得ない。
「ナニやってるんですか?」
 水浴びを終えたカナが聞いてきた。まだ髪が濡れている。
「俺たちの国で栽培されていた種を植えてみたんだ。うまく実ってくれれば、食べるものの種類が増えるだろ。それに保存もきくし。」
「どんなものを植えたんですか?」
「マメと小麦とゴマだよ。」
「小麦って、この間食べさせてもらった、白い粉のことですよね。本当にあれができるんですか?」
「芽が出てくれれば、その可能性はあるね。」
「楽しみです。私も一生懸命お世話しますね。」
「ああ頼む。それから、カナにはもう一つ手伝ってほしいことがあるんだ。」
「何ですか?」
 俺は家に戻って、バッグから”薬になる野草”の本を持ってきた。
「それは?」
「そうか、カナは本……というか、文字を知らなかったね。この黒いごにょごにょした線は……なんていったらいいかな、言葉を表してるんだ。」
「ことば?」
「そう。例えば”かな”という言葉は、文字にするとこうなる。」
 俺は地面に棒で”かな”と書いた。
「これでカナってわかるんですか?」
「そう。俺とリュウジとミコトは文字が読めるから、これでカナってわかるんだ。」
「そんなもの何に使うんですか?」
「俺の知っていることを文字で残せば、いちいち言葉で説明しなくても知ることができるだろ。」
「そんなの、言葉で伝えればいいじゃないですか。」
「俺が死んじゃったらどうなる。」
「えっ……」
「それに、一度教えただけじゃ忘れちゃうことだってあるだろ。」
「……そうですね。」
「それで、この本は、薬のことを調べた人が書いて残してくれたものなんだ。」
「くすり?」
「そう。例えば熱が出た時に、熱を下げてくれる葉っぱとか、咳がとまらないときに咳をとめてくれる木の実とかだね。」
「そんなものがあるんですか!」
「ああ。そういう植物を探してここに植えておけば、シャラさんの子供が急に熱を出してものませてあげられるだろ。」
「……それは、本当なんですか?そんなことが本当にできるんですか?」
「そういうことを一生懸命調べてくれた人が、その知っていることを書いて残してくれたのがこの本なんだ。」
「そんなことが……」
「もちろん、この辺にある草だけじゃないから、この中からこの辺で見つかりそうなものを探していかないとね。」
「カナも探します!」
「うん、カナにも手伝ってほしいんだよ。さしあたって必要そうなのは、熱を下げるものと咳を止めるものかな。」
「それと、お腹が痛いときも。」
「わかった。その三つを探してみようか。」

 咳止めとして使えそうなものに”アマチャヅル”があった。アマチャヅル茶というのを見かけた気がする。日本全国の樹陰や藪の縁などに自生していると書かれており、挿絵を参考に探したところ簡単に見つかった。早速土毎採集して畑に植え替えた。
 解熱用として効果的なのはクズの根らしい。本来は冬場に採取するのだが、少しでも澱粉がとれればと思い条件にあったクズを探す。澱粉を貯めるのは高く上に伸びたツルで、何年も経過した太いクズ。根を切って白い液が出てくれば澱粉を蓄えている証。何本も切ってやっと見つけたクズの根を掘り出した。傷薬用にもクズの葉が使えると書いてあったので葉も採取した。腕のように太いクズの根の皮を剥き、寸胴の中に入れて砕いていく。それを布袋に入れてつぶしていくとわずかに白っぽい液がにじみ出てくる。やっとの思いで200cc程度絞りだし一晩おいて澱粉を沈殿させる。上澄みを捨てて水を継ぎ足し攪拌、また一晩おいて澱粉を沈殿させを数回繰り返した。これを乾燥させればくず粉の完成である。葉のほうは乾燥させて粉にし、油を混ぜて練り上げそれを傷口に塗布するといいみたいだ。食用油を取りに学校へ一度戻る必要がある。
「俺たちも手伝うぞ。」
「それなら頼みがある。学校に戻って、タッパとメモ用紙……ポストイットがいいかな。メモ帳と筆記具も適当に持ってきてほしいんだ。」
「了解っす。」
「ああ、それから食用油をペットボトルに入れてもってきてくれよ。」
「分かった。」
 リュウジたちのとってきてくれたタッパに、生成日と品名”くず粉”用法:お湯で溶いて飲ませるとメモしておいた。葉っぱの粉と油を混ぜた方は、傷薬とメモする。
「あの……ソーヤさん。」
「なに?」
「私も字を覚えたい……です。」
「うーん、大変だぞ……」
「大丈夫です。頑張りますから。」
「わかった。ミコト、カナにひらがなを教えてやってくれ。」
「あーっ、50音の表とか……ないっすよね。図書室に絵本とか……」
「ねえよ、そんなもん。」
「あとは腹痛用だね。ヨモギが良さそうなんだけど、薬として使うには2か月くらい待ったほうが良さそうだね。」
「そっか、生薬ってのは時期も重要なんだな。」
「うん。くず粉はカビが生えなければ保存がきくんだけどね。だから、咳止めなんかは複数確保しておいた方がいいみたいだよ。」
「他にはどんなものがあるんだ?」
「えっとね、赤紫蘇とか、ヤマユリは秋か……、ああ、この時期ならハハコグサがありそうだね。」
「どんな花なんだ?」
「これだよ。」
「よし……、あれっ、これって下のところに生えてるやつじゃね?」
 ハハコグサを採取し、日陰干しにした。


【あとがき】
 鳥の写真を撮りながら歩くのが趣味で、川沿いや林道など県内の各地を歩きました。そのおかげで、植物、特に花を目にしたり写真に撮って名前を調べることもよくありました。今回の薬草編では、その時の経験が役に立っています。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

天冥聖戦 伝説への軌跡

くらまゆうき
ファンタジー
あらすじ 狐の神族にはどんな過去があって人に封印されたのか? もはや世界の誰からも忘れられた男となった狐神はどうにかして人の体から出ようとするが、思いもよらぬ展開へと発展していく… 消えている過去の記憶を追い求めながら彼が感じた事は戦争のない世界を作りたい。 シーズンを重ねるごとに解き明かされていく狐の神族の謎は衝撃の連発! 書籍化、アニメ化したいと大絶賛の物語をお見逃しなく

裏公務の神様事件簿 ─神様のバディはじめました─

只深
ファンタジー
20xx年、日本は謎の天変地異に悩まされていた。 相次ぐ河川の氾濫、季節を無視した気温の変化、突然大地が隆起し、建物は倒壊。 全ての基礎が壊れ、人々の生活は自給自足の時代──まるで、時代が巻き戻ってしまったかのような貧困生活を余儀なくされていた。 クビにならないと言われていた公務員をクビになり、謎の力に目覚めた主人公はある日突然神様に出会う。 「そなたといたら、何か面白いことがあるのか?」 自分への問いかけと思わず適当に答えたが、それよって依代に選ばれ、見たことも聞いたこともない陰陽師…現代の陰陽寮、秘匿された存在の【裏公務員】として仕事をする事になった。 「恋してちゅーすると言ったのは嘘か」 「勘弁してくれ」 そんな二人のバディが織りなす和風ファンタジー、陰陽師の世直し事件簿が始まる。 優しさと悲しさと、切なさと暖かさ…そして心の中に大切な何かが生まれる物語。 ※BLに見える表現がありますがBLではありません。 ※現在一話から改稿中。毎日近況ノートにご報告しておりますので是非また一話からご覧ください♪

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜 

八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。 第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。 大和型三隻は沈没した……、と思われた。 だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。 大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。 祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。 ※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています! 面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※ ※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

RISING 〜夜明けの唄〜

Takaya
ファンタジー
戦争・紛争の収まらぬ戦乱の世で 平和への夜明けを導く者は誰だ? 其々の正義が織り成す長編ファンタジー。 〜本編あらすじ〜 広く豊かな海に囲まれ、大陸に属さず 島国として永きに渡り歴史を紡いできた 独立国家《プレジア》 此の国が、世界に其の名を馳せる事となった 背景には、世界で只一国のみ、そう此の プレジアのみが執り行った政策がある。 其れは《鎖国政策》 外界との繋がりを遮断し自国を守るべく 百年も昔に制定された国家政策である。 そんな国もかつて繋がりを育んで来た 近隣国《バルモア》との戦争は回避出来ず。 百年の間戦争によって生まれた傷跡は 近年の自国内紛争を呼ぶ事態へと発展。 その紛争の中心となったのは紛れも無く 新しく掲げられた双つの旗と王家守護の 象徴ともされる一つの旗であった。 鎖国政策を打ち破り外界との繋がりを 再度育み、此の国の衰退を止めるべく 立ち上がった《独立師団革命軍》 異国との戦争で生まれた傷跡を活力に 革命軍の考えを異と唱え、自国の文化や 歴史を護ると決めた《護国師団反乱軍》 三百年の歴史を誇るケーニッヒ王家に仕え 毅然と正義を掲げ、自国最高の防衛戦力と 評され此れを迎え討つ《国王直下帝国軍》 乱立した隊旗を起点に止まらぬ紛争。 今プレジアは変革の時を期せずして迎える。 此の歴史の中で起こる大きな戦いは後に 《日の出戦争》と呼ばれるが此の物語は 此のどれにも属さず、己の運命に翻弄され 巻き込まれて行く一人の流浪人の物語ーー。 

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...