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第二章

第7話 マガ

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 タイムスリップを考える時に、現代への影響とかタイムパラドックスとかを考慮する必要があるのか。答えは”否”である。最近見たドラマでも、江戸時代にタイムスリップしたら自分の祖先と接触して存在そのものが消えかけたなんて設定があった。もし、日本の人口10万人程度のこの時代に、そんなことを気にしていたら動くこともできない。
 校舎に戻った俺たちは一日半かけて準備を終えた。初めて布団で寝たカナはとても喜んでいた。演劇部の部室にあったとかで、今はTシャツにジャージの姿だ。部室にあった大きな鏡を見たときに、何度もお辞儀を繰り返していたとか、俺も見たかったものだ。野菜なしのお好み焼きに喜び、ソースやマヨネーズの味に目を見開くカナは見ていて飽きない。生徒会室にあったオレンジ味のアメを食わせた時には、この世のものとは思えない幸せそうな顔をしていた。
 折り畳みリヤカーに必要な機材を積み込み、昼過ぎには俺たちはトラさんの里に戻った。カナが持ち帰ったのは、主に裁縫用具と布製品・アクセサリーだ。ガラスやプラスチックのネックレスやブレスレットを姉や母親に分けている。
「喜んでもらえたみたいだね。」
「うれしいっす。」
 ワンワン!
「おっ、狩猟組も帰ってきたみたいだね。」
 里へ来た初日、狩りに同行していた縄文犬とオオカミたちの間でにらみ合いがあった。さすがに威嚇はしなくなったものの、まだ距離感はある。当のハクとシェンロンは相変わらず女性陣にモフられている。短毛の縄文犬に対してロン毛の二匹は触り心地もよいのだ。

 俺は、石を積み上げ”炉”を組んでいく。学校で作ったものより熱効率を考え、フイゴの吹き込み口も複数人での作業を考慮した配置にする。金床の設置場所についても、複数人で叩けるように広めのスペースを確保した。学校から持参した炭を起こし、フイゴを稼働させる。フイゴの担当はカナよりも少し小さいくらいの少年だ。赤くなった炭の状態を確認し、大き目のアラ(鉄塊)を投入する。炭のパチパチ爆ぜる音と、小気味よいフイゴの呼吸音。頃合いを見計らって掻き出し棒でアラを手元に引き寄せる。徐に打ち下ろすハンマーと飛び散る火花。鉄と鉄とがぶつかり合う甲高い音に応えてギャラリーから歓声があがる。
 過熱して叩く、また過熱して叩く。それを何度も繰り返して一面を平らにしていく。錆を落とすため、一応全面を焼いて叩くと赤黒い表面が削れて鉄の肌が顔を出していった。
「こんなもんだね。」
 一通り全面を確認して、横に作った水たまりに浸す。ジュワーという音とともに水蒸気が上がった。十分に冷えたところで水気をふき取り、機械油を塗りこんでいく。
「これは何ですか?」
「金床といって、これから作る道具をこの上で叩くんですよ。作業用の台になります。」
 ギャラリーからの質問に応えていく。このパフォーマンスの目的は新しい技術を伝えることなので、男性全員である8名に見てもらっている。ちなみに、女性は幼児を入れて6人。総勢14名の里だ。
「次に、今使っているハンマーと同じものをもう一つ作ります。」
「なんで?」
「二人で叩いたほうが、早くできるでしょ。」
 中くらいのアラを選んで過熱。やっとこで掴みだして叩く。この繰り返しで成形し、木の柄を差し込んでもう一本のハンマーを完成させる。ここからは叩き手を増やしたので作業が加速していく。スコップ、クワ、三本爪のクワを作ったところで薄暗くなってきた。
「今日はここまでにしましょう。道具の使い方は明日説明します。お疲れさまでした。」
「「「お疲れ様。」」」
 全員で一番大きなトラさんが寝泊まりしている家に入り食事にする。
「ソーヤ、ほかにはどんな道具を作るんだ?」
 トラさんが聞いてきた。
「そうですね。ヤリの先とか今僕が持っている剣とかですね。そうそう、料理用の道具も作りますよ。」
「料理用?」
「ええ。肉を焼く皿とか、アラの網とかあったら便利かもしれませんね。」
「皿?網?」
 どういうものかイメージできないようだ。まあ、実物を作って使ってもらえばわかるだろう。それに、オノやノコギリも作りたい。ノコギリがあれば木の板も作れる。生活が大きく変わるだろう。

 その夜だった。トラさんの家に寝泊りしている俺たちは、ハクとシェンロンの唸り声で目を覚ました。
「どうした?」
 ハクとシェンロンは入り口と反対の方向を見て唸っている。
「外か……」
 囲炉裏のわずかな灯りの中で、俺はバッグからソーラーチャージ式のバッテリーを取り出し、LEDライトをつけた。
「なんだね、それは!」
「あとで説明します。」
「リュウジ、ミコト、外みたいだ。」
「おう。」「はい。」
 ハクとシェンロンを促し、俺たちは武器をとって入り口のムシロを開けて外に出る。
「な、なんだあれは!」
 LEDの明かりに照らし出されたのは、数十体の黒い靄(モヤ)のような物体と頭部らしき位置に光る赤い目だった。
「マ、マガ……」
「マガ?いや、いい、ミコト!」
「はいな!」
 応じるや、ミコトは矢を射った。シュンという音と共に放たれた矢は一体の目らしき部分の中心を貫通し、それは霧散した。
「物理攻撃でいけるようだな。リュウジは右から俺は中央から行く。トラさん、このライトを持っていてください。」
「おう!」
 切った時の手ごたえは無かったが、切れば確実に消滅していく。ハクとシェンロンもかみ砕いていき、ものの数分で戦闘は終わった。剣にも、何かを切った痕跡はなかった。
「ふう、お疲れ。」
「「おいっす。」」
 トラさんに預けたライトをとり、周辺を確認したがもういないようだ。その時、一棟から叫び声があがった。駆け寄ってムシロを跳ね上げライトで照らすと寝ていた一人の上に黒いのが纏わりついている。だが、俺が動くよりも早くハクが駆け寄り退治してくれた。
「ハクもお疲れ。」
 ハクはウォンと応じた。取りつかれていた若者も、特に以上はないようだ。もう一軒に異常のないことを確認した俺たちは、トラさんの家に集合して事情を聞いた。
「マガは年に数回現れるのだよ。マガが何なのかわしらにも分からんのだが、普段は犬たちも気づくことはない。そして、長時間取りつかれたものは衰弱しておる。」
「死ぬんですか?」
「いや、今まで人が死んだことはないのだが、マガに取りつかれると立てなくなるほどに衰弱して、当分の間回復しないのだよ。」
「誰かが気づけば追い払えるんですよね?」
「いや、わしらの弓やヤリでは空をきってしまうのじゃ。これまでに退けることに成功したのは、火を炊いて明るくした時だけだった。」
「石器では効果がなく……、鉄が有効なのかな?」
「でも、僕の矢はアシですよ。」
「それに、ハクたちの攻撃も有効だったしな……」
「何か別の要因があるのか……」
「なんか、異世界っぽくなってきたっすね。」
「いや、ここは縄文時代だよ。それで間違いない。」
「いやいや、歴史であんなもん習ったことないだろ。」
「記録に残っていないだけだよ。変な期待するんじゃない。」
 LEDライトについては、太陽の光を貯めておく道具で、俺たちの里でもこれ一台しかないと説明した。偶然手に入れた材料を使っており、複製はムリだとも……。


【あとがき】
 ここにきて、やっとファンタジー要素がでてきてくれました。マガは禍禍しいから来ており、不浄なものとして登場させました。ソーラーチャージ式のバッテリーは、非常災害の時にも活躍してくれそうで、複数個確保しています。フル充電してあれば、充電しなくても数日間照明として使えます。それとは別に、ソーラー式の発電パネル(携帯式)もあり、それからスマホやバッテリーに充電することもできます。バッテリーに直挿しして使えるLEDライトとか、色々と想定して備えておくと良いかと思っています。

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