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第一章

第2話 白いオオカミ

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「子供のころに見た”クリスマスツリー”って映画に、お前みたいな白いオオカミが出てくるんだ。その映画を見てから、いつかこういう日が来るんじゃないかって、ずっと夢見ていた。分かるか、本当は泣き出したいんだぜ……」
「えっと、告白中に悪いんですけど、肉焼けました。レアで、食べやすいように小さく切ってあります。」
「ありがとう。それと深めの皿に水を頼む。」
「了解っす。」
 食器は食堂から余分に持ち出してあるから使い放題だ。俺は四つん這いになり、皿を手前に出して距離を詰めていく。オオカミは鼻をピクピクさせて反応している。俺と皿とを交互に見ているが、次第に皿を見る時間が長くなっていく。鼻先50cmまで近づいて肉と水の皿を置き、俺は後ずさった。
「リュウジ、枯草を集めてくれ。コンクリートの上じゃ冷たいだろう。寝床を作ってやろう。」
「了解。」
 オオカミから離れた俺は、教室に戻り、カーテンを外していく。リュウジに指示して、少し離れた場所に枯草を積ませ、その上から白いカーテンをかぶせて寝床を作った。
「これでよし、俺たちは中に入って少し一人にしてやろう。」
「どうしてだ?俺たちもメシにしようぜ。」
「俺たちがそばにいたらこいつがメシを食えないだろ。」

 1時間かけて採集してきた木の実などを確認し、栗のゆで方もチェックした。
「クルミとサルナシは食べられそうですね。」
「クルミって、殻の状態でなってると思ってたんだけど、考えてみれば種だもんな。あんな真っ黒になった実の中に入ってるとは思わなかったよ。」
「あれ拾うの結構エグイよな。それに、こうなってみると電子レンジの有難味が分かるっていうか……」
「お湯を沸かすケトルもっすよね。」
「あと、これから肉を確保するために、落とし穴も作らないとな。」
「これから寒くなるっすから、防寒用の毛皮も欲しいっすよね。」
「俺は鍛冶をやってみたいから、フイゴも作りたいな。」
「ソウヤ、鍛冶なんてできるのか?」
「ああ。炭はあるから、フイゴがあれば鉄の加工は可能だ。鉄は食堂に山ほどあるし、いざとなったら屋上の手すりや鉄筋も使えるだろ。」
「そいつは楽しみだな。俺の日本刀とか作れるのか?」
「細かい部分の再現は無理だが、形だけなら可能だ。刀鍛冶の動画とかたくさん見てきたからな。よし、そろそろ良いだろう。俺たちもメシにしようぜ。」

 外に出てみると、鶏肉はすっかり食べつくされており、水も半分ほどに減っていた。そしてオオカミは俺たちの作った寝床で横になっている。
「うん、大丈夫そうだな。」
「でも、まだ唸ってるっすよ。」
「そりゃあ、半日で警戒を解くなんてありえないよ。特に出産を控えてる以上ね。」
「えっ、子供を産むのか?」
「多分だけどね。」
「そんなに食い扶持が増えちゃって、パパは大変っすね。」
 餌皿にキジの焼き肉を追加してやり、俺たちも腹ごしらえをした。そして二日後、満月の夜の未明、オオカミは3匹の子供を産んだ。一匹は死産だったようだが二匹は夢中で乳を飲んでいる。出産後も俺たちへの唸りは止まないが当然だろう。俺たちはその間に、3箇所の落とし穴を掘り、毎日のようにキジを獲ったり木の実を拾ったりした。
「一週間経ちましたけど、まだ目が開いてないみたいすっね。」
「もう少しだろうね。けど、すごいよな日に日に大きくなってる。」
「こいつら、このままここに住みつくのかな?」
「どうだろうね。多分、近くに群れがいるわけじゃないだろうし、行くあてがないならあるかもね。」
「委員長、ここ数日で言葉遣いが柔らかくなってませんか?」
「ああ、俺も感じてた。」
「そうかな……、特に意識してないんだけど。」
「なんだったかな、子供ができると家族が赤ちゃん言葉になるとか聞いたことあるぞ。」
「いやいや、子供なんて産んでないからさ……」
 2週間も過ぎると、仔オオカミたちの目も開き、ヨチヨチと動き回り始める。一匹は母譲りの白でもう一方は灰褐色だ。
「白いほうはモノノケから……ハクだな。」
「リュウジ、ハクが出てくるのは千と千尋だぞ。モノノケに出てきた母犬はモロだよ。」
「そ、そうか……、でもまあハクで良いんじゃね?」
「そうすっと、灰色の方はカオナシっすか?」
「いや、それは可哀そうだよ。せめてロボとか……」
「発想が安易だな……、ハクが白龍だったよな。白龍、パイロン……、ロンでいいんじゃね?」
「だったらシェンロン(神龍)がいいっす!」
「出たな、アニオタ!」
 アニオタはアニメオタクの略である。こうして仔オオカミの名は勝手に決まってしまった。

 仔オオカミは順調に育っていったが、それとは逆に母オオカミは衰弱しているようだった。餌をほとんど食べなくなってきたのだ。肉をミンチにしたりスープにしたり色々試したが効果はなかった。このころには落とし穴でシカやイノシシが獲れていたのだが肉の種類を変えても同じだった。そして次の満月の夜、母オオカミは旅立った。毛皮を残すかどうか話し合ったのだが、結局何もせず埋葬した。
「最後はあっけなかったな」
「ああ……」
 俺は手を合わせ、子供たちのことは任せてくださいと胸に刻んだ。ハクとシェンロンはミンチ肉やスープで乳離れしつつあったので、母オオカミが亡くなった後も順調に育っていった。さすがに夜は室内で寝かせるようにしたが、心細いのか俺たちの布団にもぐりこむようになってきた。寒い季節に入ってきたため体温の高い仔オオカミのぬくもりは好評だった。
 大型の獲物が獲れるようになってきたので、毎日狩りに出かけなくても良くなってきた。出ない日に何をするかというと、俺はフイゴを仕上げ鍛冶の真似事をし、リュウジはカーテンを使って皆の服を作る。服といっても頭からかぶる貫頭衣と短パンがほとんどだ。幸いなことに、裁縫道具一式は食堂の控室においてあった。コトミは、子供たちの世話と燻製づくりに励んでいる。寸胴とアミを使えば難しいことではない。チップにする桜の木は校舎の裏庭にあった。一緒に転移してきたのだ。
「せっかくだからソメイヨシノ増やしたいっすね。」
「種を植えるのか?」
「いえ、ソメイヨシノは種できないっすよ。桜って自分の花粉では受粉できないらしいんで。」
「挿し木が一番手っ取り早いだろうね。」
「ちょっと待てよ。種ができないって……じゃあ、どうやって増えてきたんだよ。」
「挿し木か接ぎ木が中心だね。そもそも、ソメイヨシノって別の種類の桜が交配によってできたものなんだ。もとになった種類は分かっているらしいんだけど、再現はできなかった。だから、ソメイヨシノのもとは一本の桜で、クローンを何十万本も作ったってこと。」
「今まで見てきた桜が、実はクローンだったって、考えると気味悪くね?」
「気味が悪いとか思ったことないな。」
「そうっすね、リュウジさん、ちょっと変わってるっすね。」
「リュウジは変態入ってるからな。」
「誰が変態じゃ!縄文オタクに言われたくないわ!」
「んっ?俺は縄文オタクって言われても否定しないぞ。」
「俺も、アニオタって言われても気にしませんね。」
「ヘンタイは違うだろ!お前たちだって変態……」
「シーッ、やっと寝付いたんだから静かにしろ。」
「くっ……」
 俺は専用の竈を組み、鍛冶に使うものを自作していった。金床は円柱状の手ごろな鉄塊があったので、それを使うことにした。何に使うものなんだろう?

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