7人のメイド物語

モモん

文字の大きさ
上 下
138 / 142
第八章 家族

第132話 突然の不安感

しおりを挟む
 クッキーの生地に、濃縮した果汁を混ぜてみたり、オレンジピールに香料で香りづけをしたりと試してみたが、どれも納得できるものではなかった。
「どうしたのですか……何を迷っていらっしゃるの?」
「満足のいくクッキーが作れないんだ。」
「満足できるクッキーとは、どのようなものなのでしょうか?」
「……味も香りも極上の……。」

「クッキーにそこまでの質が必要なのですか?」
「えっ?」
「私にとっては、茶菓に過ぎませんし、小麦粉を練って焼いただけのものに、そこまでの完成度が必要なのでしょうか?」
「あっ……。」
「なぜ、あなたがそこに拘っているのか存じませんが、もしお悩みがあるのでしたら私にもお話しいただけないでしょうか。」

「……、俺は……、君とキキョウさんが母さんの墓をきれいにしてくれている姿を見て、とても感動したんだ。」
「ありがとうございます。」
「その時の感動を、何かカタチに残せないものかと考えた……。」
「はい。」
「それで、その時のイメージを感じられるような香りをもったものが作れるんじゃないかって……。」
「そうでしたの。ありがとうございます。……でも……。」
「うん。」
「キキョウ先生がおっしゃっていたんですけど、お花の香りはとても儚いもの……。」
「そうだね。」
「きつすぎたら嫌味になるし、仄かに香るからこそ大切に思えるのではないでしょうか。」
「大切に……思える……。」
「香りの強いキンモクセイも、風にのって微かに届くから季節を感じられると思うのですが如何でしょうか?」
「……。」
「あなたに作っていただいた香水も同じです。ふとした時に、気づいていただける程度で十分なんです。」
「あっ……。」
「24時間、あの香りに包まれているよりも、キスをするくらい近づいた時に初めて感じていただけるくらいの方が印象に残るのではないでしょうか?」
「……そうだね。確かに……、」

 俺は、昨夜ソフィアにキスをした時に、彼女の香りを感じたことを思い出していた。
「そうか、一時的に強烈なインパクトを与えられても、それは長続きしないのか……。」
「そうだと思うわ。」
「じゃあ、……ああ、狙いどころがますます分からなくなってきたよ……。」
「別に、今無理して作ることはないんじゃない?」
「うっ、確かにそうなんだけど……。」
「あなたは、もう十分に頑張ってくれたわ。少しゆっくりしていいのよ。」
「ソフィア……。」

 ああ、そういえば俺はただの会社員だったっけ。
 別に料理人や菓子職人だったわけじゃないし、技師でもない。ましてや政治家でもなかったんだ。
 前世での経験と知識があったからやってきただけで、元々たいした人間じゃない……。
 そう考えたら、急に楽になった。

 十分な貯えがあって、ソフィアのように美しい妻もいてくれる。
 国民の生活環境は向上したし、孤児たちの自立にも貢献できた。

 これ以上、望むことはないんじゃないか。

 
 俺は、突然不安感に包まれた。
 ドラゴンの炎は、俺の体験ではない。単なる記憶だ。
 だが、そのあとの火傷による痛みとの戦いは俺の脳裏に焼き付いている。
 盗賊に襲われ、間一髪で収納に逃げ込んだ時。
 俺をかばって死んでいった母さん。
 救えなかった命。
 魔物との戦い。
 国同士の戦いと、多くの命を奪ったこの手……。

 あ……あっ……。
 急に体が震えた。
 どうしようもなく震え、不安で押しつぶされそうになる。

「タウ!どうしたの、あなた!」

 俺を呼ぶソフィアの声がだんだんと小さくなっていった。

【あとがき】
 ……予想外の展開に……。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

お爺様の贈り物

豆狸
ファンタジー
お爺様、素晴らしい贈り物を本当にありがとうございました。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

処理中です...